第14話「骸骨学舎」8
"回梨の四部衆"と呼ばれては、将来有望な若手霊能士集団として結構騒がれたものだ。
もっとも、今だに許婚が一般的なぐらいには閉鎖的なこの界隈の中でのことなので、華々しさには少し欠ける。
それでも私は誇らしかった。
「ざまぁああみろよぉ! バーカ! バーカ!」
小学生みたいな罵倒を喚きながら、次々湧いてくる影を射止めている彼女は川部だ。
ここに閉じ込められる前はそれこそ絵に描いたような文武両道、クールビューティーなちょっとした憧れの的。お嬢様で高嶺の花だったのだが、どうも彼女なりに押し殺していたらしい。
段々と顕になっていった放らつさに初めこそ閉口したが、最近は逆に頼もしさすら覚えている。
ちなみに"射止める"のは彼女の十八番。
我ら"回梨の四部衆"の特色は、鋭く鍛えた精神力を武具となし霊と相対する点にあるのだが、もっぱら彼女の精神は洋弓を象る。
まわりからは"名手の川部"なんて呼ばれて、ちやほやされている私の親友だ。
「…ムンッ、ン! ムンッ!」
最前線、川部とは対照的にとことん押し殺したような駆動音を上げ、影を潰してまわっているのは我らがリーダーの堀部だ。
まぁ本来は無口で無骨な巨漢クールガイ。
ここに監禁された時も誰よりも、慌てず騒がず。
今日までブレないのはさすがリーダー。
殺される間際でも静かな男なのだ。
その大柄な無機質さに良く似合う大ぶりな槌が彼の象徴。
"鉄槌の堀部"なんて呼ばれるようにまさしくその槌は一撃必殺、彼が"潰した"と認識した対象は間違いなく潰れる物騒な特質付きだ。
まあしかしいかんせん図体と人柄とその動きは、基本大ざっぱかつ堅物なのでスカぶりと融通の効かなさはご愛嬌。
ちなみに演劇部所属にして意外にも名優である。
「ォェォっ、オエェ」
やはり後方、吐き気と闘いながら湧き出る影を風穴だらけにしているのは武部だ。
見た目は美少年、中身はなかなかに図太くゲスい彼の象徴は銃。
堀部と違ってなかなかに悪知恵が働く頭のせいか、その得物はリボルバーから機関銃まで千変万化で自由自在。
誰が呼んだか"自在銃の武部"。
最近はどうやったのか、弾丸に標的の追尾機能をつけることにまで成功している。
もっともその応用力の高さから今回川部発案の、
"アルコール摂取による気分の高揚が精神武具に与える増幅効果運用作戦"
略して"酔いどれ作戦"の標的となり、飲み過ぎた挙げ句のこの始末。
いつもより大仕掛け、近未来かくやという武装が展開されてはいるが、一体に何百発も打ち込む効率の悪さ。
当の本人がベロベロなのでしょうがない。
早く横になりたいだろうにかわいそうなものだ。
さてそして、私"護り刀の澤部"は非常に手のかかることが判明したお客さん二人に近づく影を、斬りまくりの真っ最中である。
「ぅえーッ! …… ッはー! …… ブハー! …」
影の黒い裁断片飛び散る私の後方で、2リットルペットボトルに必死に吸い付いているのは、八十愛叶と名乗る二十歳に見えない二十歳の成人女性だ。
かの有名な"八十家"の秘蔵っ子らしい。
彼女の連れている守護霊サムを見れば分かる。
本物だろう。
大仰な肩書きをぶら下げながら、呆気なくこの閉鎖空間の藻屑と消えた今までの"救世主様がた"とは明らかに一目瞭然、レベルが違う。
まあ守護霊は、の話しだが…
湧き出る影が出るや否や、その前からだったかもしれない。
彼女は何処から出したか、今も頑張って吸い付いているすこぶる不味そうな色のペットボトルを飲み下しながらこう言うのだ。
偉そうに。
「すまんが時間を稼いでくれたまえ。
恥ずかしながらまだまだ未熟な身、これを全部飲まんとサムは完全に動かせん」
全然、臆面とする様子もなく語る様はなかなかに立派…な気がしなくもなかったが、やはり思い過ごしだろう。うん。すこぶる肩透かしだ。
がっかりだ。
1リットルは飲んだかな?
頑張れ頑張れ、お姉さんはもうやけくそだよ。
正直、君の傍らで無茶苦茶存在感を放っている浅黒い彼が、それこそ一瞬で方をつけるだろと思ってたからね。
今回は刺されずに、斬られずに済みそうだなんて淡い期待が有ったんだ。
今回は脚かな腕かな、首かなお腹かな?
痛いんだよなあ、慣れないんだよなあ、やだなぁ…
そう、がっかりといえば彼だよ彼、助手なのか保護者なのかよく分からない彼!
明らかに挙動不審だった彼、何故か廊下に有った消火器を引っ掴んだ彼!
結構、良いガタイしてて何か曰く有り気な実力者っぽい雰囲気出しといて、影に触れた瞬間ぶっ倒れたよ、クソ! つかえねぇ。
まだ起きてないし…
遮二無二に斬ってたらいつの間にか、チラホラと前方の蛍光灯が割られ始める。
段々と知恵をつけてくる影どもが、明かりを狙い始めたら終わりも近い。
影は闇から湧き出すもの。
全部暗くなったらお終いなのだ。
360度上下関係なく無尽造に湧くやつらを、まともに相手できた試しがない。
あ、やば
ほら、無理だ
やっぱり
痛い
顔面かよ
薄れゆく赤黒い視界に一瞬、
強烈な閃光が走った。
気がした。
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