第8話「骸骨学舎」2

 "あゝ恋人よ恋人、愛しき人よ。

貴方と過ごす一瞬、一瞬が恋しくて愛おしい。

あゝ恋人よ。

望むべくはこの瞬間、この瞬き。愛しき人よ。

時の流れはあまりに非情。体も心も朽ち果たす。

素晴らしき機会は二度と巡ってこない。

あゝ恋人よ。

とうに覚悟はできている。

願わくばこの瞬きを永遠に、愛しき人よ"


 軽トラに荷物を積む。

彼女の借りているレンタル倉庫は〜駅より徒歩10分が売り。

今回は4WDの白い相棒で来たので5分位だろうか? まぁ、それよりも…

前言一部訂正、飢えてこそいないが彼女は、変な物に金を使いまくっていたようだ。


 俺「アイカさん、まだ何か載せるんですか? 流石に溢れそうっす」


 アイカ「いや、まだ、まだだよ! さすっち君! こっちのランタンと携帯トイレもどうにかねじ込みたまえ!」


 俺「無理っすよ…っていうかこの汚い木の塊は置いてきましょうよ! 何に使うっていうんです?」


 アイカ「ッ!かぁー! 分かって無いなぁ、さすっち君! それこそが今回の危険極まりないデンジャラスゾーンを踏破する為の命綱なのだよ! それは絶対に持っていくんだ!」


 俺「それじゃあ、こっちの馬鹿でかいキャリーケースを…」


 アイカ「止めたまえ! それは私の着換えだ!」

出発日の今朝から始めたこの荷造りはかれこれ2時間程、経っている。

もう終盤なのだ。頑張ろう。

何とかケースと木の塊の間に携帯トイレをねじ込むと、上からシートを掛けてロープを渡す。


 アイカ「おいおい! ランタンがまだ残ってるじゃないかぁ! さすっち君!」


 俺「知りません。これはアイカさんが持ってて下さい。壊れ物ですし、木の塊ならともかく荷台から落ちたら洒落にならないです」


 アイカ「えぇ…これ、結構重いんだけど…」


 俺「だったら置いていきます?」


 アイカ「でもなぁ〜、これ夜に灯すと色ガラスが最高に綺麗なんだよ! 君!」

わがまま言うのなら部下の言うことも聞いてほしい。

 

 俺「なら、ガラスが割れないように膝にでも載せていくんですね!」

時折、彼女の実年齢が心配になる。

…ともあれ依頼地へ向け、長距離ドライブは始まった。



 俺は冬の冷たい空気が好きだ。

鬱陶しい俺という存在の、積み上げてきた心のガラクタを一瞬で、そしてほんの少しの間だけ、吹き飛ばしてくれる。

「さすっち君、寒いのだけれど」

身の縮むような冷たさの中で思いっきり深呼吸すると、全てがまっさらになって、脳味噌が、心臓が、寒さに身をよじり、視線を研ぎ澄ます。

「ねぇ!寒いんだけど!」

すると、

俺が俺という人間を勝手に固めて心に積み上げてきた一つ一つが、どうでも良くなって、気持ちが軽くなるのだ。


 俺「ふぅうううぅー」


 俺は、疾走する軽トラの窓を全開に白い蒸気を上げながら、俺自身を洗濯していた。


 アイカ「さぁあああ! むぅううう! いぃいいい! のぉおおおおおお!」

突如として隣席より絶叫。

甲高い声の振動が鼓膜をめちゃくちゃに震わせる。


 俺「痛い! 痛いですから!」

過ぎた甲高い大声は、もはや凶器である。


 アイカ「お、気付いた」


 俺「そんなに叫ばなくても聞こえてますって!」

仕方なしに窓を締めながら、突然の凶行に抗議する。


 アイカ「嘘〜、絶対あれは聞こえてなかったよ」

しれっと、抗議をスルーしながらカーナビをいじりだす様子は、まさしく小学生くらいのクソガキがバツの悪くなった時のそれだ。


 アイカ「あ、それよりさ、お腹空いた。ファミレス行こ? ファミレス」

マジでガキだな。


しかしながら、気づけばもう昼下がり。

昼食にしたって遅いくらいだ。

腹が空けば騒ぐこの上司にしては耐えた方なのかもしれない。

しょうがない。


 俺「分かりましたよ… 一番近くのファミレスで食事にしましょう。」


 アイカ「イェーイ♪」

鼻歌を歌いながらカーナビを指す。


 アイカ「さぁ車を回したまえ、さすっち君!」

すぐ調子にのる所なんかも実にガキっぽい、ファミレスではお子様ランチでも食べそうだな。


 俺「へいへい、了解です」

ふと気になって例の眼鏡をかけてみた。

そういえば、この狭い車内でサムは何処に居るのだろうか?

