第29話「狐狗狸廃病院島」9

 競争の果てに何が生まれるのか、誰にも分らない。


 「い、いらっしゃいませぇ… なのじゃ…」


 「「「「「「…」」」」」」

 結果として辺鄙な田舎の民宿で、わけのわからないサービスが提供されることも有りうることなのだろう。 


 「たっ! …確かご予約しておった佐藤様御一行は6名であったし… ひぃ、ふぅ、みぃ、… 

6名! 確かに6名!

おっ、お待たせ致しましたのじゃ! お客様!」


 「「「「「「…」」」」」」


 「お? お客様? お客様方〜?」


 "民宿おじさん家"

 和造りの古風な雰囲気漂う民宿。

その玄関口で迎えたのは、

あまりによく出来すぎた猫のコスプレをしているように見えるチビっ子であった。

取ってつけたような「のじゃ」口調といい、溢れ出る個性は件のチビ社長といい勝負だ。


 「お客様?? いかがした… いかが致したのじゃ?」


 「はい、失礼致しました。 あまりの長旅で疲れておりまして、宿に着いた安堵からいささか放心しておりました。

 そうです。 予約しておりました佐藤です。」


 「やはり! やはりそうじゃったか! 

良かったのじゃあ〜! ワシはこの宿の女将なのですじゃ! 

早速、お部屋までご案内致しますのじゃ!」


 川部「は? …は?」

 わけが分らないという調子で近づいたやかましい一人が、コスプレ女将の猫耳をむんずり引っ掴む。


 女将「お!!!! お客様! 乱暴は止めるのじゃ!」

 言うや否や人間離れした素早さで彼女からひとっ飛びに距離をとったその白い尻尾は、静電気でも浴びたように逆立っていた。


 川部「あったけえ… おい! あの耳… あったけえぞぉお!!!」


 アイカ「止めんか馬鹿! 趣味は人それぞれ何だから触れてやるな!!」


 川部「うっせチ〜ビ。 マジでうちの猫みたいな触り心地なんだよ!」

 言いつつ第二のセクハラを敢行すべくジリジリと距離を詰めていく様は変態である。


 女将「お客様! これ以上は警察呼んじゃりますのじゃ! 止めるのじゃ!!」


 川部「良いじゃねぇか、減るもんじゃねぇし」


 女将「止めるのじゃ!」

 チビ社長が懲りないセクハラ女に後ろからローキックを食らわせようと脚をしたたか上げた時だった。


 「あ~〜、、、 良い香りじゃ〜〜

女学生の、香ばしい良い香りじゃ〜〜」

 何を言っているかは聞き取れるのだろうが、誰も理解はしたくないのであろう何かが廊下を這いずり来る。


 女将「爺!!! いつも馬鹿早く寝るクセに!

起きてきよった!」


 川部「ぃひぃぃぃぃぃ〜!!!!!!!!!!!!!!」

 次の瞬間には、絶叫が空気を震わせた。


 堀部「!!!!何という動き… まるで昆虫のような…」


 武部「うわぁ、きもい」


 爺「…ふむ… 形は良いが体温が低いのう。

なんちゅうかもっとこう肉感的で生命力の塊みたいなパワフルさが欲しいのう。 やっぱり」

 俊敏な動きで彼女の脚にしがみついた一人の老人は器用なことに、批評と頬ずり…もとい鑑賞を同時にこなしていた。


 川部「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! 

キモキモキモ!! 死ねクソジジイ!!!!!!!!!!!!」

 若人の半ば半狂乱な踏みつけを顔面に食らっても、年季のはいった変態は動じない。


 爺「あ~、やっぱりあれじゃな、脚の力もあんましないのう… それはそれで現代っ子ぽくて良いんじゃがなぁ、なんか足らんのよな。 …うん、何か逆に癖がないと味気ない気がするもんじゃな」


 川部「 」

 相当嫌なのか靴も履かずに彼女は外に駆け出した。


 爺「もう一人おったよな〜」


 爺「お〜! 良い肉付きしてますなあ! お嬢さん!!」

 

 澤部「…」


 まぁ彼女の場合は次の瞬間に、爺の顎を蹴り上げて失神させたので実害は出なかったようだ。


… 


 アイカ「それで? 女将さん、一体この変質者は何なのだね?」 

 テント用ロープで縛り上げられた老人は畳に転がされる。


 女将「すみませんですのじゃ、お客様!

それはもう年中色ボケしとるどうしようのない馬鹿爺でして… 警察だけは勘弁してくだされ…」


 アイカ「それはまぁ… こちらも失礼があったわけだしなぁ? 不問にしたいところではあるが…」


 アイカ「時に女将よ、庭先でキャンプはしても良いだろうか?」


 女将「はあ、キャンプ? この寒い時期にでも良ければ、どうぞどうぞやっていただいて結構ですじゃ」


 アイカ「よしよし、それで今回は手打ちとしようじゃないか? なぁ諸君?」

 したり顔で見回しても反応が微妙なことほど痛々しいことはなかなかあるまい。


 女将「ありがとうございますのじゃ」


 アイカ「いやいや、こちらこそありがとう」


 武部「え、何か良い感じになってますけど今日は嫌ですからね? キャンプ」


 アイカ「え!? なんで?」


 武部「いや、流石に疲れたし。 布団で寝たいし」


 澤部「賛成〜」


 川部「…キモい変態と一つ屋根の下なんて嫌なんだけど。 絶対、嫌」


 女将「そこらへんはご安心くだされ!

