第3話 幽界入門


 部屋に入ってすぐ目に入るのが、汚ならしい事務机と錆たパイプ椅子なのだ。

オフィスっぽいワンセットなので、ぱっと見で疲れた脳味噌が、事業所だと判断してしまっていたのだろう。

落ち着いて室内を見渡した今、気付いたことがある。


俺「ここ、本当に興信所ですか?」


こんな寂れた場所でお子さま一人、何なのだろうか? 想像つかない。


「んっ?」


一つ目を平らげ二つ目。

ケーキに勇ましくガッツく、件の少女は顔を上げる。

ちなみに俺は芋羊羮だった。

濃厚な甘さの羊羮の中にさわやかな甘みのクリームという新感覚…

洋菓子なのか? という疑問はさておき。

またリピートしたい美味しさではあった。

まぁ、今はどうでもいいことだ。


 ここ"アイカ&サム興信所"は、事業所にあるまじき生活感に溢れている。

壁沿いのメタルラックには炊飯器、電気ケトルと食器がいくつか、米が一袋。反対側の壁沿いにはハンガーやら靴下やら何やらが、無理くり吊り下げられたホワイトボードがある。

隅にはこじんまりとした本棚と大きなトランク。

惣菜の容器とおぼしきゴミの詰まった袋。

例の、小汚い事務机セットの奥には馬鹿でかいソファー。上にクッションとナイトキャップ、毛布がのっているのでベッド替わりなのだろう。開きっぱなしで転がっている本が生々しい。

この手の部屋にはお決まりの、備え付けの小さな水場は部屋のもう一隅に。

周りには、歯ブラシやらスポンジやらが吸盤ラックに置かれている。

よく見ればこんな様子だから、ここはもはや事業所というより彼女一人だけの生活空間なんじゃないかと、俺は疑問に思っているわけである。


咀嚼を止め、口まわりのクリームを舐めまわす。

甘さの余韻に浸るように「フゥ」と大きなため息をついた後、

目の前のチビッ子はようよう口を開く。


少女「まぁ実際、仕事するのはここじゃないよね。テナント料安かったから借りたんだ。

滅多に来ないけど、一般の依頼受付所兼、寝床?的な?」


俺「失礼ながら、御家族は?」

暫く頭を右に傾けていたと思ったら、鹿追帽を外し、頭をボリボリ掻きながら彼女は言う。


少女「う~ん…そうね~…いちいち説明めんどくさいなぁ、これ…

んーとね、お兄さん…そう言えば君、名前何だっけ?」

そういやお互い名乗ってすらいないことに、俺もようやく気付いた。


俺「あ、すいません。佐藤 進(サトウ ススム)と言います」


少女「おー、佐藤君ね佐藤…んじゃ、"さとっち"ね。どうぞよろしく~」


俺「は?」

なんだその某、携帯育成玩具のキャラ名みたいな呼び方は…


少女「んん?嫌だった?それじゃ"さとちゃん"」


俺「いや…それもちょっと…」


少女「わがままだなぁ君ぃ…」 

2分ばかし腕組みして唸っただろうか?

若干興奮気味にこちらを指差し、彼女は言う。


少女「よし!それじゃあ"さすっち"が良い!

