第3話「にこやかに微笑もう」

 一


 ぼくは歩いていた。学校が終わり、家に帰るのだ。

 レンガっぽいタイルの敷き詰められた商店街を歩いていく。

 今日はいい天気だ。いい天気すぎて少し暑い。この調子では夏になったら一体どうなってしまうんだろう。


「はうー、はやすぎですよ」


 背後で声が。

 ぼくは振り向いて、丸眼鏡をかけて白衣をずるずる引きずってる、やたら小柄な女の子をにらんだ。


「……だから、どうしてついてくるの?」

「多久沢さんの家が見たいからですよ」

「いやだ見せたくない」


 才子は一瞬キョトンとしたが、すぐに笑った。


「あ、大丈夫ですってちょっとくらい変なものがあっても。男の子ですからねー、見なかったことにしてあげますよお。あとで思い出してププッと笑うだけですよお」

「そうじゃなくて!」

「でもこれは必要なことなんですよお」

「ぼくの家に押しかけてくるのが?」

「そうですよお。モテのために必要なんです」


 ぴくっ。


「あ、動揺したですねえ。ちゃんとわかってるんですよお」

「も、もう君のことなんて信じないぞ。彩恵さんだって信じない! 君たちの言うことなんて聞いてたって一生モテない!」

「大丈夫ですよお。今度は原因から直しますから」

「……原因?」


 ぼくは立ち止まり、才子をじっと見つめた。

 才子は腕を組んで自信満々、眼鏡まで怪しく光っている。


「そう、なぜ多久沢さんはこれほどまでにモテナイのか? っていうかもはや人間のレベルじゃないですよ? いったいなんで? これを究明しなければ直しよ うがないんですよお」

「そ、それはぼくがオタだから」

「ブブーですよお。それだけじゃ説明つきません。人並みに女の子と付き合ってるオタ野郎はいます」

「う……それはたしかに」

「だから、『どうして多久沢さんはこんなにアレなのか』というのはオタ以外の理由があるはずなんですよお。才子はですねえ、ずばり『家庭環境がアレ』だと いう結論に達したですよお!」

「う、まあ確かに家庭環境って人間をつくるよね」

「というわけでれっつごーですよお!」


 二


 ぼくたちは家に戻ってきた。

 ちなみにうちはマンションの一階だ。


「んんー、わりと普通の家ですね。もっととんでもないところかと思いましたよお」

「はいはい。かえったよー」


 そう言ってぼくはドアを開ける。

 ちょっと疲れたような感じの、中年の女性が現れた。ぼくの母さんだ。


「おかえ……」


 出迎えてくれた母さんの言葉が止まった。顔が引きつった。


「あ……あ……」

「どうしたの母さん?」

「け、警察ーっ!」


 母さんは叫んで、家の奥に走っていった。

 へ?


「あ、もしもし、うちの息子が小さい女の子をさらって……」

「ちがうー!」


 急いで追いかけて、居間に飛び込む。

 母さんの手から受話器をひったくった。


「優一! あんた自首しなさいっ!」

「だから違うんだって母さん! ちょっときて才子」

「はうー。おじゃましますー」


 頭を下げて、才子が現れる。


「この人は小さく見えるけど高校生なんだ。高校の先輩なんだよ」

「もしもし! もしもし精神科ですよね! うちの息子が妄想を!」

「少しは信じろおおお!」


 また受話器を取り上げた。


「よく見てよ、制服着てるでしょ?」

「はうっ。生徒手帳はこれです。あ、別に変な改造とかしてない普通の手帳ですから。ビームはまだ出ません」

「……本当だわ……」


 よほど驚いたのか、母さんはその場にしりもちをついた。


「じゃあ、さらってきたんじゃないのね? 変な薬とかも使ってないのね? 脅迫もしてないのね、普通に、友達が家に来たのね?」

「だからいい加減に信じてよ。大体さあ、高校生の男が女の子を家に連れてきたら、ふつう母親は『あ、彼女ができたんだな』って思うものだろ、どうしてそれ がでてこないの?」

