プロローグ4

 *



 かくかくしかじかと圭菜けいなにストーカーのことを事細かく説明し、月曜日に決行する作戦デートもついでに説明した。意外だったのはストーカーの話を聞いて僕のことをわざわざ心配してくれたことだ。いつもは嘘だ、などとバカにすれば日常ではとても甘えてくる癖に、こういう時に限って少し頼もしく思えてしまうのは幼い頃に僕が甘えていたせいなのかも知れない。

 僕が説明している間に向こうは風呂から出て、自分の部屋で寝巻きに着替えていたのは音が聞こえていたから分かったものの、流石に無防備過ぎるのは良くない。以前にも似たようなことがあったから助言したが、


「テルだからいいの。何だったらビデオ通話でも私は構わないよ?」


 などと幼馴染だからといっても今はお互いに高校生だ。もう少し圭菜には恥じらいというものを覚えて貰いたい。

 そんな願いがいつか叶うことを祈り、わざわざ圭菜が珍しく真剣に心配してくれているので聞く姿勢を改める。


「本当に風二かざにの生徒なの?」


 風二、というのは僕たちが通う風見ヶ丘第二高校かざみがおかだいにこうこうの略称。他にも第一や第三などの高校があるのだが、その場合だと風一かざいち風三かざさんのように略される。


「間違いないね。あれは完全にうちの制服だよ」

「そうなんだ。……大丈夫なの?」

「ああ、今は後を付けられてるだけだしね」

「そうじゃなくて、ストーカーって女なんでしょ? それは平気なの?」

「あ、そう言えばそうだった」

「はぁ……心配して損した気分」


 そう言われても言い返すことが出来ない。なにせ説明でストーカーが女性だと言ったその時から、圭菜はスマホ越しでも分かるくらいにソワソワしていた。余計な心配を掛けてしまったのは悪いと思っているのだが、僕にもその理由が分からないからどうしようもない。

 そんな中、やっぱり聞かれたのは何かしらストーカーに関する手掛かりがないのかという問い。これにないと答えれば圭菜はまた重たいため息を一つ。いつの間にか立場が逆転している気もする。


「本当に大丈夫なの……?」

「大丈夫大丈夫。後を付けられてるだけで何も被害はないから」

「本当に? だったらいつもは近状なんか話さない癖に今回は私に報告するの?」


 核心を突かれるような圭菜の言葉。被害はないっていうのは嘘、帰ってきた時に家のポストに入っていたあの手紙こそストーカーからの被害だ。つまり、家の場所ーー部屋番号までがバレたということはいつでも乗り込まれる可能性は大いにある。


「それは……あれだな。もしもの保険だよ。僕に何かあった時の」

「保険ねぇ。まぁいいや、ならせめてストーカーの正体が分かるまで下校時くらい一緒にーー」

「それだけはダメだ。僕たちは学校外ならこうやって話してもいいけど、学校内だとな。それに被害はまだないから大丈夫だ。心配してくれて嬉しいよ」


 一方的に突き離す形の言葉になってしまったが、これが今の僕に出来る圭菜に対する優しさだ。


「そっか、学校内だと私たちは他人だもんね……」


 どこか圭菜の悲しさが混じった言葉に僕は何も答えることは出来ない。出来ることはただ、学校内でもいつかこんな風に接することが出来るよう祈るだけだ。

 暗い雰囲気になってしまい、少しでも明るくなるようどんなことでもいいから言葉を掛ける。


「土日の勉強会は忘れるなよ?」

「わ、忘れないよ。テルは勉強のことになれば、スパルタ暴力男になるし」

「スパルタだったとしても暴力は振るったことは一度もないぞ」

「はいはい分かりました。……じゃあ、気を付けてね」

「あ、ああ。気を付けるよ。心配してくれてありがとな」

「へへ。だって、幼馴染だもんね!」


 空元気な言葉を圭菜が告げると、通話は切れてしまった。

 圭菜が告げたその言葉は輝希てるきに虚しさだけを残す。傷付けたと思っていたら、本当に傷付いていたのは輝希自身だと気付くのはもう少し先のこと……。



 圭菜との通話が終わると、突如として体に脱力感が襲い掛かる。まだやることはたくさん残っているのだが、今は何もしたくない気分。重たい体を預けるようベッドに横たわる。

 このまま寝てしまいそうなので、明日はいつもより早く起きるためにスマホの目覚ましアプリを起動させる。時間を設定し、これで寝る準備万全。

 よし寝よう、とスマホをスリープモードに移行させようとしたその時、僕のスマホには珍しいメールが届いた。

 今の時代。メールはあまり学生には使われていない。基本的に使われているのはコミュニケーションアプリだ。メールが使われるとしたらバイトの連絡くらいだが、僕はバイトをしていない。加えてメールアドレスを交換したり、教えたことはこれまでほとんどない。だから僕のメールアドレスを知っているのは片手で数えるほど……。


「たいした用事じゃないだろう」


 別に今すぐ見ろって訳ではないはず、だから明日起きてからでも問題ない。急な用事なら電話が掛かってくる。つまり、眠いし面倒なので後回しということだ。

 部屋の電気を消し、いつもより早く眠りに入る。目を閉じて数分後、余程の疲れが溜まっていたのか輝希は静かな寝息を立て始める。いつもと違って輝希の顔は笑っておらず、まるで悪夢にうなされているような顔だった。

 翌朝。輝希は昨晩のメールを後回ししたことに後悔した。


「はぁ……」


 昨日と同じ朝食なのに今日は全くと言って味が分からなかった。それもこれも全部メールのーーいや、メールを無視した自分が悪いのだ。

 メールの送り主は輝希の担任。しかも寝ている間にも返信しなかったために何通も何通も受信されていた。内容も一通り目を通したが、一通目以外は全部嫌がらせのような文面。一通目もはっきり言ってメールで連絡するほどでもない内容。



『輝希へ

 明日の昼休み、職員室へ来い。以上、幸田さちたより』



 いつも通りの命令口調な文面なのだが、いつもと違うところが一つだけあるのだ。時間と場所だけを記していて、本題である要件を一切記していない。


「昼休みに職員室って……何か悪いことしたかな僕?」


 思い当たる節などない。それとも他の用事……と考えたが、職員室に呼べれているのだから何かをしたのだろう。それが良いことならいいのだが……。

 腑に落ちないまま輝希は学校へ行く支度を済ませ、悶々とした感情を抱きながら朝の眩しい日差しを浴びながらいつも通りの登校ルートを通って学校へと向かう。

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