第19話「骸骨学舎」13
くしゃみが出る。
そう思ったらもう自分ってやつが意識できて、
発作的に鼻筋をせり上がってくる猛烈なむず痒さ。それを、半ば夢見のうちに大袈裟な勢いで放出する。
「ぐぶぇっしょ!」
自分のくしゃみのやかましさで完全に目が覚めた。
夜の寒さと見上げている星空が何か妙にしっくりくる。
まるで、星の瞬きが身に沁みるようで。
…いや、いやいや何処だよ。
ここ。
気がついた瞬間に体が跳ねた。
やばい
取り敢えずやばい
ここは間違いなくやばい
意識を失う直前見た目と鼻の先の、明らかな異様。
揺れる無数のキャンドル、奇妙に笑う男子生徒に絡みつく艶かしい黒い塊…
やばくないわけがない。
…何故か首筋が縮んでいくような錯覚にビクつきながら周囲を覗うに取り敢えず目下、脅威はなさそうだが…
ひと呼吸ついて落ち着いてみたら何か瓦礫に混じって、見覚えある土気色が冷たい微風にそよいでいた。
インバネスコート。
物語に出てくる名探偵がお決まりの如く着ているそれを、現実のこの国で躊躇なくファッションに取り入れている人間は俺の知る限り一人しかいない。
「アイカさん!」
突き付けられた何かが、溶けていくような感じがした。
…
「おぉ…おはよう」
どこにその巨体を押し隠していたのか…
いつの間にか現れて慈母の如く見守るサムのたくましい腕の中で目を覚ました上司は、幸いにも変わりなさそうだ。
俺「アイカさん! 大丈夫ですか?」
アイカ「さすっち君か…此処は?」
流石にヤバそうな記憶が蘇ったのか、バネが跳ねるように上半身を上げる。
俺「分かりません。 しかし、ざっと見た感じ危険は無さそうですが」
アイカ「油断はできんな…」
警戒する俺達の間に太い腕が伸びてきた。
サム「Hey!」
その手には妙に赤黒い線の踊る半紙が、筒状に丸まっていた。
アイカ「…そうか」
何か合点がいったのか
帽子を外してせっかく整っている綺麗な銀髪をガシガシ掻き毟る。
片奥歯を噛み締めるような表情を見るに、
あまり喜ばしい内容ではないのだろう。
俺「何なんですか?」
アイカ「我々は失敗していたんだよ、本当は。
それで死んでいた」
言いながら苦々しくサムから受け取った半紙を広げる。
"除霊済み 精進せよ"
印象的な艶を湛える、赤黒い文字で書かれていた。
アイカ「いや危なかった、本当に危なかった。 間一髪でお祖父様が来てくれたんだ」
俺「いつか話してましたね八十家総括の…」
いつか話に出た、法制度を捻じ曲げるダークサイド金持ち権力者か。
アイカ「そう、私のお祖父様」
俺「あの場に居ましたっけ?」
"お祖父様"と呼べるような風貌の人間は、少なくともあの校舎内で見た覚えが無い。
アイカ「お祖父様はね "どこにでも居る男" の異名で有名なんだ。 凄いだろ?」
俺「はあ…」
身内自慢をする位には、心の余裕が残っているらしい。
いまいち俺にはその凄さがピンとこないが。
アイカ「まぁ、しかしなぁ〜 悔しいなぁ」
力任せにブーツのかかとで地面を掘削している。
彼女が見せる苛立ちの仕草で最上級がこれと、先ほどの頭ガシガシなのだから、俺の中では前例のないダブルパンチ…命は助かったようだが目下、こちらに対する警戒は必要らしい。
俺「まぁ、命あっての何とやらです。 何だかんだ無事で良かったですよ」
アイカ「うーん、そうか…そうかなぁ?」
やはり何だか引きづられるようだ。
普段の偉そうな態度もあるから、
「あんまりイライラしていると背が縮みますよ」と、
よっぽどからかってやりたかったが、報酬に響くと嫌なので唇を噛んで我慢する。
でも何か言ってやりたくてムラつく。
気を紛らわすのだ…
何か他の事を考えよう。
…そういえば校舎内に居た40余名、無事なのだろうか?
