第15話「骸骨学舎」9

 あちこちで響き上がる悲鳴、壮絶な絶叫、何処からともなく窓ガラスにふりかかる血しぶき。

地獄絵図とはまさにこのことだろう。

今まで必死に腹に流しこんだ分を危うく戻しそうになり、視線をそらす。


最高に鍛えた守護霊の憑依と運用はもはや、誇るべき我が一族の専売特許である。

しかしながら、決して欠点がないわけではない。

並々ならぬ生命力の消費。

それが最大の欠点だ。

もっとも、これに関しては対応策ができている。

霊薬の経口摂取によるドーピングである。



 「…おっ」

物騒な槌を振り回していた大男が、喉元から血を噴出しながら沈む。

堀部といったか、些か不安だ。

残りおおよそ600ml。


ガラスの割れるような音がする。

周囲が気なしか暗くなった。

先ほどまで下らない罵声を上げていた彼女の声が止む。

嗚咽を漏らしながら機銃を乱射していた彼から物音一つ上がらない。


あと、400ml。


ふと3、4メートル先隣の蛍光灯が弾けた。

ちょうど、鮮やかに刀を振り回していた彼女の真上だ。


 「あっ!」

暗闇から上がった声はそれだけだった。


あと、200ml。


不安がさらに増したので、例の"才能"のせいで昏倒してしまった彼の傍らによる。

初めての弟子なのだ。助手なのだ。

失うわけにはいかない。


あと、100ml。


黒い物体が真上の蛍光灯を割る。

真っ暗だ。

何か脚に絡みつく。


 「おい、サム。

本気を見せてやれ。」


 「OK」


そらみろ、今回も私達の勝ちだ。



 「危ない!」

黒い影が目の前に躍ったと思ったら飛び散って、俺の目の前が真っ暗になる間際に聞いたのは、ありきたりな注意喚起だった。

消火器、どうしたっけ?

危ねぇなあ…


 「づぉッ!」

何らかの防衛反応なのか呼吸が一瞬、自動的に止まって頭がふわっとした。

階段でずっこけて、危ういところで踏みとどまる。


著名な霊能士の両親が大きな仕事から、死体になって帰ってきてだいたい3ヶ月。

僕はなんだか全体的にやる気がなくなり、気がついたらいつもこんな具合だ。

悲しくはないが、何故だか気が滅入ってしょうがない。

厄災の星だかなんだか知らないがいい迷惑だ。

家に帰れば一人だからだろうか?


考えつつ教室の扉を開ける。

ざわめいていた教室がとたんにボリュームダウンした。

ああ、これのせいなのか?


回梨学園は業界と近いから、その手のトピックは黙っていてもよくまわる。

お陰で話さずとも両親の死は皆知っていて、有り難くもない世話を焼くのだ。

遊び仲間は一切合切消滅した。

まともな話し相手も消えた。

遺族はその偉大な魂の平穏を願って、永遠に喪に服するべきだとでも言いたげな、そんな雰囲気を感じる。

だから、何となく僕は最近しみったれている。

そうなのだろう。


 話し相手がどうしても欲しくて入部したオカルト部は、なんだかホワホワした部長と副部長が茶菓子をつまみながらいちゃついているだけの部活だった。

オカルト要素なんて、たまに部長が副部長に自慢したくて見せる先祖秘伝の空間術式くらいのものだ。

それでも、学年違いの二人の惚気け話に付き合いながらお茶を啜るのは、気楽や会話に飢えていた僕にとって至福だった。

 

 「安岡(やすおか)先輩!」

 そうこう耐えていたら2年生、僕には後輩ができていた。

"木道勝也(きどうかつや)" 元気の良いやつで、最近はよくつるんで遊びまわるようになった。

同学年の連中はやっぱりいい反応をしないが、知ったこっちゃない。


 「先輩! カラオケ行きましょうよ! カラオケ!」


 「カラオケ⁉」

部活帰りの急な提案で、少し焦る。

一年ぶりなのだ。

声は出せるだろうか?


