第24話「狐狗狸廃病院島」4
(やるとしたら初キャンプは一人で夏に、どこかの高原でハードボイルドにやりたい)
これは俺のささやかな願望の一つだ。
しかしながら業務とは名ばかりの、トランプ遊びの帰りがけ、上司の説明演説にて突如としてこの願望は危機に瀕した。
「諸君! 依頼については周知の通り、離島での仕事になる。 連絡船は2日に一回、いちいち行き来するのも手間なので現地での寝泊まりも有り得る。 それなりの準備をした上3日後、午前10時ここに集合だ。 脅威は未知数、頼りになる私とサムが命は保証してくれるだろうなんて甘い考えはしないように。
悪いが私は全員を守り切れる自信がない。
今更だろうが想定外なんて常に起こり得るのだからな、くれぐれも各々手は抜くなよ!」
気にいったのか再度ソファの上で仁王立ちしてのそれは、中々に反響を呼んだ。
川部「何もなさそうな島でいきなり寝泊まり言われても分かんねぇよ! チビ!」
早速、清楚な彼女から汚い野次が飛ぶ。
アイカ「うっさい馬鹿! それを考えるのも修行だ馬鹿!」
縫い目だらけの変なぬいぐるみを踏み付けながら上司は吠える。
澤部「あの、シャワーとか無いですよね?」
アイカ「あるわけないだろう」
年頃の若者に対してなかなかに非情な宣告だ。
武部「ちなみに滞在は何日ぐらいの見積りですか?」
アイカ「一週間だ!」
学生陣から「うへぇ」とも「うえぇ」ともつかない苦渋にまみれた呻きが上がる。
堀部「…いきなりだな」
アイカ「これも修行だ!」
ちんちくりんのくせしてブラック企業ばりの精神論ブチ込んでくるのは中々に闇が深いと思います。
俺「不安ですね。 まずはしっかり休める環境がないと仕事に支障が出ると思います」
俺だって真冬の潮風でキシキシになりながら一週間も、わけわからんお化け相手に走り回りたくない。
一日の終わりにシャワー浴びて美味い飯にありつきたい。
武部「佐藤さんに賛成で〜す。 そもそもこういうのって依頼者側から何かしら救済措置引き出しておくのが普通じゃないですかね?
依頼とってきた社長の仕事じゃないんですか〜?」
アイカ「!?」
"わななく" ってやつだろうか。
なんだか初めてここに来た時のことを思い出す。
川部「あれぇ〜? これってぇ? チビ社長の怠慢じゃねぇのぉ?」
アイカ「…」
あー、後ろ向いちゃったよ…
堀部「…言い過ぎだ」
川部「説教臭!」
武部「おいおい、無茶苦茶言ってんだから当然じゃんかよ、リーダー」
澤部「こんな小さいんだし言い方ってものがあるでしょ!」
アイカ「…」
あぁあぁ、泣いちゃったよ。
俺「はいはい! なんだかまとまらないし明日また集まろう! 説得しとくから」
パンパン手を叩いて取り敢えず喧々諤々の学生陣を帰す。
静かになったはなったで気まずいが、なんとか励まさなきゃならん。
このままじゃ依頼自体流れかねない。
俺「アイカさん、今日一杯付き合ってくれませんか?」
俺から誘うのは初めてだが、今日だけ特別である。
…
「そもそもんなぁ、私はあひつらのにゃめを思ってっ!」
相変わらず初っ端からベロベロとはいかずとも、ペロペロぐらいになった彼女は色々愚痴りだす。
俺「まぁ、未来ある若者ですしね」
アイカ「しょぅでゃりょ? いりょいりょけぇいけんしるべきやにょにしゃ、あぁだこうでゃ言ってしゃ? おみゃけにチビでゃの、おきょさまだの…」
あぁ、訂正。
こりゃベロベロですな。
ピッチャーを一人で飲むからだ。
俺「あれはちょっとあんまりでしたね。
依頼あっての仕事ですからそういう部分でも気を使えるように教える必要はあるでしょう」
アイカ「でゃありょ〜? にやっぱし、にょんぶしゅういっちもさぁ? ぎゃくせいなゃぁんでゃからさ… ぎゃくせいなゃぁんでゃから… 」
何か考え込む。
アイカ「ちっとトイレ!」
あれだけ飲めばそりゃそうか。
というかあの図体のどこにピッチャーを干せるだけの容量があるのか不思議だ。
しかし、「学生だから」か…
まぁ学生ではあるんだろうけれど正直、学生だからとああだこうだ理屈をつけるのにも限度がありはしないか。
自分で進む道のことは結局自分でいつかは決めることになるのだからなんでもかんでも君達の為、君達の為、じゃあやっぱり理解は得られない。
そんな気がする。
アイカ「戻ったぞぉ!」
俺「あれ? 何か滑舌が戻りましたね」
アイカ「なんかさ、出すもの出したら酔が覚めること、ないかね?」
