第16話「骸骨学舎」10
「よーし。 一発お見舞いしてやれ」
何を? と問う間もなく、目の前の扉がアイスクリームみたいに削れた。
「どうなってるんです?」
「サムは強いんだ。
どんな存在も術も物も、本気でやればなんでも壊せる位には最強だからな!」
無茶苦茶な…
「あらぁ、どなたですか?」
聞いただけで眠くなる声が奥から上がる。
見ているだけで眠たげな、巻毛の女子生徒が声の主らしい。
ゆったりと本からこちらに目を向ける。
「まぁ、我が校の生徒教員では無いね?」
やはり睡眠欲を引きたてる、バリトンボイスがそれに続く。
眼鏡の、巻毛で小太りな男子生徒が声の主らしい。
何やら床に這いつくばっていたが、ゆっくりと立ち上がる。
「まあまあ、お客様! 一生さん、お茶の準備をして下さらない?」
「いいとも、折角の来賓なんだ。 今回のお茶請けは、彼らに譲ってもいいかな?」
「まあまあ、なんてお優しいのでしょう一生さん! そんなところも愛しいわ」
「いやいや、お客さまに早速お茶を出そうっていう君も、すこぶる気が効いているさ! そんなところも愛しいな」
ベッタベッタに甘いことを言いあいながら、すかさずいちゃつき始める。
うっとりと見つめ合いながら慣れた動作で指を絡め、ゆっくりと頬を寄せ合い…
「あーっ、えーっ、お取り込み中のところ失礼します! ワタクシ共、今回こちらで発生しております事態の解決に伺いました、アイカ&サム興信所のものです! 私が佐藤、こちらが上司の八十で、守護霊のサムですはい!」
俺たちと眠たげなバカップルのコミュニケーションは、早くも破綻しそうだったので慌てて切り出す。
そんでもってサムの肩の上で、口を半開きにしているアイカの背中をつつく。
「おーっ、オホン! ご紹介に預かった八十愛叶です。 えー、いきなりで申し訳ないがね。
ひとつ今回のことについてお話でも…
できれば手短に」
「Hello!」
「あらあらまあまあ! ご丁寧に」
のんびりこちらを向いて女生徒はのたまい。
「立ち話もなんでしょう。 お茶でもいかがですか?」
小太り眼鏡はつるりと、ゆで卵が滑るように革張りの椅子に掛ける。
目の前の猫脚テーブルには狙ったかのように、ティーセット。
この業界の人間はいつのまにか行動を完結させるのが得意らしい。
ティーポットから湯気が上る。
「ようこそ、回梨学園オカルト部へ」
どちらとともなくのんびりとした声が上がるを聞くに、とりあえずは歓迎されているようだ。
時間はかかりそうだが。
…
「そもそもの発端は、僕かもしれないんです」
小太り眼鏡、氷室(ひむろ)一生(いっせい)と名乗る彼は、ティーカップをかき混ぜながら伏し目がちに語る。
「代々、封印が十八番でして、どうにも手に負えないものの封じ込めといえば、我が家という位には少しばかり有名なんです」
まあ限られた界隈のこと何ですが、と続ける。
「しかしだね? かの氷室家の秘術とはいえ、こんな妙チクリンで物騒なことになるかね?」
相変わらず偉そうなちびっ子は、遠慮なく茶菓子をむさぼる。
「そうなんです。 "これ"が始まったあの日だって奏(かなで)君に色褪せない薔薇をプレゼントしようと、準備していた儀式をここで行っていただけなんですよ」
「慣れないことをして暴発したかな?」
「それはありえません。 せいぜいがこのテーブルの上いっぱいが範囲の、小規模なものなんです。暴発してもたかがしれています」
やや興奮気味になる氷室の手を傍らの巻毛ガール、八塚(やづか)奏(かなで)が心配そうに握る。
氷室は大きく息継ぎをすると椅子に座り直した。
ありがとう大丈夫、などと囁き合うを見るに二人の関係は良好なのだろう。
「それでは何故、君自身が発端であると思うんだい?」
「あまりにも術の性質が似ているんです。 封じた対象の損壊と再生をループして、あちらとこちらの境界に縛りつけるのはこの秘術の肝なんです。
これに関しては正直、我が家の完璧なオリジナル。私見ですが他に類を見ません」
「なるほど…確かにそうだ。 あぁーあぁー さすっち君、君のチャネリングで特にクローズアップして観えた人物の名は木道と安岡、そうだね?」
「ええ、間違いないです」
途端に伏し目がちなのんびりカップルは揃って顔を上げる。
「木道君と、安岡君はうちの部員でした。
二人が関わっているのですか?」
「…可能性は高い」
「木道君は部活を辞めています、安岡君は交通事故で…確かに、二人の前でもこの秘術を見せたことはありますが…見たからってすぐ出来るほど、ましてやここまで大規模に拡げられるほど単純なものではないですよ?」
「まぁ、そうだろう。 最後にするが、少しこの部屋を調べても?」
「よろしくお願いします。 僕等もこの部屋に何か細工がないかと思って探しているのですよ」
「何千回も?」
「ええ…」
今にも泣きそうな顔を歪ませて苦笑を漏らす。
「何千回も。 何も見つけられやしません」
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