第34話「狐狗狸廃病院島」14

 溶けるような闇に、打ち付ける波音。

ヒーリング効果でも期待できそうな感じではある。

しかしながら彩られる景色は、なにがしかの汚れで曇るか、割れるかしたガラス窓と朽ちたコンクリート。

リラクゼーションは一転、不気味の一言に尽きる。

 懐中電灯に心から感謝するのは久しぶりだ。


 アイカ「いやぁ〜、煙さまさまじゃないか!

ここまでスッキリするものかね! 

あれ、部屋でも焚こうかな?」


 武部「一本一万のフレグランスですか? 笑えねぇ〜」


 川部「まぁ、あれウチの在庫だだ余りの特級品だからもっとするけどなぁ」


 武部「チッ、ブルジョワうぜぇ…」


 川部「ケッ! チビが!」


 アイカ&武部「「あぁ!?」」


 専門家達は相変わらず軽口を叩く。

何億かかけたらしい燻り出しのお陰か、物騒な懸念というのは消えたとみて良いのだろうか?

幼稚なじゃれ合いはともかく、これでようやく“ミューちゃん”を落ち着いて探せるというものだ。


 澤部「はいはい! それじゃ、改めて今回の作戦を確認しま〜す。 お願いしますリーダー!」


 慣れた調子でパンパン手を鳴らしながら仕切る彼女こそがまさにリーダーなのではなかろうか?とは思ったが後ろからのっそりと堀部なる大男…もといリーダーが馬鹿に低い声でノソノソ話す。


 堀部「…これは命懸けの実戦。 

…ついては効率より安全性を重視する。

…このまま護り刀による警戒を維持し一塊で探索を進める。

…基本は我々、四人で対処。

…非常時は社長とサム殿に動いていただく。

…質問はないか?」


 眼鏡越しにのみ見える物騒な装備は生前、風説に聞いた精神武具やらの類だろうか?

てっきり社長共々皆八十派だと思っていたが学生達は回梨派らしい。

そもそも両派、絶賛競合中では無いのだろうか?

毎度両派閥本部への報告やらなんやら、いちいち軋轢を作らぬ様すり合わせねばならないだろうに、物好きな事業所だ。


 澤部「夜中ずっと警戒ってなかなか大変何だけどリーダー?」


 堀部「…すまん …しかし、餅は餅屋…」


 澤部「微妙〜、これは後で埋め合わせして貰うからね!」


 堀部「…できることなら」


 澤部「やた!」


その逞しい腕に抱きつき自らの好意を遺憾なくアピール。

時々抱っこをせがんでよじ登ってくるミューちゃんを思い出す。


 川部「仕事中にいちゃ付いてんじゃねえぞ〜」


 武部「そうだそうだ〜」


 アイカ「はぁ、今どきの色恋沙汰はよくわからん」


 川部「お子様は黙っときな〜」


 アイカ「チッ!」


…血の気の多い一行だ。

甘い雰囲気は乱闘に早変わり。

 ヘラヘラ目の前で煽られるや否や、川部の脛に向けて社長は脚を上げる。

編み上げブーツを履いているのに容赦のないことだ。


 川部「痛った! 何すんだチビ!」


 アイカ「何回でも言うが歳上だ。 バ〜カ」


 川部「やんのかよ!! オラァ!」


“お嬢様“が落ちているコンクリート片をすかさず掴み拳を振るうというのも、中々どうかしているが…


 パァン


と、鈍い破裂音を辿ればいちゃ付いていた彼女が振り上げられた拳を握りこんでいた。


 澤部「取り敢えず止めてね?」

 あわせて握りこんでいる拳に爪が…というよりは四指そのものが、食い込みはじめる。


 川部「いダダダダ… 

止めます、止めますから離せし…」


 澤部「よろしい! それじゃ社長も」

 

 アイカ「え、嫌なんだけど…」


 澤部「問答無用! てぃっ!」

 言うや否やの摺り足、

鋭い踏み込み、

あっと声を漏らす間もなく拳をアンダースローで振るえば、子供社長は脛を抑える。


 アイカ「…ぅあ、地味に痛い…」


 澤部「喧嘩両成敗だね!」

 統制の機会を奪われた愛しの彼に、くるりと振り返りながらピースをきめる姿は、暴力的な詳細はともかくも微笑ましいものだった。


 武部「いや… だからイチャイチャすんなし…」


 澤部「あー!あー! 聞こえな〜い」


 武部「武闘派バカップルうぜぇ」


 澤部「え〜? やっぱりお似合い? 