うまく助手できたら"流石のさすっち♪"って褒めたげる」


キリが無いパターンだこれ…

俺「あー…、良いですよそれで… あなたのお名前は?」

ひと仕事終えて満足げに。

そして若干、誇らしげに彼女は言う。


少女「私は、八十 愛叶(ヤソ アイカ)というのだ。この業界じゃ有名な"八十家(ヤソケ)"の娘なんだな、これが!」


俺「そうなんですか?」

ヤッベ…全然わからん。


アイカ「リアクション薄っす!…つッかぁ~、やっぱ知らないか~」

余程面倒なのか、またボリボリと頭を掻きながら少女は諦めたように説明を始める。


アイカ「んーとね、"さすっち"は、さ、幽霊とか見たことある?」

おいおい、一言目から一気に胡散臭いぞ…


俺「いや…無いですけど…」


アイカ「だよねぇ…」

一言こぼすと眉間を二本指で押しながら何事か考え始める。


アイカ「うん、それじゃああれだ、うん。

ちょっと待ってて、見せたげるから」


今更ながら、ちょっとこの子は頭がヤバ気なのかもしれないと、思い案ずる俺をよそに、彼女は隅のでかいトランクを漁っている。

やることもないので、ホワイトボードに引っかけられたよれよれの衣服に哀愁を感じること数分後…

小さい手に、何か持って彼女は汚い机に舞い戻る。


アイカ「おっまたせ~、これこれ。これちょっと掛けてみてよ」

そう言いながら、小さい手で事務机の上にのせたのは古くさい黒と黄色、ベッコウ柄の眼鏡だった。


俺「え、これ掛けたら見えるんですか?」


アイカ「そうだね、ま、この部屋に居るのは私の"サム"ぐらいだけどねー」

あぁ、"サム"ねぇ…だから"アイカ&サム"か。

幽霊の名前だとは思わなかったが。

胡散臭せぇ…


俺「はぁ…、それじゃあ掛けますね…」

何も見えないだろうし適当に話を合わせて、解放されたらもう二度とここには来るまい…


 馴れない眼鏡のツルを瞼にぶつけながらの数秒後。

俺の目の前には色黒い、身長2メートルはあろうかというグラサン、黒ブーメランパンツ一丁の、素敵なマッチョメンが音もなく出現していた。


 俺「は?」


 アイカ「びっくりしたっしょ?私の相棒、頼れる守護霊の"サム"よ。よろしくね~」

言いつつ、素敵な彼の、綺麗に割れた腹筋を、アイカはペシペシ叩いている。

彼は、"サム"は、特に気にするでもなく口の両端をニヤ-と上に上げ、ポージングしている。

挨拶…なのだろうか?


 俺「え?」

どういうあれだ?トリックだ?

あれか?ホログラムかなんかか?


 俺「え?これどうやってるんすか?」


 アイカ「んん?」


 俺「いや、だから…、ネタばらし的な…」


 アイカ「ッ!は~…。

あのさぁ…"さすっち"さぁー、本物。

本物だから。」

アイカとサムはやれやれといった感じで肩をすくめ、頭を振っている。


 俺「いや…信じられないっす…」


 アイカ「頭、カッタ…

不出来な新人さすっち君!固い!固いよ、君!

う~ん…じゃあこうしよう、今日は出血大サービス、"サム"の実力見せちゃいます!」

そう言うとアイカは突如、目を閉じる。

と、色黒い彼…"サム"がいつの間にか背後に立っていた。


 俺「っッ!」

咄嗟に離れようとするも、太く色黒い腕が俺の首根っこを引っ掴む。

確かに、首もとに重苦しい圧力を感じた。

そして、ニヤ-と無言の笑みを再度浮かべた"サム"は俺を小脇に抱え込むと、フワフワ宙に浮き始める。  


 俺「!?」


眼鏡に何か仕掛けがあると思ったのだ。

眼鏡を外してはみたのだが…確かに"サム"は消えた。

が、俺自身は変わらず、フワフワと宙に浮いたままだった。

そして腹には、何かに挟まれるかのような圧迫感…



「すいませんでした」


色黒いマッチョ亡霊の拘束より解放された俺は、不思議な高揚感を抑え、取り合えずアイカに謝罪した。

いや、何かマッチョ怖いし…


 アイカ「あっははは♪分かればいいのだよぉ、分かれば~」

機嫌よく笑っているので、取り合えず傍らのマッチョに引き潰されたりはしなさそうだ。

一安心である。



 この世の中には普段生活している俺みたいな一般人に知られていない世界がある。

"幽界"などと表現するらしい。その手の業界じゃ単純に"アッチ"とか"ムコウ"とかでも通じる位、身近なのだという。

そして向こう側、"幽界"からこちら側にたち現れる、何かしらな者たちの総称が、"霊"と言うんだとか…


 アイカ「そんで、大まかに"霊"は三つに分類されてこの業界じゃ管理されてるんだね~」

茶を啜りながらアイカは続ける。


 アイカ「それが"死霊(シリョウ)"、"心霊(シンレイ)"、"異形(イギョウ)"とも呼ばれたりする"異霊(イリョウ)"、の3分類。"八十家"はそのうちの"心霊"を管轄する筆頭なの、偉いよ~、有名だよ~すごいでしょ!」


 俺「へー、そうっすね」

やっぱ胡散臭い。


 アイカ「そんでそんなエリート家系の私は二十歳になって一人、武者修行させられているわけさ」

さらっと、信じがたい情報が耳に入ったが、気にするまい。

女性に年齢の話を振るのはナンセンスだ。


 アイカ「霊でおっ困りなっらっば~♪

"死霊"は九々谷(クガヤ)~、"心霊"八十(ヤソ)、"異霊"は機関(キカン)~って標語みたいにもなってんだから。

因みに"死霊"はゾンビみたいなの、"心霊"は普通には見えないサムみたいなの、"異霊"は…まぁ、色々な形になるスライムみたいなのだと思っておけばいいよ!」

リズムにのせて楽しげにティースプーンを振り振り話すが、まだ肝心なことを聞けてない。


 俺「それで…、俺はどういう仕事すればいいんですか?」


 アイカ「おー!仕事熱心さすっち君、とっても感心。そんで私はとっても感無量だよ!

