第6話 研修「紙魚屋敷」3

 … 

本を読むのが好きだ。


 ああ、そうだ

そういえば、

ようやく自分で本を読めるようになった頃…

ちょうど小学生の頃くらいからだっただろうか…



「おーい!マサヤ!ドッジボールしようぜ!」


いらない。本を読む時間が減る。


「止めとくよ」

「マサヤ君~かくれんぼしよ~」


うるさい。気が散る。


「ごめん。今日、お腹痛いんだ」

「マサヤ君、本を読むのも良いけどお友達とも少しは遊ばない?ほら、皆楽しそうよ?」


なんでしたくもないことをしなくちゃいけないんだ…


「わかりました」

「マサヤ!ボールそっち行ったぜ!」

「マサヤ!パス!パス!」

「いけ!マサヤ!ゴールいけ!」…

皆笑っていた。はしゃいでいた。楽しそうだった。

僕も笑った。はしゃいではみた。楽しそうにはしてみた。

楽しくはなかった。

 空も飛べない。不思議な国にも行けない。魔法も、超能力も使えない。怪物が出てくることもなけりゃ、スリリングな事件も起こらない。不気味な怪奇現象にだって出会えやしない。

 ただ、

ただ、ただ。眩しい日差しの照らす青空の下で、白と黒のボールを蹴るだけだ。

なにが楽しいんだ。

こんなの…

僕はあまり喋らなくなった。

「ねぇー高橋君~、本読んでないでさぁ~何か文化祭の出し物考えてよ」

「…」

「ぎゃははは、無駄!無駄だって!そいつ何言っても何やっても本読んでるからよ!前のクラスでもずーっと、そんな調子だぜ」

「え…、何それキッモ…」

「いやいや、まじまじマジなんだって!」

「あ!それは俺も知ってる!"読書ロボット高橋"って先公の間でも有名じゃん?」

「あッははは!マジかよ!頭オカシイんじゃねえの?コイツ!」

「本読むのは良いんだけどさ~、時と場所わきまえて欲しいんですけどぉ~」

「ほんとにな!マジそれ!はっきり言って空気読めてねえよ!コイツ!」

「KY!KY!」

「え~、今時KYって…死語何ですけど~」

「ま、とにかくさ…高橋君、何か意見出してよ。皆、何かしら一個は出してるんだからさ…」


"皆やってるから"

"皆そうしているから"

馬鹿の一つ覚えみたいにどいつもこいつも皆、皆、皆…頭がオカシイのはお前らだって。


「…」

「ちょっと~、せっかく委員長が話ふってんのに何、無視してんのよ~」

「KY!KY!」

「ッざけんじゃねぇぞごらぁ!」

「うわ、ミスター後藤が切れた…」

「まぁまぁ…落ち着いて。それじゃいいよ。彼は文化祭に参加しないって意志表示してるんだから、僕らもそれを尊重しよう。しょうがないけど時間もないからね、彼は今回に限って居ないものとしよう」

