第382話 お役目のない学園祭

 俺や等々力や世田谷が研究室で唸っている間も月日は過ぎていく。


 例えば学生会HPに連載中の『頭文字D』でルイスが黒魔女に初めて勝ったり、同じく『雨の初寝坂』では逆にルイスが黒魔女に喰われたり……

 ルイスと世田谷ばかりだが、来年の登場人物は大丈夫なのだろうか。


 それはともかく、学園祭の日がやって来た。

 久しぶりにお役目が無い学園祭なのでのんびり楽しもう。


 そして今、俺は今は人のいない屋上でぼたもちを食べている。

 ちなみに餡は半殺しだ。


 何故屋上にいるかというば答えは簡単。

 俺はお祭りは嫌いではないが、人混みは苦手だから。

 祭はこれくらい離れて賑わいを他人事のように見るに限る。

 花見だって『見わたせば柳桜をこきまぜて……』位の距離が一番綺麗だと思う。


 なお簡易潜水艇は祭りの期間中、学生会に貸している。

 いざという時に何処にでも急行できる乗り物が欲しいという要請に応えてだ。


 今年も怪しげなバトルを海上でやっていて、飛行漁船はそっちに貸している状態らしい。

 由香里姉の飛行バスは今年も大学部で月見野先輩主宰の怪しげなリラクゼーションサロンに転用されているとの事だ。

 あのリラクゼーションサロン、何気に評判いいらしいんだよな。

 俺なら怖くて絶対近づかないけど。


 そんな感じで人目には寂しく、本人は実にまったりと祭りを楽しんでいた時だ。


「修兄、ここにいたんですね」

 よく知っている声がした。

 振り向くまでもない。


「どうしたの、香緒里ちゃん」


「学生会の休み番でちょっと一息いれようと思って」

 香緒里ちゃんは俺の隣にやってくる。


「祭りの方は順調?」

 そう言いつつ俺はぼたもちを1個香緒里ちゃんに薦める。

 2個セットだったのだが2個は俺には多すぎるし。


「ありがとう、頂きます。お祭りの方は順調ですね。今の処事故は無いようですし。テントが3張り壊れてロビーに補修してもらった位です」

「なら許容範囲だな」

 例年はしゃぎ過ぎで物品を壊すのはまあお約束だ。


「このぼたもち、創造製作研究会のですか」

「ああ、今年も味は落ちてないな。器用貧乏な先輩が常駐しているようだし」


 香緒里ちゃんも一時期創造製作研究会にいたので当然玉川先輩を知っている。


「玉川先輩ですか、確か今は修兄と同じ研究室ですよね」

「研究活動そのものの接点は無いけどな。相変わらず幸薄そうだけれど元気だよ」


「元気、って言っていいんですかあの人」

「玉川先輩は顔色青くて疲れ切った状態がデフォルトなの」

 酷い事を言いながらのんびりぼたもちを食べる。


 まあ玉川先輩は実際そういう人だ。

 身長178センチ体重45キロとか血圧上78下43、体温は34度台なので普通の体温計では測定不能。

 既に研究室内では活動屍体リビングデットというあだ名が定着している。


 ところで香緒里ちゃんは何故ここへ来たんだろう。

 最初の台詞から俺を探していたんだろうという事は想像できる。

 でもなかなか本題に入らない。


 だからあえて俺も聞かない。

 実は色々予想はしているし、どうなるかも想定はしているし準備も実はしてある。

 でも俺からは聞かない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る