第27話「狐狗狸廃病院島」7

 (ただの廃墟なわけが無い)

 その巨大建築物群は誰にだってそう思わせるのであろう存在感を放っていた。

島中の端々まで白い外壁はうねり明らかに自然のものでは無い造形をかたどる一方で、部分部分から樹木が覗き海鳥が群れをなす。

海鳥の巣を狙うは一匹の野良黒猫。

 こんな様だがしかし、廃墟によくある自然に還りゆくような侘び寂びは感じられずなんと言うか、人工物と自然が今まさに食い合っているような壮絶さを感じさせる。

そういう相克的存在感だ。


 アイカ「臭いなぁ」


 澤部「臭いですね」


 武部「臭え」


 川部「どうすりゃこんな臭くなんだ?」


 堀部「…臭気が酷い …相当積もっているな」

 俺が目を奪われている後ろで専門家達は、銘々この壮絶な建築物を臭い臭いと罵倒していた。

気味は悪いがあいにく俺の鼻は、濃厚な潮風の香り以外は感じ取れていない。

ひとしきり臭い臭いと言い合ってから次の行動に移るべく、アイカが音頭をとる。


 アイカ「さあさあ諸君! そろそろ行こうか!

さっさと臭いものを掃除してしまいたいところだと思うが、あくまで今日は下見だ。 早まった行動はくれぐれもしないよ〜に」

 修学旅行で生徒を引率する教師みたいにポンポン手を叩きながら、偉そうに間延びした大声を上げる。

「うーす」

だの

「へいへい」

だの「御意」 

だの…

まぁよくもここまで統一性がないものだ。

返事は銘々ばらばら。

最近の若者は無個性だ、などという流言を俺はもう信じないだろう。

かくして何とも締まりのない俺達は、冬の浜辺をミント色のリボンに率いられ進むのだ。



 「FDR特殊警備保障の吉川です。

まぁ今日は下見って伺っていますんで」


 こういう現場の警備員は皆こういう感じなのだろうか?

回梨学園の時もそうだったが何だか訳知りな感じで手慣れているものだ。

きっとこの手の施設警備専門の警備会社が有るに違いない。

…詰所のプレハブに常駐している吉川と名乗る警備員に挨拶を済ませ人数分の無線機を受け取る。


 「一応、何か有りましたらこちらでご連絡を。

ここ、押したら繋がります。

それじゃあまぁ〜、ご武運を」

 サバサバと説明を終えると石油ストーブ近くのパイプ椅子に戻り、来たときと同じく漫画を読み始める。

 温かい室内環境が若干羨ましかった。


…ダメ元で詰所内を使用しても良いかきいてみたら意外にもOKがもらえた。


 「正直、待機がメインみたいな仕事なんで変化が欲しいんですよね。 賑やかなのは有り難いんで… 規定的にも訪問者から申し出があればOKなんでウェルカムですよ」

 心底暇していたのか若干、興奮気味に語りながらボードに用紙を挟んでズイと差し出す。


 「いやぁ、生の仕事ぶりを間近で見るのは初めてなんです! 取り敢えずこちらに全員分のお名前を、ご本人様記入でお願いします」

 俺達が記入している間にどこから出してきたのかいそいそとパイプ椅子を6脚並べる彼は、どこか楽しそうであった。

海と廃墟しかない潮風吹きすさぶ孤島故に、人恋しくなるのも無理からぬことなのかもしれない。


 アイカ「よしよし。 それでは諸君!

屋内を覗くのに手近な場所を先ずは見つけようか」

 

 武部「どんな感じのところが良いんですか? 

下見って」


 アイカ「なるべく広い屋内を見渡せて窓が割れていたりしていたらベストだな、試したいこともあるし」

 

 澤部「ターゲットの特徴を掴むにしても先ずは見つけなきゃいけませんもんね」


 アイカ「そうそう。 さわっち分かってる〜」

 人差し指を2本立てて、肩のあたりをちょんちょん突付く。


 澤部「えへへへ、アイカっちはあったま良い〜」

 お返しとばかり、二の腕にプニプニ人差し指を立てる。

可愛いスキンシップは女子の特権なのだろう。

俺がやったら通報ものだ。


 川部「でも身長はちゃっちい〜」

 第三者が乱入してきた。

後ろからうなじに2本指を突き立てる。


 アイカ「バカっちはバカ〜」

 もはやただの悪口を言いながら足を踏んづける。


 川部「ちんちくりんっちはどこもかしこもちんちくりん〜」

 自分から仕掛けておきながら気分を害したのか、彼女の慎ましい胸をつつきだす。

もはやセクハラだ。


 アイカ「やめろ馬鹿!」

 脛を蹴り上げた。

もはや暴力だ。


 川部「なんだと! チビ!」

 だいたいこうなると止まらない。

こめかみにグリグリと拳を押し付ける。


 アイカ「グググッ」


 川部「ギギギギ」

 ローキックとグリグリ攻撃の応酬は続く。

と、思われたが…


 "ッパーン"

