第4話 研修「紙魚屋敷」1

 「あー…」

 衝撃的な未知との遭遇より一夜明け、現在午前10時。俺は某ワークショップの店内にて頭をひねっていた。

初仕事。

しかも今まで経験のない現場での初仕事。

どんな格好が良いんだか見当がつかない。

野外での活動だから店のチョイスは問題なしだろうが…

重要なのは今回の現場というのがどういう場所にあるかだ。

いくらヘンテコでも、常識外でも、仕事は仕事。TPOは重要。

そこら辺、よく聞いておくんだったと少し後悔している。

…などと考えて自分の社畜的思考に軽く自己嫌悪しつつある。

まぁ、悩んでも仕方がない。

こういう時こその某検索エンジンなのだと、スマホを取り出す。



数時間後。

約束の時間10分前、俺は新しい勤め先の前に居る。

作業着、安全靴、担いできた大型リュックにはヘルメット、ライト、作業手袋に飲料水、タオル、枝払い用の鉈、その他諸々…

トイレOK、ハンカチ、ティッシュも無論大丈夫。例の眼鏡も忘れちゃいない。

何だかいい歳して遠足に行く気分だ。

スーツ着て出勤してた頃はまず無かったが、町中では若干、目立った。

まぁ、新鮮な体験でこそあれ、悪い気分では無かったかな…

感傷に浸りながらノックする。


「ん~?は~い、今でま~す」


あれ?

なんだかこれから一仕事するって感じの声じゃないんだが…


アイカ「はい、は~い」

薄いピンクのキャミソールに短パン、頭は使い古したタオルケットみたいにボサボサ、安っぽいゴムサンダル…

気だるそうにこちらを伺う大きな瞳は、やっぱり異様なオッドアイ…

時間、間違えたっけか?


俺「…」


アイカ「ん~?、あ~~、あ、さすっち君…

今何時?」


俺「午後2時、10分前ぐらいです」


アイカ「うーん…ま、いいか。打合せまで余裕はあるし」


俺「え、何すか打合せって?」


アイカ「依頼主のお役所さんと。契約内容の再確認or改めて案件についてお話し~」

 まぁそうか、さもありなん。


アイカ「んも~、お役所相手はこれだから面倒だよ。普通はメールか電話で、案件確認。出来ました~、確認しました~、で、終わりなのにさ」

 大丈夫か?


俺「あれ、打合せって何時からです?」


アイカ「今日の午後4時44分」


俺「何ですか、その意味深な時間設定…」


アイカ「あのね、さすっち君。私達、表向き興信所名乗ってるけど、世の暗部を知る者達なわけよ」


俺「はぁ…」


アイカ「ただならぬ雰囲気作っておくと、ね、先方さんが色々親切。そんで後々お得」


俺「なるほど」


アイカ「どーうーしよーか、な~予定狂っちった~」

 ボサボサ頭をボリボリ掻きながら、気の抜けたことを言っている。


アイカ「ま、下見の時間減らせば余裕っしょ」

 俺の初仕事の方針が、ゆる~く決まったようだ。


アイカ「まぁ、それじゃ部屋でお茶でも飲んでてよ、その間に着替えするから」

 汚いデスクは相変わらず。

ソファーの上には本が投げ出されている。

傍らにはパイプ椅子が引き寄せられ、袋全開のポテチと、ティーカップがのっている。


アイカ「ポテト食べたい?食べていいよ~」


俺「あ、いえ…」

 だらしねぇと、思っただけだ。

こちとら拍子抜けもいいところだ。朝から粛々とした感じでさ、色々準備してたのに。

若干、そのギャップに苛立ちながら上を片付け、パイプ椅子に座る。

で…、それでだよ。


俺「何やってんすか?」

 ソファーの上に、パンツ一丁で立つ彼女に問う。


アイカ「え?着替えてんの」

 まぁ、そうだろう。

傍らには昨日着てたであろう服が乗っているしな。

しかしながら、問題はそこじゃない。


俺「いや…、恥ずかしくないんすか」

 言わせんな恥ずかしい。


アイカ「え、別に」


俺「…そっすか」

 変な性癖に目覚めたくもないので目を逸らす。たいしてメリハリも、色気もない

白い裸体。

俺はナイスバディで色黒な女性が好きなのだ。

そんでもって、警察の世話になる予定はない。


アイカ「あー、めんどくさ~い、め、ん、ど、く、さ~い♪」

お着替えモードに入ったのかヘンテコな歌を口ずさみながらシャツに袖を通す…


俺「…」

 取り合えず、茶を煎れることにした。



アイカ「はい、お待たせ!」

 茶をいれてパイプ椅子に座り、一口飲んだと思ったら、彼女の身支度は終わっていた。


俺「え、早いっすね」

 いや、早いってレベルじゃない。はじめてから5分も経って無いんじゃないか?

