その22-2 痛くないもん!
時間は戻り。
サヤマ邸 二階廊下―
慎重に廊下の端から廊下を覗き、誰もいない事を確認するとカッシーは後ろに続いていた四人に目で合図を送る。
五人は音を立てず静かに東の端まで一気に走り抜けると、角を曲がり、壁に寄り掛かってふうと息をついた。
ここまでは順調だ。幸い誰にも会うことなく来ることができた。
マーヤが上手くサヤマとその手下を引き付けてくれているおかげだろう。
しかしなんとまあ。うんざりする程の広い屋敷だ。
おまけにこの先の廊下から、ずらりと等間隔で扉が出現しだした。
この部屋の数、もしかして客間か何かか?――
割と進んできたと思ったが、まだまだ奥まで続いているのが見えて、カッシーは思わず口をへの字に曲げる。
「カッシー……これ全部確認していくの?」
「いや、下手に開けて誰かいたらまずい」
「でも開けなきゃ恵美達は見つけられないじゃない」
日笠さんのうんざりするような声が聞こえて来て、カッシーは首を振って答えた。
だが即座になっちゃんに冷静に突っ込まれ、少年は悔しそうに言葉を詰まらせる。
「慎重に中の様子を窺いながら、一つ一つ開けていくしかないか」
「時間がないのに?」
「仕方ないだろ、開けないで中に誰かいるかわかる方法があるなら別だけど」
と――
「オーイ、イインチョー?マツゲー?バカオー!いるディスカー?」
喧々諤々いい方法はないかと相談していたカッシーと日笠さんは、ケタケタと笑いながらバカ少年が傍の扉を乱暴に開けるのが見えて、顔を真っ青にして固まった。
「ムフ、ダメッスわー誰もいなかった」
「……このボケッ!?」
大慌てでかのーにフェイスロックをかまし、カッシーは八重歯を覗かせながらバカ少年を睨みつける。
「けぷっ! ちょ、カッシーくるし……マジ咽喉入ってルって!」
「このバカ! 不用意に開けんなって言ったばかりだろ!」
「まったくあなたは人の話ちゃんと聞きなさいよ」
「おーい、カッシーやばい誰かくんぜ?」
と、廊下の曲がり角から自主的に様子を窺っていたこーへいが、ギャースカ騒ぐ三人を振り返り困った顔でそう言った。
はっ、としながらカッシーは動きを止めると、かのーを放し耳を澄ます。
クマ少年の言うとおり、誰かが近づいてくる足音が廊下の向こうから聞こえてくるのがわかった。
どうしよう?――
日笠さんは少年の顔を覗き込む。
カッシーは舌打ちをするとかのーが開けた扉の先を覗き込み、誰もいないのを確認してから皆を振り返った。
皆この部屋に入れ!――
少年の目はそう言っている。
日笠さん達は急いでカッシーの後に続いて部屋に雪崩れ込むと、最後に入ったこーへいがパタンと扉を閉めた。
ぎりぎりだったがばれなかっただろうか。
予想通りの客間に滑り込んだカッシーは、高鳴る鼓動を必死に抑えながら外の様子に神経を集中させた。
やがて息を殺して隠れる少年少女達の耳に、足音と共に私兵らしき二人の会話が聞こえてくる。
―つまんねえな。俺もマーヤ女王を一度見てみたかったぜ―
―そう言うな、これも仕事だ。また昨日みたいな侵入者が現れるとも限らんだろう―
―しかしまさか王直々に潜り込んでくるとはな。やたら馬鹿力の女もいたが―
―声がでかい。誰かに聞かれたら、ただでは済まないぞ?―
―平気だろう、誰が聞いてるってんだ?―
―まあそうだが……とにかくその話は口外するな。計画が実行されるまではな―
―へえへえ、わかりました―
「――行った?」
ドア付近で様子を窺ってカッシーに日笠さんが尋ねる。
カッシーはそっと扉を開け、廊下に誰もいないことを確認すると、静かにそれを閉めて皆に頷いてみせた。
何とかばれずに済んだ。
ほっと息をついて、一同は壁に寄り掛かる。
だがすぐに日笠さんは立ち上がるとぱっと顔を明るくしてカッシーを見た。
「ねえ、カッシー。今の話聞こえた?」
「ああ。やっぱり王様と委員長はここに来たんだ」
先刻聞こえた私兵達の話が本当なら、やはり二人はこの屋敷に浪川を助けに来たのだ。
カッシーは確信を得たように日笠さんの問いに頷いた。
「でも恵美達はどこに?」
「うーん、捕まってるとしたら牢屋とか?」
「そんなの普通の屋敷にあるかしら?」
相変わらず冷静ななっちゃんのツッコミを受け、またもやカッシーは言葉を詰まらせる。
まあ普通に考えたらそうだろう。