良い音を立てながら川部の頬が張られた。


 川部「ふぇ?」

 ワケが分からないといった体か、赤らみ始めた頬を押さえて目を丸くしている。


 澤部「おい、ふざけてんなよ…」

 

 川部「ふぁい…」

 たいていの場合、一線を超えた彼女は目尻に涙を溜めることになる。


 澤部「アイカさんも…」


 アイカ「な、なんだね?」


 澤部「これくらいやんないと川部は懲りないですよ? いい加減学んで下さい」


 アイカ「おっ、おう、良いとも良いとも…

善処しよう」

 そしてだいたいいつもこういう流れに落ち着く。


 武部「…なんかさぁ」


 堀部「何だ…?」


 武部「柔らかい世界も思ったより殺伐としているなぁって。 今更っす」


 堀部「然り…」


 武部「少し謙虚に生きようかなって…」


 堀部「…あぁ、そうだな」

 だいたい置いてけぼりなので、教訓が一つ位まとめられるのもいつも通り。


 吉川「佐藤さん…」

 ちょんちょんと吉川さんが気不味そうに肩を突く。


 吉川「大丈夫何ですか? これ?」


 俺「ええ、大丈夫ですよ…」

 何だか暫く静まり返って、それぞれが反省モードになるのもいつも通りだ。


 俺「いつも通りですから」

 これは自信を持って断言できる。



 「「「「「「…」」」」」」

 何時も通りのひと悶着が落ち着いた後、俺達は嫌々ながら寒風吹きすさぶ廃墟群のとある一角にて、割れ窓を凝視していた。

かれこれ二時間経過している。


 武部「何も見えねぇじゃん」

 しびれを切らした様に白い吐息を一緒に吐き出す。


 川部「ちょい寒いんですけど〜 アイカっち〜」

 さっきまで罵りあっていたくせに、比較的体温が高いと判断したのだろう…

アイカにべったりと抱き付いている。

因みにこの状態に移行する前は余程寒いのか、誰彼構わず引っ付いてきてすこぶる鬱陶しかった。


 アイカ「本当、毎度ながら調子が良いもんだよ。

このバカっちが」

 吐き出される白い吐息はもれなく呆れからくるため息なのだろう。


 澤部「う〜ん… 私もちょっと寒くなりました…

ね、リーダーも寒くない?」

 言いながら大柄な彼の片腕にくっつくあたり、青春を感じる。


 堀部「…これもまた、鍛錬」

 当の彼は青春もクソも無さそうな感じだが。

いや、まぁでも俺も寒くなってきた。

某、ワークショップで念入りにチョイスしてきた防寒装備で固めてきた俺でさえ寒いのだ。

ちょっとこれ以上は心霊うんぬんの前に生命が危うい気がする。


 俺「アイカさん、流石にこれ以上は明日以降の活動に響くと思われまっす!」

 語尾を強く意識してジェスチャーも交えて、事の重大さをアピールした。


 アイカ「うーん… 形ぐらいは見たいなぁ…

まぁ分かった。 諸君!

最後にさ、奥の手を試してみるからよく見ていたまえ!」

 何時ものバッグをゴソゴソやってから取り出したのは猫缶だった。


 アイカ「サーム! こいつを頼む!」


 サム「YES!」

 何時もながら逞しい彼なのだが、この環境でパンイチは流石に心配になる、守護霊とはいえ。

 

心配をよそに、いつの間にか割れ窓の内側に猫缶が配置されていた。


 武部「…相変わらず速いっすね、サム」

 やはりその界隈の人間が見ると尚の事、凄いのだろう。

称賛というより驚嘆に近い感想が小生意気な彼から漏れる。


 アイカ「当然だろう! 八十の誇る守護霊が中でも傑物中の傑物! 当然なのだよ!」

 

 サム「HA! HA! HA! HA!」

 両者共に腕組みしてご満悦そうだ。


 川部「っていうかよぉ… 何か聞こえねぇか?」


 澤部「あ! 確かに」


 堀部「然り…」


 俺「聞こえてきますね…」

 まるでそれは赤ん坊の泣き声の様な…


 「ンナーォ、ンナーォ、ンナーォ…」

 徐々に徐々にそれは、こちらに近づいて来ている様だった。

俺達はいつの間にか沈黙して再度、割れ窓を凝視する。


 「…ンニャァアァああぁぉオオオォ…」


 確かに、事前に送られてきた音声とデータを総合的に判断するならば今回の駆除対象は猫と判断するのが妥当だった。

しかしながら、目の前で猫缶にむしゃぶりつくソレは明らかに違う。


 「…ンぎャァアァぁぉオォオォ…」


 部分部分に肌色の、人間的パーツが見え隠れする。

赤黒く蠢く肉ミンチであった。

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