「あっ、あっ、あっ、ケイ君! いい! 気持ちぃぃ!!!」
寒空に、何やら懐かしい嬌声が響いた。
「あっ、!」
連動してこちらでは、半ば悲鳴に近い声が上がる。
瞬時にサムがアイカの両耳を分厚い手で遮るが、
綺麗なオッドアイが月光に泳ぎまくっているところを見るに、間に合わなかったようだ。
「おっ! おっおっ! いいね! 外もいいね! 最高! あっ! あ、、出る!!」
続けて響く、身も蓋もない声。
そうなんだよ、ケイ君。もう外なんだ。
無事解放された手前すまないが、公然猥褻罪、現行犯で君を私人逮捕したい気分だよ。
凄まじい害意が俺の中で生まれたと思ったが、次の瞬間には天を割くような乙女の悲鳴が上がってどうでもよくなった。
「止めて! 止めて、下さいまし!! 誰かぁ!
誰かぁ!」
あの眠そうな声色が、よくここまで悲痛に響いたものだ。
オカルト部の、のんびり副部長の声だった。
事態の収拾と共に、見た通り内部も荒れ放題なのであろう校舎内から聞こえた。
あぁそういえば、そうだよ。
あの退廃的な状況じゃ、色々と危なくないか?
俺「アイカさんちょっと…先ほどの悲鳴の様子見と救援に向かいたいのですが、いいですか?」
アイカ「おっ? ぉおっ…そうだね、そうだ。
感心だよ、さすっち君素晴らしい。 そうだよ。
良い仕事はアフターケアも心がけなければな、うん。 気をつけて向かい給え、私は警備員を呼んで来るとしよう。 鉄筋コンクリート製とはいえ一度焼けて野ざらしだからな。 気をつけ給えよ」
こちらとしては顔を赤くして歯切れ悪い、彼女の方が心配なのだが、サムがいるならまぁ大丈夫だろう。
グローブよし。
サポーターよし。
作業用マスクよし。
安全靴よし。
リュックよし。
ワークショップで選び抜いたフラッシュライト付ヘルメットがようやくここで本領発揮、頭部よし。
視界もよし。
俺「それじゃ、行ってきます」
もう何もありはしないと分かっているからだろうか? 不謹慎ながら若干、うきうきしながら暗い校舎に進む。
ホラーは大嫌いだが、
アドベンチャーは嫌いじゃない。
アイカ「しつこいようだがね!? 霊は居ないだろうがくれぐれも気をつけ給えよ〜」
後ろから追いかけてくる実家の母親みたいなクドさを湛える言葉に、手を振って応えた。
手を振るついで、ふと空を見上げて思う。
月夜がこんなにも心から綺麗に思えたのは、
何時以来だろうか?
(「ちょっと! 何やってんの! もっと速く走ってよ!」)
何年前だっけか、
やはり月の綺麗な夜だったか…
ふと、思い出される遠い異邦の記憶。
一瞬、鬱陶しい顔が脳裏にチラついたが、目の前に横たわる暗く巨大な建築物への興味で、すぐに塗り潰された。
…
もう時間が普通に流れているのであろう校舎内は、なかなかに残念だ。
酔い潰れたり、例の透明な袋で正体をなくしたような学生が、暗い廃墟の先々に転がっている。
もしくは茫然と揺れている。
まともに動ける人間ならすぐにこの不気味な廃屋からは出て行くのだろうし、当然と言えば当然なのかもしれない。
しかし困った、そんな何人も背負って動けるほどのマッスルパワーは俺に無い。
「おーい、誰かいないのか? おーい」
さっきのとはまた別の、助けを求める声が響く、が
まさかの女子トイレ…
俺「誰か呼びましたか〜?」
取り敢えずギイギイ鳴る扉を確かめながら呼び掛けてみる。
できれば気味悪いので近づきたくない。
夜のトイレはそれだけでホラーだ。
「あー、助かった。 早く何か、何か拭くものをくれ、紙とかな」
やっぱり、お化け屋敷のセットみたいになってしまっている女子トイレ内の個室から、聞いた声が答えた。
俺「ポケットティッシュで足りますか?」
「どれぐらい有る? 2、3枚じゃ足りない」
俺「まだ未使用ですよ」
「ぎりぎり大丈夫か? まぁいいや助かった。投げ入れてくれ」
あぁ、この上から押し付けられてる感は間違いない。
俺「はいはい、それじゃいきますよ真守(まかみ)先生」
真守「OK、OK、来い、はよ来い」
あぁ、いい月夜なのにな。
何やってんだろう?
