第11話「骸骨学舎」5

 「ハァ〜イ! 全校生徒教師諸君、楽しんで〜るかい? イェア! 一曲目はお馴染みxXx'sで『地獄温泉百景』をお届けしましたぁ。 え!? "何百回目かのお馴染みで正直飽きた" だって!? オ〜ライ、オ〜ライ! そんな諸君についさっき入ったホットなニュース!! なんと3500周目の今日この日、占めて50人目の "救世主さまがた" が来なすったぜぃ、イェア! "酔いどれ四人衆" の爆発野郎、堀部からのタレコミだぁ〜 もしかしたら、もしかしたら今度こそ、な〜んて、ワクワク感…久しぶりじゃあないの!! もしかしたら諸君らのもとにも来るかもなぁ、お楽しみに! それじゃ二曲目はそんな新しい出会いを祝しまして、@gの『新しいデ.ア.イ』どうぞ〜」

ポップな曲が流れはじめたかと思えば女学生が階段に座りこみ煙草を吹かす。


そのミスマッチな諸々が学校というこの場で自然と営まれているものだから、ため息まじりの感想が口をつく。


 俺「何だか荒んでますね」


 アイカ「いまさらだなぁ」 

呆れたとばかりに首を振りながら腕を組む様子は、相変わらず偉そうだ。


 アイカ「おそらくこの学校に居る存在達はもう色々と諦めつつあるのだよ」


 俺「と、言いますと?」


 アイカ「この校舎から解放されることをだね。

恐らく存在が曖昧な彼らも、この校舎からは出られないんだろう。 私達と同じく。

その事実からの逃避先が例の溶剤入りの袋だったり、タバコなのだろうさ」

どこぞから取り出したのか古めかしいパイプを唇に当て、キメ顔で彼女は語る。


 アイカ「でも諦め切ってはいないね。 手段はもう校舎内部にはないかもしれないけれど外からやってくるんだ、私達みたいに。 さっきの放送が良い証拠だよいちいち何人外から来たのかカウントしているぐらいには、まだ期待はあるんだ。 この先協力は仰ぎやすいかもしれないよ? もっとも、全員がはなっから私達を嵌めようとしてる可能性はあるがね」

もしもの時は私のサムが全員捻るまでさと、鼻を鳴らす。


 俺「何故パイプなんです?」

むしろそっちが気になった。

ちんちくりんな彼女には喫煙具よりキャンディーの方がお似合いじゃないか?