特にあの腰まで有りそうでない長髪。ところどころ丸まってスチールウールみたいになっていたのにどうやったらこの短時間でこうもまとまるのだろう…


アイカ「ふっ、ふ~ん驚いてるね。霊装装備の早さもまた地味だが奥義なのだよ、さすっち君!」

あっ、そのコスプレは霊装なんすか…

というか


俺「霊装ってなんです?」


アイカ「おいおい、それくらいは察してよ~

霊と対峙する際の物的、防具やら武器みたいのやらの総称だ、よ!さすっち君~♪」


俺「はいはい、分かりました。それで、移動手段は何です?というか場所は何処です?」


アイカ「ちょ!やめい!帽子にチョップをかますな、君!崩れる!型が崩れるだろ君!」

 ついつい説明中のどや顔が、生意気に可愛かったのでスキンシップを試みたが、警戒されたようだ。

帽子を押さえてこちらを睨み付けているが、恐くはない。

むしろ小動物的に可愛いい。

そりゃ、以前の職場の中年相手だったらまず無理なシチュエーションだがあれだな、うん。

可愛いは正義。こりゃ真理だね。


俺「あ~、はい、すみませんつい…帽子にハエがたかっていたものですから」


アイカ「うっそ!もう出てきやがるか!1週間前に臭うゴミは全部捨てたんだけど…」

心配気にキョロキョロ部屋を見渡す。


俺「いや、もう少しこまめに捨てましょうよ」


アイカ「さすっち君!」


俺「はい?何ですか、改まって」


アイカ「溜め込んで捨てないとごみ袋が、勿体ないだろ!」

そんな"クワッ"とした感じで言われましても…


アイカ「…」

いやね、そんな"私、怒ってるのよ"みたいな感じでこっちを凝視されてもね、迫力はないっすよ?



俺「…すんません」

目を見開き過ぎた彼女の瞳が赤く、潤んできていたので、取り合えず謝った。

金に苦労しているのだろう。


 さて、初仕事へは車で約2時間。隣県まで行くらしい。

その為の免許持ちの俺、参上ということだが…


俺「なんだ、アイカさん。免許持ってるじゃないっすか」

ごちゃごちゃしたトランクをひっくり返し用意をする彼女の傍らに、それは落ちていた。


アイカ「…いやね、運転自体はできないのだよ…」

どりゃー、とか気合い入れながら雑多なトランクを掻き回していたそれとは、うって変わってしおらしい。


俺「いやいや、運転できないと免許はとれないでしょ」


アイカ「いや…その…ね?、お祖父様が、その…気をつかって下さって…ね?」

 え、なんだかすんごい怪しいんですけど…


俺「何すか?もしかして…偽造とか?」


アイカ「ちっ!違うぞ!ただちょっと、無いと不便だろうし~って言うんで、その…同姓同名のそっくりさんを即席で用意してだね?」

 お巡りさーん。

金と権力にもの言わせているやつが居まーす。


俺「それで運転はできないと…」


アイカ「うん…」


俺「了解です」

 何も言うまい。

触れてはいけない世界もあるのだ。


俺「それで、肝心の車は?」

 俺は金持ち一族のダークサイドを聞きに来たんじゃない、仕事に来たんだ。


アイカ「う、うん!駅近くの月極駐車場に置いてあるぞ!」

 トランクをようやくまとめた彼女とともに、駐車場まできた俺の目の前には…


アイカ「どうだ!格好いいだろう!私が自分の稼いだ金で準備したんだ、中古だがな」

 白い軽トラが停まっていた。



ブロロロロ、とどこか野暮ったい駆動音。

白い軽トラが秋晴れの、ひんやりしみる風を切る。

確認したら何気4WDのそれは、中古にしてはパワフルだ。


アイカ「さすっちさぁ!!」

 がなりたてるように彼女は言う。


俺「はい?」


アイカ「風うるさい!髪の毛乱れる!寒い!窓!早く閉めて!閉~め~て~!」

 風を切る気持ちよさに彼女は理解が無いらしい。

渋々、ハンドルをクルクル回して窓を閉めた。

途端に風音が止み、車内に沈黙が立ち込める。

何か話したら良いのだろうか?