…
真守「いや、助かった。 ありがとう。 また死ぬ前に出すもの出しておくかときばっていたらいきなり便所が廃墟になってな、紙は無くなってるわ水流は悪くてモノが流れんわ… まぁでもあれだろう? 君達がなんとかしてくれたんだろう? 何だか生きてるって感じがするんだ」
俺「そんな所です。 それよりまだ校舎内にいる学生の救援を手伝っていただけませんか? 先ほど聞こえた悲鳴もありますし人手がいります」
真守「OK、OK、手伝うよ。 悲鳴の方は君が行くのかい? 少し心配だが…」
俺「お構いなく。 これでも貴方達を助けられた位には頼りにはなるのですから」
実際は地面で寝ていただけなのだが、なぜだかこの人相手には虚勢を貼りたくなる。
まだまだ心がガキなのだと、言った手前少し後悔する。
真守「はは、そう言われたら何も言えない。 まぁ、一服しながらのんびりやらせて貰うよ」
言いながらもう煙草を咥えていた。
「こんな非常時に悠長な」と噛み付きたくなったが、先ほどの後悔が頭をよぎる。
少し落ち着こう。
この人には、この人なりのやり方があるのだ。
俺「分かりました。 よろしくお願いします」
真守「任されたよ。 そうだ、ティッシュのお礼にこれをあげよう」
どういう効果のそれかは知らないが、一枚の御札だった。
丁重に扱う仕草を見せて、作業着の内ポケットに落とす。
形式じみた自分の行動に、何か苦いものが口の中に広がった気がした。
俺「…どうも」
女子トイレで立ち話するのも嫌になったので踵を返す。
真守「ま、お互い頑張ろ」
俺「そうですね、頑張りましょう」
背にかかる声に答えつつ、やはり苦味を訴える口内に苛立ちを覚えた。
…
なんだか先ほどの邂逅で心がささくれている。
やはり、あの教員とはどうも馬が合わない。
悪い人ではないのだろうが、どうやったってうまく折り合わない人間ってやつは居るものだ。
しょうがない。
半ば惰性で校内を進んでいると、目指していた悲鳴が上がる。
「誰かぁ! 誰かいませんの!? 誰かぁ!!」
今度は近い、捜していた副部長の声だ。
俺「はーい、はーい、ここにいますよ! どうなさいましたか!?」
叫びつつ駆け付ければ、男子生徒二人の取っ組み合いを前に、涙ぐみながらオロオロ悲痛な声をあげる副部長が居た。
「佐藤様! 佐藤様! なんとかして下さいまし! 一生さんが! 一生さんが!」
あ~あ~、そんなに泣かないで下さいましお嬢様。
心が痛くなる。
さて、お嬢様を泣かす罪な男共はいよいよ息遣い荒く地べたを転げ回っている。
丸々としたオカルト部部長を引き倒し、ボールにマウントを取ろうとしている猫のような男子生徒もまた、よく見れば知った顔であった。
「お前が!!! お前がな!
