骨と幻

 ウリックは、怪我の痛みのためか、あまり驚いた表情はしなかった。

「ウァンダリアのどこの家におられるのか、知りませんが、お助けするのは無理ですね」

 ルムネアの表情が露骨に固くなった。

家来けらいからのそういった、答えは期待していませんでした」

「まだ少女のマイ・レディと、武芸の嗜みなどなにもない、死体や負傷者から武具を盗む泥棒とでは、このウァンダリアで何をなそうとしても無理です」

「弟は、まだ、10歳です」

弟君おとうとぎみの歳は、訊いていません。マイ・レディ、月下人は、誰かのために戦をしたりとか、いかなる名誉、忠義、義理も重んじません。彼らはこの林、<巨人のねぐらジャイアント・ネスト>、この森がすべてなのです」

 ルムネアに言葉がなくなった。悪い癖が出てきた、調子が悪くなると、うつむき、舌唇がにゅーっとデてしまう。

「ちなみに、どこの家に人質として取られているのか、訊いても、、」

「人質ではありません。被後見人です」

「しかし、身代金を払う、宛や見込みが無いから、人質というより、被後見人になっているのでしょう」

 これには、ルムネアも言葉がない。

「最初から、おかしいと思ってたよ、」

 と、ウリック。急に言葉遣いがぞんざいになった。

「ルムネア、オブ?」

 ウリックが尋ねてみた。

 言葉の代わりに、<狼の遠吠え>城のときのように、平手が飛んできた。

 ウリックは、それを左手で受けようとしたが、肩口の傷が傷んでできなかった。モロにまた、平手を頬に喰らった。

「ルムネアという名も、偽名だろ」

 そう言うと、二発目の平手が逆から飛んできたが、今度は、綺麗にウリックがその手を受けた。

 このウァンダリアでは、家が滅ぶことなど、そんなに珍しいことではない。どこかの家臣や重臣でも、ちょっとした讒言ざんげんで禄を失うことなど、簡単にあるし、小さな小競り合いの戦は日常茶飯事だ。

 それに、希望を持たせるためか、低い身分の貴族でも、乳母や周囲の侍女が貴方様あなたさまは、さる高貴な家の御落胤ごらくいんなのです、と、言って育てることも珍しくない。

 とにかく、ウァンダリアでは、よくある話なのである。

「痴話喧嘩か」

 鞘にはいったままの大刀を杖代わりにして、盲目の月下人ムーン・メン<フォー・アイズ>がやってきた。

 ルムネアは、少し涙を流していたが、自分が主君だと、いう挟持だけでギリギリ涙を流さずにこらえていた。

 <フォー・アイズ>見えないはずなのに、ぐいっと、汚い手を伸ばすと、ルムネアの涙を拭いた。

 ルムネアの目の下がずず黒く汚れて、余計に目の下にクマ出来たようになり、さらに哀れなさまになった。

 <フォー・アイズ>は一歩踏み出し、言った。

「いいものを見せてやろう、いてこい、フリー・ガイ、お前は寝てろ、女を泣かした罰だ」

 ウリックは、躰を起こしかけてやめた。

 ルムネアは、<フォー・アイズ>についていった。

 涙で、はっきり見えない中、どんどん、またもや、暗い月夜の夜道の中、二人は林を進んだ。

「こっちだ、女」

 <フォーアイズ>の歩みは早い、まるで、見えているようだ。

 そうとう、入り組んだ、藪の中を二人は、抜けた。

 そして、かろうじて、月明かりが入る中、大きく森がひらけた場所に出た。

「ここは、、」

 ルムネアが言った。

 とにかく、白い太い棒がたくさん、無造作に横たわっていた。湾曲している白い棒もある。一本が、人の背丈や、それ以上もある。なかには、10メルドほどの長さの白い棒もある。

 骨だ。骨であることは、ルムネアにもわかった。

 それも、恐ろしい大きさの骨だ。

「このお陰で、この森は、<巨人のねぐら《ジャイアント・ネスト》>と呼ばれている」

「巨人の骨」

「ああ」

 <フォー・アイズ>が頷いた。

「巨人は、確かにいた。わかっただろう」

 <フォー・アイズ>は、立ち止まっていたが、ルムネアは、どんどん開けた場所にはいっていった。足元には、無数の"普通"の人間の骨も落ちている。

「巨人は、誇りある部族だった、しかし、最初の人々と海を越えてやってきた狡猾なウァンダル人と、鉄の鳥に乗った、空から来た、小人たちが、結託し、骨より硬いウリリア鋼の刀で巨人を切り刻み、ログロアの山で取れると言われていた不消水で巨人を焼き殺した、その子孫が、お前たち、クロージャーだ、女よ」

「私達の、巨人の伝説は、ちょっと違うわ、巨人は、もともとこのウァンダリアにはいなかった、ウァンダル人が巨人を連れて、ウァンダリアに上陸し、もともと住んでいた、最初の人々とこの大陸とこの山と森を交換した、それ以来、巨人は、この届月山ルナ・マウンテン巨人のねぐらジャイアントネストの森に住み着いた」とルムネアが言った。

「随分、勝手な伝説だな」

「そうでもないわ。辻褄はあってるわ」

月下人ムーン・メンが、亡くなっても火葬して、ここに祀られる、我々 月下人ムーン・メン、巨人の子孫」

 ルムネアは、とても大きな髑髏の手前で立ち止まった。大きさは、高さ、幅、人五人分ほどある。

「巨人が伝説でないことが、わかっただろう」

 <フォー・アイズ>が言った。巨人の髑髏の巨大な眼孔がルムネアを見つめ返していた。

 巨人の骨には、何体ぶんもあり、まだ、新しい人の形を残したままの骨格や乾燥した皮膚や布が、張り付いている骨もあった。

「これが、暴れたら、世界が変わりますね」

 とルムネア。

「よく見ろ、クロージャーの女、巨人だけではないぞ」

 ルムネアが、俯瞰して見るため、大分、下がり元も場所まで、戻ると、この墓所の端、または、よく骨を見ると、巨大な、爬虫類の頭部の骨格や、見たことないほど大きな動物の骨が、散乱していた。

 どんな肉や、皮膚がついていたか、想像するしかないが、ルムネアが聞いたり、読んだ伝説上の生き物たちに違いなかった。

 ルムネアと<フォーアイズ>が通ってきた、暗がりから、声が聞こえた。

「だから、言ったんだ、あれは、見間違いじゃないって」

 現れたのは、<スパム・タング>だった。

 <フォーアイズ>は、おし黙っていた。

「<フォーアイズ>あんたは、人が見えないものを見てる、おれが、嘘を言っていないこと知っているだろう」

「わからない」

 <フォーアイズ>は、盲目の白く濁った目玉で、<スパム・タング>を見据えた。

 誰も、抗えない、心眼だった、いや、神眼だとルムネアは、思った。

「<スパム・タング>よ、この俺も、幼いころは、お前と同じに世界が見えていた。どんどん見えなくなる、恐怖はそれは恐ろしいものだった。絶望だった。恐怖も、興奮も、絶望も、希望も人に幻を見させる、そして、人は、見たいものだけ見る」

 <フォー・アイズ>には、今、本当に4つの目があるようだった。

「それしか、見えない、おれには、言えない。俺達より、このクロージャーのこの女の問題だ」

 <スパムタング>が、小さくだが、頷き、ルムネアのほうを見た。

 しかし、そこには、もう既に、ルムネアはいなかった。

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