俺「そういえばアイカさん」


アイカ「ん?なに?」

木々の生い茂る窓の風景から視線を移す。


俺「何で軽トラ何すか?」

 もっと可愛らしい軽自動車で良かったんではなかろうか?


アイカ「だって荷台がついているもの」


俺「え、でもそんなに今回は荷物無いですよね」

そうなのだ、これから現場に向かう筈なのに、彼女の荷物は膝の上にのせられた赤い革のハンドバッグ一つだ。


アイカ「ふっふ~ん!そりゃ私、ベテランだから?今回みたいな軽めの案件にはこれで充分」

 でもね? と言葉を続ける。


アイカ「案件の内容によってはこのトラックの荷台一杯に、準備が必要な時も有るよ?」


俺「マジっすか?」


アイカ「マジもマジ、マジでマジ。何でもかんでも一晩、一日で片付くと思わないことだよ。場合によっては…テント積んで野営するから」


俺「了解です…」

 絶対にこきつかわれる自信がある。


アイカ「それよりさぁ~」


俺「何ですか?」


アイカ「お腹減った」


俺「は?さっきポテチ食べてたじゃないですか」


アイカ「今日、まだあのポテチしか食べてない…」


俺「いやいや!もっと早く言ってくださいよ!ちょっとした山の中ですし、近場に店なんか有りませんよ?」

 野暮ったい軽トラに不釣り合いな、最新式のカーナビには、先程から人工的施設が全く案内されない。


アイカ「え、でも無理。これじゃ仕事できないよ~」

 結局この後、随分ルートを外れてコンビニに寄るはめになり、現場の下見は無しになった。

先行きが不安である。



「それで、ですよ、もうそれっきり作業員達は戻ってこなかったのです!」

 夕暮れ差す、無機質な部屋で興奮気味に語るのは隣県、ー県~郡P町市役所の建築審査課所属、高畑さんである。

銀縁眼鏡の似合う黒いスーツの、スラリと痩せた30代。

同期のうちでは一番のやり手という話らしいが、超常を相手に仕事するのは初めてということで、若干疲れているようにも見える。

 そりゃそうだ、いつも通りの業務。募集掛けて業者を選定してさぁ解体って時に、いきなり解体を請け負う会社の作業員が、現場で業務中に神隠し。

一人、二人、と一日に一人づつ人が消える。警察が調べるも何も分からず。

やってられるかと選定業者は逃げ出し、別の業者にお鉢が回るのだが、やっぱり結果は同じ。

 誰かが消え、戻らない。

いつしか近場の業者は誰もこの案件に食い付いてこなくなること3年目。

そこに運悪くやり手と評される高畑さんが建築審査課に配属、何とかしろやり手の高畑と上司から無茶ぶりである。

疲れないほうがおかしい。

話を聞いていて気の毒になった。


高畑「私、正直オカルトの類いは信じておりませんが…あの家屋は何か不味い感じがします」


俺「というのは?」


高畑「私自身も視察に伺ったことが有るのですが…何か居るんですよ。雑務をあらかた片付けての夕暮れ時のことなんですが、ちょっと立ち寄ってみたら室内に明かりが灯ってるんですね。

蝋燭か何か灯して、浮浪者がねぐらにしているんだろうと思って、窓を叩いて言ってやったんです…

"すみません、ここは立ち入り禁止です!"

って」


俺「まぁ、それは仕方ないでしょうね」


高畑「フッ…と明かりが消えたんですね。居留守でも決め込むか、窓かどっかから逃げるんだろうと思ってたんですが…」


俺「何か有ったんですか?」 


高畑「次の瞬間には目の前のスリガラスの窓ごしに、何かこう…張り付いてこちらを伺っているんです…動く影が、こちらを」


俺「それは怖いですね。でもそれぐらいでしたら警察に通報すればよかったのでは?」


高畑「まぁまぁ、それはそうです。勿論、私も結果的にはそうしたのですよ。携帯で通報して、巡査の方と二人で家屋内を確かめたんです…ただ、結局誰もいなかったのですよ、どこにも」


