第2話 アイカ&サム興信所
日は沈む。
薄暗い無機質な廊下を、等間隔に設置された蛍光灯がポツポツと照らす。
小汚い階段の隅には黒い野良猫が丸まる。
俺は例の求人の面接を受けるため~駅前、古ぼけた建物の一室を目指していた。
ノリと勢いでここまで来たが正直、後悔している。ジーパンによれたTシャツ、履き古したスニーカー、4日間は剃っていないであろうヒゲ…
多分、俺に対する面接官の第一印象は最悪だ。
確かに、"アポ無し履歴書無し私服OK面接のみで即日結果通知‼"ってな感じで、求人の面接案内にラフな印象は受けたけども…
それにしたって今の俺の格好はラフにも程がある。右手には手帳やらペンやら入ったビジネスバッグではなく、生菓子の詰まった紙箱だし…
あぁ、そうこう考えていたら着いちまったよ。
(アイカ&サム興信所)
所々、塗装の剥げかけたスチール製の扉には、夏休みの工作みたいなチャチな木製プレートが掛かっている。
多分、社員の子供の手作りか何かなのだろう、ものすごくアットホームな雰囲気を醸している。
俺はその適当さとユルさに、少しホッとした。
ゴン、ゴン、ゴン
鈍い音をたてながらノックをして待つこと数分、明らかに場違いな声がかえってきた。
「どうぞー!」
何が場違いって、その聞こえた声そのものだ。
明らかに甲高い。
しかも成人男性どころか成人女性でもなかなか出せないような、舌足らずな幼さを感じさせる甲高さ…そんな声だった。
…まぁ、世の中にはそういう声の持ち主だって少なからず居るだろう。
気を取り直して紫色の、これまた手作り感たっぷりなノブカバーを握る。
「いらっしゃあ~い!君、あれでしょ?
求人見て面接、来たんだよね?格好は随分きったない感じだけど、そうだよね?今月のテナント代の徴収とかじゃないんだよね?」
興奮気味に何気失礼な言葉を語るのは、アブラギッシュなオヤジでも、スマートな青年でも、世話好きそうなオバサンでも、セクシーなお姉さんでもなかった。
「いやぁ~ともあれ、嬉しいよ!見たところ歳は十分そうだし、免許は有るんでしょ?体格もいい感じだし、力仕事もできるよね?やっぱほら、廃墟って障害物も多いしさ~、格好は汚いけど全然OK、OK。採用、採用だよぉ!いや~待てど暮らせど全っ全!
君以外、ひとっ子一人集まんなくてさ~
ほらほら、こっちで採用祝いに茶でも飲もう!」
こちらの返事を聞くでもなく興奮気味にまくしたてる。
そんでもって小汚い事務用デスクの上、不釣り合いに可愛らしいティーセットとポットを並べて、ちょいちょい手招きするのはガキだ。
俺より頭みっつと半分は背の低い、ガキだ。
…表現が悪いな。
見るからに子供で、お子様だ。
何だ?たちの悪い冗談か?
あぁ、あれか。
ちょっと手の込んだ悪戯仕掛けて、狼狽える大人をカメラに撮って、動画サイトに投稿でもしようってやつだろ?
そうじゃなかったら拗らせた子どもコスプレイヤーか、好き者が高じた外人だな。
…汚い格好の俺が評するのもあれだが、目の前のガキの格好だってなかなかなのだ。
銀髪の長髪に、白い肌、
コンタクトか何かだろうか?