俺「いや、普段しないような汚い話するあたりまだ酔ってますね」
アイカ「ぃひひひひ、そうかもしれん」
やっぱ酔ってる。
俺「次、何にします?」
アイカ「"ボッピー" と水にする」
俺「あれ? 意外ですね。 いつもはここらへんでウィスキーとか調子こいて飲むじゃないですか」
アイカ「いや、だってこの前散々吐いたし…」
俺「あれは地獄でしたね…
店に便所が一つしか無くて…」
アイカ「君の吐瀉物が臭すぎて止まるものも止まらなかった」
俺「いや、アイカさんのが臭かったです!」
アイカ「それはないだろう。 君、あぁなるまえにニンニクの丸焼きとか頼んでラム酒をガブ飲みしてたじゃないか」
俺「いやいや、臭いがキツくなるのはだいたい動物性脂肪のせいなんです。 絶対、チーズ盛食べながらワインをガブ飲みしてたアイカさんのが臭いっす」
アイカ「いや。 いやいや、そもそもだね…」
あまり聞かれたくない話をしている時に限って間が悪いものだ。
個室の襖が開く。
「失礼します。 ご注文伺いに参りました」
アイカ「いや…もうよそうか…
あの"ボッピー"と水とタコわさ、お願いします」
流石に飲食店でする話題じゃなかった。
多分、俺も少し酔っている。
俺「ウーロンハイとだし巻き卵、お願いします」
「はい。
"ボッピー"と水、タコわさ、ウーロンハイとだし巻き卵ですね。 かしこまりました〜」
…
アイカ「何だね? 君こそここら辺で日本酒の全種飲みとかするじゃないか」
俺「俺もそれなりに懲りたんですよ…
それよりアイカさん四部衆のことなんですが…」
アイカ「ん〜、何だね?」
ゆるゆるの口元が少し不満気に引き伸ばされる。
俺「学生扱いしないほうが良いかもしれません」
アイカ「学生は学生だろう?」
俺「モノの伝え方っていうのが有ると思うんです。 学生なんだから理由もたいして話さずに"経験になるから"って中々、当人達からすれば腹が立つんじゃないかな? と、ふと思ったんです」
アイカ「しかしなぁ? 私もアイカ&サム興信所の代表として取るべき態度というものがある」
俺「まぁ、そうかもしれないですけど今の時代、そういう考えが理解を得られるとは限りませんよ。
実際さっきも泣かされてたじゃないですか」
アイカ「言っておくがな、さっきのは君が学生側についたのがいけないんだぞ! あそこで少しは味方してくれたら風向きも変わったかもしれんじゃないか」
俺「すみません。
だってアイカさんの言い分が随分バラバラに思えたもんですから」
アイカ「バラバラ?」
俺「えぇバラバラです。 今回の依頼も中々に危険性が高そうなんですよね?」
アイカ「そうだな」
俺「それでもって見込み一週間、人里離れた島で凌ぎながら依頼を解決すると…」
アイカ「そ、そうだな」
俺「はっきり言って、結構ヤバげな依頼にも関わらず根性論でむりくり取組もうっていう印象なんです。
安全確実にこなすならそれこそ一週間とは言わず二週間でも三週間でも、何処かに拠点を構えてじっくり取り組むべきじゃないですか?」
アイカ「いや、まぁ普通に考えればそうかもしれんがな?
実際、学生陣は研修で来ている訳だし何かしら学ばんと…」
俺「だめだめ、だめですよアイカさん。
引きづられ過ぎです。
こちらが特別に何かしてあげないと何一つ学べないなんてことはないんですって。
高校生で鳴り物入りの四人組ですよ?
部下が四人増えた位の認識で特別扱いする必要なんてないんですよ」
アイカ「でもやっぱり皆で海辺キャンプするしかないんだが…」
俺「そうしなければいけない理由があるなら明日、皆に説明して下さい。
修行のためだとかそういう逃げ口上は不要ですから。
学生扱いしないでしっかり向きあって下さい」
アイカ「分かった…
うん、分かったけどさ…」
焼き鳥を八つ当たりする様に噛みしだきながら歯切れ悪い返事をする様は、やはり怒られて不貞腐れた子供にしか見えない。
タイミングよく襖が開く。
「お待たせ致しました。
ボッピー"と水、タコわさ、ウーロンハイとだし巻き卵になります」
…
俺「ほら、丁度いいですよ。 目処も立ちましたし乾杯です。 ほらほら、乾杯〜」
アイカ「か〜ん〜ぱ〜いぃ〜」
最後にすこぶるブスっとした乾杯が聞けて、正直俺は気分が良かった。
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