第7話「骸骨学舎」1

 「つまりだね、我々が関わる霊というのはなにがしかの秘法でもって、何者かの意図により存在することもあるのだよ。純粋な好奇心で生み出されたものならばまだかわいい。本当に用心すべきは悪意から生み出されたソレだね、私の経験からいって」


 駅前のテナントビル、その中の一室。

目の前のソファに寝っ転がった上司は一息ついたのか、右手の高そうなティーカップに小さな唇をのせる。

「熱っ!」

が、次の瞬間には電気的な速さでカップを机に置き、忌々しそうにカップを睨むのだ。

そろそろ雪でもちらついてきそうな昼下がりの情景。


俺は窓から差す弱々しい日差しに照らされながらこの少女っぽい女上司の、自己満足的茶会につき合わされている。

なかなか冷めない紅茶を諦めた彼女は、いつもの汚い事務机にチョコフレークの包装を広げ、もそもそやりながら再度ご高説を並べ始めた。


 アイカ「そりゃあ私のサムだってある種の秘法でもって、守護霊とすることを私に意図されて現界させられた霊ではあるがね?しっかり私はサムの合意を度重なるチャネリングで確認してからそうしたのだよ。いいかい?さすっち君!

いくら面倒臭い手順があるからといって、

そこらの意思があってないような畜生の類いをむりくり守護霊にすることだけは止めたまえよ。

絶対に後悔することになるからな!」


 長々と脱線気味な持論を述べたあと満足気にソファにもたれ、紅茶をちびちびすする。

とうのサム、こと艷やかな筋肉の眩しいマッチョな守護霊はそんなパートナーの演説よりも腕立て伏せに夢中なようだが…まぁいい。

それよりも何よりも俺は、この薄ら寒々しい彼女の生活空間兼オフィスに冷蔵庫が増えている事実を認め、安心している。

ちゃらんぽらんな彼女の事、変な物にこの間の報酬を使い果たして飢えていないかと勝手に心配していたのだ。取り敢えず一安心。


 アイカ「しかしてだね、さすっち君。 

新しい依頼が来たのだ! やる気はあるかね?」


いきなりだな、おい。

寒々しい季節の、仄かな茶会が台無しだ。


 俺「また急な話ですね」

気持ち、嫌味を込めて言ってはみたが、彼女には通じまい。


 アイカ「ん? 都合が悪いなら調整するよ?」

ほらみろ。

何だか俺の性格が悪いみたいになった。


 俺「いえ、大丈夫です。ただ、どんな感じなのか自分でも把握しておきたいですね。詳細を教えて下さい」

前回の研修で思い知ったがこの仕事、心臓に悪い。

色々知っといて覚悟を決めておきたいのだ。


 アイカ「熱心で何より! まぁ、しかしだね… 今回の依頼は本当、蓋を開けるまで分からん代物さ」


俺「? つまり?」


 アイカ「今回の現場は廃校なんだがね、宗教系の私立高校なのだ。数年前に"何かがあって" いきなり閉鎖された… そういう所さ。で、その学校の運営母体というのが我々と同業者なんだな」

なにやらきな臭い。


 俺「分からないっすね。 だったらその件も先方で何とかできるんではないですか?」


 アイカ「うん…まぁ、そうなんだが…」

歯切れ悪くフレークの咀嚼を中断し、彼女は続ける。 


 アイカ「自分達じゃ何ともできないということで私達にお鉢が回ってきたんだよ」

無茶苦茶、危なそうじゃないですか…


 俺「それは結構…、危険なのでは?」


 アイカ「そうなんだよね~ お祖父様から是非にってきた話なんだけど、その運営母体ってのも私達"八十流"とは違う流派なのだよ」


 俺「つまり?」


 アイカ「業界のライバルに頼らないでしょ、普通。 組織としての体面があるもの」


 俺「それ…益々やばいじゃないっすか」


 アイカ「そうそう、色々とやばいの。 それ故になるべく内々で済ませたいって要請よ。 "八十家"は業界のライバルにでかい貸しが作れるし、向こうも体面を保てる」


 俺「なるほど…それで身内のアイカさんなんですね」


 アイカ「実力もあるしね!」

すっかり冷めたらしい紅茶をグイグイ流しこみながら彼女は胸を張る。

ちんちくりんなのはよく知っているので別に頼もしくは、ない。


 俺「ま、まぁそれはそうなんでしょうけど、そんな内々の事情まで俺に話ちゃって良かったんですか?」

聞いといてなんだが急に不安になる。


 アイカ「ん? 何か良からぬことでもするつもりなのかな、さすっち君?」

訝しげな彼女の声に合わせて、床に伏せっていたサムがこちらに顔を向ける。

今気付いたが彼の真顔は、怖い。


 俺「いやいや! しませんよ、しません! ただ入りたての俺が聞いちゃって良かったのかな、と思いまして…」


 アイカ「一緒に行くってのに隠し事は無しだろう? あのさ、さすっちはもう少し私のことを信じてくれたまえよ。私は君のことをそれなりに信頼してるんだから」


所々で偉そうになる彼女はまだ、気持ち背伸びしたいお年頃なのだろう。

二十歳頃というのはそういうものだ。


 俺「いや、でも研修の時とか教えていただけなかったですし…」

自分で言っといてなんだが、意地の悪いことだ。

言ったそばから後悔する。


 アイカ「そ、それはだね君、

初めての弟子の前でくらい格好つけてみたかったのだよ…」


"よかったらまたいつか、私と冒険してくれる?"


消え入りそうな声でそうもらす彼女の赤ら顔は、青臭い過去を一瞬、思い出させるのだった。





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