第22話「狐狗狸廃病院島」2

 「無礼な馬鹿とは仕事したくない」

 静かな怒りを込めて、チョコレートフレークをムシャムシャしながら言う彼女の主張はこれだけだった。


 「偉そうなチビにペコペコするのはマジ無理なんですけど〜」

 溢れ出る悪態を内に秘め、チューイングキャンディーをガシガシ噛みながら言う彼女のぼやきはこれだけだった。

昨日のキャットファイトは結局、第三者の乱入により有耶無耶になったわけだが、額に青痣を作った二人の喧嘩は継続中。


俺「どうしよう?」

 ムスッとしている二人は置いといてこちらはこちらで茶飲みがてらの作戦会議である。


武部「川部の馬鹿は無駄に頑固だから期待しない方が良いよ」


澤部「そうは言っても挑発したのは川部じゃん。

謝るのはやっぱりこっちから…」


堀部「…俺が行こう」

 渋いな。


 「「リーダー!?」」


澤部「いや、リーダーはダメでしょ」


武部「あ〜、リーダーじゃなぁ」

 思ったより信用が無いらしい。


俺「いや、ここはダメでも何か糸口が欲しいところじゃないです?」


澤部「もっともなんですけど… なんか佐藤さんに言われると間違いな気がしてきます」

 学生服の人間に言われると大人としてなんか傷付く。


武部「いやいや、佐藤さんめっちゃ正しい。

今って何も起き得ないじゃん?

ブレイクスルーだよブレイクスルー」

 恩は売っておくものだと一瞬考えた自分がいて、これはこれで傷付く。


澤部「え〜…、それじゃあまあ行ってみる?

リーダー?」


堀部「…参ろう」

 ヌッと急遽買い足したパイプ椅子から立つその様は、中々に頼りになりそうだった。


 「は!? 何リーダー、馬鹿じゃん? いっつもいっつもボサっとしてて、まともに話せねぇし頭ン中に苔でも生えてんのかと思ってたけどさぁ? リーダー? マジで馬鹿なん?」


堀部「…すまん」

 可哀想に。

勇ましく見えた彼はうなだれてしまった。


澤部「リーダー…、お疲れ様」


武部「気にすんなよ、川部の口の悪さは何時もじゃん」


俺「いや本当ごめん、お茶でも飲んで」

 申し訳ないのでお茶請けには りふぅ菓子店のババロアを奮発した。

キャラメルクリーム入りのメタメタに美味いやつだ。


堀部「…」

 黙って咀嚼していたがポツリとこぼす。


堀部「コーヒーが欲しくなるな…」

 なんか申し訳ない。

緑茶なんだ。


武部「あぁ〜! じゃあさ! 次、俺ね」

 湿っぽいのが嫌いっぽい武部が振り払うように立ち上がる。 


 「武部〜? あんまし下らないこと言ってっと、ササキっちょにアノ事ばらすけどさぁ? 良いの?」


 武部「…」

お調子者の彼は黙りこくってしまった。


 澤部「自業自得」


 武部「…」


 堀部「…」

 なんだこの空気は…

何をやらかしたんだ彼は。


 俺「まっ、まぁしょうがないよね? お茶でも飲んで」

 なんだかいたたまれないのでお茶請けには 

りふぅ菓子店の季節モンブランを奮発した。

外側も内側も林檎まみれの爽やかに甘く美味いやつだ。


 武部「…」

 黙ってシャクシャク咀嚼していた彼は突如涙を流し始める。


 武部「…甘」

 それだけ味わっていただけたのなら幸いだ。

過去に何があったのかは知らないが…


 澤部「あぁ〜、はいはい! それじゃあ何時も通り私が行ってきます!」

 若干呆れ半分に彼女は立ち上がる。


 「ねぇ? アンタもなの? いい加減馬鹿は飽きあ…」


バチッ


 次の瞬間には毒づき始めた川部の頬にビンタが飛んでいた。


 澤部「ねぇ? 川部のことは好きだよ?

