第一章 すばらしき新世界
その1-1 何か理由でもあったの?
行けども行けども真っ直ぐな道。
その遥か彼方まで続く道を、騎士団は南へと進んでいく。
青と銀を基調とした鎧に身を包み、見事な葦毛馬を操る精悍なその一行は、行き交う旅人や領民達とすれ違う都度、敬意と好意の篭った声援を受けており、いかに民より愛されているかが見て取れた。
そんな敬愛される騎士団に護衛され、少年少女を載せた馬車は一路ヴァイオリンへと向かっていた。
チェロ村を出発してはや半日。
景色はコーダ山脈麓に広がる森からうってかわり、一面麦畑の広がる穀倉地帯に変わっていた。
見渡す限りに広がる麦畑はまるで絨毯のようだ。
この世界ではそろそろ収穫時期に入るのだそうで、たわわに実った麦が黄金色の穂を風になびかせている。
もう間もなくこの辺りの領民は刈入れのため慌ただしくなるのだそうだ。
それにしてもすごい。こんな広大な麦畑を見るのは生まれて初めてだ。
馬車の中から黄金色の海を眺め、思わず日笠さんは感嘆の吐息を漏らした。
♪♪♪♪
前略。皆さまいかがお過ごしでしょうか。日笠まゆみです。
会長の持ち込んだ音響装置『ZIMA=Ω』の暴走で、私達がこの『オラトリオ大陸』に飛ばされてからはや一週間が過ぎました。
決死の覚悟を決めてチェロ村の皆さんと挑んだ『コル・レーニョ盗賊団』との戦いに辛くも勝利することができた私達は、もう一度あの日いた部員で『運命』を演奏すれば元の世界に戻れるかもしれない――という会長の仮説を信じ、散り散りになった部員を探す旅に出ることになりました。
とはいえ、みんながどこにいるかなんて手がかり一つないし、行く宛もなく無闇やたらに探すにはあまりにも広すぎるこの大陸。
どうしたものかと思案していた私達は、大きな街で情報を集めるべき――という、なっちゃんの提案に乗り、まずは弦国の首都『ヴァイオリン』を目指すことにしたのです。
というわけで、盗賊討伐に駆けつけてくれたヴァイオリン騎士団に便乗させてもらい、私達は馬車に揺られ、一路ヴァイオリンに向かう旅の途中なのであります。
無事にみんなを見つける手がかりが掴めるといいのですが――
♪♪♪♪
「ムフ、ゼッケーゼッケー。アメリカ時代を思い出すディスよー」
と、馬車の屋根上からケタケタと人の神経を逆なでする笑い声と共にかのーの声が聞こえて、少女は途端に現実に引き戻される。
元々一つの場所にじっとしていられる性格ではないバカ少年は、馬車の中を意味もなくうろうろし、挙句東山さんにしかられ、最終的に屋根の上に落ち着いたようである。
「かのー、そろそろ馬車の中に入りなさい。じっとしてないと危ないわよ?」
「ヘーキヘーキー、ココガイイー」
屋根越しにかのーの返事が返ってきて、日笠さんはやれやれとお決まりの溜息をついた。
まあ、下手に馬車のなかでうろうろされるよりはお互いの精神衛生上よいかもしれない。そう考え直し、彼女はそれ以上何も言わず放っておくことを決めた。
そんな二人の会話に気付いたのか、馬を緩やかに走らせ一人の騎士が馬車に近づいてくるのが見えた。
今回の盗賊討伐のためにヴァイオリンより派遣されたこの騎士団の、団長を務める青年騎士だ。
「皆さん、何か支障はありませんか?」
騎士団長――コーキ=サワダは馬車の入口へ馬を寄せると、中の様子を伺うように尋ねた。
日笠さんは馬車の入口へそそくさと移動する。
「すいません騒がしいやつが一人いて。あの、全然大丈夫ですのでどうぞお構いなく」
「軍用馬車のため、粗末な造りで申し訳ない。必要なら休憩もとりますので、遠慮なくおっしゃって下さい」
「とんでもない!むしろこっちこそ申し訳ないっていうか……」
当初歩きで向かう予定だった一行にとって、護衛してくれる上に厚意で馬車まで載せてまでもらっているのだ。
これ以上贅沢をいうのは罰が当たる――
日笠さんが委縮するように皆を代表して返答すると、だがサワダはかぶりを振ってにこりと微笑んだ。
何とも爽やかで気品のある笑顔だ。
ヨーヘイとは正反対だな――それを見ていたカッシーは、にへら顔で締まりのないチェロ村青年団長を思い出して笑いを堪える。
「いいえ、これくらいおやすい御用です。あなた方にはチェロ村を救っていただいた恩があるのですから。本当に感謝しています」
深々と頭を下げて、サワダはカッシー達に礼を述べた。
自分で言うのもなんだが、こんな子供相手にここまで丁寧に対応してくれるとは、とても誠実な人ようだ。
日笠さんはサワダの人柄に感服していた。
