その24-2 やっとこさの再会

サヤマ邸、二階ホールに続く廊下―


「ちんたら歩いてないで、さっさと進め!」


 と、前を歩く背の高い少年の背中を小突きながら、私兵の一人が苛立たし気に声を荒げた。

 そんな私兵の怒鳴り声などまったく億尾にせず、長く見事な睫毛を瞬かせながら、浪川は大きな欠伸を口にした。

 その手にはバイオリンの入ったケースが大事そうに抱えられている。

 

「また急にどこへ連れていく気ですか? こっちは昨日のことでクタクタなので、もう少し寝かせてほしかったんですが」


 と、浪川は不満気に欠伸を噛み殺しながら、今度は前を歩く私兵に尋ねた。

 結局失敗に終わったものの、昨夜遅くまで屋敷中を逃げ回っていた彼は夜更かししたために、軟禁された部屋の中でついさっきまで熟睡していたのだ。

 だが突然部屋に押しかけてきた、前後を歩くこの私兵二人に叩き起こされ、少年は不承不承ながら付き従ってここまで歩いてきたというわけである。


 

「お前を移動せよとのサヤマ様の命令だ」

「移動? どこへ?」

「離れの小屋だ。そこに着いたら寝てていいから、今は大人しくついてこい」


 浪川は仕方なさそうにこくんと頷くと、途端に大人しく二人に付き従い、今度は逆にせっつくように歩みを速めた。


「お、おい押すな! 急ぎすぎだろ」

「早くいきましょう。その小屋に、さあ!」


 早くベッドで二度寝したい――

 その顔には珍しく少年の睡眠欲が隠すことなく露になっていた。

 まったく、あんなこと起こしたにもかかわらず、何てマイペースなガキだ――

 前を歩いていた私兵は、張感の欠片もない浪川を見上げつつ、呆れたように溜息をつく。


 と――


「おい、おまえらっ大変だっ!」


 丁度廊下の向こう側から別の私兵が駆けてくるのが見えて、三人は何事かとあゆみ足を止める。

 やってきたのは少し小太りの私兵と、その男とは対極的に痩せたのっぽの私兵の二人組だった。

 二人は息せき切って三人の下までやってくると、膝に手をつき呼吸を整え始める。

 一体なんだ?浪川を護送していた私兵二名はお互いを見合った。


「どうしたんだ?」

「大変だ、ついに戦闘が始まった!」

「なんだと!?」


 吃驚して目を見開きながら尋ねた私兵に対し、小太りの私兵は間違いないと頷いてみせる。

 

「では女王の命を……」

「いやそれがまだだ、取り巻きがやたら強くてな目下苦戦中なのだ」

「嘘だろおい? こっちは二十はいたじゃあねえか」


 確か女王に付き従って部屋に入ったのは三人、しかも若造ばかりだったが。だがたった三人に苦戦だと?――

 半ば信じられぬ話だと言わんばかりに、もう一人の護送役であった私兵は唸り声をあげつつ尋ねる。

 だがのっぽの私兵が今度は首を振ってその問いに答えた。

 

「嘘なもんか、強いなんてもんじゃあない。あれが噂の『三銃士』って奴等だろう。とにかく増援が必要なんだ。おまえ達もそのガキの移動が終わったらすぐに来てくれ」

「わかった」


 どうやら思った以上に苦戦しているらしい。

 まったく昨日といい今日といい、やたらと手ごわい奴らが来るな。

 雇われ稼業である彼等は厄日だといわんばかりに、渋い顔を浮かべていたが、援軍要請を受け取るとさっさと浪川を運んでしまおうとばかりに踵を返した。


 と、その刹那――


「ねえちょっと、そこのおじさーん^^」


 厄日はまだだまだ続くことになる。

 ホールに続く廊下から少女の声がして、四人は意外そうにその方向を向き直った。

 どうして女の声が? 幻聴か?――と。

 はたして幻でもなんでもなく、ホールの一歩手前からこちらに向かってニコリと微笑む、警備隊の服を着た美少女の姿を発見し、一同は目をまん丸くして言葉を失った。

 

 ただ一人、動揺のどの字すら見せずに、その少女を懐かしそうに見つめながら高速で瞬きをする少年を除いてだ。

 