「だ、だって……」

「だって?」

「そんなの絶対ありえないじゃない」


 沈黙。

 静寂。

 たっぷり五秒間たってから、才子が、おずおずと手を挙げながら言った。


「……はうー、さすがに今のはフォローしようがなかったです……」

「いいよ……フォローしなくて」


 三


「たっぷり食べていってね!」

「はう、はう、こんなにたべられないですよおっ」


 テーブルにはものすごい種類と量のクッキーが詰まれ、ケーキ皿が並んでいる。


「じゃあお茶! 好きなだけお代わりしてね! あ、ジュースもあるわよ」

「母さん、すごい気合入れてるね」

「あんたもケーキ焼くの手伝いなさい!」

「はう、おなかいっぱいですよお」

「ほらそう言ってるし、別にケーキなんか作んなくていいよ」

「なにいってんの! 女の子が遊びに来てくれるなんてもう一生ないわよ!」

「……」

「はう、反論しないですか多久沢さん?」

「出来ないんだ……」

「そうよねえ」


 母さんは席を立ち、段ボール箱を持ってきた。


「……なにそれ?」

「はう?」

「うふふ、これはねえ……優一が中学の時に出して突っ返されたラブレターよ」

「うわあああ! やめろおお!」

「はうー! こんなにいっぱい! うわ! すごく恥ずかしい文面です! 電波ゆんゆんです! ラブレターってそういうものかもしれないけど限度があるです よお。っていうか突っ返されたものを何年も保管してるのがキモすぎですよおお!」

「勝手に中身見るなああ!」

「その程度で驚いてちゃだめよ。これなんかすごいわよ」


 母さんは才子に、透明なプラスチック容器を渡す。まさかそれは!!


「なんですこれ?」

「小学校六年のときにもらった、麦チョコの入れ物よ」

「なんでそんなの取ってあるですか?」

「最初で最後だったからに決まってるじゃない」

「は、はう……」


 やめろー! こっち見るなー!

 そんな目で見るなー! 


「なんかあまりのモテなさっぷりにめまいがしてきましたよお」

「帰れ! きみ帰れ!」

「馬鹿なこといわないで! あんたをモテさせてあげるってのよ? 何が不満なのよ」

「母さんはこいつの恐ろしさを知らないからそんなこと言えるんだよ。こいつの言うこと聞いてたらモテるどころか死んじゃうよ!」

「あんたがモテるためには一度死ぬくらいの目に合わなきゃ駄目ってことじゃない?」

「あ、計算によると四回死んでもまだ駄目らしいですよお」

「あら、それなら五回死ねばいいのね。簡単じゃない」

「親が言うか! そういうこと言うか!」


 そのとき。

 ぴぴぴぴぴ!