さっさと出てくりゃあな! こんなこと!!」
見覚えあるギラついた茶髪。
あぁ、あれだ。 酒盛り面接集団の一人だ。
俺「少々お待ち下さい。 すぐになんとかしますので」
霊能関係のそれがないなら遠慮なく。
高校生相手の肉弾戦なら負ける気はしない。
取り敢えず汚い床を転げ回る片方の肩を引っ掴む。
「なんだよオッサン!! 茶々入れんじゃねえ!!」
俺「はいはい、落ち着いて。 おちつきましょーね」
力任せに密着する二人の間に腕を無理くりねじ込む。
次は肩。
「ふざけんじゃねえ!! てめえ、おら! かんけぇねえだろうが!!!」
俺「はいはいはいはい、落ち着け。 落ち着け」
そのまま茶髪の右腕を全身でかためながらもみ合って、後ろに密着する。
暴れる背中から離れないように気を付けて、脇から腕を回して首を抑えれば、羽交い締めの完成。
大学時代から酔っ払いの制圧で鍛えてきたおかげか、慣れたものだ。
俺「何があったか分からないけども、もう終わったんだ。 助かったんだよ」
「てめえ、おら! てめえ!」
後頭部で頭突きを試みるのは想定済み。
その為の羽交い締め。
組んだ手の平で抑える。
「ふざけんな! てめえ!! ふざけんな!!
くっそ!」
俺の体重は80キロ、平均よりちょい重い。
見たところ痩せ型な高校生の脚力だけで何とかなるものじゃない。 身長差だってそこそこある。
強化プラスチック製のサポーターでガードできているので、脚のガードもバッチリ。
バタつく茶髪の踵が虚しくサポーターの上を滑る。
俺「取り敢えず落ち着けよ、何とかなったんだ。
それで良いじゃないか」
何か中学生の時やった柔道を思い出すな。
「お前なあ!! オッサン!!! どうなったか分かってんだろ!?
薬、酒! 死んだ方がマシだったんだよ!!!
あんなイカれちまって、どの面下げて戻れってんだよ!! 無理だよ! 遅すぎんだよ!! とっくに壊れちまってんだよ! どいつもこいつも!!!」
言われてみれば確かに。
こうなる前はおそらく健全な学校生活を送っていたのだ。
異常な閉鎖空間で徐々にまともさを失っていく学友を見るのは、中々に酷な話なのかもしれない。
今更ながら、軽率だったかと反省する。
摩耗しきった心のささくれ具合には、少し思うところが有るのだから。
「申し訳ない」
もみ合いから離脱した部長、氷室がいつの間にか丸い体をさらに丸めて土下座していた。
「おそらく術の特徴からして僕が何かしらの要因になったのは確かだ。
幼馴染の君だから、多分すぐに合点がいったんだろう。
部室に閉じこもっていて、すまなかった。」
「おせぇんだよ、氷室ぉ!!!!」
また茶髪はバタバタと暴れる。
冷静なリーダーという風に見えたが存外、情熱的な性格なのかもしれない。
「一生さんを責めないで下さいまし!!
一生さんは初め皆様と合流しようとしたんです!
私が追及を恐がったのがいけないのです!!」
副部長の悲痛な声が、がらんどうな校舎内に響く。
「だ、か、らぁあ!!! 遅えんだよ!!!!」
茶髪のやり場のない怒りは収まらないらしい。
収拾つく気がしねぇ…
「何やってんの? リーダー?」
え、誰?
