その2-2 待ちなさい!
一方その頃。
見物に出かけたこーへい達はというと――
ヴァイオリン 北の大通り大衆市場―
「おーい、やばくねー?」
日が暮れても一向に人が減る気配がなく、むしろごった返している市場を一瞥し、クマ少年は思わず声にして感想を漏らしてしまっていた。
人が多いその理由は、城下町の道端に備え付けられた松明の外灯が、夜でも周囲を照らし続けているおかげである。
事実市場だけでなく東西南北の大通りは、深夜になるまで人の往来が途絶えることがない。
そんな人で賑わう、大小さまざまな露店と屋台がまるでフードコートのように並ぶ市場の中を、こーへいと東山さん、そしてかのーの三人は見物して回っていたのだった。
さっきから目に入るもの全てが見た事ない食べ物や食材ばかりだ。
露店いっぱいに所狭しと並ぶそれらを、こーへいは物珍しそうにキョロキョロと眺めながら歩いていた。
「中井君、少し落ち着きなさいよ。それじゃ田舎者丸出しでしょう……」
珍しく興味津々といった様子のこーへいに、東山さんは少し恥ずかしそうに頬を赤くしながら諫めた。
だがクマ少年はそんな東山さんに向かって、にんまりといつもより嬉しそうな猫口を浮かべてみせる。
「んー、でもさー?こんだけ面白そうな食材あるとやっぱわくわくすんじゃん?」
「まあ、気持ちはわからないでもないけど」
東山さんもそういって、露店にならぶ珍しい形をした野菜にちらりと目を向ける。
実はこの二人、部員の中でも群を抜く料理好きな少年少女だった。
こーへいの実家は大衆中華料理屋で小さい頃から店を手伝っていたし、東山さんは両親が共働きで、幼い頃から兄や弟の夕飯を作っていたため、料理は大得意だった。
二年生の文化祭では二人とも同じクラスだったのだが、出し物が喫茶店に決まった際、進んで調理役を買って出ていたほどだ。
その時はお互い競うように、アレンジや隠し味を加えたプロ顔負けのナポリタンやチャーハンを客に提供してしまったせいで、店は長蛇の列ができるほどの人気となってしまい、彼らのクラスは売上げダントツトップだったほどである。
まあ、文化祭なんて適当にやればいい――と楽しようとしていたクラスメートからは、白い目で見られていたが。
「いろんな所回ることになるんなら、やっぱ食材も買っとかないとなー?」
この前みたいなひもじい思いはもうしたくねーしよ?――
マイペースはマイペースなりに今後のことを考えていたようで、こーへいは露店に並ぶ長細い芋のような穀物を手に取りながら東山さんに顔を向ける。
東山さんは同感、と言いたげに頷いていた。
「そうね、日持ちの利く食材がこの世界にあるといいけど」
「そうなると、調理器具も買った方がよくね?」
「お金があるかしら。まゆみに聞いてみる」
と、料理のこととなると妥協のないクマ少年と剛腕少女は議論百出、食材を片手にアイデアを出していた。
そんな料理談議に華が咲く二人を余所目に、露店に並べてあった焼鳥のような食べ物を眺め涎を垂らすかのー。
「ドゥッフ、うまそうディスねコレ」
「お、お客さんいらっしゃい! へへ、一本どうだい?」
滝のような涎を流しながら、物欲しげに売り物を眺めていた少年に気づき、店主は串に刺さったその肉料理をかのーに差し出した。
「あっ、ちょっと?!」
東山さんがそれに気づいた時はもう遅い。
素早く伸ばされた少女の手がその行為を阻止するよりも早く、バカ少年は本能の赴くままにぱくりと差し出された肉料理を一口で平らげていたのであった。
「ムホー! デリシャース!」
「へへへ、まいどありー! 百ストリングね」
「こらっかのー!」
東山さんは眉間にシワを寄せまくり、かのーの胸倉を掴んで引き寄せたが後の祭りだった。
このままでは無銭飲食になってしまう。商売上手な店主の狡猾な罠に見事にはまり、仕方なく少女は深い溜息と共にスカートのポケットからお金の入った布袋を取り出す。
出がけに日笠さんから少し預かった路銀だ。
あまり無駄遣いはしたくなかったのに、まったくこのバカは!――
渋々代金を支払い、鬼のような形相で東山さんはかのーを睨みつけていたが、当のバカ少年はどこ吹く風で美味しそうに肉料理を咀嚼していた。
「おっさん、これなんの肉なん?」
やれやれとこーへいはその様子を眺めていたが、炭火で焼かれて香ばしい匂いを漂わせるその料理に興味を持ったようで、猫口を浮かべながら店主に尋ねる。
「なんだ兄ちゃん、ヒドリ焼きを知らないのか?」
「ヒドリ焼き?」
「ヴァイオリン名物の鳥料理さ。さてはおのぼりさんだろ?」