 才子の体から電子音が。


「つ、ついに体から音が出るように……!?」

「ちがいますよお携帯ですよお! ちょっと失礼するですよっ」


 ポケットから携帯電話を出して開く。

 フォックスタイプんp眼鏡をかけた、ロングヘアの美人が出現した。

 才子の姉、彩恵さん……の立体映像だ。


「才子! いまどこにいるの?」

「はう、お姉ちゃん。多久沢さんのおうちにお邪魔してるですよお」

「あいつのうち? あんたまだあきらめてないの? まあいいわ、とにかくうちに戻ってきなさい! 今すぐに!」

「はう?」


 彩恵さんはマジに切羽詰った感じだった。


「父さんよ! 父さんが帰ってくるのよ!」

「そそそ、それは大変ですぅすごく大変ですよおお!」

「でしょう! 迎え撃つわよ! 撃たれる前に撃つ! それが大宇宙の掟よ!」

「ちょ、ちょっと彩恵さん」


 ぼくは会話に割って入った。


「ん? アメリカシロヒトリに匹敵するモテナイ率の持ち主は黙ってて!」

「父親が帰ってきたらなんなの? 家族じゃないか、そんな『敵』みたいな扱いをすることないじゃないか」


 すると才子はちぎれそうに首を振った。


「わかってないですよ! 父さんは敵じゃないけど敵より怖いですよお!」

「あんたも見ればわかるわ。あっ才子、父さんは経度×××・緯度××に緊急着陸するそうよ!」

「はう? 緯度じゃわかんないですよお!」

「住所で言うと日本の××県××市××町1242よ」


 ぼくと母さんが顔を見合わせた。


「それ、うちの住所」


 次の瞬間、天井をぶち抜いて何かが降ってきた。


 四


 轟音。

 衝撃でぼくたちは吹っ飛ばされた。

 そして煙が満ち溢れる。

 少しずつ煙が晴れていく。

 床に、何かが突き刺さっている。

 ドラム缶みたいな筒だ。

 床の上に出ているのはごく一部らしい。

 筒が開いて、白衣姿の男が現れる。

 大変な長身だ。百九十はあるだろう。

 サリーちゃんのパパとターンAガンダムが混ざったような、満員電車に乗ったら隣の人の顔面に刺さりそうな、ものすごいヒゲを生やしている。

 整ってはいるけど怖い顔。

 ひと目見てわかった。

 これが、この生き物が、才子たちの父親だと。


「ふむ……」


 ヒゲの人物は鋭い眼光で室内を見渡す。


「おお! 才子ではないか!」

「は、はう父さんひさしぶり……お姉ちゃん教えるのが遅すぎですよお!」


 立体映像の彩絵さんも、引きつった顔で父に頭を下げた。


「……お帰りなさい、父さん」

「おお彩恵まで。ワガハイは嬉しいぞ」


 一人称ワガハイ。こんな奴見たことない。


「父さん、どうしてここに才子がいるってわかったですかあ?」

「いや、でたらめに着陸地点を選んだらここになったのだ。これを科学的に解釈すると……」

「すると?」

「愛の力だな」

「ちっとも科学じゃないわよ!」

「はうー、だいたい父さんが才子たちを愛してるとは思えないですよお」

「心外だな。誕生日プレゼントを欠かしたことはないし旅行にも連れて行ったぞ」

「そのたんびに才子たち死にそうです!」

「そんなことより!」


 ぼくは才子たちの親父に向かって叫んだ。


「どうしてくれるんですか、こんなに壊しちゃって! 上の階だってぐちゃぐちゃじゃないですか!」


 親父はぼくをじっと見つめた。

 ぼくがいることに今気づいたらしい。


「ふむ、なかなかうまくなったな才子。だが本物の人間というのはもう少し気品のある顔立ちをしているものだ」

「……多久沢さんは生身の人間ですよお。才子が作ったわけじゃないですよお」

「なに? ばかな?」

「才子が通ってる学校の後輩さんです。科学部の部員でもあるんですよお」

「はいってないって!」

「才子の学友なら挨拶せねばならんな。ワガハイは松戸博士(まっど ひろし)。マッドサイエンティストをやっている」

「それは見ればわかります」

「ところで父さん、どうせ父さんが来たからには何かトラブルも一緒なんでしょ、何があるの? どうしたの?」

「実はな。

 ……宇宙人が攻めて来るのだ」

「は?」


 呆然としたぼくと裏腹に、彩恵さんと才子は落ち着いていた。


「はあ……そんなことだろうとおもったわ」

「はうー」

「地球科学の代表であるワガハイとしては迎え撃たねばならんのである」

「なにが代表だか知らないけど、父さんが原因で攻めてきたんなら自分でなんとかしてよね」

「無論そのつもりだ。準備を頼んだぞ!」

「ちょ、ちょっと父さん!」


 親父は携帯のスイッチを切った。彩恵さんの姿が消える。


「マッドカーッ!」


 指をバチンと鳴らすと、床に埋まっていた円筒から車が飛び出してきた。昔のSF映画に出てきたようなグニャッとしたデザインの車だ。

 車は、倒れたテーブルを粉砕し壁を突き破って止まった。


「また壊れたー!」

「マッドサイエンスとは破壊の美学だ」

「ごまかさないでください!」

「ワガハイは事実を述べたまでだ。才子、乗れ」

「はう。ねえ多久沢さん、多久沢さんも乗ったほうがいいですよお!」

「なんでだよ?」

「多久沢さんも一緒に宇宙人と戦って地球を救うんですよお。その様子をテレビとかで全世界に中継するんですよお。いくら多久沢さんがアレな人でも人類を 救ったヒーローならきっとモテますよお!」