ねぇリーダー? 埋め合わせはデートにするぅ?」


 堀部「…別に構わんが」

 

 澤部「いえい!!」

…好意のアピールが再開する。


 「すみません…」


武「はい?」

ア「何だね?」

川「何だよ?」

澤「何ですか〜?」

堀「…何だろうか?」


 「そろそろ行きませんか?」

埒が明かない。



 アイカ「まぁ、つまりだね。 以上の如く一番最初にして最悪と評される対霊三部会合同作戦があらゆる起点になったのは、頑然たる事実だろうね!」


 要は、雨降って地固まるということらしかった。

詳しくは不明のその雨は、未曾有の土砂降り。

形式だけの会合が、

暴力団に支配された需要を奪い合う瀬々小間しい対立関係が、

何もかも根本からガラリと変わったらしい。

変えられたらしい。


 史上最悪だの、災厄の星だのと言えば界隈で通じる位犠牲を出した、詳細不明の土砂降りだ。


 川部「やっぱり、信じらんねぇ。

誰から聞いてもボヤけすぎてんだよ。

実感わかねぇ〜って」


 武部「そんな影響ヤバかったってのは俺、初耳。 それにしたって八十派が全国の暴力団制圧したってのはどうよ? 対心霊ならともかくも勝ち目無くね? ロケランとか手榴弾の世界よ? 

話盛りまくって適当言って無いですよね社長?」


 アイカ「ははぁん! 嫉妬はよし給えよ? 

紛れもない事実さ! これが終わったら父兄の皆様に確認してみるがいいさ!」


 川部「でもよぉ? 何をどうやったのかとか、ほとんどあやふやじゃねぇか! 

何かやベェ事が有って、このままじゃいけねぇからよく分からないことしてどデカく変わりました〜 何て言われてもなぁ? 信じられるわけないよな〜?」


武部「結果はそりゃ、確かに有るんだろうけどさ…」


川部「親父も同じ様な事言ってたけど…

そもそも何だよ、お決まりのあれか? 

トップシークレットで詳しくは話せないってやつ。

 舐めてんじゃねぇの?」


 「まぁまぁ…

犠牲も大層だった分、軽々しく扱える内容でも無いのでしょう? うちの会社も案外、その影響で潰れたのかなぁ」


 川部「いや、それは単に悪どいモンばっか作ってたからじゃね?」


 アイカ「異議なしだな、珍しい!」


 武部「異議な〜し」


 「まぁ、それは… そうかもねぇ…」

生者で若者な方々に言われると気まずいことこの上ない。 


 川部「つうかさぁ〜 

澤部っちとかは何か聞いてないの〜」


 澤部「うっさい! 今集中してんの!

後にして!」


 川部「へいへい… すいやせんねぇ〜」


 武部「え? 何? 何か引っかかった感じ? あれだけモクモクさせたのに? 予想外のボスキャラ出現っすか?」


 澤部「それを今測ってんの! 約15m先左側! 多分、先の左曲がり角すぐ! 駄弁ってないでよ!!」

 抜き放つ。

眼鏡越し、超常の鞘は虚空に霧散する。


 堀部「…」

 黒鉄の塊を構える。

実際の重さはどうだか知らないが、およそその巨体の半分以上を遮るソレはただただ圧倒的。


 武部「うひょー、マジか…」

 海外ドラマか何かで見た動作。

カチャカチャと小気味よく、装填が完了した様だ。


 川部「チッ! 散歩して終らす予定だったのに… あ~メンド」

 それは精神の輝きらしい。

何処からともなく幻出した白銀色の矢がつがえられる。


 アイカ「取り敢えずもう500mlばかり飲んで備えておくことにしよう」

 ドブみたいな色のペットボトルが何時の間にか握られていた。

あれ、飲めるのか?


 川部「うわぁ… でました八十流クソマズドリンク、相変わらず色合いヤバすぎ」


 アイカ「非常時くらい黙っとけバカ!」


 川部「後で相手してやんよチ~ビ」

 

途端に夜の散歩は物々しい対霊行軍に変貌する。

噛じった程度の元会社勤めはどうすりゃ良い?


「あの、私はどうしていましょう?」


 アイカ「まぁ取り敢えず私と後ろの方で大人しくしていた前よ。 一番安全だぞ?」


 「そうしときます…」


しかしてじりじりと前進すること数分と数秒後。

現れたそれはやはり、元生物だとは思えない肉塊だった。



 澤部「しゃァァあ!!!!」

威勢の良い。

というよりは気圧される勢いの掛け声と共に繰り出された一閃で、肉塊は大きく斜めに切開される。


“ねェヤァぁぁ…”

何処からか発せられる言葉とも、鳴き声ともつかない音は件の肉塊より。

 どちゃどちゃと砂山を崩す様に形を変え、ナメクジみたいに這いずりを再開する。


 すかさず軽やかなバックステップで退く彼女は笑って言う。


 澤部「やっぱりハンバーグかな? 