懲罰用の座敷牢に閉じ込めておくのじゃ!」


 川部「ならOK… 鍵は私が持つ」


 武部「は? 座敷牢!?」


 堀部「…そういえば …腹が減ったな」


 澤部「そうそう! 夕飯まだだし!」

 

 アイカ「まぁ、仕方ない。

これからの話は食事しながらとしようか…」


 武部「いやいやいや!? 座敷牢って! 

おかしくないです!?」


 アイカ「時に武部君」


 武部「はい!?」


 アイカ「ちょっと黙り給え。 とある家庭の一事情なんてどうでもよかろう? いやらしい詮索ばかりしていると人望を無くすぞ」


 武部「いや、いやらしくは… 無いと思いますけど?」


 女将「お食事でしたら準備できとりますのじゃ!」

 (キャットフードが出ては来ないだろな…)

(いや、座敷牢はぜってえありえねぇ)

その場に居る何人かのつまらない心配を他所に、女将は尻尾を振り威勢よく襖を開ける。


 山海近く、農業畜産も盛ん。

ここはそういう地域らしい。

刺し身に鍋、小鉢の料理も彩り豊か…

そんな豪勢な食事には、

「今晩は特別、豪華にしたのじゃ」

から始まる長ったらしい女将の田舎自慢付きだ。

 女将「そういうわけで、存分にこのxxxxx村を満喫していって下さい! なのじゃ! 

どうぞごゆっくり!!」

 うるさいぐらいのハイテンションで襖を開けた女将は、やはり尻尾を振りながら満足気に出ていった。


 アイカ「え〜! さてさて… 女将の田舎自慢も一段落したところでとりあえず乾杯といこう!」


 武部「早速、酒かよ!! 明日から本格始動じゃないんですか!?」


 アイカ「いやだって、夜からだし。 

大丈夫、大丈夫。」

 すかさず慣れた動作で瓶ビールの栓を抜く。


 澤部「いやぁ〜… でもアルコールって36時間は抜けないって聞きましたよ? 大丈夫です?」


 アイカ「私は特異体質でね。 次の日になったらどんなにベロベロでも元気になるから、大丈夫〜」


 堀部「…油断は禁物。 …控えるべきでは」


 アイカ「いいの、いいの。 

一杯ダ、ケ、ダ、カ、ラ!」


 「ははは、そもそも社長!

20歳未満は飲酒できないと思いますが」


 「「「「「…」」」」」

 場が、冬空の如くドライに凍りついた。

彼女はいつの間にかシュワシュワいっているタンブラーをゆっくり卓上に置くと、まるで何かを宣告せんとする仰々しさで呼びかける。


 アイカ「…確定だな。 諸君、出入り口は固めているな」


 川部「うぃ〜っす」

 

 澤部「はいOK!」


 武部「へいへい、大丈夫です」


 堀部「…是非もなし」


 アイカ「OK、OK。 え〜さてさて…」

 何となく威圧感が無くもないような…

尊大な挙動でかの者に近づいた彼女は、彼の右肩に自重を加えながら耳元で囁く。


 アイカ「君は何者だ? 

まともに話す位の精神は保っているのだろ? 悪いけれども遠征中でね、"中身"だけ消す用意だって有るんだ。 残念ながら。

逃げられるとは思わない方が良いし、誤魔化せるとも思わない方が良い、ね?」

 正直かの者たる彼の心情的には、ちょっと耳元がこそばゆいだけだったが、彼女なりの怖い感じの警告だとは理解できた。

よって一応、慎重に答えることにした。


 「いやいや、参りましたね。 そこそこ上手くやれていたと思っていたのですが。

そうですね、私はこの体の…佐藤さんでしたか? その人自身では有りません。 

今は無いようですが… 狐狗狸コーポレーション事業1部 呪詛用品商品開発部に所属していました矢田 光輝(ヤダ ミツキ)と申します」


 川部「うっわ〜 狐狗狸の生社員だってよ! 初めて見た。 写真撮っとこ!」


 澤部「いやいや、意味ないし…

見かけはただの佐藤さんじゃん」


 武部「やっぱり、下見の時に憑依された感じですかね?」


 矢田「多分、そうなのでしょうか?

死した後、肉塊に呑まれまいと逃げ回っておりましたら、かなり取っつき易い方が窓から見えたものですから… 渡りに船とお邪魔させて頂いた次第です」


 アイカ「なんだね? せめて安らかに眠りたいというのならば、この場で浄霊してやっても良いのだがね?」


 矢田「いやいや有り難い話では有りますが、実は心残りが有りましてね。 せめてあの建物内を彷徨っているはずの愛猫と天に昇りたいのですよ」


 アイカ「愛猫? 