「う……」


 想像してみる。

 ちょっといいかもしれない。


「よし、ぼくも行く!」

「なに、君は女にモテたいのかね? そんなものは脳の配線を繋ぎ変えれば簡単だ、ワガハイもそうやって母さ」

「危険発言ストップですよお! 早く行くです!」

「うむ。マッドカー発進!」

「あ、じゃあ母さん行って来る!」


 ぼくたち三人の乗ったマッドカーは、壁をぶち破り塀まで破壊して道路に飛び出した。


「わー!」


 道路に出てからもそのメチャクチャな走りは変わらなかった。


「ぎゃーっ!」


 制限速度なんて全部無視、対向車線を爆走し、赤信号を突っ切り、歩道に乗り上げる。


「いかれてるー!」

「マッドカーだからな」


 親父は満足そうに腕組みして答えた。運転してない。車がロボットで、勝手にこういう走りをしているらしい。


「いや、そうじゃなくて! 交通ルールとかぜんぜん……」


 急ブレーキと激突の音が背後で何度も。


「危険だし!」

「だが警察には見つかっていない」

「見つからなきゃ何してもいいんですか!」


 すると親父は深々とうなずいた。


「量子力学を知っているかね? この宇宙のあらゆるものは、『観測される』ことによってはじめて存在するのだ。したがってバレなければやっていないのと一 緒だ。これが科学の結論なのだ。これを否定する者は科学を否定する者である(キリッ)」

「違うと思う。その解釈絶対違うと思う!」


 そのとき車がジャンプして、渋滞を飛び越えた。


「うあああ!」

「舌をかむぞ」

 

 五


 ようやく車は家についたらしい。

 やけにでかいけど普通の一軒屋だ。研究所には見えない。


「父さん!」


 門をくぐったところで彩恵さんが出迎えてくれた。


「うむ、帰ったぞ。準備は?」

「一応、父さんの作った兵器は出しておいたけど。お爺さんのアレはどうするの?」

「XWFー001か! あれも必要になるかも知れんな。出してくれ」

「はうー、ついにアレの封印解いちゃうですかあ!?」

「まあ、万一の用心だ」


 ぼくは吐き気とめまいで息も絶え絶えになりながら言った。


「なんで平気なんだ? あの運転で酔わないの?」


 親父は腕組みをしたまま答えた。


「精神力だ」


 そ、それは科学者の台詞ではない。


「はう、才子もう慣れちゃったです……」


 親父は車から降り立った。

 彩絵さんがロボットを引き連れてやってくる。ロボットたちは、変な機械を二つ、それから鉛色の箱を持ってきた。

 親父は庭に仁王立ちになった。

 「重力波」と書かれたメガホンを白衣のポケットから取り出すと、口にあて、天に向かって叫んだ。


「宇宙人の諸君!!!

 ワガハイは天才科学者松戸博士博士(まっどひろしはかせ)である!

 諸君らの敵はここにいる!!!

 惑星・地球を代表して相手になろう!

 さあ、かかってくるのだ!」


 そのとたん、頭上の雲が真っ二つに割け、巨大な円盤が現れた。


「むう、やはり悪の宇宙人は円盤に限る」


 親父は笑顔でうなずいている。

 妙な美意識に合致したらしい。

 円盤から声が響いた。


「わかった。叩き潰してやる。我らの受けた屈辱を、この怒りを知るがいい!」


 こんな簡単に宇宙戦争が始まってしまっていいのかよ!