 アイカ「さすっち君、君は本当にデリカシーがないなぁ」

帽子をクイッと目深にずらし彼女は歩き始める。


 アイカ「雰囲気だよ、雰囲気…謎解きってかんじの」

今日何度目か、彼女はまた耳を赤くしていた。




 校内を歩き回って大雑把に一周したが、目に入ったものは飲酒、喫煙、怪しい薬遊びに不純異性交遊…そんなものばかりだった。

裏路地、掃き溜め、巣窟…等等。

ありとあらゆるふしだらさを詰めこんだこの閉鎖空間には、そんな感じの呼称こそが相応しい。 

体としては一般的な学び舎のそれと違いがないだけに、人間の理性を茶化されているようで憤りを感じる。

そしてそういう憤りの背景には、理由がもうひとつ。


 「…」

さっきからアイカの様子がおかしい。


 俺「アイカさ〜ん?」

チラ、とこちらを一瞥するも直ぐに真っ赤になった顔を下げる。

珍しく、見た目相応に初々しい。

まぁ理由ははっきりしている。

このふしだらの掃き溜めが純粋? なアイカさんの瞳に若い男女の淫行を叩きつけやがってからこの調子なのだ。


「あっ、あっ、あっ、ケイ君! いい! 気持ちぃぃ!!!」 


廊下を曲がった我々の眼前に叩きつけやがってからに、気まずいことこの上ない。

こっちは全然気持ちよくないんですが、ケイ君。

場所を考えろ扉のないところでそれはないだろ、普通。ケイ君。

あればいいというわけでもないが…

 そんでもってサムにはそのニヤケ面をやめてほしい。

無言のままのその表情は、内心ブチ切れている映画のマフィアを彷彿とさせる。なんかこわい。

こわいのだ。


 アイカ「い…痛くないのかなぁ、あれ…」

少し歩いてから問いかけとも呟きともつかない、なんとも頼りない言葉が返ってきた。

純粋な乙女の瞳を汚すのはかくも罪深い。


 俺「さっ、さぁ? どうなんでしょうね? 」

確かに話しかけたのは俺だが、どう返答しろと。


わけのわからない気をもんでいたそんな時、

廊下の傍らに座りこみ缶ビールを開けていた集団から、酔っ払い特有の大声が上がる。


 「救世主さぁ〜んがたぁ〜 一緒に飲みまっしょ〜」

間髪入れずに「ギャハハハ」と下品な笑いが起こった。

鬱陶しい限りだが、いいタイミング。

利用させてくれ。


 俺「美味そうっすねぇ!」

こういう気まずさに弱いのだ、俺は。

純粋な上司をこれ以上、傷つけないためにも、

何より俺自身のメンタルヘルスのためにも、

取り敢えず行動しなければなるまい。


すかさず走りよる。


 「おぉ〜、お兄さんノリいいねぇ!」

 

 俺「いや〜、こっち来てから緊張しっぱなしでぇ、渡りに船ですよぉ! 本当」


まぁ当然ながらまごつきながらアイカが、その後ろから不敵にニヤケるサムがあとから着いてくるわけだが、かの酒飲み集団は若干異様なこの二人が来ても物怖じしない。

 「お嬢ちゃんオレンジジュースあるよ〜」

だの

 「いい筋肉してんねぇ! ちょっと触っていい?」

だの、各々コミュニケーションを図る。

アイカはともかくもサムの筋肉に躊躇なく群がっていじるあたり、酔っ払いかくも無敵であるといった様相。

良くも悪くも怖いもの知らず…もとい、怖いもの忘れこそ酔っ払い集団の一習性である。

元サラリーマンの経験則、舐めないでいただきたい。


 「ああ〜! 次、私肩車いっすか? この人デカイからおもしろそう!」


 アイカ「!あぁ、サムの上から眺める景色はなかなか心地よいぞ!」 

ちびちび勧められるままにオレンジジュースを啜っていたアイカが自慢げに反応する。


 「そんでさぁ、お兄さん」


 俺「あ、俺っすか?」


 「そうそう、お兄さん」

ついつい空気をうやむやにできて安心、なかば放心していた俺に、茶髪の彼はノンアル飲料を差し出しながら聞いてくる。


 「なにしに来たの? こんなところに?」

楽しそうな声とは真逆の、ゾッとするような険しい顔で彼は問う。


一気に緩んだ心がストレスで縮み上がる気がした。

狙いはなんだ?

質問の意図は、なんだ?


 「ははぁ、別に何かしようってんじゃないよ?

今のところは。 あんた達もここに入れるぐらいなんだからそこそこなんだろうしさ。 でもさぁ、あんなちびっ子連れてきてる時点で若干不安なのよ、俺たち。 こいつら舐めてんじゃねぇかなあ〜、物見遊山で来てんじゃねぇかなあ〜、って。 分かってて来たんだよね? 遊べるほど温く無いって」


なにが

(「おそらくこの学校に居る存在達はもう色々と諦めつつあるのだよ」)

