その1-2 ついたっ!

「な、なっちゃん。今この場でそれを聞かなくても……」


 いかにも彼女らしい歯に衣着せない皮肉の篭った問いかけを聞いて、日笠さんは慌ててなっちゃんを諌める。


「あら、おかげで私達だって危険な目にあったんだから、これくらい聞いたっていいでしょ?まゆみだって危なかったじゃない?」

「それはそうだけど……」


 でも例え不満に思っていたとしても、面と向かって聞くべきことではないのではないだろうか。

 まったくなっちゃんは――日笠さんまたもや深いため息をもらしつつ、恐る恐るサワダを振り返った。

 だが彼女の問いを受けた青年騎士は怒る様子もなく、逆に心底申し訳なさそうに誠意の感じられる謝辞の態度を少年少女達に見せたのだった。


「その事についてはお詫びします。女王はペペ村長の手紙を見てすぐに討伐隊の編成を指示されたのです。しかし――」

「やっぱり何か事情が?」


 見るからに何か訳ありの様子だった。

 言葉を濁し、その先を続けるのを躊躇うように口篭ったサワダを見て、なっちゃんは小首を傾げつつ尋ねる。


「城内でそれを妨害しようとする不穏な動きがあったのです。そのため出発が遅れてしまいました」


 ややもってサワダは苦渋の表情で頷いた後、僅かに声のトーンを落として少女の問いに答えた。


「不穏な動き?」

「申し訳ありません、身内の恥故にこれ以上詳しく話せません。どうかご容赦を」

「……あっそ」


 身内の恥ね。額面通りなら何か城の中で、討伐隊の派遣を阻止する動きがあったということだが、どういうことだろうか。

 だが目の前の青年騎士の言葉からは十分誠意が感じられた。彼のせいではないということはわかる――

 なっちゃんは、彼女には珍しく憮然とした表情を浮かべながらも、それ以上追及することを止めた。


「もしあなた方がいなければ、今頃チェロ村は無くなっていたかもしれません。遅参した己の不明を恥じるばかりです」

「……もういいわ。貴方のせいではないってわかったから」


 日笠さんの、もうこの辺で許してあげて――という訴えの籠った視線を受け、まったくあの子も苦労が絶えないわね――と、自分のせいであることを棚に上げるとなっちゃんは短いため息と共に、ぷいっとそっぽを向いた。

 それを見てほっと胸を撫でおろすと、日笠さんは同情の色を浮かべてサワダを向き直る。


「あの、あまり気にしないで下さいねサワダさん」

「ありがとうございます」

「んだんだー、村は無事だったんだしよー?」

「ムフ、オレ様の活躍でなんとかナッタシナー?」

「かのー! 調子に乗らない!」

「そう言って頂けると少し気が楽です」

「ところで、その……マーヤ女王ってどんな方なんですか?」


 これ以上この話を続けるのはやめよう。

 前々から都度話題にあがっている女王様に興味があったので、日笠さんは閑話休題とばかりにサワダに尋ねてみた。

 若き騎士はその問いを受けて誇らしげに語り始める。


「マーヤ女王は本当に素晴らしいお方です。あの方が国を治めるようになってから国は見違えるように豊かになりました。民の視点に立った施政をされる方で…例えばこの麦畑もそうです」


 と、右手に持っていた見事な槍で一面に広がる麦畑を指しながらサワダは話を続けた。


「この麦畑も、戦後の飢餓を防ぐために女王が命じて開拓したものなのです。以来、弦国は食料難に陥る事がなくなりました」

「なるほどねー」


 地平線の彼方まで続く、広大な麦畑を見渡しながら少年少女は口々に感嘆の声をあげる。

 その他にも街道の整備、管国との国交回復、国内の治安維持強化――等々善政を敷き国民からの信頼は厚いとのこと。

 話を聞く限りは皆に慕われてる良い女王様のようだ。

 カッシー達はサワダの話を聞いてますますマーヤ女王に興味を持ってしまった。


「そういえばあなた方は、逸れた仲間を探すためにヴァイオリンへ情報を集めに行くのだそうですね」

「そうですけど……えと、どこでそれを?」

「ペペ村長から聞きました」


 チェロ村を発つ前に、サワダはペペ爺から頼まれたのだそうだ。

 この子供達は遠い異国の地から来ていて、逸れた仲間を探している。この国のことにはあまり詳しくないから、どうか協力してやって欲しい――と。もちろん、彼等が異世界から迷い込んできた事は秘密のまま。

