第1節 奥寺朱音の裏の顔は想像以上
第1話 互いの距離感
昼休みの衝撃的な一件から早三時間。幸せというのは一瞬で儚い。
今の時間帯は放課後。部活に入っていない者や休みの者(スクールカースト上位人)はどこかへ遊びに行き、部活の者は部活場所へと向かった。
教室内には自主勉強をする二、三人の努力家な人と遊びに誘われることのなかったはぶれ者(孤立者)が帰宅の準備をしたり、はぶれ者同士で慰め合いの愉快なトークをしていた。
僕はといえば、はぶれ者と言ったらはぶれ者だが、最初からスクールカーストの上位グループ達と連むつもりはないし、興味なんか一切ない。このまま独り帰ろうかといつものようにしたいところだが、今日からは少しばかり違う。
部活だ。とは言うものの、現状青春部は正式な部活動には登録されていない。部員二人ではどうにも出来ないようで、最低後二人揃わないと部活とは言えないらしい。でも、部室は存在するという奇妙な話だ。
荷物を持って教室を去り、部活動登録されていないのに存在する部室へと向かう。うちの
「あ、そうだ。部室に行く際に
女子を迎えに行くということなど生まれてこの方、両の手の指で数えられるほどしか行ったことがない。しかも最後に行ったのはもうかれこれ十年も前だ。顔を出すだけで、中に人が居たら直ぐに立ち去ろう。もし居るのが女子だったら今後一切迎えに行くなどという行為は行わないだろう一生な。
一組の教室に差し掛かったので中を軽く覗く。側から見たら不審者に思われても仕方がない覗き方だ。
中を確認すると三組とは違い、一組の教室には誰も居なかった。ホッと息を吐いて一安心する。奥寺さんが居ないということは部室に向かったのだろう。
「まぁ、奥寺さんが居たとしても逃げるだけだけどね……」
とある事情から
でも、昼休みに一応は幸田先生から既に対処済みだとは聞いているが、生徒指導室で見た奥寺さんは遠巻きから見ていた僕にとってかなり衝撃であった。
「学校のアイドルがあんなとは……ね」
奥寺
しかし、昼休みの彼女はとてつもなく冷淡とは言えない。カッコイイと言うより、カワイイ。クールと言うより、ベタベタしている。誰よりも女の子らしく、正しく学校のアイドルと言うような人だった。
冷淡で性別問わずカッコイイと言われる方か、それとも昼休みに見せた正しくアイドルと言う女の子らしい方なのか、彼女の素顔はどちらかのはずなのだろう。が、そうだとしたら猫を被る必要のある理由が不明だ。後者が素顔だとしても今のように誰からも好かれる筈。まぁどちらにせよ、いずれ分かることだろう。
青春部の部室は部室棟の三階。一番奥の部屋が部室、と幸田先生が言っていた。その案内通り三階の一番奥の部屋前まで行くと、『青春部』と貼り紙が扉にあった。
「なんとも、即席感がハンパないな」
普通は部活名が書かれた看板を廊下の壁に取り付けるのだが、扉にテープで紙を貼ったとしても雑に扱われているようで少しばかり不快だ。
今すぐ剥がしたい衝動をグッと抑え、部室の扉を部員ながら礼儀として一応ノックする。中から奥寺さんの返事が返って来たので、自分の名前を告げて扉を開ける。
部室に入るとそこは綺麗な机と椅子がいくつか置いてあるだけで、しかもかなりホコリがあちこちに溜まっている具合から、ここは元倉庫らしいと断定する。
いくつか置いてある机と椅子の一つに奥寺さんは荷物を置き、座っている。
「待ってたよ。部室内がホコリっぽいけど、机と椅子は
どうやら机と椅子が綺麗なのは奥寺さんが掃除してくれたらしい。よく見れば、窓際の方にバケツと濡れ雑巾が置いてある。
ありがとう、と奥寺さんに伝えお言葉に甘える形で近くにあった机に荷物を置き、椅子を持って奥寺さんより少し離れた場所に向き合う形で座る。
僕が椅子に座ると、奥寺さんは不自然に空いた距離を詰めてくる。
奥寺さんが距離を詰めて椅子に座ると、僕は再び不自然に距離を置くようにして椅子に座る。
このようなことが数回、狭い部室内で繰り返された。
輝希が青春部の部室にやって来る前。
一人早めに部室の鍵を持って朱音は部室棟を歩いていた。
既に一度、下見に来ていた朱音は部室が悲惨な状態であることは分かっていた。だから少しでも早めに部室へ行って掃除をしたかった。
そうしないと話もろくに出来ないままで一日目が終わってしまう。そんな無駄なことに輝希との貴重な時間を朱音は潰したくはなかった。だから自分が汚れようとも、輝希との時間のことを考えればそんなのは全く気にならなかった。
部室の前まで来ると即席感たっぷりの『青春部』という貼り紙が、扉に貼ってあったのが目に入った。
「うわ、テキトー。もう少し気を利かせて欲しかったなぁ……」
しかし朱音は不満ではなかった。正式な部活動登録がされていないのに、部室を用意してくれたことが朱音にとってはとても嬉しかったのだ。
それでも貼り紙は流石にないと思ってしまうのは仕方のないことなのだろうか?
ハッと時間がないことを思い出した朱音は貼り紙のことで貴重な時間を無駄に割きたくないので、持っている鍵で部室を開ける。勢い良く扉を開けると中のホコリが外に舞って朱音に襲い掛かってきた。
思わず咳き込み一旦扉を閉める。廊下に荷物を置き、階段側の掃除用具ロッカーからバケツと雑巾を取り出す。並々とバケツに水を入れ部室前まで戻る。
「窓を開けてまずは換気、そしたら軽くでいいから床を拭いて、最後に机と椅子を綺麗にする、と……よし!」
掃除の手順を確認し、制服の上着を脱いで家から持参したマスクを装着する。
雑巾を水で濡らし、掃除の開始合図で部室の扉を開ける。少しでもホコリを舞わないよう静かに扉を開け、急ぎ足で窓際まで行く。
手順その一、換気のために窓を開ける。すると、どよんとしていた部室の空気が外へ逃げて行く。かなり部屋の空気がスッキリとして倉庫感がなくなり、人が出入りしても問題のないような空気となった。
手順その二、濡れらした雑巾でホコリが溜まりに溜まった床を拭いていく。流石に長い間倉庫となっていたせいか、黒く跡が残っている箇所がいくつかあって落ちなかった。が、下見の頃よりは遥かに清潔感のある部室へと変わったのは確かだ。
手順その三、部室内に置いてあるホコリを被った机と椅子を一つずつ丁寧に拭いていく。最初は自分と太刀花くんのだけでいいかと思ってたけど、やり始めたら中途半端な感じに嫌気が出てしまい結果、部室内にあった全ての机と椅子が綺麗になった。
「ふぅー。下見の時よりはかなりにマシになったね。だけどかなり殺風景……後で
このご時世、何をするにしてもお金は掛かってしまう。だからと言って私はケチる気は全くない。学校からの予算で買えないのがあれば、だったら他にツテはいくらでも存在する。私物や幸田先生のマイマネーから足りない物を補えばいい。要は頭の使い方なのだ。
この部室が朱音ーー青春部の色に染まっていく妄想をしながら、朱音は彼が来るのをウズウズしながら待ち望んでいた。
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