脱出

 ルムネアは、怒りのまなこでウリックを見た。

「とりあえず、そのドレスは着替えたほうがいいんじゃないのかな」

 ウリックは言った。

 ウリックが自分の容姿に着目していることに気づくと、ルムネアは急にカチンと来て、ウリックの頬をぶっ飛ばした。

「痛て、なんだよ」

「貴公の先程の発言に性的な意味が含まれていますか?」

「含まれていません」

「よろしい」

 すると、ルムネアは、薄青色のドレスのスカートを膝辺りで、ビリビリ、食器のナイフで 切り裂くと、前後の両端を股の下で結んだ。ブルマみたいになった。

「これで、いいでしょう」

「もう、レディ、じゃないね」

 ルムネアは、また、ウリックの頬をぶった。

「痛て」

「どうやら、サー・ウリックあなたは、献策には向いていない様なので、此度だけ、この私自身が策を献じます。目の前で倒れている、あのバルドラ家のバナーマンの騎士のサーコートを着用しその胸当てにつけなさい。そして、ヘルムを目深にかぶるように、それから、お前は礼儀をわきまえておらぬようなので、私に答えるときは、アイとか、下品で簡単な答えでなく、イエス・マイ・レディと答えるように、このウァンダリアでは、身分の上位のものに対する、非礼も死罪ならびに、舌の切断に値します。理解しましたか、サー・ウリック?」

 ウリックが小さい声で、答えた。

「イエス・マイ・レディ」

「よろしい、それより、あなたは馬に乗れますか?サー・ウリック」

「乗れるわけないじゃないか」

「残念この上ありませんが、あなたは、馬と同じ速度で走ることになります」

「出来ません」

「やります、と言いなさい、サー・ウリック、これは命令です、命に背くことは宣誓した誓約により、騎士として許されていません、反逆謀反とみなされ、これも、死罪です」

「だから、騎士とか、嫌なんだよ。それに、誰が首を刎ねるのですか?レディの配下の首切り役人がいませんが、」

「あなたは質問する立場にありません」

 ルムネアはピシャッと言った。

「誰かに誰何すいかされたら、それを合図に馬小屋まで走ります、いいですか」

「よくないです、戦利品が、」

 ウリックは、自分が集めてきた、武器や武具をガサガサ、手元に集めだした。

「不名誉な方法によって得た武具を保持することは、このルムネアがゆるしません。それに、あなたの命より、価値のあるものは、今ここにありません」

「あります、そのために、危険をおかして、この戦場いくさばに来ました」

「それは、騎士になる前のあなたの職業です、今は違います、サー・ウリック。行きますよ」

 しかし、ウリックは一本のつかの立派な長剣だけは、持っていった。

 ヤンパー家の紋章を付けたサーコートを着たウリックがルムネアの手を引いていくというより、ルムネアが、ヘルムを目深に被ったため視界を遮られたウリックの手を引いて歩いて行く感じとなった。