瞳は、青と緑の大きなオッドアイ。
真っ青なシャツに黒い紐タイ。まるで某名探偵さながらに、上に羽織るは茶色いインバネスコート、頭には同じく濃い茶色の鹿追帽。
下は編み上げブーツに、黒いミニスカート、タイツ…
間違いなくこのファッションのコンセプトは
"可愛くて機能的"ってやつだ。
まぁ、それ以上になんというか、
すんごく"それっぽい"
ぶっちゃけるとあれだ…
美少女ゲーとかに出てきそう。どぎつい個性の押し売りって印象だ。
「やぁー、しっかし改めて見てみると本当、きったない格好だなぁ君。ワイシャツにネクタイぐらい締めてこようとは思わなかったのかい?」
ガキンチョ悪戯コスプレイヤーはまた失礼なことをずけずけ言って笑っている…
何かこう、俺の頭の隅でプッツリと切れた気がした。
「すみません、場所間違えました」
俺はすかさず後ろを向く。
いくら面白そうでもガキのおふざけに付き合う気はない。
「ちょっ!?ちょっと君!困る、困るよ出ていかれちゃあ!」
パイプ椅子がガタガタッと後ろで音を立てたと思ったら、ガキが必死の形相でしがみついてきた。
俺「止めてくれませんか服、伸びるんで」
ガキ「わかった!わかったから!手を離したら戻ってくれるんだろう?」
俺「いえ、別に戻りませんけど」
ガキ「そんな…」
俺「貴方あれなんですよ、こっちの都合なんてまるで聞かないで、ずけずけとやれ服が汚いだの、格好が汚いだの…そもそも私、面接にきたなんて一言も言ってないですよね?そちらの早合点もいいところじゃないですか?」
ガキ「~!、いっ、いやだって、ここに普段人なんて来ないし…それに今、求人広告出してるし…」
ガキの目元が赤らむ。
俺「仮にね?私がそちらに面接受けに来たんだとしても勝手にべらべら一人で喋って、そんな人間が居る職場に入りたいとは…」
ガキがぼろぼろ泣き出したので流石に口をつぐむ。
ガキ「だっ、だって全然…全然、人こないんだもん!お金ないし…広告だってあれしか出せないし…やだよぉ…戻れよぉ…」
子供の泣き声というのは人の好奇心をくすぐるらしい。
人の気配がまるでなかったこの古ぼけたコンクリート造りに、ここまで人が入っていたのかという程の人が、次々とボロっちいスチール扉の隙間から顔を覗かせる。こちらに視線を向ける。
あ、お隣さんも居たんですね…表札が出てないもんだからてっきり空かと…
しかしこの状況は不味い。非常に不味い。
泣きじゃくる年端もいかぬ少女の傍らには、きったない格好の髭面男が一人
…下手すりゃ警察沙汰だ。
こちらを窺う面々。
左側最奥から三人目のヤンキーな印象のお姉さんが、スマホを取り出している。
形勢逆転だこのやろぉー
俺「ちょっ!泣くほど反省してんなら良いんだよ!入る、入るから、さ!部屋でお茶にしよ?」
無理くり引っ掴んだりしてはいけない。
あくまでノータッチ。
ノータッチで彼女には事務所に戻って貰わなきゃならん。
本能はそう告げる。
"パシャッ!"
重苦しく一回、シャッター音が響く。
もう後がねぇ、このジャリンコに機嫌を何とか直してもらわにゃ…
そこで俺は片手にぶら下げている、おしゃんてぃな紙箱に気付くのだ。
それは、決して安い買い物では無かった。
人気店だけに、値段も手が出しやすいものだと考えていたが、んなこたぁ無かった。
3つ全部で2,400円。
スーパーの安物を買えばその倍、下手すりゃそれ以上が買える。
そんな出費だ。
一重に値段相応の味を期待して、一重に「男一人で食べるんじゃないですよ?」というアピール…
俺自身の名誉のために、俺はこの出費を飲んだのだ。
断じて、見ず知らずのガキに振る舞うためにこの金額を出したわけではない。
しかし、嫌でも選ばなければならない目の前の局面というのはそんな都合、おかまい無しなのである。
世間は時として、とても突発的に理不尽で冷たい。
しかたなく、紙箱を掲げる…
俺「ほっ…ほら!ケーキ買ってあるんですよ!
あの、"りふぅ菓子店"のケーキです!」
ガキ「…りふぅ?」
下を向いてぐじぐじやっていたガキは赤くはらした顔を上げる。
ケーキという菓子そのものではなくて、"りふぅ菓子店"の店名に反応したあたりビンゴだ。
狙い取り、このませガキめ…
それならば、この店で買ったケーキというのがどれ程のものか、よぉく分かっているだろう。
俺「いやぁ、流石に手ぶらじゃ悪いな、と思いまして、数時間並んで買ってきたんですよ!
あまりにも汚い、汚い言われてこちらも大人げなく興奮してしまいました…すみません。
仲直りに、ね?美味しいケーキでお茶会といきましょう!」
頭は率先して下げる。
目的が最優先。
プライドは投げ捨てろ。
ガキ「う、うん!ありがとう…」
にこり、と、前の職場で培った営業スマイルを顔に張り付けて小汚い扉を開ける。
すかさず、体を留め具に扉を開け放ち、空いた片手でハンカチを差し出す。
俺「ほらほらお嬢さん?泣いてちゃお美しい顔が台無しです。これから宜しくお願いしますよ!」
実際の人間はどうだっていい。
取り合えず、乱れた心理状況でも気付くよう、分かりやすく大袈裟に、言葉の中でべた褒めするのだ。
馬鹿丁寧でワザとらしいほど効果的、監視するにもシラケるくらいの猿芝居。
ガキ「!うん、宜しく…宜しく頼むよ!」
ガキは差し出したハンカチを涙と鼻水でべとべとにしながら、満足げに開け放った扉を潜る。
どうよ?
若干、得意気にギャラリーを見やる。
こちらを窺う面々はなんとも微妙な、若干苦い顔をしながら各々、部屋に引っ込んでいく。
「キモッ!」
最後に、ヤンキーなお姉さんが一言、吐き捨てながらバタン、と扉を閉めた。
世間は時として、とても理不尽に冷たい。
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