知らぬ声が響く。
「吉村ァ! 下がってろ!」
一段と激しくバタバタする。
いや、誰だよ。 吉村。
聞いた感じ女学生だと想像つくが。
「リーダーさぁ、もういいんだよ」
「うっせええ! こいつらがな! こいつらさえ早く出て来てりゃあなあ!!!」
「リーダー…」
声がより近くなった。
「ねぇ、リーダー」
「うっせぇぇええ! 黙れぇえ!!」
暴れる茶髪頭が邪魔でよく見えん。
声の位置がそれこそ這いつくばっている俺達位には下がったように感じるが。
「リーダー…、もういいよ。
頑張ったよ、リーダー。 お疲れ様」
すこぶる近くで聞こえるな、と思ったら直近間近の茶髪頭がなんかやたらと良い香りのする腕に抱かれていた。
「…」
「なになに? リーダー… 泣いちった?」
「うっせぇ」
…
顔、近えな。
…
何かすこぶる居心地が悪い。
彼女さんかなんかですかね、額なんかくっつけ合っちゃって…
俺は茶髪の拘束を解くと地べたを静かに転がりその場を退避した。
なんか死にたい。
取り敢えず立ち上がる。
いつの間にかできた二組の学生カップルが月明かりによく映える。
寄り添って囁きあっている。
なんか甘酸っぱい。
そしてやっぱり、なんか死にたくなる。
土埃まみれの作業着を見て思う。
なんのために生きているんだっけか、俺?
あまりの青春模様に自身を喪失し、よろめいた踵に何か当たる。
「ぅウゥェエッ… ウォォェエッ…」
あぁ、武部だった。
「川部ぇえぇ…」
青春なんてものとは無縁の怨嗟のこもった声をもらしながら隅にゲェゲェやっている。
俺は一人じゃないらしい。
俺「武部君、助けに来た。 救援が来ているんだ外に行こう」
「ォオオォオオォ… オオォ…」
生ける屍の如き彼に肩を貸し、取り敢えず外を目指すことに集中した。
輝ける月光が俺達を照らす。
ゲロ臭ぇ…
…
アイカ「おぉ! さすっち君! 戻ったかね、無事で何よりだ!」
青春組は先生に任せ、グロッキーな学生数名を警備員に預けて校舎の無人を確認。
そして軽トラに戻れば、何だか懐かしい小ささと逞しい筋肉があって安心した。
偉そうな上司は荷台に腰掛けて、どこから出したかミニパックのジュースをちゅーちゅー吸っている。
やはり、パイプなんか咥えているよりよほどしっくりくるな。
サムは威圧的笑顔とポージングで迎えてくれる。
相変わらずいい…筋肉だ。
俺「ええまあ、無事戻りました」
精神的ダメージはややあったが。
サムに頼めばいいのに格好つけて荷台から飛び降りた彼女は、したり顔で俺に近づき腰を叩く。
アイカ「いや、何だかな。 色々あったな…
ともあれお疲れ様! 解決は解決、成功報酬は入るし!」
小さい手でもバッシバッシやられると痛い。
痛みを誤魔化し半分、月を見上げる。
そうしたら、
何だか背筋が伸びたせいか、安堵できたせいか、
気にならなかったことが気になりだした。
俺「何か腹、減りましたね」
深夜だし。
一仕事の後だし。
アイカ「そうだなぁ… 私はピザが食べたいな!」
俺「夜中ですよ?」
アイカ「もーぅ、分かってないなぁさすっち君! だからこそだよ、だ、か、ら、こ、そ、
この夜更けにあえてチーズたっぷりの生地に齧りつく背徳感がたまらんのじゃないか!」
ヤケ食いか。
俺「あ~、何かそれもいい気がしてきました」
でも正直、地面を掘り返しまくっている彼女を見ていたら、カロリーが高けりゃ何でもウェルカムな心境になった。
カロリーの塊みたいな食物をメチャクチャ甘い炭酸水で流し込みたい。
そういえば、今回は色々と溜まっているのだ。
俺も。
アイカ「だろう? それじゃほら、早速営業しているファミレスを探すんだ!」
深夜のノリなのか知らんが、軽トラによじ登ってポーズを取る彼女はやはりガキくさい。
俺「了〜解〜しましたぁ!」
それに合わせて大仰な素振りで敬礼してみせる。
久々にふざけてみたらなにかが吹き飛んだ。