手応え無いよ」


 堀部「…ほう?」

 どれ試してやるかの調子で入れ替わり、助走の勢いで振りかぶった巨大な先端は想像以上のスピードと規模で肉塊を叩く。


 真横のコンクリート壁をベチャベチャと肉塊の薄布が覆う。


“ミぇえェェェェェ…”

 半分以上が壁の装飾になったと思ったが、まるで磁力。

引き付けられる様に残り僅かが壁を伝うやそれは集合し、変わらず這いずりを継続する。


 武部「一応やっとく? ダメもとで」


 川部「いや〜キモい。マジきもい」


 乗り気とも、惰性ともつかない調子で放たれる弾丸と矢。

 謎の法則で屈折を繰り返す無数の弾丸は肉塊を風穴まみれにした。

 矢はまるで巨大なかまいたち。

一陣の風を伴い上部をごっそりこそげて後方に持っていく。


“ぃぎュュキュゆゥウゥゥ…”

 しかし、細分された肉塊同士の粘り強いことだ。

そうされてなお、繊維のような肉糸を引く。

手繰って寄り集まって元通り、這いずりを再開する。


 澤部「やっぱりハンバーグじゃない?」

 変わらないナメクジスピードが確信できた為か緊迫した雰囲気は脇に置かれ、もったりゆったりした後退のなかあくまでもリーダー的な彼女の提案。


 武部「準備はできてんよ? 特製火炎瓶。

すぐ投擲OK。 風の通りも良いし、いっちゃう?」

 よく考えてみりゃ学生が物騒なことだ。


 川部「もうさ〜 やっちゃおうぜ? ハンバーグ。 めんどくせぇし、普通にくせぇ。

ただただくせぇ。 マジむり。キショい。」


 堀部「…懸念は有るが…」


 澤部「アイカさーん? 焼跡とか付いたらどんな感じですかね?」


 アイカ「約束の報酬からそれなりに天引きされる可能性が有る。 今回の場合、過去に詳細な写真なし、ドローン等での内部調査も尽く失敗しているので確率は低いが、なにがしかの難癖は確実に有るだろうな、うん。 経験上」


 武部「うへぇ〜ケチくせ〜 こちとら命張ってんのに」


 アイカ「それこそ変革前は斡旋役の暴力団にごっそりピンハネされた上での報酬だぞ。 まだマシじゃあないか」

 

 川部「へいへい、誇り高き八十流様すごいっすね。すっご〜い」


 アイカ「何か腹立たしいのだが?」


 武部「まぁまぁまぁ、取り敢えず他に何か有る人〜? 挙手!」

 大げさな身ぶりと言葉で誤魔化すのは半ば彼の仕事らしい。


 澤部「はい! はい!」


 武部「お〜っと、さすが我らが暴君。 暴虐のアイデアは早いっすね!」


 澤部「え〜? 誰の事〜?」


 武部「いや、冗談だし冗談… 構えないでよ…」


 澤部「こっちも冗談〜♪」


 武部「笑えねぇ〜よ!

とりま無敵の動く挽肉攻略法、教えろし」


 澤部「ずばり、リーダーに本気出させよう作戦!」


 武部「そりゃ、さっきブチかましてダメだったじゃん?」


 澤部「甘い、甘いなぁ! たけっち君!

リーダーはまだ本気出してない、というか出せてない。 そうだよねリーダー!」


 堀部「…いや、…分からん…」


 澤部「分からんって事は大体何時も通り聞いてみよう♪ さっきの攻撃は潰した?」


 堀部「…あれは …横から薙ぐイメージだったが」


 澤部「それじゃ、次は確実に潰していこうって作戦」


 川部「あ~~、前も黒いの相手にやったやった! 懐かし! あん時は数捌いてなんぼな感じだったしすぐお蔵入りだったわな」


 武部「そうそう! 速攻で、‘‘これ無意味じゃん?’’ な感じはギャグだったわ。 印象薄過ぎて忘れてた」


 澤部「題して、細切れぶっ潰し作戦! 3人同時攻撃で塊を小分けにして間髪入れず潰していただきましょう!」


 川部&武部「イェ~イ! ドンドン! 

パフパフ〜!」

 悪酔いした時の賑やかしみたいな具合でテンションを上げてからは速かった。

それは作業。

膨大な量の肉塊が呑み込む間もなく、次から次に対象に触れようという先から肉は細切れに、もしくは風穴だらけの小塊に変貌する。

だいぶ不釣り合いだが大柄なリーダーはチョコチョコ動きまわりそれを尽く潰して回る。

…何十何百か繰り返した頃、膨大な動く肉塊はコンクリートにこびり付く僅かばかりの染みに加工された。


 武部「おっしゃ、あとは少し擦っとくか」

 リュックサックから出した謎のスプレーを噴霧してハンカチで拭えばそれも消えた。


 川部「お〜 きれいきれい、跡形もねぇや」


 澤部「やったね! リーダー!」


 堀部「…っはぁ…はぁ…」

一番でかい図体で一番動いた彼が息も絶え絶えなあたり、この集団の関係図が察せられる。


 アイカ「おぉ! よくやったじゃないか! お疲れ、お疲れ!! 一本飲んどくかい?」

ポンポン肩を叩きながら酸欠で苦しむ彼によく分からないドブ色のスムージーを勧めるあたり、この子供社長は色々と常識が外れているのだろう。

 ほら、彼も気なしか苦しいところにそれだから今にも吐きそうに…

…遠目に白い、

何か見える…


 「ミューちゃん!!!!!!!!!!!!」

行かなきゃ。

 

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