第12話 便利な愛車の正体は

 お茶をご馳走になってゆっくりしてから、俺達は学校を出た。


 港は学校から約1キロ程度。

 行きはひたすら下りだから楽だ。

 帰りはどうせ車だし。


 島でただ1件のスーパー兼本屋兼ホームセンターの横を通って。

 皆でのんびりと歩いていく。


 南国の日差しは暑いが本土の夏ほど過ごしにくくはない。

 海が近いせいか暑すぎることはなく、真夏でも窓さえ開けていれば案外気持ちよく過ごせたりもする。

 まあ俺はガンガンに冷房をかける派なのだが。


 港に大型船が接岸しているのが見えた。

 週1度やってくる本土や父島との荷物運搬の要だ。

 食料品も嗜好品も2週間遅れの漫画週刊誌も、全部この船でやって来る。

 人の移動は島の反対側にある飛行場から、定員70名余のプロペラ機が1日2便飛んでいるけれど。


 これが台風で2週間位接岸できないと。

 農林水産業に従事する人口が0なこの島はあっさり飢えに苦しむことになる。

 昨年も実はそうだった。

 食堂のメニューが日に日に減っていき最後は天かす丼だけになった。

 今年はそうならないことを祈るのみだ。


「そう言えば、皆さんどんな車か知っているんですか」


 そう聞いた途端、鈴懸台先輩と月見野先輩に緊張が走った気がした。

 由香里姉は見るからに浮かれているけれど。

 あ、知っているなこれは。

 それもあまり良くない反応だ。


「見ればわかるよ」

「同意ですね。百聞は一見にしかずと言いますから」


 二人とも言葉を濁す。

 そして香緒里ちゃんは知らないようだ。


「ふふふ、見て驚かないでね」

 由香里姉だけはとてもご機嫌だ。

 嫌な予感しかしない。


 由香里姐は割と天才肌。

 故に色々価値観やら何やら間違っているところがある。

 昔は憧れの目で見ていたからそれも魅力に見えた。

 でも今思い返すと色々審美眼や趣味やら壊滅的なのがわかる。。


 ひょっとしてトラクターとか軽トラとかかな。

 まあそれはそれで便利ではあるけれど。

 でもそれじゃ5人乗れないか。

 軽トラで荷台に乗れ!だったりして。


 由香里姉は凄く上機嫌で港の事務所に入って行く。


「こんにちは、薊野ですけれど車の荷物、届いていますか」

「ああ、もうすぐ引き渡せる。確認したら書類に印鑑押してここに持ってきて」


 取り敢えず愛車とやらは無事に到着しているようだ。

 俺達は港に出て車が来るのを待つ。

 やがて船の後部デッキが開き、何台か車が自走してきて駐車場に止まった。

 取り敢えずトラクターはない。

 運が悪くても軽トラかな。


 そう俺が思った時、ぱあっと由香里姉の顔に笑顔が広がった。

 お目当ての愛車がきたらしい。


「こっちこっち」

 由香里姉はスキップでも踏みそうな勢いで。

 そして他2名の先輩は何か諦めたようなとぼとぼとした足取りで。

 それぞれ駐車場に向かう。

 そして。


「じゃーん!これが私の愛車ちゃんよ!」

 と由香里姉が止まった前にあったのは。

 誰がどう見てもマイクロバスだった。

 

 え?

 マイクロバスですか。


「これって免許取りたての普通免許で乗って大丈夫でしたっけ」


 確かマイクロバスは中型免許が必要だ。

 しかし由香里姉はすごいドヤ顔をする。


「ふふふふふ、この子はキャンピングカー登録で定員6名、総重量も5トン以下だから普通免許で問題ないわよ※1。どう、便利でしょ」


 発想が斜め上で俺には追いつけない。


 香緒里ちゃんだけが、

「わあ凄い!いいクルマですねこれ」

 と喜んでいた。


 審美眼やら趣味は遺伝しているらしい。

 この似たもの姉妹め。


※1 2017年3月以前は大丈夫でしたが、今は免許制度が変わって普通免許で運転出来る条件が厳しくなりました。

 現在の普通免許で運転可能なのは

   ・車両総重量3500kg未満

   ・最大積載量2000kg未満

   ・乗車定員10人以下

 を満たした車です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る