 広間は、二階にあり、とりあえず、一階へ、狼のかしらの塔から出て、くるわに出て、馬小屋へ向かわないといけない。

 廊下は、血だらけだ。王家のギャリントン家の旗手バナーマンの死体ばかりだ、それも、血まみれ。

 何人かのバルドラ家の配下のものとすれ違ったが、二人は顔を下げ、やり過ごした。

 二人は、どうにか、階段までたどり着いた。円形の階段は地獄だった。

 ギャリントン家の旗手バナーマンたちが、どんな風に、戦い、殺されたかを完全に再現していたギャリントン家の兵たちは、みな、背中を下にして、仰向けで倒れて死んでいた。

 騎士として、兵士として、名誉ある死に方だ。賞賛してもいいぐらいだ。

 階段は血の滑り台だった。

 ふたりとも、声がなかった。

 ふたりは、くるわに出た。

 城壁と尖塔、聖堂に囲まれた<狼の遠吠え>城のくるわは、もっと混乱を極めていた。

 ギャリトン家の紋章は三匹の頭を持つケルベロスだ。

 死にかかった、ギャリトン家の兵士。

 死体を笑いながら、持ち上げるバルドラ家の下士や雑仕。

 至る所に、槍に掲げられたギャリントン家の旗が血にまみれ地に落ちていた。

 栄光と名誉と負傷と死が血とともに入り乱れて散乱していた。

 目の前に馬小屋が見えた時、後ろから、声がかけられた。

「おい、お前は、ヤンパー家のものか?」

ウリックの着用しているサーコートの紋章を見て、尋ねているのだ。

 二人の足が止まる。

「宮廷に切り込んだフォルムの郎党はどうなった?」

 尋ねたのはバルドラ家の旗手ブラックギル家のサー・ボアラスだった。猪首が特徴だ。

 一応、ルムネアは連行される、人質なので、答える訳にはいかない。

 ウリックが答えるしかない。

「ハイ、頭をモーニングスターで兜ごと叩かれ、ぶっ倒れました」

 ウリックは馬鹿正直に答えた。

 サー・ボアラスは、片手にワイン入りの革袋を持っていた。

 もう戦勝気分で酔っている。

「そのヘルムは、スウォンジー家のものではあるまいか?」

 酔っているくせに、変にしつこい。

「違います」

 ウリックの返事は自信なさげで小さかった。本当はスウォンジー家のものだった。死んだスウォンジー家の郎党からいただいた。限界だった。

 感の鋭い、ルムネアはもう目と鼻の先の馬小屋目指して、ウリックを置いてくるわを駆け出していた。

「おい、娘が逃げたぞ」

 サー・ボアラスが思わず、ウリックに声をかけた。酔っぱらいは全てにおいて気安くなる。サー・ボアラスは、ウリックのヘルムを、右手にワインの革袋、左手でぐいっと直し、馬鹿力で、ウリックの首根っこを掴んだ。

「ヤンパー家には、この前、フォルムの下の下のなんとかという妹の婚礼で赴いていて見知っているが、お前なんか知らぬぞ、しかも、お前の発音はおかしいぞ。貴族ではないな、あーん?」

 ウリックが広間から持ってきた、長剣の柄に手をかけるのと、サー・ボアラスが革袋を捨て、左腰のウェイランこうのダガーを抜くのと同時だった。

 ウリックは、武芸の憶えがなかったが、サー・ボアラスはあった。短いダガーとはいへ、最短距離でダガーを振り込んできた。

 ウリックは、長剣を抜く暇がなくさやどころか、オクトパスの彫刻が彫り込まれているつかで受けたが、サー・ボアラスのダガーは、オクトパスの彫刻を滑り、ウリックの左肩を大きく凪いだ。

 鎖帷子くさりかたびらなど、着用していないウリックの左肩はダガーで切られた。

「ウリック!」

 悲鳴にも似た声で、ウリックの名を呼び、くらあぶみも付いていない、雄馬に乗って、ルムネアが駆けてきた。

「貴様ら、グルか!」

 サー・ボアラスは、そう言うや、ダガーを簡単に捨て、長剣を抜刀した。

 そのおかげで、サー・ボアラスから離れられた、ウリックは、ルムネアが駆けてきた馬に向かい、走った。

 どうやって、裸馬に乗ればいいのか、分からなかったが、とにかく、馬の方に走った。

 少女のルムネアが腕で、小太りのウリックを受けとめたり、担ぎ上げてくれるとは到底思えなかった、しかし、とにかく、馬の方へ一目散。

 ルムネアと雄馬は方向としてウリックと相対しているため、あっという間にやってきた。

 ウリックは、ルムネアの真後ろあたりを必死で狙い、跳んだ。

 いや、そのつもりだった、この城に置いていかれたくないならば、そうするしかなかった。

「皆のもの、出会え。ギャリントン家の残党ぞ!」

 サー・ボアラスの酔った声は大きかった。

 パイクを持った、下士が、だっと集団で駆け寄ってきた。槍襖やりぶすまを作られると、騎乗とはいへ、ことだ。

 ウリックはどうにか、ルムネアの後ろに乗ったというより、しがみつき、ひっかかった。 ルムネアは、それを確かめるや、馬の腹を蹴りに蹴りまくり、雄馬を、サー・ボアラスの方へ、わざと向けた。