俺「色々やっている間に逃走したのではないですか?」


高畑「その可能性もなきにしもあらずなのですが…

おかしいですよ例の、スリガラスに映る影が…確かに内側からみて何もない、居ないはずの見回った後の、確認した筈の、スリガラスに

…やっぱり映って見えるわけですね」


俺「気持ち悪いですね。結局どうされたました?」


高畑「いつまでも警察の方を付き合わせるのも悪いですし、私自身も恐くなってきたので結局、その後は戸締まりだけ確認して帰りました」

 4時44分の演出をスルーされ、不満げに茶菓子を貪っているばかりだったアイカが急に口をはさんできた。


アイカ「二人でお話し中のところすまんが…

その影というのはどんなものだったかな?」

 偉そうな口調だが、口の端に最中の破片がくっついてるぞ。


高畑「"どんな"というのは?」


アイカ「スリガラスごしの色、形、動き、…覚えていることであれば何でも結構」


高畑「そうですね…人影というには随分、丸っこくて…」


アイカ「ほん、ほん、丸っこくて?」


高畑「何かこう…突起のようなものがこう…所々で細かく動いていたと記憶しています」


そう言うと高畑さんは両手の指を、虫の節足のようにワシャワシャと動かすのだった…



 日も沈みかけそれっぽい雰囲気のなか、俺達は寂れた集落の、一際寂れた区画にある一軒の民家の前に居た。

そう、件の民家の前である。

建物自体はありふれたものだ。

茶色く塗られたトタン屋根、ガラガラ音をたてそうなチョコレート色の引き戸。

軒先にくつろぐ黒い野良猫。

そんな若干広めの平屋戸建て。

…ただ、異様な点が一つ。

本が多いのだ。

玄関口に乾いてカピカピの古本が山積みされている様子を見るに、何だか中の様子も察しがつく。

ここは、ゴミ屋敷ならぬ、本屋敷だ。


アイカ「さぁーって、いよいよだねぇ!さすっち君」

 暗く異様な雰囲気の屋敷を前に、彼女はノリノリである。


俺「て、いうかなんでまた、日が落ちてきてから何すか?日が出てた方が色々とやり易いと思うんですけど」


アイカ「さすっち君。お伽噺でも怪談でも何でもいいが…怖い話の舞台はかなりの高確率で日暮れ時か夜中である。そうは思わないかね?」

 偉そうな物言いとドヤ顔が、大学時代の教授陣を彷彿とさせる。


俺「まぁ…確かにそうですけど…」

 関係あるのか?


アイカ「ふふふ~。関係ないと思われるかも知れないが、人が本能のうちに恐れる夜闇の中というのはね実際、霊が出てきやすいのだよ!」


俺「え、この眼鏡掛ければ全部見えるんじゃないんすか?」

 ポケットから用意していた眼鏡を出す。


アイカ「そんなわけないない。霊的なものが見えるからといって、その全てを見透せるようになるわけじゃないんだ。霊も逃げたり隠れたりはするからね」

 改めてといった感じで言葉を続ける。


アイカ「いいかい?我々の仕事はこの民家に巣食う霊を消滅させるか、昇天させることだ。追い出すんでも、隠れさせるんでもない。完全にそうしなければ、人間が犠牲になる現状は変わらないんだからな!」


俺「了解です!」

 堂々と語られるとその偉そうな口調が何だか、ちょっと頼もしく感じちゃうじゃないか。

少し、やる気が出た気がする。


アイカ「ささ、そうと分かれば早速、元凶を絶ちに行くぞ!ほら、眼鏡を掛けて」


俺「うす!」 

 眼鏡を掛けた俺の眼前数センチ前に、色黒い筋肉の塊が、突如現れる。


「Hi!」


俺「おぎぇえっ!」

 思わず奇声がでて、体が仰け反る。

傍らではアイカとサムが吹き出していた。


アイカ「ぶふふっ!ビビりだねさすっち君~サム相手にそんな驚いてちゃ、この先心配だぞ~」


サム「Hahahaha!」


何だか腹が立つので、ライト点灯。

ばか笑いしているアイカの顔に向ける。


アイカ「うおっ!まぶしっ!あれ?ちょっと怒っちゃった?」

 無視して足早に本の積まれた暗い玄関に向かう。

俺は仕事に来たのだ。


"プチッ"


足元で、何か小さい破裂音がした。


俺「おいおい…何だよ…」


ライトを向けると靴の下では、大きめの紙魚

が一匹。

 赤黒い液体を撒き散らして死んでいた。



















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る