第二章 女王陛下のTRICKSTER

その4 若き三銃士(前篇)

翌朝 宿屋一階食堂―


「へー、そりゃ大変だったな」


 食後の紅茶を口に運びつつ、昨日起こった追跡劇をこーへいから聞いて、カッシーはなるほどと相槌をうつ。

 あの後、慣れない路地裏で迷子になりつつ、なんとか警備隊の追跡を振り切って、這う這うの体で東山さん達が宿に戻ることができたのは、辺りもすっかり暗くなった二十一時を回ってからのことである。

 

 その頃、夕飯の集合時間をとうに過ぎても全く持って帰ってくる気配の見えない三人を心配し、カッシー、日笠さん、なっちゃんは男部屋に集まってどうしようかと相談していた。

 ひょっとしてなにかあったのでは――

 こうなったらサワダさんに相談してみようとまで日笠さんが思いつめた表情で提案した丁度その時、部屋の扉が開いたかと思うと、とぼとぼと三人が入って来たわけで。

 無事でよかった、とカッシー達三人は安堵の吐息を漏らしていたのである。

 もちろん、日笠さんはカンカンに怒って三人をその場に正座させ、こんな遅くまでどこに行っていたのかを問い詰めた。

 しかし、東山さんはどす黒い怒りの炎がその背後から見えてきそうなくらい、心底不機嫌そうに眉間に刻まれたシワを終始消すことなく不貞腐れた表情のままだったし、こーへいも疲れた顔で猫口を浮かべたまま何も話さない。

 かのーに至っては相変わらず何考えているかわからない『( ̄▽ ̄)』顔のまま、腹減ったディス――を連呼しっぱなしだった。

 まあこいつは平常運転だとしてもだ。

 恵美がここまで不機嫌なのは珍しい――日笠さんはますます心配になって一体何があったのかを尋ねたのだが、三人とも、『ごめんなさい』、『反省してまーす』『腹減ったディス』の一点張りで拉致が明かず、とうとう日笠さんのほうが音をあげてしまい、お決まりの苦労人の溜息と共に彼女のお説教はほどなく終了した。

 その後東山さん達三人は、ヨーコが心配して作り置きしてくれていたサンドイッチを黙々と食べ終えると、口数少なく各自の部屋に戻っていったのだった。

 

 そして翌朝、つまり今だが。

 朝食のため一階の食堂に集まったカッシー達に、一晩経ってようやく落ち着いた東山さん達は、ぽつぽつと昨夜の出来事を話し始めたのである。


「それで恵美はあんなに機嫌が悪かったのね」


 ようやく合点がいった――なっちゃんは話を聞いて、昨夜の東山さんの異様な程の不機嫌具合を思い出し、納得したようにクスリと微笑んだ。

 当の本人である東山さんは、流石に昨日よりは落ち着いていたがやはりまだ機嫌は直っていないようで、さっきから黙々とトーストを齧っている。


「でもその男、本当何者なんだろな」


 委員長の蹴りを避けるとは――こーへいの話を聞いてもカッシーはしばらく半信半疑だった程だ。それに聞く限りでは見事な身のこなしようであったようだし、一体何者だろう

 世界は広い。我儘少年は八重歯を覗かせながら一人感心していた。


「んー、委員長に痴漢働いて逃げ切るって、大したもんだよなー?」

「ああ、そうだな」

「ムフ、イインチョーケツ触られて『ひゃあ?!』って可愛い声あげてたディス」

「マジでか?!」


 がつがつとサンドイッチを頬張っていたかのーがクマ少年の言葉にそう付け加えて、ケタケタと笑う。

 途端に今まで黙っていた東山さんがどん!――と乱暴にテーブルを叩きながら立ち上がり、三人を睨み付けた。


「あれは油断したのっ! 次こそは――」

「え、恵美おちついて? ね?」

「テーブル壊れちゃうでしょ?」

 

 軋みをあげはじめたテーブルに気づき、日笠さんとなっちゃんは慌てて剛腕少女を諫める。二人に止められて東山さんは渋々ながら着席したが、また不貞腐れたように頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。

 この話は禁句のようだ。やれやれと日笠さんは肩を竦める。


「まあとにかく。私達の目的とは関係ないし。もうその男のことを気にするのはやめましょう?」


 ヴァイオリンに来た目的は部員の捜索とその情報収集だ。

 厄介事に首を突っ込んでいる時間はないし、余計なトラブルに捲き込まれるのもごめん被りたい。

 この話はここまで――日笠さんはパンと手を打って念を押すように皆を一瞥する。


「へいへーい」

「ムフ、オッケー」

「……恵美?」

「……わかった」


 中々返事がなかった東山さんの顔を覗き込み、もう一度日笠さんが念押しすると、ようやく彼女は承諾した。よろしい――と、苦労が絶えないまとめ役の少女はにっこりと笑ってみせる。