まぁ、簡単に言っちゃうとあれだね、いわゆる除霊の助手が仕事」


 俺「え?でも俺、そんな経験ないっすよ。

霊自体見たの今日が初めてですし…」


 アイカ「大丈夫、大丈夫。取り合えず車運転できて、力仕事できればOKだから。

霊ってさ、人気のないところが好きなんだよね」

興奮気味な彼女はよく喋る。


 俺「何か、ありがちですね」


 アイカ「でっしょ~♪

でもね、人が居たところ…ん~、なんだろ、思い出とか願いとかが強く残ってる様なとこも好きなの」


 俺「つまり?」


 アイカ「依頼内容の場所ってぶっちゃけ、取り壊し前の廃墟とかが断トツで多いんだよね。例えば、地方の自治体が老朽化した建物を取り壊そうとするんだけど、変なことが次々起こる…そしたら、私たちに専門の部署から依頼が来るってわけ」


 俺「あ~、何かわかりました。その場所に辿り着くっていうのも、けっこう大変なんですね?」


 アイカ「そうそう、そうなんだよ~、さすっち君。山中だったり、ど田舎だったり、虫が出たり、瓦礫で道が塞がれてたり…」


 俺「でも…、そばに居るじゃないですか、その…随分、たくましいサムが」


 アイカ「はははは、だから出血大サービスなのだよさすっち君!サムを動かすのはとっても疲れるのだ!」


 俺「いちいちサムを使ってたら疲れちゃって仕事にならないと…」


 アイカ「そゆこと~、あ、休みたいときは何時でも言ってね~、スケジュール合わせるから」

ありがたや。


 俺「分かりました…最後にその、聞きづらいんですけど報酬が100万とかって本当ですか?」


 アイカ「ふっふ~ん!そこは勿論。なんせ一般に知られてない存在への対処だよ?成功報酬は二束三文じゃないさ。むしろ100万てのは控えめな位!しかも、宗教扱いだから非課税のダブルパンチ‼ま、成功すればね。お給料は成功報酬の40%、OK?」


 俺「OKです。辞めるタイミングとかは何時でもいいんですよね?」


 アイカ「ちょっ!?止めてよ、初顔合わせで縁起悪い」


 俺「いや、だって無報酬の場合もあるんですよね?」


アイカ「そこはさぁ…もちょっと、こう…、(一緒にガッツリ稼ぎましょう!えい、えい、おー!)みたいな感じでさ…」

意外とナイーブ。

若干、声が潤んできたので慌てて付け足す。


 俺「あぁ!大丈夫です、大丈夫。最悪飢え死にしそうって時の話ですから!」


 アイカ「んー?ご飯ぐらいご馳走するからさぁ…すぐ辞めないでよ?」


 俺「ははは、大丈夫ですって!貯金もありますし、一年は収入なくってもやってけます!」


 アイカ「えへへ…じゃ、明日は昼の2時頃にこっち来てね。早速、研修も兼ねて簡単そうなのいくからさ」


 俺「い、いきなりっすね…」


 アイカ「ま、早く慣れてほしいしね。大丈夫、いきなり取り憑き殺されるような危険度のとこじゃないから、大丈夫~」

そういう危険度のとこも有るのか…


 アイカ「そんじゃ明日から宜しくねぇ~」


 俺「宜しくお願いします。あ、あとさっきはすみません…廊下で人の目もあるのに色々と」

何事も念はおしとくものだ。


 アイカ「ゆにゅふふ、こそばゆい気づかいありがと…」

むず痒そうな音を発しながらアイカは顔を赤らめる。


 アイカ「まぁ、どうせ見てたの奥に入ってるネイリストの一人だけだし、だいじょぶ。気にしてないよ」


 俺「え?結構、たくさん居たと思いますけど…」


 アイカ「?あ~、まぁ…心霊は沢山居たね。感情の起伏にはよく反応するんだ、彼ら…

ここのは不思議なんだよね。

襲って来ないし、逃げないし…

もしかしてちょこっと見えちゃった的な?」

ちょこっと?


 俺「…」

何か怖くなってきた。


 アイカ「んん?心配いらないよ~、危害加えようって感じのじゃないし」



数分後、ブンブン手を振るアイカと、にこやかに人指し指と小指をたてて別れを告げるサムに見送られ、家路を急ぐ。

貰った、ベッコウ模様の伊達眼鏡はあえて掛けない。

俺はこの日数十年ぶりに、夜闇を怖いと思ったんだ。





































 




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