呪物の材料か何かではなく? 愛猫? 猫?」


 矢田「そうですよ愛猫。 愛すべき私の家族です。 それに元々動物系の製品には私、内心反対しておりました。

今回はただ他より手当が多くついて、出世のチャンスが多くなるって部分に飛び付いて社内公募に引っ掛かった結果の有様です」 

 

 アイカ「自分の浅はかな選択に罪は無いとでも?」


 矢田「ちょっと堅苦しく考え過ぎじゃないですか?

ただ愛猫と一緒に、今より良い日々を過ごしたいと、ほんの少し人並みの欲を出しただけですよ。 そもそもその社内公募の詳細なんて私が担当した

 "ゴキブリ蟲毒玉" に毛が生えた程度ぐらいの新製品製造みたいな触れ込みだったのですから、正直、騙されたようなものです」


 アイカ「あ~、"ゴキブリ蟲毒玉"… 懐かしいな」


 川部「何? "ゴキブリ蟲毒玉" って?

 名前からしてキモいんだけど」


 武部「へ~、やっぱりお嬢様は知らないか!!」


 川部「は!? 何その言い方? 舐めんじゃねぇぞ武部〜!」


 武部「ッ!?…止めろ、脛蹴るのは止めろ!!」


 澤部「はいはい、止め止め! 私等が小学生ぐらいの時に悪ガキ達の間で大流行した呪具のことよ! 大きめのビー玉大のそれを相手の身近に見つからないように隠しとくとね、数日間その人の視界の隅に黒く蠢く何かが断続的に見えるってやつ!!」


 川部「何それ、呪具ってかさ。

ガキのおもちゃみたいなもんじゃん」

 

 矢田「そうそう、まさしくそれがコンセプトだった。 誰もが手軽に軽めの憂さ晴らしをって感じでね。 セールスもちょい悪系の一般誌に広告を出したりして手広くやりましたよ」


 澤部「ッチ! やられる方は中々迷惑だけどね!! 風呂場で見えた時は鏡割ったし!」


 堀部「…作ったばかりのドールハウスに虫が紛れたかと探し回ったな…」


 武部「結局、報復合戦みたいになってから軒並み小遣い使い果たして自然消滅したよな、あれ」


 川部「え、何か面白そう」


 武部「何気、良くも悪くも思い出にはなってるな」


 矢田「喜ばしい限りですね。 

呪いとは寓話的にして軽妙であるべき何です。

食い殺し合うようなそれはもう呪いなんかではなくて、無差別殺人兵器ですよ」


 アイカ「ちょい、ちょい。 君の呪いに関する価値観なんてどうでもいいんだ。

取り敢えず矢田君はあの廃屋を彷徨っている筈のペットを見つけられたら良いのだろう?」


 矢田「そうです、それだけが心残りなんです。

それと勝手にお邪魔している身分ですから、

矢田でかまいません」


 アイカ「え〜何か言いにくいんだけどな、矢田。 呼ぶのヤダー! みたいな…」


 矢田「はぁ?」


 アイカ「いやいや! 失礼! 

ともかくだ! そうで有るからにはあなたには協力して貰わねばなるまい。 

我々はあの肉塊について何も知らないからな、取り敢えず知っていることを洗いざらい話したまえ」


 矢田「まぁ、それは良いですけど…

私が嘘を吐いたり、陥れようって可能性は考えないのですか? 私としては助かりますけど」


 アイカ「んっ? それなら問題無いさ。

サーム! 君の素晴らしい力を見せて上げ給え!」

 呼びかけるや否や、なにがしかの至宝を思わせる素晴らしい筋骨の塊が即座に現れる。


 サム「Yeeeeees!」

 応えるや否や、目も眩むような光がその巨体から放出される。


 川部「おい! いきなり光んなよ! 

眩しいんだよ! バカ!」


 アイカ「本当にいちいちうるさいな! 

君は! ちょっとは静かにできないのかい?

お嬢さま! 結構疲れる奥義なんだから黙っていてくれ!!」


 川部「テメーに言われたかないね! 

八十家本元!」


 矢田「あぁ、本元… 何かいちいち自信満々なのが納得いきました。 この光もただの代物ではないですよね?」


 アイカ「"照らし、害意ある精神のみを選別消し飛ばすことで除霊となす" 八十流守護霊術、数ある奥義の一つ何だなこれが!!

少なくともこれをもって今のあなたは安全だと判断するまでなのですよ」 


 矢田「中々、えげつないですね」


 アイカ「凄いだろう! 流石、誇るべき我が一族!

さて、出し惜しみはしないからまぁ、正直に話してくれ給え?」


 矢田「分かっていますよ。 

うん、 何から話したものですかね…」


 次に語られたのは猫好き一企業勤め矢田氏の、呪具製作界隈ならばさもありなん悲劇的な顛末であった。

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