「さて、じゃあ話もまとまったし、そろそろ城に向かう準備をしましょうか?」


 昨日決めた通り、今日はこの後に城に向かい女王に会う予定だ。

 腕時計に目を落とすと時刻は八時を回っていた。そろそろサワダが迎えに来る時刻に差し掛かろうとしている。

 十分後またロビーで。そう言った日笠さんにカッシー達は頷いた。

 そして各々支度をするため一度部屋に戻り、ロビーに再集合することになった。

 それから十分後。

 六人が支度を終えて宿のロビーで待っていると、約束通りサワダが迎えにやってきた。

 青年騎士は、昨日のような重鎧ではなく、青と白を基調とした軍用コートとクラバッタに身を包んでおり、その上からユニコーンの紋章が刺繍された紅いハーフマントを羽織っていた。

 彼曰く、城勤めの際に着る騎士団の制服だそうだ。


「おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」


 と、昨日と変わらない爽やかな笑みを浮かべ、サワダはお辞儀をした。

 六人が各々挨拶をし返すと、青年騎士は外に止めていた送迎用の馬車に一行を案内する。

 昨日までの軍用馬車ではなく、シンプルだが気品溢れる迎賓用の馬車だ。

 そそくさとカッシー達がその馬車に乗り込むと、サワダは見送りに来ていたヨーコに礼を述べ、白い馬に跨った。

 程なくして御者が馬を操り、馬車は緩やかに発進すると北の大通りを南下し城へと轍を進めていった。


「ところで、その……女王様にはすぐに会えるんでしょうか?」

「昨日うちに謁見の申請をしておきました。朝議が終了次第、女王にお会いできると思います」


 と、日笠さんが尋ねると、馬車と並走していたサワダが心配御無用と微笑んで見せた。本当にこの人優しい人だなあ――サワダの気配りにまたもやカッシー達は敬服してしまう。

 しばらくして一行が乗った馬車は、大きな堀に架けられた石橋に差し掛かる。

 立派な城門の脇に詰めていた衛兵達が、サワダに気づいて敬礼した。

 その城門をくぐり、一行はいよいよヴァイオリン城へと入城する。

 門の先は広大な中庭が広がっており、手入れの行き届いた芝生の中央には、お決まりではあるが見事な彫刻の施された噴水が佇んでいるのが見えた。


「おー……」

「すごい……」


 その先にあった巨大な城を見上げ、カッシー達は隠すことなく感嘆の声をあげる。

 某ネズミの国で城は見た事はあるが、それとは比べ物にならない程大きさだ。

 城は遠目から見えたそれとはまた異なり、まるで樹齢何千年の大樹のように歴史と威厳ある様相で少年少女を見下ろしていた。

 やがて馬車は中庭を通過し、城前に到着すると動きを止める。


「お待たせしました。ここからは歩きです」


 御者が扉を開け、少年少女は馬車から降りると、城の入口に続く石階段の前で直立しながら思わず息を呑んだ。

 元々あがり症なカッシーは早くも高鳴って来た胸の鼓動を抑えるように一度深呼吸をすると、覚悟を決めたようにサワダを向き直る。

 