「茅原さんじゃないですか?」

「うそ……浪川君!?」


 今度は逆に少女の方が吃驚する番だった。

 だがややもって、なっちゃんは嬉しそうに顔に微笑を浮かべると浪川に手を振ってみせる。

 なんたる幸運♪まさに青天の霹靂だが、でも嬉しい予想外だわ――と。

 

「元気だった?」

「いや、ちょっと眠いですね。昨日夜遅かったので」

「……相変わらずね、ちょっと待ってて今助けるから」

「女が何故警備隊に……何者だお前は!」


 どう見ても怪しい。捕まえろ!――

 そこでようやく我に返った私兵四人は、訝し気になっちゃんを睨みながら彼女目がけて駆けだした。

 それを見届けると、なっちゃんはクスリと笑って踵を返し、ホール目がけて逃走を開始する。


『あっ待て、逃げるな!』


 四人は睫毛少年を置き去りにして少女を追いかけた。

 なっちゃんはホールまで出るとちらりと振り返り、小ばかをするようにぺろりと舌を出す。

 そして一階へと続く階段目がけて再び走り出した。

 のがすか!――

 私兵四人は少女を追いかけてホール二階に躍り込む。

 

 と――

  

「ふっ!」

「あーらよっとぉ!」


 丁度彼等がホールへと足を踏み入れた時であった。

 気合の入った掛け声とともに、立派な鎧兜が急に視界に現れ、前方を走っていた私兵二人の顔面に見事にヒットする。

 ガイン!と鈍く低い金属音と共に、喉の奥から込み上げてきたような奇妙な悲鳴がホールに木霊した。

 私兵はまるでバナナに滑ったように勢いよく宙を舞い、背中から廊下に落ちてそのまま気を失う。

 ホールに続く廊下の両端で息を顰めて待ち構えていたカッシーとこーへいの見事な奇襲だった。

 言わずもがな、作戦立案はなっちゃんである。


「なっ!? おまえらは!?」


 幸いにも後方を走っていたおかげで、奇襲を免れたのっぽと小太りの私兵二人は、突如姿を現した少年二人を見て面食らったように顔を引きつらせた。

 今がチャンス――

 カッシーとこーへいは手に持っていた兜を投げ捨てると、立ち竦んでいる私兵目がけて突撃を開始する。

 小太りな私兵は応戦しようと慌てて腰の剣を抜いたが、奇襲に先んじた我儘少年の方が一歩早かった。

 

「てえやああああああっ!!」


 抜きざまに振り上げた少年の剣が、気合と共に小太りな私兵が半ば抜きかけた剣身を弾き、彼の剣は鈍い音を立てて天井に突き刺さる。

 万歳をするようなポーズで唖然としながら我儘少年を見下ろした私兵の目に映ったのは、その背後から手を伸ばしてくるクマ少年の姿だった。

 

 がっしりと小太りな私兵の後ろ襟を掴み。

 こーへいはにんまりと猫口を浮かべると、小太りな私兵の足を踵から払う。

 

 ズン――とやにわに廊下が揺れた。

 次の瞬間、こーへいの見事な大外刈りを食らって床に打ち付けられた小太りな私兵は、泡を吹きながら気絶する。

 

「この、やりやがったなっ!」


 あっという間に一人になったのっぽの私兵は、だが臆することなく小柄なカッシーを睨みつけながら抜刀した。

 そして気合と共に少年へ切りかかる。

 カッシーはぎりっと奥歯を噛み締めながら、ブロードソードを水平に構えその一撃を受け止めた。


「よくみりゃガキじゃねえか! ふざけやがって!」

「ガキだからってなめんなよボケッ!!」


 途端に、鍔迫り合いになった二人は、渾身の力を籠めてお互いを押しあいながら、刃越しに睨み合う。

 だが身長差も、そして経験も差がある二人の鍔迫り合いは時が経つにつれて私兵が有利となっていった。

 徐々にカッシーはじりじりと押されて、ホールへと後退していく。


「ぶっ殺してやる!!」

「ぐぎぎ……こんにゃろ!」

「カッシー、そこどけっ!」


 と、丁度のっぽの私兵の背後、つまり前方からクマ少年の声が聞こえ、カッシーは反射的に剣を押して反動で間合いを取った。

 空を切って二人の間に斧が迫る。こーへいの持っていた小型の投げ斧だ。

 のっぽな私兵はひっ――と悲鳴をあげて慌てて身を捻りそれをかわす。

 そこに一瞬の隙ができた。

 その隙を逃さない、鼻息の荒い少年が一人。

 

