第5話 二人の過ち

 僕は今、命の危機に迫っている。

 なぜなら目の前に居る幼馴染が包丁を持ってこちらへ向かって来るから、というヤンデレ系ヒロインが登場するベタなラブコメアニメみたいなことはないが、包丁がもしこの場にあるなら今にも刺してきそうなほど圭菜けいなが殺気立ってる。

 これは下手に誤魔化せば本当に身の危機が······。


「ちょっと、幸田さちた先生の頼まれごとをやってて······」

「ふーん」


 どうやら信じていないご様子だ。これは少々厄介なことになりそうな予感が······。

 圭菜にはどうしても、『青春部』や特に奥寺おくでらさんのことを知られては不味いので、誤魔化す方法を唯一自慢出来る頭脳を使って探し出す。


「そ、そう言えば、月曜日のことなんだけどさ」

「月曜······あっ! デートデート! で、どこ行くか決まったの?」


 チョロい、思わず口から本音が溢れそうになったが誘導は成功した。後はここからお断りの言葉を。


「悪いんだけど、別日でいい?」

「デート! デートッ! デッ······はあっ⁉」


 デートがそんなに楽しみだったのか圭菜は喜びから一転、怒りへと感情を瞬時に変えた。

 感情が豊かだよな圭菜って、と思いながら少し情緒不安定気味なところを見ていると、なぜだか面白く感じてしまい笑みが自然と溢れてしまう。

 感情の浮き沈みが激しい圭菜も僕が笑っていることに気付いたのか、落ち着きを取り戻して一緒に笑い始めた。

 今日はいつになく警戒心が緩んでいた。圭菜が側に居るからかも知れないが、それでも警戒を怠らずにいたらギスギスした関係にはならなかった。でも、それは数時間後に反省してから気付いたことだった。


「ふぅ……笑ったって誤魔化せないからね。どう言うこと⁉︎」

「そ、それは……予定が、入って……」

「予定? テルに休日の予定なんかあるんだ」


 完全に僕をバカにした言葉だと思ったが、よくよく考えると反論が出来ないしっかりと的を射っていた正当な言葉でもあった。

 反論して来ないことに珍しいと思ったのか、圭菜は少し声を抑え気味に……。


「図星……?」


 と、軽く首を傾げながら顔を覗き込んできた。別に圭菜は多分悪気がなく確認のために聞いてきただけなのに、その言動に僕は男の意地というものが出てしまい、


「ず、図星なんーー」


 誰にでも簡単に見破れるような見え見えの嘘を付こうとした。が、圭菜の思わぬ行動に僕は驚きで言葉を発することが出来なくなり、次第に……。


「うっ」


 僕はトラウマのフラッシュバックと共に吐き気を催し始めていた。



 これはまだ僕が小学生の頃の話。

 いつから僕の趣味がアニメ関係になったかは分からない。小さい頃からアニメは好きだったし、父も好きだったからそれが影響したのかも知れない。

 アニメを見ることは僕にとって至福の時であったし、父との関わりでは決してなくてはならないものだった。だが、そのせいで僕は僕自身を歪め、両親や圭菜との関係に戻せそうで戻せない中途半端な壁が出来てしまった。

 休日の父との遊びは一緒にアニメの鑑賞か、アニメのグッズを集めるという完全なオタクだった。だから友達と外で遊んだりすることはほとんどなく、学年が上がるにつれ友達はいなくなった。しかし、寂しいとは思わなかった。僕には父が居るし、誰よりも明確な趣味が合ったから……。

 だが、それを良く思わない女子の同級生が次第に現れ始め、最初は物を隠すというイタズラ程度で済んでいたが、次第にそのイタズラはエスカレートしていった。誰かに相談することもなく、僕はただ一人そのイジメを受け続けた。両親に迷惑を掛けなければ、バレなければそれでいい。そう自分に言い聞かせながら小学校を何とか乗り切った。だが、そのイジメは中学校一年の時まで続いた。

 なぜ中学一年までなのか、それは簡単な話。バレたのだ親に。しかも事が全て終わってから……。



 訳が分からず、腕を引かれるがまま走っていた。

 最初に感じたのは久し振りに触れられた、という感覚。その次に来たのは嫌気、拒否反応だった。

 吐き気を催し始めてすぐに、僕の腕を掴んでいる圭菜の手を振り解くため、必死にもがいた。この時、僕は初めて圭菜を拒絶してしまった。

 僕が必死にもがくと、圭菜はやっと自分の過ちに気付いたのか、掴んでいる手を恐る恐る離した。小刻みに震えながら……。


「あの、テル。悪気が、悪気があった訳じゃないの。クラスメイトがーー」


 こんなに怯えている圭菜を見たのは初めてーーいや、二度目だった。

 昔からずっと、誰よりも強い自信を持って僕を引っ張り、女の子なのにどこか男勝りなところがあるけど、やっぱり根は女の子なのが鈴宮すずみや圭菜という幼馴染だった。

 だから僕が例え一人になろうとも、陰ながら支えになってくれた彼女が居たからこそ、僕は今の人生を歩んでいる。実際、そう思っていた。

 でも、それは違ったようだ。彼女もまた、僕の人生を狂わせる一人。側に居て安心したのは電話越し。面と向き合って昔のように接することはもう出来ない。だから僕が取る最善の行動は……。


「ごめん。気分が悪いから先に帰る」

「っ……だったら、送ってーー」

「一人で帰りたいんだ。悪いな……」

「ほーーうん。……気を付けてね」

「ああ、さようなら」


 この場から一刻も早く居なくなること。

 これは僕だけのためではない。

 もうこれ以上彼女にも傷を負って欲しくない、という僕の一方的なワガママだ。

 その日の夜、毎日のように続いていた圭菜からの電話がなかった。なかったことには嬉しかったのだが、面倒くさいと思っていたはずなのに、なくなってしまう、あの声を聞けなくなる、そう考えると僕はあの時選択を誤ったのかもしれない。

 しかし、もう選択を変えることは出来ない。その選択による未来予測は予め出来ていたのだから、後悔したってもう遅いのだ……。

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