第2話
「うわああああ、フェネックー!」
「アライさーん、殺されてしまったよー」
ロッジの玄関ホールで、縄でぐるぐる巻きにされて、天井の梁から吊るされているフェネックがいた。
やはり、ここまでは予想通りだ。
「フェネックさん、苦しくはないですか?」
「大丈夫だよ、かばんさん」
どうやら縄は緩めのようだ。
「フェネックの仇はアライさんが絶対にとるのだ!」
「任せたよアライさーん」
息まくアライさんをよそに、かばんは何か探している。
「かばんちゃん、何をしてるの?」
「犯人さんは、どうやってあの上まで登ったのかな」
さっそく手がかりを探し始めているようだ。
たしかに、あの梁のあるところは些か高すぎる。
木登りが得意なフレンズなら行けるかもしれないが、私には無理だ。
「私、届くよ!」
「サーバルちゃん?」
サーバルは一足飛びに、梁へジャンプした。
梁に手が届き、体を持ち上げてのぼって、どうだ、と言わんばかりの表情をしている。
そうか、飛ぶという手段もあるか。
「アライさんも木登りは得意なのだ」
そう言って、アライさんは柱を伝って天井まで行く。
このふたりは身体能力が異常に高い。
「じゃあ、サーバルかアライさんが犯人ってことね!?」
アミメキリンがいつものごとく早とちりな結論を告げる。
「だったら、こうやってできることを証明しないだろう。犯人は疑われちゃいけないんだから、できないことを証明しないと」
「むぅー、じゃあ、犯人はあなたね!」
「どうして私なんだい?」
「さっきから黙っていて怪しいわ!」
そうか、捜査に積極的に関わっていないと犯人に見えるのか。
これは失敗した。
犯人探しをしながら、自分の身も守らなければならないことに気がついた時には、一番怪しいのが私になってしまっている。
「キリンさん、まだ犯人を決めるのは早いですよ。誰だったらできそうか、みんなで考えましょう」
かばんがそう言って、アミメキリンを止める。
私にあんなところまで行く方法があるなら知りたいくらいだが、それを証明する手立てがない以上、決定的な証拠を探す必要があった。
一度、この場所のことを整理してみよう。
床から梁までの高さは、私の身長の十倍ほど。
日の光を取り入れるための窓はあるが、開かない採光窓だ。
天井へ行くには、のぼるしかない。
この縄は、どこから持ってきたのだろう。
フェネックが巻かれている縄をよく見てみると、先端に土のような汚れがある。
その断面は鋭利な刃物で切られているようで、滑らかだ。
「フェネックを縛ったあとで切ったのか?」
「みたいですね」
かばんも先端を見て、私と同じ感想を持ったようだ。
「でも、なぜでしょう。縄が余ったっていいはずなのに」
そう、縄をぎりぎりにする必要はない。
ここを切る理由がわからない。
「持ってくる時に切ったんじゃないか?」
「それだと、断面に土がついている理由がわかりません」
部屋の中を見渡すと、隅にいくつかの小さな袋が積み重ねられていることに気がついた。
「これ、土ですね」
袋を覗いたかばんが言う。
大きな石も混じっている土だ。
何に使うものなのかはわからないが、ここにある。
「サーバルちゃん、アライさん、梁の上に何かを引きずったような跡がありませんか?」
「あるよー!」
そうか、とかばんは小さな声で言う。
「そっちの先端って、もしかして引きちぎったようになっていませんか?」
「うーん、よくわかんないけど、ぐちゃぐちゃーってなってるー」
「縄がちぎれているのだー」
何の確認をしているのか、私はしばしその様子を見ていた。
「ところでアミメキリンさん、今のところ誰が一番怪しいですか?」
「今のところはオオカミさんが怪しいと思うわ!」
「おいおい、まだ疑いが晴れていないのかい」
頑なな彼女に呆れながら、私はフェネックを吊るす方法を考えていた。
縄さえ上に渡すことができれば、持ち上げることはそれほど難しくない。
しかし、どれだけ考えても方法がわからない。
上から降りて来たサーバルとアライさんも揃い、捜査は完全に行き詰った。
「そろそろ、他に分かることもなさそうですね」
かばんの言う通り、ここでわかることはもうなさそうだ。
