プロローグ6
生徒指導室のドアがノックされると外から幸田先生を呼ぶ女子の声がした。幸田先生はチラッと平然としている僕を見ると、外の名を呼ぶ女子に返事をする。
「ああ、居るぞ。入っても大丈夫だ」
「え、ちょっとーー」
誰か分からない女子を生徒指導室に入れることに僕は声を上げて反論しようとしたが、幸田先生は声を発さずに大丈夫と僕に伝えて静止させる。
一応逃げる準備だけは念のためしておき、待ち人であろう女子生徒を幸田先生は招き入れた。
「失礼しまーす。遅れてすみません。ちょっとお昼に確認しておきたいことがあったので……テヘッ」
「はぁ、そういう可愛らしい一面は私ではなく男に魅せろ。遅れたことについては保留にしてやる」
「やったー! やっぱ、幸田先生はやっさしいっ」
驚き過ぎる光景に僕の身体が硬直した。あまりの光景にここから出ようにも身体が硬直して動けない。否、僕自身が奇跡的に彼女を避けようとはしていないのだ。
「大丈夫か、太刀花? 負担を掛けさせて悪いが」
「負担?」
「ーーだ、大丈夫です。一定の距離を保ってくれるのであれば……」
色んな意味での驚きに思考回路がショートしていた。が、幸田先生の声でショートしていた思考回路は修復された。
「幸田先生良い? 彼に話し掛けても?」
幸田先生がこちらを見たので一応大丈夫のサインを頷きで送る。
「問題ない、でもその場でな」
「近付かない約束なのは了承したけど、理由くらい教えてくれても……まぁいいや。えっと、初めましてかな? 君にとっては」
「た、対面では……」
君に、という部分が気にはなったが目の前にいる彼女を見て対面で会っていれば忘れるはずがない。でも、記憶にないということは会ったことはないだろう対面だと。
「そっか……やっぱり覚えてないんだね」
そっか、の後が聞き取れなかった。その時だけなぜ悲しい顔をするのか、僕は興味を初めて女子にそそられた。
悲しい顔はあの瞬間だけで、今は幸田先生と話していた時と同じ明るい顔。
「それじゃあ自己紹介。言わなくても知っているとは思うけど、自慢してるね私。改めて、二年一組の
「に、二年三組の太刀花輝希です」
「よろしくね、太刀花くん! あ、一つ言っておかないと……昨日で辞めたから安心して」
「……え? な、何を?」
「知らなかったよ。太刀花くんがあんなに足が速いなんて。私、かなり足には自信あったんだけどな……」
彼女が告げた何かしらの自白。僕と彼女しか分からないたった一つの接点。
初めてではなかった。僕と彼女が出会っていたのは……一ヶ月前からなのだ。そうあのストーカーが今僕が話相手となっている彼女ーー奥寺朱音なのだと……。
「理由は様々何だけど、私が君に対して行ってきた行為はもちろん犯罪。でも、私はどうしても、どうしても接点を作りたかった。だって……私が素の自分を出せるのは君だけだと思ったから。だから……だから……私とーー部活やりませんか?」
オタクな僕だからだろうか。いや、誰もが思っただろう。この流れは⁉︎とね。でも、現実はそう甘くないのだと突き付けられたよ。お決まりの流れってのはやっぱり二次元だからこそ。夢を見させてくれる二次元だからこそ成立するのだと……。
あまりにも拍子抜けだ。ただ部活を一緒にやろうと誘うだけなのに彼女は必死になって、涙目になりながらも僕に説得?をした。どうしてそこまで必死なのかは僕には分からない。でも、彼女は彼女なりに太刀花輝希という人間を知ろうとしたのだろう。ストーカーという犯罪行為でね。
だけどもしかしたら、僕が避けない理由は彼女の純粋さが理由なのかも知れない。関わりたい。この女の子と関わってみたい。そんな欲が僕を熱くさせる。
「え、えーと……奥寺さん? な、内容にもよるけど部活、やってもいいよ。奥寺さんが居るならなんか楽しそうだし」
僕の答えに幸田先生はものすごく驚いた顔をしていた。しかもどこかしら満足気な達成感がある顔に。奥寺さんは暗かった顔がパアッと明るくなり、これまでに一度も見たことがない眩し過ぎる笑顔に変わった。
「あ、ありがとう! 太刀花く。ううう、く、苦し、いよ……」
近付きそうになった奥寺さんを制服の首元を掴んで簡単に抑える幸田先生。
「近付き禁止。そう言ったよな?」
「はぁ、はぁ、……言ってたね」
「それと、犯罪って何を輝希にしたの?」
あ、幸田先生がモードに入っちゃった。僕のこともプライベートの呼び方で呼んでるし。今なら逃げれるかな……。
「輝希!」
「は、はい! な、何でしょうか?」
「犯罪って何のこと……? 軽々しくこのアホが口にしてるけど、まさかだけど共犯者じゃないよね輝希が」
アホって、奥寺さんのこと軽々しくアホって呼んでますよこの教師。さっきも教師らしからぬ発言をしてる幸田先生だけど。
「ぼ、僕は……被害者かな?」
「なるほどね。概ね予想が付いた。このアホがストーカーでもしてたんでしょ。一ヶ月くらい前から異様に輝希ことを聞いてきたからおかしいとは思ってたけど……」
この人本当に教師?探偵が向いているんじゃ……。
「お、教えたの?」
「教えるわけがないでしょ。私は教師。例え、生徒から別生徒の個人情報を聞かれても答えない。教えてもクラスくらい」
何を聞こうとしていたのかが気になったがストーカー行為をした人だ。流石に気が引ける。
結局、奥寺さんのストーカーの行為は幸田先生の寛大さにお咎めなしとなった。僕もその方が心が痛まないし。
ストーカーの一件で忘れていたが幸田先生に呼ばれたのは奥寺さんが誘って来た部活動のため。昼休みも残り少ないので重要な情報だけ質問する。
「で、部活って何部のこと? 奥寺さんって何も入っていなかったような……」
「新設する部なの。私が一応部長で、幸田先生が顧問。それで、太刀花くんが二人目の部員」
確認のため幸田先生を見ると頷いていた。新設する部なのは本当らしい。こんな時期に?と少しばかり気になってしまうが、先ほどの二人の話からかなり前に部の設立は決まっていたらしい。
「なるほど、それで部活名は? 部の設立なら名前が必要なはずだよね?」
僕の質問に答えたのは幸田先生だった。入部届の手渡しという。
入部届を受け取り部活名の記入欄を見ると、既に記入されていた。
『青春部』
部活内容が全く見えて来ないし、今までに聞いたことも見たこともない。だけど、どこか僕にとっては響きの良い真新しい名前だった。
ペンを受け取り記入が必要な欄に書いていく。全て書き終え、幸田先生に渡すと、
「確かに受け取った」
満足気な表情でいつも通りの男っぽい口調を聞き取る。
その隣に居る奥寺さんも煌びやかな表情でニコニコと笑っている。
「ようこそ太刀花輝希くん! 青春部へ!」
今日が僕にとって永遠に忘れない日となったのはまだまだ先のこと……。
それでも僕は今、最高に幸せだと心から実感しています。
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