第4話 久し振り
もう少し早めに言って欲しかったアドバイスを貰った
男子が女子の下駄箱を確認する絵面はどう見てもおかしいが、人の目がないなら怪しまれることはないだろう。靴の確認だけならね。
理屈はどうあれ身の危険を感じている今、絵面がどうとか気にしている場合ではない。下駄箱を開け靴の有無を確認したところ無であった。つまり、校舎内には既に幼馴染の姿はなく、輝希が恐れているケースの可能性が見え始めてきた。
「正門で待ってるかもな、
そうであるとしたら輝希は逃げることはもう出来ないだろう。
この学校には門が二つあるのだが、現時刻ではもう一つの門は使えない。そのため必然的に輝希は正門を使わなければならない。結果、幼馴染と鉢合わせするという確定事項が起こるのだ。
下駄箱で靴を履き替え外へ。いつもより遅いペースで正門へと向かい、幼馴染の姿を確認するため近くの木に隠れて正門付近を目で確かめる。
「いな……い?」
折り良く人通りが全くなかったことから見間違いをすることなく、しかも恐れていたケースを避けられると確信した。
「はぁぁ、こんなんじゃ身が持たない。でもよかった。
一安心。その言葉が輝希の脳内で埋め尽くされていた。
身を隠していた木から離れ正門を通り帰ろうと歩き始めたその時だった。
「私が居なくて、何がよかったの。テル?」
この時、正門ばかりに執着していた僕を呪いたかった。
声がした方を振り返ると、そこには口角が上がって笑っていると思わせる顔をしている幼馴染が仁王立ちしていた。
「や、やあ圭菜。学校で会うのは、久し振り……」
「うん、学校では久し振りだね。テル」
僕のあだ名を言うと同時に圭菜は靴の踵で地面を蹴り、響きそうな音を鳴らす。
圭菜が仁王立ちしているのは僕が正門を向いた時の後ろ、校舎側に居たのだ。
なぜとは思わなかった。単に圭菜は正門で待って居たのではなく、それまでの道のどこかしらに潜んでたということなのだろうから。
直ぐにでもこの場から走り去りたいが、そうしてしまえば何かしらの秘事を持っていると圭菜に言っているようなもんだ。だからここでの最善の行動は……。
「ぼ、僕に何か用事でも?」
見逃してくれるまで圭菜の相手をすることだ。
「用事はないよ。あったら夜に電話するからね」
「だとしたら、学校内で僕に話しーー」
「誰も居ないからいいでしょ。ダメ? それにストーカーの件もあるし、でも一番の理由は聞き捨てならない言葉をテルが言ってたからね?」
殺すような目を僕に向けてくる圭菜。どうやらご立腹である模様。原因は全て僕であることは間違いではないのだけど……。
言葉に詰まってしまった僕は暑くもないのにも関わらず、圭菜の異様なほどのオーラのせいで汗を静かに流す。
「誰か来たらマズイし、今のうちに学校から出よっか」
圭菜が先導する形でその後をトボトボと一定の距離を保ちながら歩く。
どうしてこんなことをしたのかは私にも分からない。テルの下駄箱を確認し、まだ校舎内に残っていると判明した時点で行動を起こしていた。
いつもならこんな遅くまでテルが残っていることはあり得ない。だけど、よく考えてみたら担任の先生と定期的な
何がそうさせたのか、自分のことなのに私には何一つ不明なまま。簡単に片付けられる言葉があるとしたら『女の勘』としか言いようがない。でも、テルの独り言や私に会ってからの言動から何かを隠しているのは明白であった。
もし、私に会ってからの言動がいつも通りならテルの潔白を証明出来て、周囲の目を気にしてそのまま別々に帰宅していた。が、今回は潔白を証明することが出来なかったから危険を犯してまで一緒に帰宅している。
私も出来るだけテルを疑うことはこれから一生したくはない。だけど、今回のことだけは白黒ハッキリ付けたかった。あの日の誓いを忘れないために……。
「もう少し早く歩いてよね」
「ご、ごめん」
こんなに苛立っているのはかなり久し振り。それにここまで弱気なテルを見るのも……。
早速本題を話そうか迷ったけど、ここは適当な話をしてから気を抜くのを待つことにする。いつものテルみたいな方法で。
「勉強会のことでね、ちょっとお願いがあるの。聞いてくれる?」
「う、ああ、うん」
言葉に詰まった。土日に何かを隠してる?いや、驚いてるだけかも……。
推理という私らしからぬことをしながらテルの内側に秘められた物を探っていく。
「今日の日本史で、分からないところがあったの。教えて?」
「……珍しい。圭菜が自ら勉強をやろうとするなんて」
「わ、私にだってやる時はやるスイッチくらい持ってるの!」
いつも通りの会話になり始めているが、これは良好である。
隙を見せたところで一気に攻め込む!私なりに考えたテルを追い詰める方法。
追い詰められているテルの姿を想像しただけでニヤニヤが止まらない。前を歩いているからバレはしないけど、少しは抑えないと通行人に変な目で見られるのヤダし。
「まぁ、日本史くらい増えても勉強時間が足すだけだから問題ないよ」
「あ……」
そう言われてから気付いた。
もし、テルが潔白と証明されたら何もかも無駄になってしまう……。でも、潔白と証明出来ただけで私には得?いやいやむしろ損!
隙を見せたところで一気に攻め込むと意気込んだが、あまりにも私は意気込み過ぎて自業自得なことをしてしまったらしい。
他人が得意なことを自分が思い通りに使えるとは限らないと今更だけど実感した。
圭菜がどういう風の吹き回しなのかは分からないまま、それでも土日の勉強会がとても楽しいものになる予感は少なからずする。
それはともかく、現状の僕と圭菜の関係性は対等になったということで良いのだろうか……。勉強に関して言えば、僕は強く言える。が、こんな時間になるまで学校に残っていたことを強くは言えない。
曖昧なこの状況下に僕から話を振ることはとても難しい。なので、ここは圭菜から話を振られるまで待つという安全策を取った。が、しばらく経っても全く話し掛けてくる様子はない。
あのおしゃべり大好きな圭菜がここまで静かなのはかなり久し振りだ。学校内では禁じているが、学校外だと会えば必ず別れるまで会話は続く。だが、今日は打って変わっておとなしい。ご立腹だから静かというのは圭菜ではない。何かあれば、思ったことを全て口にしてしまう。それが
後ろを歩いているからもちろん顔は見えない。しかし、だからといって顔を見るために前へ出ることを今の僕には出来ない。
「…………け、……圭菜……」
「……」
おどおどとしたハッキリしない声で、前を歩く幼馴染の名を呼んだが、返事が返って来ない。もう一度、今回はハッキリとした声で名前を読んでみる。すると……
「……テル、やっぱり日本史はまた今度でいい?」
一度立ち止まって、振り向きざまに潤んだ目で見つめられながら頼み込まれた。
「え……か、構わないけど……?」
急に話し始めたかと思えば、重いものでもない至って普通の頼み事だった。
頼み事を輝希が了承をすると、ぱあっと圭菜の表情は明るくなり先ほどよりも幾分か足取りが軽く感じられる。
女子の考えることはよく分からない、と改めて思いながら圭菜の表情を見たらこっちまで足取り軽くなった気がし始めた。錯覚だろうが重い雰囲気から抜け出しただけでも僕にとっては十分なもんだ。
これで何もなく家まで帰れるか、と思ったのも束の間。
「ねぇテル。今日はやけに帰りが遅いんだね」
完全に忘れていた。どうして圭菜と一緒に帰っていたのかということに。
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