「うむ、」

 サー・ボアラスは、両手で長剣を持つと、二人の乗った馬に斬りかからんと長剣を構えた。

 ルムネアの右手より、パイクを持った下士がどっと流れてくる。

 ウリックは、馬にしがみつくのに必死で、前など見ていないし、事態を一切把握していない。

 ルムネアは、馬の腹を蹴り、手では、馬の首を叩きに叩いた。

 馬速だけが、いのちである。

 そして、サー・ボアラスの目の前で、雄馬の右目を塞ぎ、思い切り、馬首を左を向かせた。

ルムネアは、全体重を馬の左側にかけ、馬とともに、精一杯、左に馬を旋回させた。ウリックは、自身の小太りの腹で若干この旋回に貢献した。

 正に、人馬一体。

 サー・ボアラスが、長剣を振りこんだが、馬は、すんでのところで長剣の抜身をかわした。

 パイクを持った下士の一団は、間に合わなかった。

 ルムネアは、郭から、城門を目指した。というより、雄馬が興奮して勝手に走ってくれた。

 城門は開いたままだったが、もう城門の高い防御用の足場には、敵味方が入れ替わりバルドラ家の郎党が弩を持って構えていた。

 サー・ボアラスの大声のおかげで、雄馬と二人に向かって、。次々から矢が放たれた。

 しかし、速度にのった、雄馬と二人の妨げになる矢などなかった。

 ルムネアとウリックの乗った、雄馬は、勢いよく、同じく降りたままの跳ね橋を駆けた。

 <狼の遠吠え>城には、水を張った堀はない。幅54メルド、深さ、10メルドの空堀だけである。

 跳ね橋のど真ん中には、槍の穂先に髪の毛で結わえられた、クレイドス二世の生首が掲げられていた。

 クレイドス二世の御印みしるしの真横をルムネアの雄馬は駆けていった。

 城壁の外側には、多数の攻城櫓が各城壁に二棟づつぐらい、立っていた。そして、その後方、数百メルドの位置には不消瓶投射用のスリングショットのカタパルトが、ほぼ同じ数だけ。

 そして、その後方には、数え切れないほどの、天幕と焚口が。

 雄馬は、二人を乗せ駆けに駆けた。

 攻城戦のため、貴族の騎馬隊も下馬させて戦わせているのだ、この攻囲陣地で、馬に乗っているのは、ルムネアとウリックだけである。

 ルムネアは、調子に少し乗り、一番大きな陣幕とテントに馬首をめぐらし、駒を進めた。

 蹄の音に驚いてか、一番大型のテントの幕間から、さぞ高貴そうな鎧を上半身だけ着用した、貴族が商売女とともに、出てきた。

 ロード・オブ・バルドラ、くだらない気のきかない意見ばかり言う、通称"愚見公"、ラインメルカリ・バルドラであろう。ルムネアは馬上から、そうみた。

 この<狼の遠吠え>城の攻城軍の総大将である。

 ルムネアは、更に馬をバルドラ卿の方にめぐらし、またもや、馬の腹を蹴りに蹴り、馬首を両側から叩きに叩いた。

 バルドラ卿の怯えた表情がこれほど、愉快だとは、思わなかった。

 口より、手がさきに出る、"愚見公"にしては、珍しく、帯剣していなかった。

 更にもっと馬のコースをバルドラ卿に向ける。商売女は、悲鳴を上げて、すっぱだかのまま、四散八散した。

 バルドラ卿は、逃げなかったが、表情は凍りついていた。

 ルムネアは、左手で、ウリックが頭に被っていた、ヘルムをむしり取ると、右手に持ち替え、ヘルムでバルドラ卿を殴ろうとした。

 その馬上の少女の意図に気付いたバルドラ卿は、慌てて、天幕に逃げ込んだ。

 ルムネアは、すれ違いざまにバルドラ卿の天幕の中にスウォンジー家のヘルムを投げ込んだ。

「毎晩、毎晩、不消瓶を投射しやがって、ギャリトン家の不消瓶だ、ドカーン」

 そう、言うと、ルムネアは、後ろにウリックを載せたまま、攻城軍のバルドラ軍の陣営を駆け抜け、東へ、東へと馬首をめぐらし、駆けに駆けた。

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