 正義感溢れる若き騎士は一も二もなく老人の頼みを承諾していたのである。


「ならば女王に協力をお願いするのが良いと思います」

「え、女王様に?」

「はい、きっと手助けをして下さるはずです」

「ちょっと待ってくれ、女王様に会えるのか?」


 うちら素性の知れないただの平民みたいなものなんだけど、そんな簡単に会ってくれるのだろうか――

 カッシーは青年騎士の意外な提案に吃驚して尋ねた。

 サワダはそんな少年の問いに自信をもって頷いてみせる。

 

「女王は身分に関係なく、希望する者がいれば分け隔てなくお会いになる方です」

「おーい、マジでかー?」

「ええ、ペペ村長からの手紙はお持ちですよね?」

「あ、はい」


 困ったことがあったらこの手紙を女王に渡せ――

 チェロ村を出発する直前、ペペ爺はそう言ってカッシー達に手紙を渡し、傍らにいたサワダにくれぐれも頼むと念を押していたのだった。

 日笠さんは鞄の中に閉まっていたその老人からの手紙を思い出して、サワダの問いに肯定する。

 

「それにあなた方はチェロ村を救ってくださった方々、私からもその事を伝えておきます」 


 きっとすぐに会ってくれるはず――そう言ってサワダはにっこりと笑ってみせる。

 カッシー達が諸手をあげて喜んだのは言うまでもない。


「渡りに船とはこのことね」

「ああ、女王様が協力してくれるんなら、案外早く有力な情報が掴めるかもな」


 幸先良いスタートだ。

 なんてったって国で一番偉い人だ。女王様が協力してくれるなら、情報収集だってきっと円滑に進める事ができるだろう。

 カッシーは達はまだ見ぬ女王との謁見に胸を躍らせながら笑みを浮かべたのだった。




 そして。

 馬車に揺られて南下することさらに四時間。

 時刻は夕暮れ、朝早く出た事もあってかカッシー達は馬車に揺られて、うとうとと眠っていた。

 と――


「フォォォォォー!?カッシー起きるディスよー!」


 屋根の上でゴロゴロしていたかのーは、その景色の変化にいち早く気づくと、ひょっこりと馬車の窓から上半身を中に乗り入れ、カッシーの頭をペシペシと叩く。

 またこのバカは…気持ちよく眠っていた所を大声で起こされ、カッシーは不機嫌そうにかのーを睨みつけた。


「んだよこのバカノー!」

「見えてきたディスよ!」

「見えてきたって何が?」

「ムフ、なんかでっけー建物」


 ケタケタ笑いながらそう答えたかのーに対し、寝ぼけ眼のまま少年はしばらくの間きょとんとしていた。


「……うそっ!?」


 だがややもって目を見開くと、一気に目の覚めた顔を馬車の窓から覗かせる。


 そして――

 そこから見えた景色に少年は思わず言葉を失った。


 途端に胸が高鳴ってくる。

 茜色に染まった世界に広がる、絵画のようなその絶景に、カッシーは知らず知らずのうちに興奮の笑みを浮かべていた。


 西に沈みつつある太陽の光を背にシルエットを浮かべ、それは佇んでいたのだ。

 映画で見たことのある、中世の城など比べ物にならないほど雄大で威厳ある巨城。


 天に真っ直ぐに聳え立つ角のように立派な三本の搭の上を鳥が舞っている。

 そしてその巨城の麓に円を描くように広がる城下町を豆粒ほどの人々が溢れんばかりに行き交っているのが見えた。


 広い。とにかく広い。

 何もかもが。

 あれが首都『ヴァイオリン』――


「……ついたっ!」

「カッシー?」


 馬車の中から声がして少年は振り返った。

 騒ぎによって目を覚ました日笠さん達は、眠そうに目を擦りながらはしゃぐカッシーの様子を伺っている。



「みんな着いたぜっ! ヴァイオリンが見えてきた!」



 そんな彼等に向かって少年は興奮冷めやらぬ表情で笑ってみせたのだった。

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