第12話「骸骨学舎」6
家庭科室、そこにいったい何が有るのか? 居るのか? 結局なんてことはなかった。
ジャージ姿の女性が一人、丸椅子に座って煙草をふかしていただけなのだ。
「さてそれではさすっち君、君が先に入りたまえ」
いつもの調子を取り戻し偉そうにサムの肩の上で先頭に立っていたアイカは、眩しいばかりのスキンヘッドに抱きつきながら首を捻ってのたまう。
俺「あれ、先に入らないんです? アイカさん」
アイカ「歳上の女性は苦手なのだよ」
俺「先程の集団も歳上…」
いいかけて反射的に言葉を飲み込む。
そういえば20代だったなこの人。
そらみろ
彼女の耳がまた、みるみる赤くなる。
アイカ「さすっち君、薄々感じてはいたんだがね? 君、私を年端もいかぬ女児かなんかだと思ってやしないかね?」
なんとも食いつきかかってきそうな、感情の起伏に富んだ問いかけが早口で飛んでくる。
俺「いや、まぁ… 見かけがあれですし」
アイカ「あ、あれとはなんだね?」
俺「ちっこいんすよ。 正直、自動車免許取れる歳に見えないんすよ」
アイカ「サム、ビンタしてやれ」
サム「OK」
眼前。
サムの巨体がスッと縮んだかと思えば、いつの間にか俺の頬にはペチペチと巨大な、浅黒く艷やかな、肉の塊が触れていた。
サム「Are you ready?」
にこやかに問いかける彼に、一切の抵抗は無駄なのだろう。
…
「それで片頬を真っ赤に腫らしてるわけ」
俺「ええ、そうなんですよ」
「お嬢さん、意外と容赦ないね」
目の前でニヤついている眼鏡のクールビューティーこそは、例の歳上っぽい女性にしてこの骸骨学舎、もとい "私立回梨高等学園" 体育教師、 "真守(まかみ)由恵(よしえ)" その人である。
アイカ「少々やり過ぎたとは思うがね? しかし、この男もたいがい年頃の女性に対して失礼だと思わないかな?」
真守「んふふっ、まぁ確かに」
全部吸い付くしたのか、名残り惜しそうに箱を振りつつ、件の教師は立ち上がる。
真守「いやいや、もうちょいのんびり駄弁ったりしたかったけどな、時間がない。
悪いけど、移動しながらここの状況を説明させてもらうよ」
俺「移動? どこへです?」
真守「どこへ行くのか、君らは何をすべきなのか、私はどうしてこうも急いでいるのか、私の話で全部分かるさ」
言いつつ彼女はもう早歩きを始めている。
"一体、何がこの学校に起きたのか?"
依然としてはっきりとしない謎に今更ながら、焦りと不安が頭をもたげた。
…
どれぐらい前だったか、なんてのは聞かないでくれよ? 時計の類も全部狂って外部の時間なんて分かりゃしないんだ。
私ら40余名はある日の放課後、校舎内になんらかの術式でもって閉じ込められたんだよ。
一雨きそうな天気の日だった。
明日に控えた職員の月見会に気をもんでいるさなかだった。
幹事で、酒やらなんやら準備しててさ…
雷が光ったなと思った一瞬の事だったね。
始めこそ私らも戸惑ったよ。
でもさ、
ここのことは知っているんだろう?
私らもね、学校ぐるみで心霊業界の人間なんだ。
教師も生徒も大体は、この事態に対して真面目に取り組んださ、霊能士としてのプライドにかけてね。
結局、ダメだった。
さんざん試したけどここからは出られない。
そのうちモチベーションも段々と尽きてきてね、今じゃ頑張ってる人間の方が少ないよ。
…そういえば
今の私らは人間ではないのかもしれない。
生きてるんだか死んでるんだか、よく分からない存在なんだよ。
ここにきた"1周目"は私ら皆、確かに生きていたんだけどね。
でも分からなくなった。
存在がわからなくなったんだ。
霊なのか、人なのか。
3500周目、さっき放送で言ってたろ?
何でカウントしていると思う?
何をもって3500周、なんだと思う?
やあ、やあ、そんな律儀に何かを数える質じゃないんだがね私は。
誕生日とか記念日とか…
でもさ数えちゃうさ、自分が殺された数っていうのはね。
私らは殺されるんだ。
それじゃあ普通、私らの死体が転がっている筈だろう?
