プロローグ2

 背後のストーカーに気付いたのは一ヶ月前。

 そして、ストーカーが同じ学校の女子だと気付いたのは二週間前。

 それまで後を付けられてた時は全身黒のいかにもストーカーらしい服装だったから、性別など特定出来る特徴なんて何もなかった。だから通報しようにも警察に相手をされないんじゃないかと思って何もしてなかったんだけど……。

 今となっては通報しようにも特定出来る特徴があり過ぎで、向こうが逆に誘っているんじゃなかって気がして、通報出来ていない情けない自分がまさに今ここにいる。

 週に四回もスーパーに行く内の一回である今日、晩御飯の献立を考えながらいつもとは違うスーパーに寄るための帰路を歩いていた。

 時間帯は夕方。どちらか言えば春よりの今はこの時間帯になると、やや風が冷たく感じる。気を抜けば、寒さに負けくしゃみをする人も居たりする。


「クシュン!」


 可愛らしいくしゃみが背後から聞こえてきた。

 通行人だろうと振り返ることはないが、また同じ可愛らしいくしゃみが聞こえる。

 これも同じ人だけど、次の信号で別方面に行くだろうから一応振り返ることだけはしないでおこう。プライバシー的なことも考えてね、紳士で優しいな僕は。

 信号をそのまま真っ直ぐ進み、スーパーの看板が徐々に見えてくる。さて、晩御飯は何にしようか、と改めて献立を考え始めた時、


「クシュン!」


 またしても同じ可愛らしいくしゃみが聞こえてくる。流石におかしいと思い始めるものの、目の前にあるスーパーには寄らないと踏んで少し急ぎ足になって、逃げ込むように入店する。

 買い物カゴを持ちまだ決めていない献立を決めるため、メイン料理となる肉売り場へと向かう。移動中にも献立を考えていたが、やっぱり背後の視線が気になってしまい、結局肉売り場に着いても晩御飯は何一つ決まらなかった。

 基本的には自分が食べたい物を中心に献立を決めるが、やはりどうしても特売などのセールがやっていると、そっちに目が眩んで予定していたものとは違う食材を買ってしまった、というケースは少なからずある。

 今日は何も決まっていないから特売品を中心に献立を決めることにする。

 パッケージにシールが貼ってある肉を見ていくと、


「鶏肉安! 唐揚げだな」


 安い安いと次々に特売の鶏肉をカゴに入れ、唐揚げに必要な物もカゴに入れる。


「一昨日、圭菜けいな来たからジュースがないっけ……」


 他にも買っておきたい物をカゴに入れていき、最終確認として軽く店内を一周してからレジへと向かう。

 会計を済ませてレジ袋に買った物を詰め込むといつもなら一袋なのに、今日は二袋もあった。何を買い過ぎたのかは明白、鶏肉だ。安いからといって四人前も買う必要はなかった。


「ああ、重……」


 スーパーから出て先ほどと同じ視線を感じるだけでもストレスが溜まるのに、自らの失態で更にストレスを倍増させては自業自得としか言えない。

 溜め息しか出ないまま帰路を歩く。そろそろ我慢の限界が近くなってきた僕は一度その場に立ち止まる。左手に荷物を全て持たせて、右手でスマホを持つ。


「ふぅ……はぁ……けいーー」

「……⁉︎」


 何を思ったのか、背後に居たストーカーは近くにあった自販機の陰に隠れようとして、自分の足につまづいて転んでいた。


「イッ……ター」


 痛みを我慢しているようだったが、あまりの痛さにストーカーは静かに帰って行った。

 拍子抜けなストーカーだったことに少しばかり驚いてしまう。が、それでもついつい解放されたことに安堵の表情を浮かべて呟く。


「やっと解放された……けい、ってのは警察じゃなくて、友人の圭菜けいなだけどな」


 念のため後ろに振り向いて、ストーカーがいないことを確認する。

 これで気軽に帰れる、と思っている僕は五分後、後悔することになるとは思いもしなかった。

 ストーカーを簡単に追い払ったと思い込んでいる僕は、家が残り数百メートルのところまで歩いてきた。これで重い荷物からも解放されるなどと浮かれていると、ここ最近感じる(さっきも感じていた)視線がまた感じ始めた。