「んーまーねー。今日チェロ村から来たんだ」
香ばしい甘タレの匂いを漂わせるヒドリ焼きを覗き込みながら、こーへいはのほほんと答える。
「ほーそっかチェロ村か、ご苦労なこった。出稼ぎか?」
「んーにゃ、仲間探しだ」
「人探しねえ」
「失礼ですけど、こんな格好をして見た事もない楽器を持った子を見かけませんでしたか?」
丁度いい。聞いてみるのもありだろう――
東山さんは話のついでに、かのーをぐいっと引き寄せて店主に突き出すとおもむろに尋ねてみた。
ちなみにかのーはぺぺ爺が忠告するのも聞かず、結局サマーパーカーとハーフパンツにストラップサンダルといった元の世界のままの服装である。
本人曰く、動きやすいからだそうだ。
しかしそのままでは目立って仕方がないので、日笠さんは嫌がるかのーに無理矢理灰色のマントを羽織らせて誤魔化していた。
店主は突きつけられたかのーにやや身を引きながら、しばらく考えていたが、やがて申し訳なさそうに首を振ってみせる。
「うーん……すまないが見た事ないなあ」
「そうですか……」
駄目元で聞いてみたのだから予想できた返事ではあった。
そう簡単に情報が得られるとは思っていなかった東山さんは、ひょいっとかのーを手放すと店主に礼を述べる。
「人探しなら、酒場で聞き回ってみたらどうだい?」
「酒場ですか?」
酒と聞いて、チェロ村での苦い思い出が頭を過ぎった東山さんは渋い顔を見せたが、店主は構わず、その通り――と頷いてみせる。
「この街はいろんな旅人が行き交うからな、酒場ならそういった連中が集まるし、話も聞きやすいと思うぜ」
「なるほど……」
酒場か、一理あるわね――
東山さんは納得しながらこーへいを振り向いた。
クマ少年は同意するように、いいんじゃね?と、にんまりと笑ってみせる。
「ありがとうございます。早速いってみることにします」
「いいってことよ。人探しうまくいくといいな」
店主はにっかりと歯を見せて笑いながら、東山さん達を応援してくれた。
少女は丁寧にお辞儀をすると、今度はかのーを野放しにしないようにがっしりとその襟首を掴み、露店を後にする。
「酒場ね……寄ってみるのも手だわ」
「んだなー? 明日いってみっか?」
「ええ」
東山さんはこーへいの提案に頷くと、そこで随分と時間をくってしまったことに気が付き、眉間にシワを寄せた。
そろそろ宿に戻らないと夕飯の時間に間に合わなそうだ。まゆみやなっちゃんも待っているかもしれない。
「中井君、宿に戻りましょう。続きはまた明日」
「あいあい」
少女は来た道を引き返して宿へ歩き出そうとした。
と――。
ふと背後に気配を感じ、東山さんは歩みを止めて振り返る。
いつの間にか三人の後ろには、まるで隠れるようにして屈む男の姿があった。
男は東山さんと目が合うと、申し訳なさ気に愛想笑いを浮かべてぱちりとウインクする。
誰よこの人――眉間にシワを寄せながら少女はまじまじとその男を眺めた。
深蒼のチュニックに白のパンツを履いたその男性は、何とも頼りなさそうな雰囲気の優男だった。
華奢な体格で背がすらりと高く、右目の下には泣きほくろがある。肩までのダークブラウンのくせっ毛を白いリボンで纏めており、腰には出で立ちの割には立派な装飾が施された深蒼色の柄をした剣を下げていた。
年齢は二十代後半だろうか。もう少し老けても見えるが、髭をはやしているため年齢がわかりづらい。
「……どちらさまでしょうか?」
赤の他人の陰に隠れるなんてやましいことがある輩に違いない――
明らかに訝しむ口調で尋ねた東山さんに対し、だが男は口に人差し指を当て、静かにという素振りをして見せた。
「訳あって少し匿ってほしい」
「匿う?」
「追われててね」
ますますもって怪しい男だ。
追われてるって誰にだろう。なんだかきな臭い気がする。巻き込まれないうちに離れた方がよいだろう。
そう考えて東山さんが口を開こうとした時だった。
男の懐から一匹の猿が飛び出し、軽快に肩の上に飛び乗るとニカっと少女に向けて笑みを浮かべる。
「サル?」
「まずい……やっぱり来たか」
と、つぶらな瞳がやけに可愛いリスザルが現れて、話しかけるタイミングを失った東山さんの陰に、ますます身を縮こませて男は隠れた。
やにわに人込みを掻き分け、息を切らしてこちらへやってくる集団が現れる。
数は五人。全員男。
見かけからして真っ当な仕事をしている連中ではないことが一目見て分かる人相と出で立ちだった。
「あなた何したの? 犯罪の片棒を担ぐのはごめんなんだけど」
「まさか、どうみてもあいつ等のほうが悪人面だよね?」
