その24-1 やってやるディス!


サヤマ邸 廊下―


 紅い絨毯が敷かれた長い廊下をひょこひょこっと、まるでスキップをするように黄色の腕章がリズミカルに廊下を歩いていく。

 そしてそんな腕章の後を言葉も発さず用心深くついて歩く少年少女達の姿。

 なんとも珍妙な光景ではあるが、至って五人は大真面目だ。

 

 だが腕章はその大きさも相まって、リズミカルに進んではいるものの歩みは遅い。

 見晴らしの良い廊下の中央に差し掛かり、気が気でないカッシーは、見つからないかと内心ひやひやしながら目の前を歩く少女を見る。

 

「なぁ日笠さん、これホントに委員長のもとに向かってんのか?」

「……」

「……日笠さん?」

「しっ、今話かけないでカッシー……これ結構集中しないと操るの難しいんだから」


 背後から聞こえてきたカッシーの問いかけに振り返りもせずそう答え、先頭を歩いていた日笠さんは念じるような眼差しを絶えず腕章へ送り続けていた。


「んじゃせめてもう少し早く動けないか? このままだと――」

「これが限界なの!」


 しつこいなあもう!――

 愚痴をこぼす我儘少年を日笠さんは「いっ!」と睨みつける。

 だが直ぐにはっとしながら前を向き、慌てて腕章の操作へと戻った。


 動かすだけならそれほど問題ではなかった。

 だが操って案内させるとなると話は別のようだ。

 廊下に飛び出し腕章が歩き出した途端、真綿で首を絞めるような、何とも言えない疲労感がじわじわと身体を襲いはじめ、日笠さんは一瞬んんっ?と眉を顰めていた。

 しかしここでやめるわけにはいかないと彼女は大きく深呼吸して続行の意思を示す。

 

 それからかれこれ二十分。

 今少女の額にはうっすらと汗が浮かび、全身を蝕むように襲う疲労に必死に耐えている状態であった。

 それでも絶対に何とかしてみせるといわんばかりに、日笠さんは両手を腕章に翳して、うーとかむーとか、怒ったような、はたまた困ったような表情を浮かべ、腕章に念を送り続けている。

 そんなまとめ役の美少女に怒られ、カッシーは思わず不満そうに口をへの字に曲げていたが、仕方なしと諦めて腕章の後についていった。

 ちなみになっちゃんは、まゆみ、その仕草ほんとに魔女っ娘っぽいわね――とか場違いな感想を心の中で呟いていたが。


 そんなこんなでさらに十分。

 腕章は広い屋敷の中をひょこひょこと歩き回り、そしてそんな腕章を固唾を飲んで見守る少年少女を引き連れまわりながら。

 やっとこさ動きを止める。


「ん……?」

「止まったみてーじゃね?」


 歩みを止め、その場でぴょこぴょこと跳ねだした腕章を見下ろしながらカッシーとこーへいが呟く。

 ここは――

 なっちゃんは視線を腕章から周囲へ移し、その場を見回した。

 見覚えがある空間だ。そこは吹き抜けとなった大ホール。

 そう、入って来た時に通った、サヤマ邸の一階玄関であった。

 

「どういうことだ? なんで止まったんだこいつ?」

「さあ……ここに恵美がいるって……ことだと思うけど」


 依然として腕章に両手を翳し、目下捜索中であるその風紀委員長のように眉間に小さなシワを作りながら、日笠さんは答える。

 だが――。

 

「って、いないじゃん」


 少女の言葉に反応して、なっちゃんと同じく周囲を見渡したカッシーは、ホールを眺めながら思わずツッコミがちに呟いた。

 しかし直ぐに失言だったと思いつつ、慌てて振り返ったその先で、予想通り不満気な表情を浮かべてこちらを見ていた日笠さんに気づき、少年は誤魔化すように目線を泳がせる。

 だがカッシーの感想はごもっともで、これだけ見晴らしのいい吹き抜けのホールにもかかわらず、剛腕無双の少女どころか人らしき姿は見当たらない。

 にも拘らず、腕章は歩みを止め尚も同じ場所でぴょんこぴょんこと跳ねていた。

 どういうことだ?――カッシー達は不思議そうに眉を顰め、一様に首を傾げる。

 

「アヤシーわー。ひよっちこのワンショーさー、ホントにイインチョーの所に歩いてたんディスカー?」

「そ、それは、多分そのはずだと思うけど……」


 道具が命令に背くとは考えられない。

 とはいえ根拠がないのも確かだった日笠さんは、かのーの問いに自信なさげに答える。

 いずれにせよ、これ以上待っても腕章は案内してくれなそうだ。

 少女は諦めたように溜息をつくと、翳していた両手を降ろして集中を解いた。

 やにわに、腕章は鈍い光を放つのを止め、ぱさりと床に落ちるとそれ以降動かなくなる。

 同時に、小さく息をついて日笠さんは床にへたり込む。

 なっちゃんは心配そうに日笠さんの顔を覗き込んだ。

 

「まゆみ……大丈夫?」

「平気。少し休めばよくなるから」


 少女の顔色は真っ白で生気がなかった。

 どうやらペンダントの連続使用は相当に彼女の精神力を蝕んだようだ。

 それでも健気に笑みを浮かべながら、心配をかけまいと日笠さんは首を振ってみせた。

 