「ちょっと、まず相手に謝るとかないのか? あんたが悪いんだろどうせ?」

「失敬だな君は。ワガハイはただ、宇宙旅行中、急に便意を催してだな……」


 オチがすでに読めた気がする。


「しかし、なんとこの天才としたことが、宇宙船に便所を付け忘れていたのだー!」

「……それで?」

「ワガハイは便所を借りるべく、近くの星に突進、あらゆる防衛ラインを力ずくで突破し、便所を借りた! ところが! なんと紙がなかったのだ! ワガハイ はワガハイ自身の名誉のために、近くを歩いていた異星人の持っていた本を奪い、ページを一枚破って尻を拭いた! だがー! なんとその本は、その星の聖典だったのだ! 怒り狂った異星人たちは……」


 ぼくは親父のメガホンを取り上げてそれで殴った。


「やっぱりあんたが全部悪いんじゃないか!」

「では訊くがな! 便所に入って紙がなかったときの屈辱と! 恐怖を! 君は知らんのかね!」

「っていうか、行きたくなった時点で宇宙船改造して、便所つけりゃよかったでしょうが!」


 ぼくがそう叫ぶと、父・姉・妹の天才科学者三人はそろって眼を丸くした。


「て、天才……?」

「はう……」

「ふむ……その手もあったか!」


 だめだこいつらー! こんな奴らのせいで地球は終わるのかー!


「まあいい、すべては過ぎたことだ」

「ごまかすんかい!」

「宇宙人め! 受けてみるがいい我がマッドサイエンスを!」


 親父が叫んで、パラボラアンテナとチューリップの混ざったような機械のスイッチを入れる。

 すると機械からジグザグ型の光線が飛び出し、頭上の巨大円盤に吸い込まれていく。

 急に気温が急激に下がった。鳥肌が立つ。頬が痛くなった。地面がバキバキと凍っていく。空気中の水分が凍って、きらきら光るダイアモンド・ダストが舞い 散り始めた。

 冷凍光線……か?

 光線が命中した。円盤は爆発しなかった。だけど当たったところに大きなひび割れが出来た。外板がはがれていく。


「見たか! マイナス五万度の冷凍光線! 超冷気によってすべての物質構造は破壊されるのだ!」

「ちょっと父さん! マイナス五万度なんて温度は無いわよ!」


 彩恵さんが速攻で突っ込んだ。


「フッ、甘いな彩恵。ワガハイは天才であるからして、絶対零度などという無粋なものは意に介さないのである!」

「いや、無粋とか言われても!」

「はう! 撃ち返してきてますよお!」


 そのとおりだった。宇宙人もこちらそっくりのジグザグ光線を撃ってきた。

 向こうの光線とこちらの光線が激突した!

 ぐいぐいと押されてくる!

 ……って、光線ってのはぶつかり合うものなのか?

 深く考えないことにした。


「いかん! 向こうの冷凍光線はマイナス十万度を超えている!」


 ついにこっちの光線は負けた。

 宇宙人のジグザグ光線が降ってくる!

 家の屋根より少し上あたりで、光線は眼に見えない壁にぶつかった。跳ね返った。

 そうか、当然バリアくらいはあるよな。

 でも冷凍光線では倒せないことがはっきりしてしまった。


「ならばこっちだ!」


 松戸博士はもう一つの機械を天に向けた。

 レールみたいなものが二本生えている変な箱。


「食らうがいい!」


 レールの表面を稲妻が駆けた。

 衝撃波でぼくたちは張り倒された。

 眼には見えなかったけど、多分弾丸が飛んでいったんだろう。


「秒速一億キロを誇るレールガン! ただでは済むまい!」

「ふーん一億キロね、よかったわねー」


 彩恵さんは突っ込むのをあきらめたらしい。賢明な判断だ。


「ぬうう!?」


 松戸博士はうめいた。

 円盤は、傷一つついていなかった。


「これでもか!」


 何度も何度もレールガンは発射される。

 だが円盤にはダメージゼロみたいだ。

 天から声がした。


「その程度の攻撃か! 愚か者め! 我々は光よりずっと速く飛べるのだぞ! たかが一億キロの衝突を防げないはずがあるか!」

「そ、そういうことか……」


 松戸博士は明らかにうろたえていた。


「父さん、まさかもう打ち止め?」

「残念ながらワガハイの武器はこれで全部だ。あの宇宙船に積んであったものは破壊されたからな……」

「それにしても、なんで攻撃が効かないのか解説してくれるなんていい宇宙人ですよお」

「才子もそんなこと言ってないで! どうすんだよ!」

「多久沢さんが戦うんですよお、そしてヒーローに……」

「無理だよ! いくら変身したってあんなデカいのどうにもならないよ!」


 そうしている間にも、宇宙人は例のジグザグ光線を連発してくる。バリアはそのたびに受け止めていたが、少しずつヒビが入ってくる。

 ……え? バリアってヒビが入るの?

