第20話「骸骨学舎」 後始末
人間は不可解なものに対して恐怖を抱く。
実際はその不可解なものそのものより、抱かれる恐怖心によって生じる混沌こそが怖かったりするのだが…
故に、何がどうしてそうなったのか。
人の関わるところ何らかの落としどころは常に必要である。
例えそれが、本当に誰にとっても不可解なものであったとしても…
「あぁ面倒くさい、あー、めんどくさ~い、め、ん、ど、く、さ~い」
もう夜も明けようかという時間のとある邸宅。
赤黒さを湛える着物、白過ぎる顔が印象的な老人は安楽椅子をぎいぎい鳴らしながらぼやいていた。
件の集団失踪事件の顛末をどう説明するのか?
一仕事終えた後にそればかり考えているのだから、ぼやきの一つも当然だろう。
それでも今日中には、できるのならば直ぐにでも、考えついてみせなければいけない。
誰もが心を乱されない、そんな形を見せてやらなければ、絡みに絡んだ関係図はすぐにこじれてしまうのだから。
「不可解、不可解ねえ…不可解…わけがわからん、理解が及ばん、前代未聞…」
老人のぼやきは続く。
踏んだ場数の多さと、その手のノウハウが自慢の老人も、流石に何一つ分からないことについてはどう言いようもない。
そもそもが、事実を知る一部の者達だけでうまく誤魔化す必要のある厄介な案件だったのだ。
そこに未知なる要素までが紛れては最早、真実を混ぜた嘘などと贅沢は言っていられない。
「電話するか…」
一から十まで虚構で塗り固めることを決心した老人は何年ぶりか、他者に助力を乞うため電話に手を伸ばした。
「夜分に失礼、マイルドちゃん?
ちょっと頼み事良いかな?」
「夜分っていうかもうほぼ朝だよ?
ボクじゃなかったら相手は怒り狂ってる用件だね。
八十爺(ヤソジイ)。」
機械音声みたいなぎこちない声で意思疎通するこのマイルドちゃんこそは、かの対異形集団 "組織" のトップであったりする。
「つれないこと言わんでよマイルドちゃん。
対霊三部会の長い付き合いじゃない」
「八十爺が何か頼る時は大抵誰にとっても厄介が過ぎることなんだもん。 前もって文句ぐらい言わせてよ」
「ん、ありがと。 まぁ今回は簡単ではあるから。 厄災の星の後処理、ちょっと上手く片付けられない事態が有ってな? めちゃくそ特異な異形のせいってことにできない?」
「は~ん? 八十爺が説明できない事なんて後ろめたい事以外に有ったんだ?」
「儂が見ている前で何も残さず消えた学生が一人おっての。 話をつけてある回梨のトップにどうも上手く説明できん。 そこでまぁ、後処理の最中に未知の力を持つ異形が乱入してきた体にしてな、対象は退けたが奮闘及ばず、一人の学生が消し飛ばされたということにしたいんだけども…」
「消えた? 八十爺の前で?」
「そうそう、可哀想に心をやられた学生が、
何か叫んだと思ったら消えたの」
「八十爺の前で? 本当に?」
「嘘だったらこんな電話しないよマイルドちゃん。 だからさ、異形の相手をしている"組織"のトップからさ、直々に辻褄合わせた声明出して欲しいわけ」
「いいけどさ… 何それ、怖いんですけど。
ボケたわけじゃないんだよね八十爺?」
「儂は至って正常。 何なら直接会いに行っても良いよ、マイルドちゃん」
「ボクに電話かけられる時点で八十爺が何時も通りなのははっきりしてんだけどさ…
それにしたって… "どこにでもいる'' 筈の君が目標を見失うなんて有って良いことじゃないんだけど」
「まぁ、まあなぁ…」
「ううん… わかった。 わかったよ八十爺。
そりゃ大変なことだよ、のっぴきならないことだよ八十爺。 協力する。 ボクたちの仲だしね」
「ありがとうマイルドちゃん。 お礼といっちゃあれだけど、今年の対霊三部忘年会は儂の奢りで良いからさ」
「ハハ、楽しみにしとく。 九々谷(クガヤ)の大酒呑みも喜ぶよ」
「ん、本当ありがとう。 それじゃよろしく」
ガチャリと受話器を置いて老人はふと、体が震えていることに気がつくのだ。
「不甲斐ないのぉ、この形で。 今更怖いもクソもあるかい…」
誤魔化すためにボヤいてみるが、やっぱり老人は怖かった。
自らの預かり知らぬ未知に数十年ぶり、遭遇したのだから。
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