でもね、そうじゃない。
この校舎内の時間は巻き戻るらしいんだよ。
多分、皆殺されているから直接その瞬間を見た人間っていうのは聞かないんだけどね。
吸った煙草が、飲んだ酒が、ぶっ壊した教室の扉が
目をさましたら全部元通り。
それどころか体につけられた傷も、今際に確かに見た致命傷の跡も全部消えてるんだから、間違いないと思わないかい?
それ故に多分、私らは不安定。
なんせ、何千回と繰り返し殺されているんだから、今ここに生きている自分ってやつに自信が持てなくなるんだ。
鏡なんか見てると時々、自分の姿が明滅して見えるよ。
さて、ここからが本題。
私らをこんなにしているのは誰かって話だ。
殺して回る実行犯からは掴めないな。
時間になれば刃物を手にしたような、黒いシルエットが倍々に増えていって私達をもれなく刺し殺す。
一応、霊体なのか知らないけど除霊が効くが、ネズミ算式に増えるやつらを終わりまで殲滅できたことはないね。
結局、戦い疲れ逃げ疲れたところを皆、殺されてきた。
そんでもって、誰もあんなわけのわからない存在を使役するやつは知らない。
そこで君達には真犯人、もといシルエットの術者を暴いて引きづり出してもらいたいんだ。
まぁまぁ、そんなに不安そうな顔しないで。
見当が全くついてないわけではないんだから。
我が校にはオカルト部があるんだがね? 部室棟でそこだけが、何故かいかなる手段でも入れないんだ。
500周目あたりから継続して確認してるんだけどね。
それで人が居るのか物音はする。
最高に怪しいじゃないか。
ぜひ、そこからなんとか術者を暴き出してここから逃れる糸口を掴んでほしい。
…
アイカ「おいおい、要件は了解したが、その皆殺しが始まるのはいつなんだい?」
長い授業のあと開口一番、アイカは尋ねる。
命に関わる緊急事態じゃないか、当然だ。
真守「煙草一箱吸って色々話したからあと十分くらいなんじゃない?」
…なんなんだ? その悠長さは?
俺「もうほとんど時間ないじゃないですか…
俺達の命が掛かってるんですよ」
真守「一応、私らの命もね」
俺「投げやり過ぎませんか?」
真守「あ〜、佐藤君。私も端くれながらこの、霊能士の輝かしい金の卵がぞろぞろ所属する回梨学園で教員やってんだ…多分、君より見る目あるよ? それを踏まえて頂戴な。
サム。 恐らく守護霊だろう? 除霊から浄化まで全て、強力に鍛えた守護霊の使役でこなす八十流とみた。
そんでもって私が見てきた中でもサムは別格だ。
実力主義の八十流じゃ、
総統クラスなんじゃないか?」
俺「だからなんだっていうんですか」
真守「今ので確信したよ、佐藤君。 君、結構この業界に入ってから日が浅いだろ? それだけのスペックなら天災並みの霊害だってなんとかなるんだよ、普通に」
「喧嘩売ってんですか!? 」
いきなり突きつけられた緊張に苛立ちが抑えられない…
言葉でも体勢でも突っかかりそうになる俺の前に、逞しい丸太のような腕が伸びる。
アイカ「いや、失敬! うちの新米が少々負けず嫌いでな。 つまりはその黒いやつを全部消して、開かずの封印を暴けばいいんだろう?」
真守「そうそう、もう少し行くと我が校自慢の
実力者"四部衆"が居るからね。 彼ら、黒いの殲滅派だから上手く使ってやってよ」
アイカ「いや、色々とありがとう。 結果を楽しみにしてくれたまえ」
真守「いやいや、こちらこそ。 すごいの見せてもらったしね。 あぁ…あと佐藤君!」
なんなのだろう、腹立たしい。
真守「すまなかったね突っかかって。
ごめんなさい。 あまりに命に対して軽率だった。
私もカリカリしてたんだ。
いい加減、外に出たくてね。」
俺「いえ…こちらこそ大人げなかったです」
真守「ふふっ、ありがとう。
それじゃお二人さんよろしく。 私は少しお花を摘んできますんで」
アイカ「あぁ! すまん! 最後に! 外部から来た他の者たちには会えたりするのか? できれば協力していきたいんだが?」
真守「…巻戻る時間、元通りになる煙草、酒、扉、体の傷。 多分、"あの一時の私達は"この術式の捕縛対象なんだと思う」
アイカ「?」
真守「外部から来た者たちは別なのさ、多分。
多かれ少なかれ、いずれはここから追い出されるのかもしれない…外部からの助っ人は皆、いつの間にか消えちゃうんだ」
アイカ「…」
真守「すまないね」
彼女はそう言って去っていった。
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