「さてと、どうしたもんか」

「結構いいアイデアだと思ったんだけど…」


 手がかりがプツリと途絶えて、発案者のなっちゃんもやや困った表情を浮かべながら端正な眉尻を下げる。

 日笠さんは呼吸を整えながら腕時計に目を落とした。

 既にタイムリミットの1時間が間近に迫っている。

 そろそろマーヤ達も限界だろう。

 にも拘らずここまで成果はなし。

 一同は焦りの色を浮かべながらお互いを見合った。


「もう少し、時間がありゃなー?」


 ごくろーさん――

 そう心の中で呟きつつ、こーへいは動かなくなった腕章に対してにんまりと笑いながらそれを拾う。

 だが、ふと拾った腕章の先に見えた『違和感』に気づくと、んー?と呑気な唸り声をあげた。


 なんだかやけに勘が騒ぐ――

 クマ少年は腕章が跳ねていた床をじっと見つめ、浮かべた猫口をむずむずとさせる。

 かがんだまま動かなくなったこーへいに気づき、カッシーはなんだ?と彼を見下ろした。

 

「どしたんだこーへい?」

「んー……なんかこの床変じゃね?」


 少年の問いにそう答え、やにわにこーへいは床をコンコンと叩いた。

 そして続けざまにその周囲を断続的にコンコンと叩いていく。

 と――

 

「……ここだけ音が違うわね」

「んだな」


 耳を澄ませてその音を聞いていたなっちゃんが、確信するように呟くと、クマ少年は彼女を振り返りにんまりと笑って見せた。

 つい先刻まで腕章が飛び跳ねていたその床周辺だけ、明らかに叩いた時の音がその他と異なるのだ。

 そこだけ音が高く、そしてやけに響く。

 それによくみるとこのあたりだけ、うっすらと継ぎ目のようなものが見えるのだ。

 つまり――

 

「ここだけ空洞になってるっぽいぜ?」

「下に続いてる?」

「かもなー?」

 

 こーへいはそう言って頷くと、よっこらせっと立ち上がった。

 なっちゃんの言う通り、どうやらこの床の下はどこかに続いているようだ。

 となると、腕章がここで動かず跳ねていた理由もなんとなくだが想像できる。


「もしかして……恵美はこの下に?」


 なっちゃんは思い浮かんだ推論を口にして一行を振り返った。

 カッシーとこーへいも同じことを考えていたらしく、なっちゃんのその言葉に賛同するように頷いてみせる。


 でもどうやって?――

 床は開閉式のようだが、流石に開け方まではわからない。

 かといってこじ開けることができるような隙間もないようだ。

 どこかにスイッチでもあるのだろうか。

 なっちゃんは肘を抱える様に腕を組み、思案を巡らせる。


 と――

 

「ドゥッフ、誰か来るディスよ!」


 落ち着きなくホールを自由気ままに探索していたかのーが、二階ホールに続く廊下を覗き込みながら、階下の少年へと告げた。

 くそ、こんな時に――カッシーは舌打ちしながら二階を見上げる。

 

「どうするカッシー?」

「隠れてやり過ごすしか――」

「隠れるってどこにだ?」


 どこか隠れる場所はないかと周囲を見渡そうとした少年の言葉を遮るように、クマ少年がのほほんと問いかけた。

 まさにその通りで、ホールには身を隠せそうなめぼしい場所は特に見当たらない。

 見通しの良い場所に長く滞在しすぎたのが仇になったようだ。

 

「おーい、やばくねー?」


 うっと言葉を詰まらせ、途端に顔を蒼くしたカッシーを見て、こーへいは眉尻を下げる。

 誰かが近づいてくる足音が、階下の少年の元まで聞こえてくるようになった。

 いよいよもってピンチだ。

 

 だがこんな状況にも拘らず、笑い顔を浮かべた人物が二人。

 一人は微笑の似合う美少女、そしてもう一人は意外にもケタケタ笑いのバカ少年――


「ムフン、カッシー俺もう隠れるのアキタヨー、いっちょやってやるディス!」

「おまえは……そんなこと言って逃げる気だろ!」

「イイからこっちあがってこいっテ。ハリアーップバカッシー!」


 かのーは廊下の様子をちらりと一度眺め、早くしろと少年を手招いた。

 怪しいもんだ、どうせ何も考えてないだろおまえ――

 と、呆れたようにかのーを見上げたカッシーの横で、なっちゃんも意を決したように頷く。

 

「あのバカと意見が合うのはちょっと癪だけど…私も賛成」

「は!? なっちゃんまでマジか!?」

「いいから早く二階へ。作戦は上へ向かいながら話すから」


 ここでは広すぎて実力差が出すぎちゃう。

 相手するなら狭い場所じゃないと――

 なっちゃんはそう言って二階へ続く階段へと駆けていく。


「くっそ、こうなりゃやってやるっつーの!」


 しばしの間葛藤するように唸っていた我儘少年は、やがて意を決したようにパンと頬を叩いて気合を入れると、剣に手をかけ階段を登っていった。


「いけるか、日笠さん?」

「大丈夫よ、ありがとうこーへい」


 と、差し伸べられたクマ少年の手に掴まって日笠さんはふらふらと立ち上がる。

 さてと、まーなんとかなんだろ――

 こーへいはにんまりと笑い、まとめ役の少女と共に皆のを後を追っていった。

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