 「行きましょうよ! 唐揚げのクーポン持ってるんです。 奢りますから!」


 「いやいやそこは普通、僕が奢るとこじゃ…」


 「固いんすよ先輩! どこぞの会社づとめじゃないんですから遠慮しなくていいんですって」


 「…それじゃ行くか!」


 「さすが先輩! 行きましょう、行きましょう」


 薄暗い空間というのは冒険心をくすぐる。

なんだか危ない橋を渡りたくなる。 

少なくとも僕にとってはそうだった。

きらびやかに明滅するモニター、心地よく歌い笑う後輩。 何時にも増して彼を愛おしいと思った。のだ、

だから

つい、

キスをした。

してしまった。


 「…」

彼は何も言わず離れると、早々に出ていってしまった。


「え…ちょ」

呼び止めることもできず。

待てど戻らず。

電話も出ず。

仕方なく会計に向かったら、すでに12時間分の料金が払われていて、僕は


 「でさー部活の後輩に無理矢理だったらしいよ」


「うっへーマジ? 大胆! キモ!」


いつの間にか噂は流れていた。

木道君は部活に来ない。

なんだかどうでもよくなった。


 「部長ったら、ここのどら焼きに目が無いんですのよ? 古臭くございません?」


 「ははは、そういう君も"りふう"の芋羊羹には夢中だろ?」


 「まあ、部長ったら!」


 「ふふふ、お互い様さ」


いっそ、全部掃除したくなった。

何もかも無くなればいいのに…

そんな帰り道だった。

どこからか鈴が鳴る。

チリンチリン。

目の前にはいつの間にか黒い猫。

なんだかその目がぐるぐる訴えてくる。

なんか、去り際の彼の目に似ていて…


知らぬうちに僕は駆けていて、直近でクラクションがなった。

初めて聞いた。

こんなにうるさいんだ。

耳が聞こえない。

ヘッドライトが、眩しい。



 「ぅおひゃあ!」

 

 「うるさいぞ、さすっち君!」

懐かしいような初めてなような、声が聞こえる。


 「おお…おおお〜 アイカさんじゃないですか!

 なんか久しぶりですね」

長い明晰夢から覚めた気分が、懐かしすぎて、

ついついその馬鹿に似合ってない帽子の上から、頭をもみくちゃにする。

実感が欲しい。

 

 「おいおい、大丈夫か? 頭打ったからなぁ。

おい、大丈夫かぁ? 大丈夫かぁ?」


 「大丈夫です! 大丈夫ですから! チョップはやめて下さい!」

小さい手でも割と痛い。

夢ではないらしい。


 「さて、とにかく生き延びたのだ。 次の襲撃までの時間が惜しい。 行くぞ、さすっち君」


 「何処へです⁉」


 「例の開かずの間、オカルト部の部室に決まっているだろう? さすっち君、ボケたかね!」


 「いや、でも僕等あんまり場所が分からないんではないですか…」

示し合わせたように、アイカを抱えるサムがピタリと歩みを止める。


 「いやいや、今の君なら知っとるんじゃないかね?」


 「いや…そんな筈は…」

そう、本来は知らない筈だ。

その筈なのに、何となく分かる。

いまどこらへんに居て、どの部屋に向かうべきか分かるのだ。

チャネリングだっけか…

あの明晰夢が多分、それなんだろう。


 「いや、驚きました。 分かりますね。 率先しますよ」


 「ふふん、だろう? さすがのさすっち、さすが我が助手」

得意気である。


 「しかし、あれですね…廊下で寝ている人ばかりなのはどうしてなんでしょう?」

例の四人衆も廊下でのびていた。


 「有るか無いか分からないような時間が巻き戻った。 それだけさ」


 「はぁ…」

話は分かるが納得はできない。

さては皆、自分と同じ様に昏倒していただけではないかなんて考えた。

ただ…


 「? アイカさん、頬に何か付いてます」


 「あ?あぁ、血だな。 暗闇で少し斬られたのかな?」

俺が寝ている間に流血沙汰が有ったことは、確かなようだ。


 「急ぐぞ、さすっち君。

幸い"この時間"では誰も死んでいないんだ。 もしかしたらハッピーエンドも狙えるかもしれない!」

いつになく彼女の声に力強さを感じた。

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