いくらこの屋敷が豪邸といえど、牢屋があるとは考えづらい。
悪趣味な老人らしいからもしかすると『拷問部屋』とかはあるかもしれないが。
その方向で考えると別の意味でやばい。そっちに行くとノクターン系だ。
いやそもそも東山さんを拷問する意味がない。
となると、捕まっているとすれば普通の部屋に軟禁されていると考えるのが妥当だが――
カッシーは唸り声をあげつつ、腕を組んで思案を巡らせる。
「んー、でもよ? 委員長なら扉くらい破壊して逃げれそうだよな?」
「ムフ、あの怪力ならむしろローヤも破壊できるんじゃナイノー?」
と、意外とまともな意見を口にしたクマとバカ少年を向き直り、カッシーはせっかくまとまりかけていた考えをおしゃかにされて、悔しそうに口をへの字に曲げた。
「じゃあ、どこなら委員長を監禁できるんだっつーの。ねーじゃねーかそんな場所!」
「カッシーやけにならないで、落ち着いて。ね?」
「んー、やっぱ手当たり次第部屋を探していくしかないんじゃねーの?」
こーへいはそう言って頭の後ろで手を組み、壁に寄り掛かる。
やはりそれしかないのだろうか。そうなると時間が足りるかどうか――
カッシーは諦めたようにうーむと声をあげながら天を仰いだ。
と――
またもやここで何かを閃いたように『微笑みの少女』が顔をパッと明るくしながらクスリと微笑む。
この子ほんとすげーな――
カッシーはほとほと感心するようになっちゃんを見て首を傾げた。
「なんかいい案でも思いついたのか?」
「恵美の居場所がわからないなら、居場所を知ってる『もの』に案内してもらえばいいんじゃない?」
ピンと人差し指を立てて頷きながら、なっちゃんはカッシーの言葉に答える。
「居場所を知ってるもの?」
「そうよ」
「んー、誰だ?」
さっぱりわからん。
眉尻をさげつつ、ついでに首も傾げたこーへいに対し、そうじゃないとなっちゃんは首を振った。
「違うわ『者』じゃなくて『物』……あるじゃない。まゆみの鞄の中」
「……私の?」
目をぱちくりとさせながら、日笠さんは微笑みの少女に言われるがまま、肩に下げていた鞄の中を覗き込む。
そして中に入っていたそれに目を惹かれ徐に手を伸ばした。
「なっちゃん、もしかして……これのこと?」
少女の手に握られて姿を現したそれは――
「それって――」
「委員長の腕章じゃね?」
日笠さんの手に乗せられた黄色い『風紀』の腕章を覗き込みながら、こーへいとカッシーは素っ頓狂な声をあげる。
宿屋でマーヤから返してもらったものを、日笠さんが預かっていたのだ。
はたして、大当たりと言いたそうになっちゃんは微笑を浮かべ、日笠さんに頷いてみせた。
「そうそれ。その腕章がきっと恵美の場所を教えてくれるはず」
「……なるほど、そういうことね!」
しばしの間うーんと唸って考えていた日笠さんは。
やがて少女が何をいわんやとしているか理解したらしく、パンと手を打ってなっちゃんを振り向いた。
さっぱり訳がわからない男性陣は、訝し気な表情で二人を見ていたが。
まあ見てて?――
日笠さんはそう言って腕章を床に置くと一歩後ろに下がり、徐に目を閉じて口の中で小さく何か唱え始めた。
「踊れ踊れ道具の精よ――」
何だ今の台詞?――
突然何やらぶつぶつ言い始めた日笠さんを見て、カッシーはぽかんとしてしまう。
だが、日笠さんはそんな彼を余所目に呪文のような台詞を続けていった。
「私の手足となりなさい……私の目鼻になりなさい……あなたの力の限りに。踊れ踊れ道具の精よ――」
刹那、少女が紡いだその言葉と共鳴するようにして、彼女の首に下げられていたペンダントが鈍く光りを帯び始める。
見覚えのある光だった。
あれはそう……チェロ村で見た楽器の光と同じ――
やにわにペンダントの光が日笠さんの身体を包みこみ、やがて彼女の両手から飛び出して床に置かれた腕章に飛び移った。
呪文を唱え終え、日笠さんはゆっくりと目を開ける。
と――
ひょっこりと腕章が自力で立ち上がり、その場でリズミカルに足踏みをしはじめたのだった。
カッシーは吃驚して思わず目を見開く。
「腕章が……動いた?」
「おーい、やばくねー?」
「『魔法使いの弟子』の効果よ。覚えてる? ほら、村を出る前日に会長から預かったペンダント」
驚きの声をあげる男性陣に対し、日笠さんは得意そうに笑って答えた。
あれか――