「委員長ナイスアイデア!」

「賛成~」

「ギャハハハ!マジかよ!さすがロボットだな!」

「…」


プルルルル、プルルルル、プルルルル、プルルルル、

「お待たせしました、高橋です。

あら!マサヤがいつもお世話になっております!本日はどういった御用件で…」

「ねぇマサヤ… 学校でのことなんだけどね…」


「何?母さん」


「担任の先生からさっき電話があったのよ。

"マサヤ君、クラスに馴染めていないようなんですが…"って」


「…」


「学校で何か有ったの?」


「…なにもないよ母さん。ただ本読んでたら大人しいって言われただけなんだ」


「ねぇマサヤ…お母さん心配なのよ…お父さんが死んじゃってお前までどうかしちゃったら…」


「大丈夫だよ、母さん」


僕を産んでからすぐ父さんを亡くして、僕を一人で育ててきた母さんは、少し不安定だった。


「おぉ~い~ロボットぉ!また本かよ!毎度毎度よぉ!本ッ当、気持ち悪い奴だなお前~」

「…」

「つうかさ、流石にコイツ世の中舐め過ぎなんじゃねぇの?ここんとこ授業以外でコイツ喋ってんの聞いたことねえぞ、俺」

「あ、それ私も~」

「ギャハハハ、マジKY!KY!」

「いや、だからKYは死語だって…」

「ギャハハハ、僕、本読んでるから聞こえませ~ん」

「あっあ~!何かコイツ見てたらムシャクシャしてくんな…」

"ガンッ"と、音を立てて机が跳ねる。

「変なの~、コイツ自分の机蹴られてんのにまだ本読んでるんですけど…流石に頭おかしいんじゃん?」

「あ、そういえばさ~コイツん家の母親、隣町の精神病院で見たって奴居たわ」

「え~何それ、その見たって奴のがヤバイじゃん」

「ギャハハ、そうかも!」

「ったく…やっぱあれか?親が頭おかしいからこんな感じなのかなぁ?マ~サ~ヤ~君~‼」


この時もいつも通り、無視を決め込もうとしたんだ。

だけど…


"プチッ"


どこかで小さな破裂音が聞こえて…


「キャァァァアアアアアアアアアアアアア」


悲鳴で気付いた僕は携えた椅子を、一男子の頭上に降り下ろしている最中だった。



「マサヤ…ご飯と頼まれてた本、ここに置いておくわね…」

カチャカチャ音を鳴らして、母が何時ものように食事と本を運んでくる。

あれから10年ちょっと、僕はずっと襖一枚隔てて引きこもっている。

椅子で殴り付けてやったアイツがどうなってるか、その他クラスの面々がどうなっているのかは知らない。知りたくもない。

僕自身、警察に捕まったりしてないところからすると案外、大したことにはならなかったのかもしれない。

「マサヤ…お母さん、行ってくるわね」

玄関から何時も通り母が呼び掛けて仕事に出て行く。

僕は相変わらず本を読んでいる。

あの時、あの頃から何も変わらず一人で本を読んでいる。

ここなら空も飛べる。不思議な国にも行ける。魔法も、超能力も使える。怪物が出てくれば、スリリングな事件、不気味な怪奇現象だってしょっちゅうだ。

本当、毎日面白くってしょうがないのになんだって今日は、あんな下らない日々のことを思い出したのだろう…

 ふと違和感を感じて畳に目をやる。

「チッ、また湧いてるよ…」

畳に這いずるそれをティッシュペーパーで押さえ、指先でモゾモゾとした感触を楽しんだ。

軽く力を入れる。

"プチッ"と何時か聞いたような小さな破裂音。

余韻が心地よい。


 最初は気持ちが悪くてしょうがなかったが、最近は慣れた。

読み終わった本の山に時折、大量発生するその虫を潰すのは、プチプチと小気味よく癖になる。

形の気持ち悪さには慣れないけど…


その日、母さんは帰って来なかった。


 腹が減って目が覚めた。

何せ昨夜から何も食べてないのだ、おちおち昼寝も出来ない。

どこ行ったんだ…母さん…

ピンポーン、ピンポーン

「…」

珍しく我が家のチャイムがなったのでつい、息を潜める。

「すみませーん、-県警のものですが-誰かおりませんかー」

無駄にはっきりとした、野太い声が聞こえる。

「は、はーい!ただ今!」

どうしたんだろう。動悸がする。

母さんが死んだ。

暴走車だかなんだか知らないがぐちゃぐちゃになって死んだらしい。

見たこともない親戚がドヤドヤやってきて、遺体のない葬式をあげ、死後の後始末をてきぱきと片付ける。

腫れ物を触るように僕は蚊帳の外。部屋で何時も通り本を読む。

何もしなくてよかったけど、なにもできやしなかった。


「それじゃあマサヤ君、お母さんのことは非常に残念だけども、頑張ってね」

初めて見た顔の親戚達は皆一様に似たよう事を言い残して慌ただしく帰っていった。

遺産と保険金諸々が入った通帳と、最後に履いていたという紫のパンプスを残して、母は消えた。

 その日から面白く無くなった。

いくら本を読んでも、空は飛べない。不思議な国にも行けない。魔法も、超能力も使えない。怪物が出てくることもなけりゃ、スリリングな事件も起こらない。不気味な怪奇現象にだって出会えやしない。