「チェロ村は私にとっても思い入れのある地なのです。あなた方がいなければチェロ村は危うかったと、ペペ村長より伺っています」
「そういえば、ヨ―ヘイさんと随分親しそうでしたけど、知り合いなんですか?」
この青年騎士は、チェロ村を出発する際にヨーヘイと知己の仲のように話していた。その光景を見ていた日笠さんは思い切って尋ねてみる。
はたしてその通りとサワダは頷いていた。
「父の仕事の関係で一時期チェロ村に住んでいたことがありました。ヨーヘイとはその時以来の親友です」
「どうしてチェロ村に?」
「私の父がチェロ村の警備を担当していた時期がありまして」
私事で恐縮ですが――そうつけ加えてサワダは話し始めた。
話を聞くに、サワダの父親は、十年前の弦管両国の紛争に巻き込まれたチェロ村の復興と警備を命じられ、一時ではあるがチェロ村に滞在していたことがあるらしい。
その時父親についてサワダもチェロ村に移住したのだそうだ。
ヨーヘイやヒロコとはその時からの親友であるとのこと。
そしてヨーヘイに剣の基礎を教えたのは、他でもないサワダの父親らしく、幼いころは、よくヨーヘイと一緒に父から剣を習ったと懐かしそうに話してくれた。
なので、今回ペペ爺より盗賊討伐依願の文が届き、討伐隊が編成されることとなった際も、彼はチェロ村の危機を知って自ら志願して参加したのだそうだ。
ちなみに、サワダの家系は代々ヴァイオリン城の騎士を勤める由緒ある家柄らしい。
サワダの父も祖父も、そのまた前も高名な騎士だったそうで。
所謂サラブレッドである。
顔も美形で背も高く、謙虚で誠実、義理堅い。おまけに先祖代々高名な騎士。
天は二物を与えずとは嘘だな――と、カッシー達は感嘆の声をあげるばかりだった。
「失礼、長々と話してしまいました」
思わず熱が入って身の上話をしてしまった――サワダは少し照れながら会釈をする。
「いえ、凄く興味深いお話でした」
「ともあれ、あなた方は弦国にとっても、国土を脅かす賊から民を助けていただいた恩人です。我ら騎士団、最上の礼を尽くしてヴァイオリンまでお送りさせていただきます」
そこまで言われるとなんだかこそばゆい。自分達はただがむしゃらに演奏してただけなのだが。
とはいえ、嫌な気分ではない。少年少女は各々まんざらでもさ無そうに照れ笑いを浮かべていた。
「それじゃお言葉に甘えて、よろしくお願いします。サワダさん」
「お任せください。夕刻にはヴァイオリンに到着しますので、それまでどうぞごゆっくり」
「へ……夕刻?」
と、予想外の言葉が聞こえてきて、日笠さんは思わず鸚鵡返しにサワダに尋ねながら、目をぱちくりとさせる。
まだまだ先は長いんだろうな――と思っていたカッシー達も、各々驚いた表情を浮かべながら馬車の入口に詰め寄っていた。
「夕方にはついちゃうんですか?」
「ええ、馬の脚なら遅くとも今日中には着くと思いますが…」
一斉に入口に寄ってきたかと思うと、驚きの表情で身を乗り出した少年少女に、サワダは少し引き気味になりながらも答える。
ペペ爺の話では確か徒歩で二日かかるといっていたはずだ。出発して半日、馬車と言えど夕方までに着くとはかなりの速さではないだろうか。
「なんだー、けっこー近いんじゃんさ」
「ペペ爺さんの話と随分違うわね」
なんか拍子抜け――そんな感じでこーへいと東山さんはお互いを見て首を傾げる。
と、二人の呟きを聞いていたサワダが、なるほどと一人頷いてから老人をフォローするかのように話し始めた。
「ペペ村長の時代はまだ道が舗装されておらず、荒れて曲がりくねってましたから。確かに十年前では徒歩なら二日かかったかもしれません」
「ああ、なるほど……」
「二年ほど前にマーヤ女王の命でヴァイオリン周辺の街道を整備したのです。今では馬なら飛ばせば半日、馬車なら一日で着きます。徒歩でも一日半あれば着くはずです」
さらにいえば、ペペ爺は足を怪我して以来あまり村から出ていない。そのため、最近の世情は知らない部分もあったのだろう。
とはいえ、予定していた行程よりも半分の時間で到着できるなんて嬉しい誤算だ。
急ぐ旅でもある一行にとってはありがたい話ではある。
「でも、その割には随分と到着が遅かったじゃない?何か理由でもあったの?」
と、皆に混じらず椅子に座ったまま、一人頬杖をついて話を聞いていたなっちゃんは、口元にいつもの微笑を浮かべサワダをちらりと見つつ尋ねた。
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