 あまりにもしつこくて思わず、無意識に立ち止まってしまう。真っ直ぐ家の方を眺めれば、もう見えている。だが今の僕にはそれがとても遠く感じてしまう。

 流石に我慢も出来るはずがなく、僕は一か八かの勝負でストーカーとの一騎打ち鬼ごっこを始めた。

 脚力には自信がある僕は家とは遠ざかる道を選んで住宅街を走り回る。

 足音は二つ聞こえてくる。向こうも意外としぶとく全速力で走っていたが、五分も経てば足音は僕だけとなり、今度は確実にストーカーを追い払い家に帰宅した。

 乱れた呼吸を整え、ポストの中身を確認する。いつも通りのチラシだけかと思っていたら、空色の封筒が入っていた。どう見ても郵便物ではないその謎な封筒が気になるものの、今はとにかく重たい荷物を片付けたいがために七階にある部屋へとエレベーターで向かう。

 家に到着したら真っ先に行うことは着替えだ。ダイニングテーブルにスーパーの袋や郵便物を置いて自分の部屋に行き、手早く着替えを済ませる。

 その次に買ってきた物を冷蔵庫へと適当に入れ、今晩の夕食である唐揚げの材料をキッチンに置いて料理を始めようとした時、ベランダに洗濯物を干しっ放しであることを思い出した。


「洗濯物、洗濯物、っと」


 畳むのは後にして干しっ放しにしていた洗濯物をソファにぶん投げて入れ込む。


「これで……風呂洗ってねえ! 今日はシャワーだけでいいや」


 かなり経つが一人暮らしってのは大変だ。

 料理やら掃除やら洗濯などと、中学生の頃憧れていた一人暮らしはかなり地獄だ。あの頃の自分に会えるなら一発殴って目を覚ましてやりたい。

 夕飯時の時刻になってから夕飯を作り始める。

 この家には中学まで両親と一緒に住んでいた。しかし、父の仕事の関係上海外へと行かなくてはならなくなったため、当初は一緒に海外へと行く予定だったが、母の提案で住みやすい今の家を手離す訳にもいかなく、僕が一人暮らしすることとなった。今となってはあの時、断っておけばよかったと後悔している。

 たった一人の友人である圭菜に黙って、海外へ行く日に報告するというサプライズを用意しようともしていたのになぁ……。残念だ。

 夕飯を作り始めて三十分。腹も鳴ってきた頃合いに夕飯が出来上がった。が、作り終わってから気付いた。鶏肉四人前を全部使っていたことに……。

 唐揚げ四人前は流石に一人では食べ切れず、明日の朝と昼のおかずとなった。



 *



 食器を片付け、僕は独りソファに座り夕食後の軽いティータイムを味わっていた。

 テレビを観るわけでもなく、ただソファに座って紅茶を時々口にしながら寛ぐ。それがとても幸せな時間になるのだ。高校生の過ごし方とは思えないが……。

 そして僕は紅茶と一緒に持ってきた郵便物の中に埋まっていた、空色の封筒を開けていた。中を見れば手紙らしきものが一枚と写真が入っていた。

 まずは手紙より先に写真を取り出し、写っている者を確認する。


「……は?」


 写っている人物を見た瞬間、僕は疑問を抱きながら思考が確実に止まった。

 しばらくの間、放心状態になっていたがダイニングテーブルの上に置いてあった、スマホに入っているメッセージアプリの通知音で意識が放心状態から覚醒する。

 問題である写真を一旦封筒の中へ戻し、次に手紙らしきものを取り出す。今度は放心状態にならないよう一度、念のために深呼吸をする。


「……よしっ」


 覚悟を決めて二つに折られていた手紙を開く。



 拝啓、太刀花たちばな輝希てるき様。

 この度は今、お手に持っているこの手紙をお読み頂きありがとうございます。



 丁寧な方だと読み始めは感じたが次の一行を読み始めた途端、僕は手紙と写真が入った封筒をクシャクシャにしてゴミ箱へと投げ入れた。


「差出人は……あのストーカーだな」


 手紙の三行目の最初に書いてあったのは「盗撮」という言葉。そして放心状態という問題を起こした写真に写っていたのは僕。これだけで送り主が誰かなど簡単に特定可能だ。しかしながら疑問なのはどうやって部屋番号を特定出来たのかだが……。


「隙が空きすぎてんだなぁ僕も。風呂入ろ、そう言えば誰からなんだ? メッセージは」


 僕はこの時、思いもしなかった。あの手紙を捨てただけであんなことが起こるとは本当に思いもしなかった……。


「うわ、圭菜けいなからだ。メッセージ……」


 面倒な人は短にも居るものだ。

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