フェネックを降ろして部屋を移動しようとすると、アミメキリンが言った。
「ここで続きをしましょう! 私は犯人を犯行現場で指名したいの!」
「……わかりました。じゃあ、ここでやりましょう」
そして、推理の時間が始まった。
床に丸く輪になって、座り、かばんが口を開く。
「では、さっそく始めましょう。今回、殺されたのはフェネックさん。縄で梁に吊るされていました」
「フェネックを結んで縄を上に通して、持ち上げたんだよね?」
サーバルの問いに、かばんは頷いた。
「はい。梁の上のこすったような跡は、その時のものだと思います。なので、ここだけだと、このやり方が可能なのは、サーバルちゃんかアライさんということになってしまうんです」
「ええっ!?」
「そんな、アライさんはフェネックを殺したりしないのだ!」
慌てるふたりに、かばんは続ける。
「可能性の話ですよ。他に上にのぼる方法があれば、僕やオオカミさんだってできますから」
「じゃあやっぱり、あなたが犯人ね!」
「……私も私が犯人でないと言いたいが、かばんの言う通り、このやり方は、上にのぼる方法があれば誰でもできてしまうんだ。そして、その面倒なやり方が必要なのは、私とかばん。仕掛けが見つかるかどうかで、どちらかふたりに容疑者は狭まるんだ」
仕掛けが見つからない限り、私が犯人である根拠はない。
サーバルやアライさんは嘘が下手だとはいえ、かばんの指示通りに証拠を探しただけで、問い詰められたりはしていない。
彼女たちのどちらかである可能性は、まだ充分にある。
「私の考えだが、アライさんが怪しいんじゃないか? 相手がフェネックなのも、被害者の役を頼みやすかったからかもしれない。見えないところで手伝ってもらえるかもしれないしな」
「のだ!? あ、アライさんはやってないのだ!」
「まだわからないよ。仕掛け自体を考えたのはフェネックなのかもしれないし」
そう、まだそれがある。
フェネックはアライさんに知恵を貸して手伝うこともありえる。
「う、うみゃあ! 私かもしれないよ!」
サーバルが話に入れず、我慢できなくなったのか、声をあげた。
「サーバルちゃん、おちついて」
「この推理ごっこ、難しいよ!」
たしかに、一緒に遊ぶ相手は選ばないといけないかもしれない。
次はハカセたちも混ぜてみるか、などと考えていると、アミメキリンが言った。
「待って、まだ解決していないことがあるわ。あの土の入った袋は、何に使ったものなのかしら」
「言われてみれば、それもそうだ。足場にするには数が足りないし……」
私は立ち上がって、袋を見に行った。
持ち上げようとしたが、持ちあがらない。
かなり重たく、私でこれだけ持ちあがらないものは、他の三人にも無理だろう。
「重しに使ったのかしら」
「だとしても、何の重しに使ったのかわからないな」
「フェネックを支えるため?」
アミメキリンがそう言う。
支えるため?
「詳しく教えてくれ」
「えっと、反対側に縄を通して、重しに繋いで……」
アミメキリンは必死に考えながら言う。
フェネックを持ち上げるのに重しが必要か、と言われれば恐らくはいらない。
彼女はそれほど重いフレンズではない。
「縄が動かないようにするのよ。上にのぼる、ために……」
自分で言いながら、アミメキリンの表情がぱあっと明るくなる。
「そう! 縄を伝って、上に登ったのよ! 上で縄を結んで、帰りはフェネック側に降りて来ればいいじゃない!」
まさか、と思い私は袋の中に手を突っ込んだ。
すると、中に切られた縄の残りがある。
それと、こぶし大の石に結ばれた縄も。
「そうか、これを投げれば縄を上に通せる……」
だとすると……。
「面倒なやり方が必要なフレンズはふたり、その中でこれを隠したかった人と言えば……!」
アミメキリンの目がきらきらと輝く。
点と点が繋がる感覚がしているに違いない。
「やるじゃないか、名探偵!」
「ええ、私たちの勝利よ!」
意気揚々とみんなの元へ戻ったアミメキリンは言った。
「犯人が分かったわ! 犯人は、あなたね!」
「……僕ですか?」
かばんは指さされても困ったように笑っていた。
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