肝心なところがブレてないなら別に、ガキでも良いのかもしれない。
アイカ「はははは! チーズとトマトが私を呼んでいるぞ!」
俺「はははは! 主舵いっぱぁい!!」
ウキウキと軽トラのエンジンを入れつつふと考える。
これもこれで青春っぽいな、と。
…
「まーかーみー先生っ!」
ひと通り解放された生徒を見送って、一服していると背後から声がかかる。
真守「何だへなちょこ四人組の澤部じゃないか。 まだ居たのか」
やれやれ、まだ仕事は終わってないらしい。
澤部「へなちょこは酷くないですか!?」
真守「いやいや、散々グサグサ殺られてきただろう私ら… 充分へなちょこさ。 へなちょこ四人組の澤部にへなちょこ霊能教師の私だよ」
おかげで霊能士としてのプライドと自信はとっくにズタボロだ。
四部衆と持ち上げられていた澤部も心境は同じなのだろう、苦笑いを浮かべている。
澤部「いや… でもあれは… 反則ですよ色々と」
真守「まあな…」
それを何とかしやがる化物も居たのが更に悔しい。
澤部「結局なんだったんですかね? あれ」
真守「さぁね、想像つかん。 そのうち運営を通して校長から発表があるんじゃないか?」
組織としての体もあるから何もかも明らかに、とはいかないのだろうが…
それはそれとして。
真守「ところで、なんでまだ帰ってないんだ? 確か家はここら近辺だろうが」
澤部「いやぁそれが、出てくる時に暗がりで髪留め落としちゃいまして… 川部とお揃いのやつなんですよ」
真守「あぁ… 相変わらず仲良いのな、お前達」
澤部「今回のことのお陰ってわけじゃないですけど、なんかこの先も長い付き合いになりそうな気がするんですよ。 なんとなく」
真守「良いんじゃないか? 竹馬の友ってやつは貴重だぞ。 多分」
澤部「ですから! 真守先生お得意のアレ、お願いします!」
真守「やれやれ、手のかかる生徒だよ。 まったく…」
悲しいことに、華やぎの無い地味さで知られている私に生徒が話しかけてくる時というのはだいたい物探しの依頼である。
厳密には探しはしないが。
真守「はいはい、これ握って」
何時もの要領で腰のボディバッグから札を一枚抜いて渡す。
もはやここの教師になってから何回やったか分からないが慣れたものだ。
そこらのガンマンの速撃ちよりも速いんじゃないか? 実演を見た事はないが。
澤部「はーい」
脂ののった、瑞々しい手が伸びてくる。
歳は取りたくない。
澤部「先生? 何難しい顔してるんです」
真守「綺麗な手で羨ましくてな」
カサカサしている私のそれとは大違いなのだから。
澤部「やだなぁ先生、ハンドクリームのお陰ですよ。 今度使ってるの貸しましょうか?」
あぁそうか、やっぱりこういう部分で華やぎが無いんだな私は。
真守「いや、いい。 意地でも自分で買う。
それよりそろそろ大丈夫だぞ、破いてくれ」
澤部「相変わらず意固地だよね、先生」
苦笑いしながらビリビリと、八つ当たりするように札を破く彼女を見ていると、また少し自分が嫌になる。
月に照らされ夜風に吹き飛ぶ紙片が、ほんの少し心の慰めにはなったが。
真守「元来こういう性格なものでね。
それよりそら、足元、落ちてるの髪留めじゃないか?」
澤部「おっ! 良かった! ありがとうございます先生」
真守「そら、見つかったならもう帰れ!」
澤部「えー、つれないですよ先生。
折角外に出られた上に月も綺麗なんですから、パーティーでもしたいんですよ私」
真守「そういうのはいつもの四人組でやれば良いじゃないか」
澤部「いやぁ、"武部砲作戦"で失敗した川部がヤケ酒をあおりまして…」
真守「何だ、酔い潰れたか?」
澤部「結果的にはそうなったんですけど、リーダーと武部も道連れにして、無事なのは私だけなんです」
真守「あぁ… それで迎えにきた親御さん方が大騒ぎしてたのか」
澤部「そりゃそうです。 数年ぶりに再会できた我が子がへべれけ何ですよ? 感動もへったくれも無かったですよ」
