楽園
nia
楽園
カランカラン
カランコロン...
「ねぇ......ねぇ、聞いてる...?」
「......」
「私達さぁ...頭、おかしくなっちゃったのかなぁ...」
カランカラン
カランコロン...
タライに張った水に浮かぶ氷をつつきながら何度目かになるその言葉を彼女は吐いた。
外では蝉が競い合うかのようにけたたましく鳴いている。加えてこのうだるような夏の暑さ。いい加減何度も同じ事を呟く彼女に苛ついてきていてもいいようだが、それも平時であったならばの話だ。
カランカラン
カランコロン...
先程からずっとつつかれている氷だがいっこうに溶ける様子はない。
カランカラン
カランコロン...
「溶けないねぇ...」
「.........そうだな」
「蝉も鳴きやまないねえ」
「.........そうだな」
カランカラン
カランコロン...
カランカラン
カランコロン...
ずっと溶けない氷。鳴き止む事のない蝉。
夜もくる昼もくる。しかし、世界はあの日の夏の一瞬のまま止まってしまった。
俺達以外の人間はずっと同じ行動を繰り返すばかり。
何がきっかけにこんな事になってしまったのかさっぱり検討もつかないが、唯一現在俺達が知る中でこうなる以前と明確に変わった点としては大学が消えた事である。
俺達が現在居るのはサークル棟、消えたのは大学の本館の方だ。そうなった正確な時間は分からないが消えた瞬間その時俺達は此処、サークル棟にいた。だから助かったのかもしれない。結果、世界から切り離されたようになったとしても。
「どうしようねぇ...これから」
「どうしような、あの日から数日経ったわけだけど腹も空かなければ便所に行きたくなる様なことも無い。明らかに俺達自身も普通じゃないよなあ...」
「まぁ、便利だよねぇ」
おい。にこっ、じゃねえよ。にこじゃ。全くもって笑い事じゃない。まあ、でも...
「...確かにそうだよなあ......」
ボソッと呟く。
「.........」
「.........」
「.........」
「.........」
空間を静寂が支配する。
「思ったんだけどねぇ」
静寂を切り裂くようにいつものその間延びする末尾を添えながら彼女は言った。
「このままでもいいかなぁ、って」
「......は」
唐突の事に思わず言葉を失った。
「だってさぁ、ずぅーっと君と一緒に居られるんだよ?私思うだけど、もう世界にたった2人だけなんじゃないかな」
フフッと彼女は笑う。
「君がアダムで...私がイヴ...。きっとさぁ...ここは、楽園なんだぁ。私が君とずっと一緒に居たいなんて願ったから神様が楽園に招待してくれたんだね」
眩しいくらいの笑顔を浮かべながらそんな事言うのは反則だろうと思う。
俺達は付き合っているわけでもない。けど俺は彼女の事が好きだし、彼女も俺の事が好きな事は知っている。きっと彼女もそうだろう。改めて確認し合うことも無い暗黙の了解。
満面の笑みを向けられた俺は思わず照れて顔を背けながら応えた。
「......ああ、確かにそうだな。俺がアダムで...お前がイブ......。じゃあ、そうだなアレだな。お前は勝手に禁断の果実を拾って食ったりするんじゃねえぞ」
こいつならやりかねないな。と思いそう言うとプクッとムクれながら彼女は、
「もぉーそんな事しないって」
「ははっ」
「ちょっと、何笑ってるのさぁ!」
そんな様子に思わず笑いながら窓の外を見やる。なんでこうなったのか、色々と裏でコソコソとやってる胡散臭い大学だっから俺達の知らない所で何かの実験に失敗した結果なのかもしれないし、俺達の頭がおかしくなっただけなのかもしれないし、本当に神様が楽園に招待してくれたのかもしれないし。
でも、きっと俺達はこの先2人だけだろう。これが幸なのか不幸なのか。例えば別の誰かは不幸だというのかもしれない。しかし、俺は自信をもってこれは幸福だと言い切れる。
切り離された世界に君と2人。変わらず蝉は鳴き続け、氷の当たる音がする。
カランカラン
カランコロン......。
楽園 nia @_nia
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