 考えない、考えない。


「かくなる上は仕方ない。封印を解くぞ」

「……それ以外ないようね」

「はうー」


 三人は深刻な顔でうなづきあう。


「え? なんの話?」

「この箱よ」


 彩恵さんは、鉛色の箱を指差した。


「この箱には、お爺さんの松戸才太郎が作った『最終兵器XWFー001』が封印されているの。地球が侵略されてもう絶体絶命というときにだけ開けろって言われてるの」

「うむ、どんなものかはワガハイも知らんのだ」

「さっそく開けるです!」


 才子が飛びついて、箱の鍵をガチャガチャいじる。

 箱が開いた。

 中にあったのは。

 最終兵器「XWFー001」の正体は。

 木の棒と、その先にくっついた白い布。

 いわゆる「白旗」。


「え、XWFって……ホワイトフラッグ……?」

「Xは試作型ということか。米軍を彷彿とさせるな」

「そんなはずないわ! 白旗に見えるだけできっと凄い兵器よ! 銀河系くらいドーンと吹っ飛ばすような!」

「あ、マニュアルがあるよ」


 ぼくはそれを拾って、読み上げた。


 『XWFー001 取扱説明書


  本製品の概要

  白旗です。


  本製品の特徴

  驚きの白さです。


  使用方法

  これを持って敵の前に立ち、にこやかに微笑みましょう。


  使用上の注意

  明るい中に虚無を秘めた絶妙の表情を心がけましょう。』


「じーさんのあほうー!」

「彩恵さん落ち着いて落ち着いて」

「むう。確かに、父はこういうイタズラをやりかねない人間だったな……」

「なにもの思いにふけってんのよ! こうなったら手は一つよ! 謝るのよ! とにかく謝って許してもらうのよ!」

「うむ、仕方ないな」


 松戸博士はメガホンをまた空に向けた。


「宇宙人の諸君! ワガハイは降伏する。天才であるからして引き際も潔いのである。そもそもだな、たかが聖典のページ一枚でなぜそんなに怒っているのか。 偉大なワガハイの役に立てたのだからむしろ光栄と……」

「ますます怒らせてどーすんのよ!」


 彩恵さんが父を張り倒し、メガホンを奪った。


「松戸彩恵と申します! このたびはうちの馬鹿親父が大変なご迷惑をおかけして本当にもうしわけありません! 今度から外に出るときはポケットティッシュ を持ち歩くように、きつく言っておきますから!

 って、なんで私がこんなことを! もういやよー!」


 彩恵さんは壊れつつあった。


「おねえちゃん、父さん、もう一つだけ方法があるですよ?」

「ん? さすがワガハイの娘! なんだね?」

「なによ! 言ってみなさいよ!」

「ゴニョゴニョですよ」

「おお!」

「それは……いけるかもしれないわね!」


 一体なんだ?


「宇宙人の諸君!」


 また親父の方がメガホンで叫んだ。


「確かに通常の戦闘では、諸君らのほうが強いようだ! このままワガハイを殺し、地球を滅ぼすのはたやすいだろう!

 だが本当にそれでいいのか!

 諸君らの受けた屈辱は、相手を殺すだけでは晴らせないほどのものではなかったのか!

 そうだろう!

 だからワガハイは、『究極の戦闘方法』で戦うことを提案する!

 それは『ニラメッコ』という方法だ!

 ニラメッコとは古代バビロニア語で魂の決闘を意味する!

 この戦闘方法は単純!