「ドゥッフォフォフォー! すきアリディース!」


 と、天井にはりついていたかのーが飛び降りざまに勢いよく棒を振りかぶり、私兵の顔面に叩きつける。

 フゴッ!――と詰まった悲鳴をあげながら鼻血を吹いて、のっぽの私兵はもんどりうって床に倒れた。

 

「ムフ、だいしょーりっ!」


 見事に着地を決めると、かのーは回転させていた棒をコンと床に打ち付け、ケタケタと得意げに笑い声をあげる。

 何とか勝てた――

 カッシーはふう、と溜息をつき、だが途端に額に青筋を浮かべながら勝利の笑い声をあげていたバカ少年を睨みつけた。

 

「このバカノー! 仕掛けるの遅すぎなんだっつの!!」

「ムッカー! バカッシーがヘンな方向に剣をトバスからデショー!」


 危うく串刺しになるトコだったディス!と、食って掛かって来た少年に対し、かのーもマントにぽっかりと空いた穴を見せつけながらカッシーの顔を覗き込む。

 天井にヤモリのように張り付いて隙を窺っていたバカ少年は、本来ならこーへいの投げと同時にのっぽの私兵を奇襲して無力化する作戦だった。

 しかし、いざ奇襲ディスと少年が意気込んだ刹那、カッシーが弾いた小太りな私兵の剣が飛んできて、彼は慌てて身を捻って避けていた。

 結果、マントに刺さった剣を抜くのに手間取ってしまい奇襲が遅れたというわけだ。


「ボケッ!」

「ドゥッフ!」

「はいはい、二人ともそこまで」


 本当にこの二人は仲が悪い。

 日笠さんはやれやれとお決まりの溜息をつきつつ、顔と顔がくっつく程に近づいていがみ合う二人の間に入って仲裁する。

 と、そこに囮役を終えて二階に戻って来たなっちゃんも姿を現し、日笠さんは笑顔で彼女を出迎えた。


「まゆみ、上手くいった?」

「ええ。ナイス作戦だったわ。さすが名参謀様」

「フフ、よかった」

「うっし、こんなモンかねー?」


 伸びている私兵達をホール二階に居並ぶ鎧の影に隠し終え、こーへいが猫口を浮かべつつ一行を振り返る。

 皆大きな怪我もなさそうだ。咄嗟の奇襲作戦だったがうまくいってよかった――

 微笑みの美少女は、ほっと安堵の表情を浮かべ、そして廊下で呆気に取られて佇んでいた立派な睫毛の少年を振り返った。

 皆も少女に続くようにして浪川を向き直り、嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。

 

「浪川!」

「浪川君っ!」

「カッシーじゃないですか。こーへいに日笠さんまで……」

「ドゥッフ、マツゲ! オレは? オレ!」

「……かのーも相変わらずですね」


 浪川はやはり変化のないいつも通りの表情で、だがしかしいつもより多めに瞬きをしながら、カッシー達に歩み寄る。

 皆はやってきた浪川を出迎えると、一頻り再会を喜び合った。


「よかった浪川、無事だったんだな」

「本当によかった。もう会えないかとも思ったけど……」


 本当に、本当に浪川君だ。

 アニマート公とかいう彼そっくりな人じゃない。

 あの日以来、探し続けていたうちらの仲間――

 やっとこさの再会にうっすらと涙を浮かべ、日笠さんは浪川の顔を見上げるとにこりと笑らってみせた。


「僕も嬉しいですよ、またみんなと会えて」

「おまえ相変わらずだな……全然そう見えないっつの」

「そうですか? ところでみんなして何故こんなところに……それにその恰好は一体?」

「貴方を助けに来たの。これはその……まあ成り行きでね」


 自分が着ていた警備隊の服を見下ろしながら、日笠さんは苦笑する。


「なるほど、では東山さんとは会いましたか?」

「そうだ、恵美!」

「会ってないんです? 昨日来ましたが」

「知ってるわ。あの子も捜しに来たの。きつーいお説教するためにね」

「ムフ、ついでバカオーもネー」

「そうですか、では二人は……」

「おーい、浪川さー委員長と会ったのか?」


 期せずして探していた少女の名前が出てきたことに、カッシー達は笑みを引っ込めて浪川を見つめる。

 五人の注目を一斉に受け、浪川は二、三度瞬きをすると昨夜起こったことを話始めた。

 当初期待に胸を膨らませ浪川の話に食い入るようにして相槌を打っていた一同は。

 話を聞くにつれ口元から笑みを消し、そして聞き終えた時には真っ青な顔でお互いを見合っていた。

 