真守「それこそ澤部はどうだったんだ? 感動の再会じゃないか」
澤部「ウチはほら… 祓い屋と剣術道場併行してるもんだから他より武骨な感じで通ってるじゃないですか。 電話したら、(無事なら自分の脚で帰って来なさい)ってなもんです。
なんで正直、今回は少し焦らしてやりたいんです。 あの仏頂面を慌てさせたいな〜、なんて」
真守「あぁ…私の家も無駄に格式ばっていたからな、気持ちは分かる」
つくづく精神的な部分で、時代遅れも甚だしい世界だとは思う。
澤部「そういえば先生のコレもお家の秘伝なんですよね? 何時も不思議なんですけどどうやってるんですか?」
例の髪留めをクルクルさせながら、とんでもないことを聞いてきた。
真守「秘伝を教えられるか」
今でも殺されはしないまでも、余裕で一族から追放されるだろうな。
澤部「やだな〜先生。 具体的なやり方聞こうってんじゃないですよ、何がどうなってこうなるのかな? みたいなのが知りたいだけです!」
好奇心が生きているのは教師として嬉しいことではある。
真守「これはな、厳密には探しているんじゃないんだ。 探している物を引き寄せている」
まあ、実際は"引き寄せる"なんて表現じゃ過小表現もいいところな現象を利用しているのだが。
澤部「あぁ、どうりで! 確認してて絶対有るわけ無いってところからも出てきますもんね」
真守「人が何かを探している時は誰だって一途なものなんだ。 その心の力をうまく使って引き寄せを行なっているってだけだ」
澤部「うわ! 何かロマンチックですね」
真守「そうか?」
澤部「求め合うもの同士が惹かれ合う…みたいな感じじゃないですか!」
真守「いやぁ、どちらかというと確かにあった当たり前が全部不確かなものだった…みたいな感じなんだが」
澤部「うっわ〜… 先生、それは萎えますよ
今どき流行りませんって」
どうやらヒンシュクをかってしまったらしい。
例え話は難しい。
〜♪
ふと、夜風に乗って落ち着いた曲が聴こえてきた。
澤部「はい! もしもし、お母さん?」
着メロだった。
そこまで近付けなくても聞こえるだろうに。
板状の端末を耳に密着させうん、うんと半ば面倒臭そうに応対する様子からして安心できる内容なのだろう。
はいはい、とぶっきらぼうに言い放ちながら端末を耳から離した彼女はブスっとした表情で、聞いてもいないのに報告を始める。
澤部「お母さんからでした。 (何を道草食ってんの早く帰って来なさい)だって。
電話口で怒鳴らなくても良いと思いませんか?
先生」
真守「内心それだけ心配しているんだろう? 早く帰ってやれ」
澤部「わ、か、り、ま、し、たぁ〜
帰りますよお先生」
真守「ん、近所だし心配いらないだろうが一応気をつけて…
あ、そうだ!」
澤部「はい!? 何ですか?」
真守「さっきの着メロ何て言うんだ? 気に入った」
ブスっとした表情が嫌らしいニヤけ顔になる。
澤部「あれぇ? 先生から自分の趣味話すなんて珍しいですね」
真守「ほら、帰るんだろ? 早く!」
年甲斐もなく顔が熱くなる。
澤部「いや、本当珍しい! 良いです! 良いですよ先生! ジムノペディ第1番ですよ、先生!」
真守「あぁ、ありがとう。 もう大丈夫だ」
澤部「もう先生、そういう路線の方が絶対人気出ますよ?」
真守「うるさいな。 早く帰ってご両親を安心させてやれ!」
澤部「はい、は~い! それではさようなら先生〜」
真守「はい! さようなら!」
…
火照った顔を夜風で冷まし。
月を見上げて一服したらようやく落ち着いた。
いや、まぁ、それにしても。
真守「例え話の趣味は合わなくても曲の趣味は合うんだな…」
これだけ歳をくってもいまだに思う。
人間ってやつは全然、わからない。
…あぁ、いや。
私は…
まぁ、歳は歳か。
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