素直になってくれた川部はもっと好きだし、

何だか長い友達付き合いになりそうだなって思ってるんだ。 だからさ、ダメそうなことはダメって言うね? 聞きそうにないなら手、出すし。 

良いでしょ? 川部強いもん」


 …もう手ぇ出してますがな。


 川部「…チッ!」

 一度きり舌打ちしたあと彼女は立ち上がる。

また喧嘩になるかと思いきや、

強がりからか、ソファに慣れない姿勢でふんぞり返るアイカの前で急に土下座した。


 川部「すみませんでした」


 アイカ「えぇ…?」

 いやさ。

いくら今までとギャップあったとしてもさ、素直に謝ってんだからそんな露骨に困惑しなくても。


 アイカ「えっ? えぇ〜? えぇ?

さすっち君、どうすりゃいい? こういう時」


 俺「さぁ… こちらも謝れば良いんじゃないですか? 喧嘩両成敗って言いますし」

 俺も知らん。


 アイカ「…こうか!? こうなのか? 

なんか君がそうしているといたたまれないんだ!

真っ直ぐ育つ竹をひん曲げている気分になる!

分かったから、頭を上げてくれ!」

 いやまあ誰が先に手を出しただの煽っただの、何だか色々となあなあなではあるが…

何かを恥じらうように土下座し合う二人を見ていると、どうでもよくなった。



 アイカ「…それで、職場体験は良いとしてだ。

まだ駆け出しの我が興信所であるからしてだな、そうそう仕事は無いぞ?」

 無駄に大きくてゴツイ印鑑を、体験受け入れの書類に捺印…

というよりかは全体重をかけて押し付けている、まだ若干赤ら顔の上司はきまり悪そうに切り出す。


 澤部「え?! でも日頃の業務のなかでも何か得られるかもしれませんし、ね?」


 堀部「うむ…日々の積み重ねこそ即ち修練」


 武部「というか一応学生ですし? 俺達。

あんましキツイのは勘弁…ってか、さっさと終わらして卒業したいです」


 アイカ「卒業かかっとるのか? これ?」


 川部「書類に書いてんじゃんよく読めよ。

やっぱしガキ」


 アイカ「うるさい馬鹿!」

 また何やら始まりそうになったので、取り敢えず貰える協力費の桁だけ確認して押印した不用心な上司に書類の内容を伝える。


 俺「この職場体験制度は受諾日より一年、学校の判断で行われる特別補習の位置づけとのことです。

まぁ、学校行って授業受ける代わりにここに来るって感じですか。

それで一年たったら受け入れ側が履修証明に押印して晴れて単位取得、だそうです」


 アイカ「え!? 一週間ぐらいだと思った」


 俺「たった一週間の受け入れでこんなには貰えないでしょうと」


 アイカ「え〜、じゃああれかね? 君らにも毎回茶菓子やら振る舞って、健康ランドに連れて行かなきゃいかんのか?」


 澤部「健康ランド… それ、お仕事なんですか?」

 アットホームな職場作りを志す彼女にとっては仕事の一環らしい。

一人で行くのが寂しい言い訳だろうと思うが。


 俺「掛かった費用は協力費とは別で請求できるようなので、金銭的には問題なさそうですが…」


 アイカ「…人が増えれば大規模な依頼も受けられるかな? しかも "回梨の四部衆" ならネームバリューでアピールできるかもだし…」

 駄々漏れの上司判断的には意外と美味しい話かもしれない。


 アイカ「よし! 良いじゃないかね職場体験!

快く承るとしよう!」

 いやいや、もう印鑑押してるって。


 武部「何か不安なんだが、澤部」


 澤部「いや…まあ…でもさ、一応は確かな実力者なわけだし」


 川部「どぅだかね〜」


 堀部「八十の真髄、とくと学ぼう…」


 まぁ、こうして "アイカ&サム興信所" に人員が増えたわけだが…



 アイカ「いやぁ! やっぱり電気風呂の後のマッサージは最高だな! 諸君!」


 澤部「あ、…気持ち良いです…はい」


 川部「牛乳うま」


 武部「これで単位取れんなら儲けもんか」


 堀部「これが…八十のマネジメント」


 俺「あ~きもてぃい〜」


 その後、すぐに裸の付き合いと称して健康ランドに行くのはどうかと思ったのだが、正直どうでも良くなった。




 


 

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