ただ、文字の羅列が頭の中を滑っていくだけだった。

通帳の金でしこたま買い込んだ本を読むのはそのうち止め、最近はただ寝るだけだ。

置き場を失って溢れた本には虫が湧いて、潰しても潰しても出てきた。

お陰で毎日、毎日、プチプチプチ…時間を空費するのには役立ったのかもしれない。

しまいにそれもめんどくさくなって、身近を這いずり回るそいつらに独り言を呟いている。

(そうだ、死のう)

今日、寝ている僕の顔を這いずる虫のくすぐったさで午前2時、目覚めた僕がそう思い立ったのも、こうして考えると不思議じゃない気がする。

「ぉォオオオオッッ!ェェエエエェェッ!オェェェエエ!」

ビチャビチャと吐瀉物を撒き散らしながら、僕は廊下を這っていた。

"混ぜるな危険"

そんな家庭用品を混ぜ合わせれば楽に死ねるなんて情報に飛び付いた僕は馬鹿だった。

臭い、苦しい、気持ち悪い、この三つしか感じられなくなった僕は午前2時少し過ぎ、暗い廊下を這っていた。

だんだん目の前が真っ黒になってくる。

臭い、苦しい、気持ち悪い、臭い、臭い、苦しい、臭い、苦しい、気持ち悪い、

臭い、苦しい、苦しい、臭い、臭い、臭い、臭い、

…母さん…

最後に思って顔をあげたら、何時も潰してた虫が目の前にいた。

…ギチチ

鳴り響く振り子時計の駆動音にのせて、虫たちが笑いかけてきたんだ。

 「Hey!Hey!」

遠くで声が聞こえる。

続いて、パチンパチンという妙に耳通りの良い音が、頭に響く。

「Hey!Wake-up!Hey!」


俺「って-なぁ…」

頬に痛みを感じて目を開いたら。

「Hey!Wake-up!」

浅黒く艶やかな筋肉の塊が俺の顔を覗き込んでいた。

「Oh~‼ Yes!Yes!」


「おぉ!でかしたぞぉ!サム!やっぱりお前のビンタは世界一だぁ!」


訳のわからない事を言いながらこちらを続けて覗き込んできたのは他でもなかった…


俺「アイカ…」


アイカ「おぉ!そうだぞアイカだぞ!お前の上司だぞ!さすっち君!」

無茶苦茶にこにこしながら俺の胸ぐらを掴んでガクガクやっている彼女の顔に、紙魚は這いずっていなかった…

アイカ「まぁつまりだね、霊的耐性皆無の君はうまい具合にここのボスに取っ憑かれてしまったのだよ!さすっち君!」

例の如くどや顔がうざったくてしょうがないが、まぁつまりはそういうことらしかった。


俺「すみません…」


アイカ「あっははっは!研修なのになかなかハードな経験ができてよかったじゃないかぁ、さすっち君!」


俺「あの…背中をサムに叩かせるのは止めて下さい…無茶苦茶いたいっす…」


アイカ「んふふふ!念の為だよ、ね、ん、の、た、め!」

何か知らんが先程よりテンションの高いアイカは進んだ先、一つの部屋の前で歩みを止める。

ここはよく知っている。

高橋マサヤの部屋だ。


俺「あの…この後、どうするんですか?」


アイカ「さっさとここのボスを駆除するのさ、さすっち君!寛大な私も部下を痛め付けられたんじゃ我慢できないからな!一刻の猶予もやらんぞ虫けら!」

クイクイと親指で部屋につながる襖を指しながら、説明半ば罵倒している。

怒るとテンションがあがるのか?この人は?

