プロローグ3
風呂上がりに飲む物といったら至ってシンプルで無難な牛乳が一番だと僕は思う。
透明なグラスに並々注いだ牛乳を一気に喉へと流し込む。
「ぷハァ……」
火照っている体には冷たい牛乳は一番最適だ。まぁ、冷たい飲み物なら牛乳じゃなくても最適だけどね……。
ダイニングテーブルの上に置きっ放しであるスマホを起動させて、メッセージアプリを開く。
相手をしているのは暇だからという理由もあるが、一番は相手をしないとなぜか電話しながら家まで押し掛けてくるという、訳の分からない面倒な行動をしてくるからだ。
しかも押し掛けてくると中々帰ってくれない。場合によっては泊まりまですることもある。それが嫌で僕は貴重でもない時間を割いてまで圭菜の相手をしているのだ。
気が乗らないまま、僕は仕方なく圭菜に電話を掛ける。電話を掛けてから後悔したことがある。何も話題を決めていないことに……。
ワンコールが切れる前に電話は繋がった。いつもながら圭菜は恐ろしく早い。
「ーーあ、もしもし? こんな時間にどうしたの、テル?」
テル、というのは圭菜からの呼び名だ。昔は「てるきくん」みたいに可愛らしく呼ばれていたが、今はかなり略されてこうなっている。一つ前なんかはテルテルだ。女子にとっては可愛げがあるだろうけど、男子である僕にとっては地獄でしかない。
声を聞くだけで家まで押し掛けてきた時の光景がフラッシュバックする。これは本当にもうトラウマもんだ。
「いや、授業内容は理解出来てるかなぁって……」
適当に出てきた単語を無理矢理くっ付けたら、意外にも通じる良さげな文章が完成してた。
「テルったらー、分かってるじゃん!」
あれ? 適当に言ったはずのになぜか食い付いてくる……。
「今日の数学、全く分かんない。複素数だっけ? 数字やら文字がたくさん出てきて眠気が……」
「数字や文字が出てくるのは当たり前だろう!」
「別にそんなの習ったって、死にはしないでしょ?」
圭菜の発言は確かに一理あるかも知れない。だが、僕たちはあくまで学生。本分は勉強であって遊びではないからな……。
そう正論で申したい気持ちはあるものの相手が圭菜である以上、何を言っても無駄なのは分かりきったこと。などと自分自身に説得していたが、今更になって圭菜の声に異変を感じた。篭るような若干響いた感じの……。
「ーーおい」
「どしたの?(響いてる)」
「また風呂場だろ」
「……な、何が⁉︎(響いてる)」
「この借金まみれの水没魔」
「あ、あははははー……バレちゃった?(響いてる)」
こいつ
水没魔というのはそのままの通り落とすのだ、スマホを浴槽の中に。しかも圭菜のスマホの機種には防水機能が付いていない。後はご想像にお任せします。次のモデルには防水機能がやっと付くらしいからもう安心。
だが、安心するのは圭菜のスマホであって僕のお財布事情ではない。これまで圭菜は五回もスマホを水没させ、五回も買い換えている。しかもその内の四回は僕に借金しながら支払っている。
「バレちゃった? じゃねーよ。今、いくら借金してんのか分かってんのか?」
「え、えーと……二、三十万くらい?」
「その倍は超えるよ。どうやって返すの?」
「うわ、そのセリフ借金取りのヤクザっぽい!」
「真面目な話だぞ」
「す、すみません。返す方法は……体で?」
「ぶっ飛ばされたいのか? 本当に」
自分がどの立場なのかを理解していないバカな水没魔。こんなのが幼馴染だと流石に関係を深く保ちたくはない。それでもこんな風に連絡し合う仲ということは……。
余計なことを考えるのはやめよう。今はこの水没魔をどうやって厚生するかを考えなければ、この先いつまでも僕は振り回されることになるのだろう。
借金のことを一旦保留にし、先ほど適当に作った言葉から圭菜が食い付いて広がった勉強の話に……。