「Wow!!!!!!!!!!!!!!!」

フロントガラスに張り付いて絶叫を上げていた。


 俺「おおぉおおぅ!!!!!!」

…その後、危うく事故りかけ、

隣席より再び音響兵器がなり響いたのは、言うまでもない。



 その学校は山合の、閑静な住宅地にあった。

同業者相手なせいかあっけなく4時44分への拘りを捨て現在、午後8時。

俺たちは巨大な建造物の脇につけた軽トラの中で、おにぎりを噛じっていた。


 アイカ「やぁ、しかしあれだね。こりゃ相当手強いよ。多分。」

口のまわりをケチャップだらけにしながら、なんとも大雑把な評価をする。


 俺「はぁ…そういうのって分かるもんなんですか?」

明らかに周囲の落ち着いた家々と比べ、異様。デンジャラス極まりない空気を漂わすその巨大な建造物は、この間まで一般人だった俺から見てもヤバ気なのだが、そういう見た目的な印象のことでは無いのだろう。


 アイカ「わざわざ四方をフェンスで囲った上で警備員が数人で巡回。明らかに凄そうじゃないか」

おいおい、俺でもそれは分かるぞ。


 俺「え〜、まあそうですね。見るからに」


 アイカ「まあね、でも極めつけはあれかな」

言うとペンライトを取り出してフェンスの一部を強調的に照らす。

あぁ、よかった。

何だかそれっぽく分析もできるみたいだ。


 俺「黒い人型の飾りですかね? ずっと連続でフェンスに括りつけられてますよね」

 

 アイカ「血は酸化すると黒くなるのだよ」

え? 何それ怖い。


 アイカ「和紙で編んだ人型に術者の血液を染み込ませ数日、乾燥。そのあと物理的、霊的耐久性強化のためにそれを木蝋にてコーティング…まあ、ブゥードゥーと式神の混合結界ってとこだね。見た感じ」


 俺「それで建物を囲ってるって言うんですか?」

気色悪い。


 アイカ「明らかに人型の光沢がそこらで見るものじゃないだろう? ああ、そうだ眼鏡かけたら早いや。ほら眼鏡、眼鏡!」

熱烈な眼鏡推しに促され眼鏡越しに見たその建物は、ことさらに異様だった。


 俺「なんですか、あの白黒…」

建物の四方をテレビの砂嵐みたいな、壁が覆っている。


 アイカ「血は汚れ、そんでもって素材は無垢を象徴するような白っぽい物だろう? 闇と光が合わさりなんとやら、ってやつだねよく考えたよ。相当、手間と費用も掛かってるよね」

感心したように頷いている。


 俺「あの中入るんです?」

心から見なけりゃ良かったと思えるのは、高校の時以来だ。

あの時は殺人の現場だっただろうか? まだ撤収が終わってないのが目に入って…


 アイカ「当然だろう? 向こうさんもそれなりに本気でかかっていって駄目だったってなによりの証拠だよ! これは。腕がなるね!」

トラウマにトラウマを塗りたくる逃避法は通用しないらしい。

結構、具合の悪そうな表情を湛えている自信があるのだが、俺の具合なんてもはや目に入らずという感じだ。

まぁ、そんなに期待はしてなかったさ。


その後

"サム、準備運動だ!"などと急に張り切り始めた彼女だが俺は、久方ぶりにストレスで腹が痛くなってきた。



 「八十 愛叶 様ですね。

お待ちしておりました。こちらにどうぞ」

筋骨隆々にして寡黙。

そんな、いかにもな警備員が、フェンスにたった一つだけ設けられた入り口へと俺たちを招く。


 「お車は敷地内の駐車場を使ってください。

建物内の水道、電気もまだ一部使える筈ですからどうぞご自由に」

淡々と説明しているが、間近に見る建物の異様さで言葉が頭を素通りしていく。


 「申し訳ありませんが、事前に送付した資料の通り会話は以後、録音致しますのでご了承ください」

言いつつボイスレコーダーを起動する。


 「この建物内部で起こる如何なることに関しまして以降、私どもは認知致しません。

宜しいでしょうか?」

ベシベシと塗装のはげかけたその建物を叩きながら、警備員は何事か問う。


 アイカ「もちろんだとも!」

威勢よく彼女は吠える。


 俺「…」


 「お連れの方は?」


 アイカ「お〜い! さすっち君! 返事したまえ!」


 俺「あ、あぁ…すみません。大丈夫です。

それで、大丈夫です」


 「それでは確認致しました。

終わりましたらフェンスを叩いてお知らせください。 御健勝をお祈り致します」

抑揚なく、そう言うと警備員は持ち場に戻っていった。


 …その日、落雷があった。

建物は一瞬で丸焦げ。

あちこちが一気に粉々になったらしい。

残されたのはまるでスカスカになってしまったこの建物。

いつしか周辺に住む人々はこの建物を"骸骨学舎"と呼び始めたという。


そんな、仕事前のミーティングでアイカから聞いた逸話だが。

なるほど、確かに目の前にあるその建物は所々焼け焦げた骸骨だ。

俺達の他には黒い野良猫が一匹、巡回中の警備員が一人、の寂しい敷地に鎮座する巨大骸骨だ。


 アイカ「おーい! 気合をいれろ〜! 

気合〜!」

ボーッとしていたのだろう。

小さい彼女の手の平で頬を張られ、ふと我に返る。


 俺「な、なんか…」


 アイカ「んん? 

どうしたのかね、さすっち君?」


 俺「ヤバイっすね…」


呆れた彼女がサムに俺の頬を張らせるまで、残り数十秒。

俺は確かに、気圧されていたのかもしれない。




 


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