軽快に足踏みをする腕章を見下ろしながら、カッシーはササキが作成したペンダントの事を思い出して、なるほどと納得する。
『魔法使いの弟子』――効果はご覧の通り、道具を意のままに操ることができるというものだ。
今のところササキから預かったペンダントにはこの曲しか入っていない。
だが、今はこの曲の効果が非常に重要なのだ――
なっちゃんは、日笠さんによくやったと言いたげに微笑んだ。
「でもさ……」
「ん?」
「さっきの、あの変な呪文みたいなの。あれなんだ?」
確か踊れ踊れとか…。
先刻得意げに目を閉じて少女が言っていた言葉を思い出し、カッシーは日笠さんに尋ねた。
「あれ? ペンダントの効果を発動させるためのキーワード」
「キーワード?」
「会長が言ってたでしょ? 『特定のキーワードで効果を発動する』って。だからあらかじめキーワードを設定しておいたの」
ちょっと自信なかったけど、うまくいってよかった――
日笠さんはひょこひょこと足踏みしている腕章を満足気に見下ろしながらカッシーの問いに答える。
だがそんな少女を、カッシーはちょっと引き気味で見つめていた。
なんだか様子がおかしい彼に気づき、日笠さんは不思議そうに首を傾げる。
「どうしたのカッシー?」
「え、いや……あのキーワード、日笠さんが考えたのか?」
「え、そうだけど?」
「別に『動け』とかでよかったんじゃ……」
やたら凝った呪文のようなキーワードだったし。
それになんというか。
非常に言いづらいのだが――
「イタタタタ! ひよっチがイターイ! なんか厨二病っぽいこと言いだしたディス!」
と、まさにカッシーが口に出そうとしていた言葉を、かのーがケタケタ笑いながら言い放ち、それを聞いた日笠さんは耳まで真っ赤にしながら、心外だといいたそうにバカ少年を睨みつけた。
「ち、ちがうもん! 『動け』じゃ日常でも簡単に言葉に出て意図せず発動しちゃうから危ないでしょう? だからある程度複雑なキーワードにしないと――」
「でもよ? 別にあそこまで気取ったのじゃなくてもよかったんじゃねー?」
「え……?」
「まゆみ、あれは流石にその……ちょっと痛いかな?」
「う……な、なっちゃんまで」
必死に反論しようとした日笠さんであったが、こーへいとなっちゃんにまで引き気味につっこまれ、彼女はさらに顔を真っ赤にしつつ涙目で俯いてしまったのだった。
「まあ、まゆみの痛いキーワードの事はこの際置いておいて――」
「痛くないもん! いいじゃない、一応気分の問題よ!」
「……とにかく、もしかしたらこの腕章が、恵美の場所を教えてくれるんじゃないかなって思ったの」
「なるほど、やってみる価値はありそうだな」
そういうことか、と日笠さんを余所目にカッシーはなっちゃんに頷いてみせる。
「というわけでまゆみ、早速腕章に場所を聞いてみてもらえる?」
と、なっちゃんはニコリと微笑みながら日笠さんを振り返った。
だが日笠さんは部屋の隅で体育座りのまま、頬を膨らませてどよーんといじけていた。
まあ魔女っ娘に憧れていたようだし、気持ちはわからなくもないが――
すっかり落ち込んでしまった日笠さんを見て、なっちゃんはやれやれと肩を竦める。
「まゆみ、悪かったわよ。もう言わないから、だから機嫌を直して」
「……ほんとに? 皆もそう思ってる?」
「あ、ああ……日笠さんのペンダントだし。自由に決めていいと思う」
「でもよー、あんまり長いの考えて噛まないようになー?」
「ブッフォー、次も(痛いのを)キタイしてるヨー」
まるで腫物を触るように皆から慰められ、なんだか釈然としないものを感じながらも。
だが状況が状況であまり時間がないことをよく分かっている日笠さんは、パンパンと裾を払って立ち上がると、ステップを続ける腕章に手を翳した。
「お願い。あなたの主のいる場所がわかる? わかるなら私達を連れていって」
日笠さんが腕章に向ってそう命ずると、腕章はまるで返事をするように大きく一回跳ね、やがてひょこひょこと廊下に向って歩き出す。
どうやら成功のようだ。
よし、と頷きながら日笠さんは皆を振り返る。
「案内してくれるみたい」
「よし、いこうみんな」
カッシーの言葉に一行は頷くと、腕章の誘いに続き廊下に飛び出した。
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