「で、話を変えるけど、どこだって?」
「何のこと?」
「授業の話だ。分からないって言っただろ」
「そうだったね。複素数だよ、文字や数字やらがたくさん出てくる」
まだ言ってやがる。数学ーーいや、勉強は文字や数字が出てきて当たり前だ。高校生になってもそんなことを言ってたら社会はもっと厳しいはずだ。
どうして親みたいに心配しなくてはならないのか、と自分自身にツッコミとある提案を圭菜に持ち掛ける。
「それじゃあさーー」
「やだ」
「何も言ってなーー」
「どうせ、勉強会でも強制的に開くつもりでしょ?」
流石は幼馴染。バカでも察しは一流だ。でも、
「やだを撤回しないって言うなら
「幼馴染に対しての脅し⁉︎ ……通話だけの関係でもいいので切らないで下さい」
「よし、決まりだな」
圭菜お望みの強制お勉強会の開催が決定し、僕は一秒も掛からずに予定を確認するため立ち上がった。
勉強嫌いな圭菜に無理矢理お勉強をさせることに、微塵も罪悪感はない。どちらかと言うと、音をあげる圭菜の姿を想像しただけでワクワク感が収まりきれない。ワクワク感を抑制しないと「ウヘヘヘ……」などと気持ち悪い言葉が今にも溢れそうだ。
卓上のカレンダーで予定が空いている日を見つける。運良く今週の土日が両方とも空いていたから少しばかり強引に……。
「今週の土曜日に理系の勉強会な」
「うー……。どうしてもやるの、勉強会? あまり乗り気じゃないんだけど……」
「乗り気の問題ではない。やる気の問題だ」
「私、そのやる気自体かけらもないけど……うー」
今更唸ったってもう遅い。
「それと日曜日も空いてたから仕方なく、優しい優しい頭の良い輝希様が、おバカで頭の悪い圭菜さんに、文系の特別授業を行ってあげますよ」
「あ、頭に……。に、日曜日は予定があるから、その日だけはちょっと、ね?」
「それは仕方ない。じゃあその次の月曜日が休みだからその日にーー」
「殺す気か⁉︎ 大嫌いな勉強を私にさせて!」
そう反論するが輝希は一言も発さない。しばらく無言の間が続き、それに耐えれなくなった圭菜が降参の言葉を述べる。
「ーー分かりました。次の土日に勉強会を私のために開いて下さい」
「言ったな。自分の口で言ったよな?」
「うん、言いました。あ、でもーー」
「でも何? 『分かりました。次の土日に勉強会を私のために開いて下さい』って言ってるけど?」
予定を確認するついでに、引き出しの中にあった録音機を出しておいて助かった。これは完全に脅しだが勉強会を開催させるためにはもう手段は問わない。意地でも開いてやる。
「録音とか卑怯でしょ⁉︎ こんな低姿勢で言うのは何だか嫌なんだけど、テルにお願いが……」
こんな立場にも関わらずお願いとは良い度胸だ。まぁ、無視するまで僕も意地悪ではないから聞く姿勢だけは善人振る。
「それでお願いって……?」
「ご、ご褒美として、月曜日にデートを……ダメ?」
「ダメ。そんなお願い僕が得しない。本音を言ってしまえば、罰ゲームだよ」
「テル……それ本気なの?」
ああ、面倒になってきた。どうしようか、このまま通話切っちゃおうかな……。でも、そうなると絶対家まで押し掛けてくるな。なら、
「じゃあ、僕がコースを考えて僕のためにデートするなら別の日に圭菜が望むデートをするけど……?」
「私の質問無視したよね⁉︎ ーーでも、デートしてくれるならどこでもいいよ!」
「言ったな。じゃあ、次の月曜日までにストーカーをあぶり出せなかったら、ストーカーをあぶり出すためのデートな」
「ス、ストーカー⁉︎」
このデートの約束があんな悲劇になるとは、この時の僕はまだ何も知らなかった。
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