しかし、

やっぱりここのボスというのはやはり…


俺「ちょっと待って貰って良いっすか?」


アイカ「んん?何だねさすっち君?」


俺「ちょっとボスとの決戦前に持ってきたいものがありまして」


アイカ「急いでくれよ!さすっち君!10秒!10秒で行ってくるんだ!あと決戦じゃない、一方的な駆除で蹂躙なんだよさすっち君!」

やっぱり怒ってらっしゃる。


俺「了解です!」

アイカ「しかしてだね、さすっち君…霊、特に心霊は肉体ではなくその心に多分に寄せてくる分、形状も特質も千差万別なのだよ…」

顔をしかめながらアイカは苦々しく語る。


俺「はぁ…」


アイカ「故にだね…こうも気色悪い形状の霊というのも時には相手にせにゃいかんのよぉ…」


小声でキモイキモイ…と合いの手が入る彼女の講釈を聞きつつも成る程と、目の前の状況をみやる。

懐中電灯の照らす薄暗い室内、浅黒く艶やかな筋肉の男…まぁサムなのだが…と、相手の霊?&無数の紙魚がくんずほぐれつもみ合っている…


俺「ちなみにサムと取っ組み合いしてるあの巨大な…2mぐらいある紙魚は霊?なんですよね?UMAとかじゃないんですよね?」


アイカ「今更だなぁ、君。眼鏡取ったらすぐ分かろう」


外したらそこには気持ち悪いぐらい大量の紙魚がたむろしているだけだった。


俺「なるほど…」


こりゃキモイ。


アイカ「霊はな、時として一方的なチャネリングで構造が比較的単純な生物を操ってきたりするのよぉ…キモイキモイキモイ…まぁ、あんなキモイのは滅多にないけどぉ…キモイキモイ」


俺「それで…どう決着着けるんです?」


アイカ「まぁ見てろい…」


5分ほどプチプチと音を立てながらもみ合っていただろうか…サムが巨大な紙魚を仰向けにホールドする。

そこらじゅうに飛び散る赤黒い体液と紙魚の死骸のなかで蠢く巨大な節足…美しく逞しい筋肉…さながらダークファンタジックな絵画だが、この状況こそ彼女の待ち望んでいたものらしい。


アイカ「いよーし!よくやったサム!もう少し、もうすこーしそのまま頼むぞぉー‼」

興奮気味に叫ぶアイカにサムがサムズアップして応える。…ギャグではない。


アイカ「よーく見ろ!さすっち君!あの糞キモイ虫の腹の当り何か白く光ってるだろう!」

確かに薄暗がりの中、白く何かが輝いている。


俺「はい!見えます!」


アイカ「あれこそがこの騒動の発端!厄介な人の思いなのだよさすっち君!何時もは私がやるんだが、ほら!研修!君が行ってくるんだ!いいか、あの光るのにこいつをくっつけるだけでいいんだホラ!」

まくし立てるとアイカは例の赤いハンドバックからソフトカバーの本を1冊、取り出し押し付ける。


俺「え?何ですかこれ?」


アイカ「見りゃわかるだろ!本だよ!本!今回のボスの心の主、高橋マサヤのお気にいりの続編だ!あれだろ?本好きの引きこもりにはこれが一番グッとくるだろ!死後発売されたお気にいりの作品の続編!こりゃ間違いないって!さすが私!名推理!きっちり家の住人のパーソナルデータは洗って有るのだよ!ヌフフフ!」


俺「えぇ…」

自信満々の上司に茶々を入れるのは気が引ける。

まぁ一応筋書きとしては納得できるかもしれないが、当の本人に先ほどまで憑依されていた今ならば、絶対に違うと言える。


俺「まぁ…やってみますよ…」

こういう場合は大体、結果で示すしかない。

性格悪いのだとこの後、ネチネチ嫌がらせをしてくるのだ。実体験的に。あぁ嫌だ。


恐る恐る、巨大な節足の群れに近付く…

小指ぐらいの太さのそれがワシャワシャしててキモイ。非常にキモイ。


俺「サ…サム…しっかり押さえててくれよぉ…」

サム、再びサムズアップ。チラリと見える白い歯が眩しい。てか、今更だけど日本語通じるんだな…

周りのグロテスクとはまるで違う、真珠のように輝くそれに本をそっ…と触れる。


"バチンッ!"