 相手を笑わせれば勝ち!

 だが勝つためには、相手の心理や感情を読む洞察力、瞬間の判断力、そして自分が先に笑わないための、超人的な意志力が要求されるのだ!

 この戦闘方法は惑星・地球でもっとも神聖で格の高い戦闘方法! まさに魂と魂の闘い! ニラメッコで負けることは死よりもなお悪い、魂そのものの破壊なのだ! それ が我々地球人の文化なのである!

 さあ、どうする!

 たかが殺すだけで終わらせるのか!

 それとも究極の屈辱を与えるのか!」


 しばらくして、攻撃がやんだ。


「よかろう! 望みどおり貴様の魂を破壊してくれよう!」

「のったか! うむ!」

「全然違う土俵に引きずりこんだのか。やるなあ! でも、ニラメッコなら勝てる自信あるってこと?」

「それは多久沢さんしだいですよ」

「は?」

「これを重力波メガホンで読み上げるです」


 才子がぼくに何かを渡した。


「こ、これ……」

「がんばるですよお!」

「人類の未来は、地球の運命は君にかかっているのだぞ!」

「恥ずかしがってる場合じゃないわよ!」

「あ…ああ」


 ぼくはよろめきながら、メガホンを受け取った。

 そして、才子から受け取った紙を読み上げ始めた。

 ……ぼくが中学の時に書いたラブレターを。


 『前略

  いとしい××××さんへ


  夢を見せて 誰も知らない夢

  光を見せて 星の海さえ越える光を

  ぼくが君に願ってること。

  それは光と夢なんだ。

  君がもし答えてくれたなら、ぼくの世界はもっと輝くだろう。地動説の太陽のように中心で君が輝くだろう。

  だからああ、答えをぼくは待つしかない。

  ルルル ラララ パヤパヤー

  答えをぼくは待っている。

  すべての未来を照らしてくれる光を


  夢の狩人

  多久沢 優一より」


 しばらく沈黙があった。


「ぷっ! ぷぷー! ゲラゲラ、ゲラゲラ、ヒイ!」

「くく……狩人ねえ……相手の子も困ったでしょうね、くくくっ……ははははは!」

「むう……かなり来るな……これは!」

「お前らに受けてもうれしかないわい!」


 ぼくは視線を空に戻した。

 ちゅどどどどど!

 円盤の各所で爆発が起こっていた。煙と火花が、巨体を包む。装甲板がはがれ落ちる。ぐらりと傾く。

 ふらふらと、ようやく浮いている感じだ。


「……地球人よ」 


  円盤からの声は、ひどく苦しそうだった。


「今の攻撃で乗組員の八十七パーセントが笑い死んでしまった。恐るべし地球人、恐るべきニラメッコ……い、いかん思い出してしまう。ルルル、ラララ……ぷ ぷっ! がははははは! うっ!」


 そこで声が別の声に切り替わった。


「……艦長は戦死された。もはや我らに戦うすべはない。完敗だ。おとなしく引き下がろう。だが必ず! 必ず我々は再びやってくる! 地球! この名は二度 と忘れん!」

「何度でも来るがいい!」


 親父が、偉そうに腕を組んで叫んだ。

 円盤は煙を盛大に噴き出し、部品をボロボロを落としながら上昇していく。


「はうー! 多久沢さんありがとうです! 地球は救われたです!」

「うむ、君こそ真の英雄だ!」

「嬉しくない……ぜんぜんうれしくないよ……」

「何を謙遜してるですか! 計画通りちゃんと中継したから多久沢さんの雄姿はみんなが見てるですよ! ヒーローですよお! もう断然モテモテですよお!」

「え? いまなんていった?」

「そこのカメラで中継してるです。この闘いは最初から最後まで全部」


 才子が指差した先には、凄く小さな目玉みたいなものが浮いていた。


「……日本中に?」

「全世界にですよお!」


 そうなんだ。今の、世界中に見られたんだ。

 ぼくは、にこやかに微笑んだ。

 明るい中に虚無を秘めた、絶妙の表情だったと思う。

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