「では参りましょうか皆さん。どうぞ、ついてきてください」


 サワダの案内で視界いっぱいに広がる石階段を登り終え、衛兵の開けてくれた大きな扉より、一同は城内へと足を踏み入れた。

 ややもって扉が閉まる音がその空間に響くと、ようやく慣れていた彼等の視界には吹き抜けのホールが現れる。

 床一面をよく磨かれた大理石が覆っており、天井は遥か頭上まで吹き抜けになっているようだ。

 歴史を感じさせるステンドグラスを通して朝日がやんわりと差し込んでいる。

 正面ではさらに上へ続く幅広い長階段が、赤い絨毯に覆われて少年少女達を歓迎していた。


「こんなの見たことないわ……」


 ぽかんとするカッシーの横から、日笠さんの溜息が聞こえてくる。

 これが本物の城。やはり別格。六人は初めて見るその光景にただただ溜息と共に立ち尽くすしかなかった。


「やぁ、サワダじゃないか。お早い出勤だな」


 と、そんな少年少女達の耳に野太く張りのある声が聞こえてくる。

 我に返るようにしてカッシー達が声のした方向に顔を向けると、ホールの西側に続く廊下を、のっしのっしとこちらへやってくる男の姿が見えた。

 がっしりとした体格のその男は、精悍な笑顔を浮かべてサワダに歩み寄ると、挨拶代わりに手をあげる。

 少し細いつり気味の目つきに、ほりの深い目鼻とくっきりした眉毛、そしてきっちりと短く切りそろえた明るい茶色の髪。

 服装もサワダと同じデザイン制服であったが、色は深緑とオレンジを基調とした色合いのものだった。

 特筆すべきは背中に背負った武骨で大きな剣だ。

 見た目、いかにも『軍人』といった風格のその男がやってくるのに気づくと、サワダもにこりと微笑んで彼を迎える。


「おはよう、君も早いなスギハラ」

「ああ、昨日街でちょっとした騒ぎがあってな。おかげさまで徹夜明けだ」


 と、スギハラと呼ばれた偉丈夫はやや苦い顔を浮かべ、口の中で唸り声をあげた。


「騒ぎとは?」

「夕刻頃北の大通りで揉め事があった。サヤマ様の部下にあたる者達が暴行を受けたらしいのだ」

「リタルダンド卿の? それは穏やかな話じゃないな」

「ああ、目撃者の話じゃ彼等は長身痩躯の男を追っていたらしいが、警備隊が駆けつけた時には路地裏で倒れていた」

「長身の? 何者なんだそいつは?」

「わからん。そういえば正体不明の女の子もその男を追っていたそうだが――」


 男は力なく首を振った後、大通りで聞き込みをした際に聞いた話を付け足した。

 ちょっと待て――途端にカッシーは片眉をつりあげ、んん? と顔を顰める。


「女の子?」

「小柄な少女が素手で男を十数メートル吹っ飛ばしたそうだ。まあどうせ酔っぱらいの証言だろう」


 そんなバカな話があるわけない。スギハラは肩を竦めて笑い飛ばす。

 カッシーと日笠さんは冷ややかな視線を東山さんに向けた。

 当の少女は、わざとらしい程にそっぽを向いて知らん顔をしていたが、カッシー達の視線に気づくと慌てて唇に指を当ててみせた。


「とにかく被害者の男達も黙秘を続けて中々証言をしようとしないし、現場も目撃証言だけで証拠がほとんどないのだ」


 気になる長身痩躯の男も依然見つからず、捜査は難航中。

 おかげで警備隊は徹夜で捜査を続けていたというわけだ。

 偉丈夫は眠そうに目を瞬かせると、ガシガシと眠気を覚ますように頭を掻く。

 サワダは顎に手を当て思案していたが、やがて端正な眉を僅かに寄せると小さく息をついた。

 

「何かにおう事件だな」

「ああ、奴ら何か隠してる」


 サワダの漏らした所感に、スギハラと呼ばれた男も同意するように頷く。

 ただの暴行事件で事は終わりそうにない、まだ根拠はないが彼はそう感じていた。

 と、そこで彼は先刻からサワダの傍らで話を聞いていたカッシー達に気づき、少年少女へと視線を移す。

 

「ところで後ろの方々は?」

「そうだった。紹介が遅れてすまない。チェロ村からお越しになられたカシワギ殿達だ」

「チェロ村……ひょっとしてあのコル・レーニョ盗賊団を撃退したという若者達か?」


 彼らが噂の――偉丈夫は少年少女を一瞥すると、カッシーの前に歩み寄り騎士の礼儀に則ったお辞儀をした。


「お会いできて光栄ですチェロ村の小英雄殿。私はヴァイオリン警備隊副隊長を務めております、ケンタ=スギハラと申す者です」


 スギハラはそう名乗るとカッシーに向かって手を差し伸べた。

 小英雄? なんだそりゃ?!

 カッシーはきょとんとしていたが、握手を求められていることに気付くと、とりあえず彼の手を握る。


「ど、どうもはじめまして……」

「貴殿らの活躍は既に城内でも噂になっております。その若さで大したものです」

「いやあの……俺達は村のみんなにちょっと協力しただけで――」


 どういうことだ?そんな大した事は正直やってない。

 どうも噂に尾ひれがついてしまっているようだ。

 スギハラにがっちりと手を握られて、カッシーは引きつった笑いを浮かべていた。


「ご謙遜を。そうだ、是非ともチェロ村の英雄方の話を聞きたい。差し支えなければ今夜あたり一席設けさせては貰えないだろうか」

「は?!」


 と、両手でカッシーの手をがっしりと握り、スギハラは興奮した顔つきで少年の顔を覗き込む。

 なんて押しの強い人だろう。見たまんまの熱血漢のようだ。

 カッシーは素っ頓狂な声をあげると、言葉を詰まらせた。

 さてどうしたものか――

 

「スギハラ、カシワギ殿らは目的があってヴァイオリンに来られたのだ。多忙な身故、無理に誘うのは失礼にあたるだろう」


 と、そんな少年の心境に気づいたのか、サワダがコホンと咳払いをして助け舟を差し出す。

 ほんとに気が利く人だなあと、カッシーは感謝の視線を青年騎士へと向けていた。


「むう、そうかそれは残念だ……」

「その、すいません」


 スギハラはサワダに諫められ、名残り惜しそうに唸り声をあげていたが納得してくれたようだ。

 彼はがっちりと握り締めていた少年の手を放すと、もう一度お辞儀をして一同を見渡した。


「では日を改めて後ほど」

「え!? えっーと……」

「ダメですかな?」


 と、それでも粘るスギハラの熱烈なお誘いをどう断ろうかとカッシーが言葉を濁していた時である。




「空気読めって石頭。おまえと飲むのは疲れるから嫌だっていってんだよ」




 偉丈夫の声を遮るようにして、別の声がホールに響いたのだった。

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