次の瞬間に本は吹っ飛び、奥の押入に叩きつけられていた。

ほらぁ、言わんこっちゃない…


アイカ「ぬわぁああぁぁ!ぬわぁ!?何で何で?おかしいでしょ?!何で!?」


後ろでアイカが喚きながら地団駄踏む。

畳をブーツで踏みつけるのは止めて頂きたい。


アイカ「ああぁあぁぁああ!しょうがない!あんま部下の前でやりたくないけどぉしょうがない!サム!プランB!ヤッちゃって!」

すんごく嫌な響きの"ヤッちゃって"に慌てて返す。


俺「アイカさん!アイカさん!あれっす!俺憑依された時に心当たりがあるんですよ!その…心にグッとくるものに!」


アイカ「サ~ム!ストップ!ストーップ!マジか!流石のさすっち!今年のルーキーは大物だな!して‼ものは!?」


俺「あります!」

高橋マサヤが最後の最後に欲した母親に由来するものなどこれしかあるまい…と玄関から取り合えず拝借してきた紫のパンプスを掲げる。


アイカ「ぉおおおっとぉ!もう手元にあるだと!?今年のルーキーは化け物かぁ!?いいぞ!いてこませいやぁあああ!」


俺「了解です!!!」

(何だろう、この上司とは上手くやっていけそうな感じがする。)

なんて場違いなことを考えつつ改めて白い塊にそっ…とパンプスをくっ付ける…

一瞬、温泉にでも浸かったかのように朗らかな若者の笑顔が、見えた気がした。

「それじゃ、まぁ依頼解決と入社祝いに細やかながら乾杯~♪」

「乾杯~」

依頼主からの振り込みを確認した後、俺達は駅前のチェーン店で打ち上げをしていた。


アイカ「っかぁあああ!一仕事終えた後はやっぱビールだわ!」

そのちびっこい体のどこに入っていくのかという呑みっぷりで大ジョッキを干したアイカはご機嫌だ。


アイカ「いやぁ!さすっち君~♪今回は研修ながらよくやってくれたよ!まじナイスプレー!現職のチャネラーもびっくりの、名チャネリングだよ!いよっ!今に生きるジェーンロバーツ!」


俺「あははは、なんすかその誉め言葉!初めて聞きましたよ!いやぁでもでも、アイカさんだって事前に住人のデータ洗って検討つけてたんじゃないっすか!まじその道の専門じゃないっすか!格好良いっすよ!」


アイカ「ンフフフ!そうだろう!次はそういう根回しも伝授するからにゃあ!覚悟しにょ!」

あ、やっぱり一杯目にしてやばげだ。


俺「はい!宜しくお願い致します!社長!」

大袈裟に応じてみると、途端にケラケラ笑いだす。


アイカ「にゃはははは!久しぶりにご機嫌にゃぞ!にゃははっははは!」

気持ちよさげに眠りこける彼女をおぶって薄暗いコンクリの階段を登る。

いやはや、多少上司が偉そうで口は悪いかもしれないが、何だかこの職場は良いなと薄暗い蛍光灯の廊下を進みながら考えていた。

今回の俺の報酬が400万。もう一々預金残高の夢を見なくて済みそうだ。

さぁ、さっさと背中の彼女を事業所のソファにのっけて、俺も気持ちよく寝よう。

そう考えた矢先だったろうか、

可愛いカバーのかかったノブを捻った時だ…


"プチッ"


足元で聞き覚えのある…小さな破裂音がした。


「えっ?」


つい、足元を見る。


「ァアアアぁァりガとォぉぉ」


口から訳のわからぬ色の吐瀉物を滴らし、顔中に紙魚を這いずらせながら、彼は、確かにそう言ったと思う。


「ぁああああああ!」


その後、俺の絶叫に飛び起きたアイカに

「それでも霊能士の端くれか!」

と眠い中説教を受け終電を逃した俺の失敗は、些か今回の成功に影を落としたのであった。





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