自分は何もやましいことはしていない。そう言いたげに男はかぶりをふってみせる。
さて、どうしたものか――
東山さんとこーへいはそんな意味あいを含んだ視線でお互いを見合ったが、仕方なくなりゆきで男を匿うことにした。
ややもって男達はこちらへやってきたが、三人の前を素通りして市場の奥へ消えていく。
なんとか気づかれずに済んだようだ。
「……いったぜー?」
男達が遠ざかっていくのを確認すると、こーへいは表情一つ変えず、のほほんとした声でそう呟いた。
隠れていたその優男は、こーへいの声を聞くと、安堵の表情を浮かべやれやれと一息つく。
「助かったよ、感謝する」
「用が済んだらさっさと行って下さい。あまり関わりたくないので」
「はいはい、かわいいお嬢さん」
と、優男はにっこりと笑いながら感謝の言葉を口にすると、おもむろに目の前にあった少女のお尻を一撫でした。
途端におぞましい感触が臀部から背中へ走り抜け、東山さんはびくりと身体を跳ね上げる。
「ひゃあっ!?」
初めて聞いたかもしれない。無敵の風紀委員長の悲鳴を。
意外と女の子っぽかったな――
聞かれたら絶対ただでは済まない呑気な感想を、こーへいは頭の中で浮かべていたが、だがこの後すぐに起こるであろう「血煙る惨劇」を想像し、男に向かって合掌していた。
無茶しやがって――と。
案の定、少女は反射的に身を捻り、全身のばねを利用した後ろ回し蹴りを優男めがけて放っていた。
クリーンヒットは間違いない。
が――
「おっと」
風を切り、唸りを上げて迫る少女渾身の蹴りを、優男は予想外に早いとやや驚きながらも、だが寸でのところで見切って避けたのである。
「おーい、マジか?」
「イインチョーの蹴りかわしたディス!?」
かつて彼女の蹴りをかわした者が音高にいただろうか。いやいない(反語)。
ほぼ反射運動的に、まったく無駄な動き無く繰り出された彼女の蹴りを回避した優男を見て、こーへいとかのーは吃驚しながら固まっていた。
当の東山さんはかわされた事に気づく余裕もないほど狼狽し、恥ずかしさから赤面しながら男を睨みつけている。
「この痴漢っ! 絶対許さない!」
「落ちついてほしい。軽い感謝のスキンシップだって」
「どこの世界にそんなスキンシップがあるのよ、このセクハラ男!」
話せばわかる――
そういいたそうに両手を挙げて降参のポーズをみせた優男に対し、東山さんは眉間のシワを最高潮まで深く刻むと腕を鳴らしながら仁王立ちとなる。
突如として始まった背の高い優男と小柄な少女の喧嘩に、周囲の人々は痴情のもつれか?などと下種な勘繰りをしながら、面白そうに様子を伺っていた。
だが――
「いたぞっ! あそこだっ!」
やにわに、少し離れた人込みの中から声があがる。
先刻通り過ぎていったガラの悪い男達だった。騒ぎを聞きつけて戻ってきたようだ。
見つかったか――
人込みを掻き分けてこちらにやってくる男達に気が付くと、優男は面倒くさそうに溜息をつき、踵を返して一目散に逃げ始めた。
「どこ行く気!?」
「助かったよお嬢さん、また機会があれば」
「待ちなさい! まだこっちの話は終わってない!」
去り際にぱちりとウインクをすると、優男は人込みの中に消えていく。
逃すものかと東山さんも優男を追いかけて駆け出した。
「おーい、委員長どこいくんだって」
「決まってるわ、追うの!」
「え~? やめようぜー?」
なんだかやばそうな連中だし、これ以上首を突っ込むのはやめておいた方がいい――
だがこーへいの返事を待たずして、東山さんは優男を追いかけ既に人込みを駆け抜けていってしまった後だった。
取り残された少年二人はどうすんべ?と、お互いを見合う。
まあ答えは一つしかないのだが。
「ありゃ相当頭にきてんなー?」
「バッフゥー、イインチョー『ひゃあ』って女の子みたいな声だしちゃって、カッワイー」
この場に少女がいたら確実にボッロクソにされたであろう感想を口にし、かのーはケタケタ笑い声をあげながら東山さんを追って走りだした。
こーへいも仕方なくその後に続こうと足を踏み出したが、しかし人込みの中を先刻のガラの悪い連中が二手に分かれ、優男を追っていく姿が見えて、途端クマ少年の持ち前の勘は警鐘を鳴らし始める。
こいつはなんだか嫌な予感がしてきた――と。
「おーい……やばくね?」
やれやれとこーへいは眉尻を下げた。
ヴァイオリン滞在初日。
早くも彼等は新たなトラブルに巻き込まれようとしていた。
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