「恵美が……穴に」

「見てはいないのですが、状況から考えると多分……」


 震える声でそう尋ねた日笠さんに対してコクンと頷くと、浪川は二階ホールに並んでいた鎧の一つに歩み寄る。

 そして撫でる様にしてそのオブジェを調べていたかと思うと、徐にぐいっと一押しした。

 刹那、鎧がガコンと音を立てて壁にめり込んだかと思うと、眼下に広がる一階ホールの床にパカリと穴が生まれる。

 

 カッシーは生まれたその穴を目を見開いて見下ろしながら、思わず息を呑んだ。

 二階ホールの柵から落ちるすれすれまで身を乗り出して日笠さんも穴を覗き込む。

 そして底が見えないその穴の深さに彼女は目をぱちくりさせた。


 そんなまさか。じゃあ恵美は――

 最悪の事態が思い描きたくもないのに、頭の中に浮かび上がり、思わず口を覆う。

 だが。

 

「委員長は絶対生きてる」


 断言するような。そして自分に言い聞かせるような強い口調の声色が聞こえ、一同はその声の主である少年を向き直った。

 声主であるカッシーは、やはり皆と同じくじっと穴を見つめていたが、やがてゆっくりと皆を振り返る。

 その表情はまだ希望を失ってはいなかった。

 

「だって腕章は動いただろ? 日笠さんの命令に従って」

「カッシー……」

「日笠さんさ、あの時こう言ったよな?『あなたの主のいる場所がわかる?』ってさ――」


 そして腕章は『主』の下へ歩き出した。

 もし委員長が死んでいたら……考えたくもないが、腕章は動かなかったはず。

 何故ならもう腕章の『主』はいないのだから。


 だから動いたという事は彼女は生きているのだ。きっとどこかにいる。

 そうだ、あの馬鹿力で運動神経抜群の委員長がこんな落とし穴でくたばるわけがない。

 都合のいい考えかもしれない。だが今はそう信じて諦めず動く時――

 大きく一回頷くとカッシーはにへらと笑ってみせた。


 だが――

 

 陶器が割れる音と共に短い悲鳴が聞こえ、カッシーははっとしながら振り返る。

 視線の先の二階廊下では、床に散らばった食器やティーカップをそのままに、こちらを怯える様に見ながらその場に佇む侍女の姿が見えた。


「貴方達……そこで何をしてるの?」


 しまった――少年少女はが各々口元をひきつらせ、何とかしようと一歩踏み出すが時すでに遅し。

 

「誰か、誰か来て! 怪しい子達が――」


 侍女はすぐさま踵を返すと駆け足で廊下の奥に消えていった。

 刹那、侍女の悲鳴に呼応するようにして複数の足音と声が四方から集まってくる。

 

「おーい、やばくねー?」

「これはまずいですね」


 まったく窮地に聞こえない、それぞれのベクトルに我が道を行くマイペース男子二名の言葉を背中に受け、カッシーは悔しそうに口をへの字に曲げた。


「今すぐこの場を離れたほうがよさそうね」

「カッシーどうするの?」


 廊下に響くこの足音と私兵達の声…これはどう見てもさっきの数より多い

 五、六……いや七だろうか。まだ増えるかもしれない。

 未だ渋い表情のまま廊下を見つめているカッシーを向き直り、日笠さんは心配そうに尋ねた。


 とうとう見つかった。

 まだ目標は半分しか達成してないのにだ。

 だがこうなっては仕方がない。


 ここは所謂その……悔しいがあれだ。

 そう、戦略的撤退――

 カッシーはふん、と鼻息を一つつくと皆を一瞥する。

 

「逃げるぞみんな!」


 いうが早いが我儘少年は踵を返し、一階ホールへ続く階段目がけて一目散に駆けだした。

 日笠さん達も慌ててその後に続き、各々走り出す。



 昨日は王。

 そして今日は女王。 

 連日にわたり、サヤマ邸はどこかしこも騒然とし始めた。

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