だ、

よく見りゃこいつら、酔ってる風だが全然表情が酔っ払いのそれとは違う。

なにもかも諦めている浮遊感なんてなければ、アルコールに正体をなくしている風でもない。

ギラついてるのだ。

俺はこういう表情を見たことがある。


…とある入社面接の折、一回きり会った重役お歴々のそれ。

ねばっこく目ざとく、より批判的、否定的な視線。

どんな些細な情報も拾って、目の前の存在は使えるかどうか、何度も何度もスキャンとシミュレーションを繰り返すような…そんな表情。


こいつらも試しているのか。

あきらめるどころか、貪欲に俺たちを値踏みしている。


 俺「おいおい、てめぇらの目は節穴かよ。

そのちっこいのが俺たちのボスだぜ?」

 こういう手合いには萎縮しちゃいけない。

萎縮した次の瞬間にはあっという間に咀嚼され、吐き捨てられる。

 「キミらつまらないね」 と…

なるべく低く、凄みをきかせた声を声帯から絞り出す。


 俺「ボスの姓は、"八十"…分かるだろう?」

できる限り、思わせぶりに強調する。


正直、賭けだ。

心霊という特殊を扱う業界の一勢力が運営する学校の生徒とはいってもだ。

全員に全員伝わるのか? アイカ言うところの"八十"のブランドは。


 「へぇ、八十も動いてんだ…」

ギラついた茶髪の感想はいたってシンプルだった。

にやにやしながら缶ビールを干すあたり、悪くない反応だと思いたい。


 「それじゃ、さ。 家庭科室に行くといいよ」

干しイカをつまんでいたかと思えば急である。


 俺「何故です?」


喉のおくでクツクツ笑いながら茶髪は言う。


 「ここをどうにかしに来たんでしょ? それなら顔を出して損はない場所だからさ」



 「リーダー、リーダー、各班の進捗状況をご報告」

ガキとオヤジと、ヤバ気なマッチョの背中を見送りながら何回目か、ビール片手に報告をきく。


「部室棟閉鎖完了、第一次、第二次攻撃班配置完了、後方支援班配置完了、以上、対リセット実動全班は準備OKでっす」


「OK、OK、ありがとう。それで、"オカルト"と"四人衆"の方は?」


「はい、前回と同じく全く成果な〜し」

いつもこれだ。

ここでつまづく。

「チッ」

このお決まりの報告を受けるたびに何回目からか自然と舌打ちが出るようになった。


「やっぱり駄目かぁ! あいつらは」


「はい、"四人衆"は相変わらず殲滅に固執して聞く耳ナッシング。

"オカルト"はいつも通り…」


もう言われなくたって分かる。


「部室に籠もりきっていちゃついてんだろう?」


「そうですね、いい加減同じ部屋に二人だけってシチュエーション飽きると思うんですけどね〜」


「ホント、たいそうなおしどりカップルだよ。学内の人間どころか手前らの魂までオモチャにされてるってのに毎回、毎回、終わりまでイチャイチャイチャイチャ…ふざけてんのかねぇ!」

つい声も怒気をはらむ。


「リーダー、リーダー、落ち着いて、落ち着いて…ササキっちょが怯えてる」

俺の大声に顔がひきつっている工作班の佐々木を、報告の吉村が肩を抱いて宥める…

これも何回やらかしたかわからねぇパターンだ。

リーダーが感情的になると集団が不安定になるのは百も承知の筈なのに。


そんで、この後俺は気まずくなって取り敢えず聞くんだ。

分かりきったことなのに。


「それじゃあ、あれだな? やっぱりあそこの封印はダメなんだろうな」


「いえっさ〜、そうに決まってるじゃんリーダー、毎度のことじゃんリーダー。 なに? 正直疲れた?」


「あぁ、そうだよ疲れてるよ。 だいぶ前からな」


「んははぁ! リーダーの弱音珍し! でもあれじゃないですか、あのマッチョ達はやってくれそうじゃないっすか?」


「マッチョなぁ…でもマッチョ位じゃないか? 戦力になりそうなの。 そういえばそこんとこどうよササキっちょ」

毎回毎回期待させてくれるが、あっさり死んでいくもんだから最早、外から来る助っ人にはおまけ程度の期待しかない。

が、固定した状況に舞い込んでくる未知の戦力、期待はしている。

臆病の佐々木は華奢で気弱だが、心霊に関わる才を見抜くことにかけては確かだ。

多分、学内で一番霊的素質を見抜ける。

教師陣はおろか悩みの種のあいつらよりもだ。

そう思っているもんだから今回の評論はちょっと不気味だった。


「あ、あいつらね…」


「そうそうあいつら、あのマッチョ連れの三人の」 


「悪魔がいたの」


「悪魔?」


「そう、一人。あれはぁ…」

思い出したように肩を抱き、いつも以上に縮こまる。 声も小さい。


「…ゃ…サイ…」


「あ? 何? ハクサイ? 」

問いかけが気弱の佐々木には恫喝じみて聞こえたらしい。

あわあわ言葉に聞こえないモスキート音を発し始める。


「ちょ〜っとリーダー。 パワハラ反対〜」

不気味な占いの続きはお節介好きの吉村に阻まれて結局、聞けなかった。

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