【Second Life小説】Over Sexual(pilot sketch)
結城あや
第1話
そこは「Second Life」と呼ばれる仮想空間。
わたしはこの世界ではエリカという名前の女性だった。
ゆるくウェーブのかかったロングヘア、少し大きいかもしれないバスト、どちらも現実の世界では自分にはないものだった。
この世界はアバターと呼ばれる自分の分身を操作して、同じ仮想空間に来ている人々とコミュニケーションが取れる。文字によるチャットのほかにもマイクを使えば音声で話もできるのだが、あくまでも女性でいたいわたしは音声を使うことはない。
そう、現実世界のわたしはまぎれもなく男性なのだから。
できることなら現実の世界でも女性として生きてみたい。けれどそれは外見的なことであって、女性として男性と恋愛をしてみたいとは思わない。女性を美しいと感じたり、その美しい女性になりたいと思うのは、やはり自分が男性だからなのではないかと思う。
普通は理想の女性を他人に求め、理想の女性と出会いたいと思うのだろうが、わたしの場合、その理想の女性に自分がなりたいと思う。男からも女からも注目されるような美しい女性に。
そして仮想空間の中では、その理想とする女性になれてしまう。
そこが仮想の世界だということはわかっていても、時間を惜しんでその世界に入ることが、わたし自身のストレスの解消であり、いまや本当の自分になれる時間のような気がしている。
もちろんわたしのような目的や嗜好はこの世界でも少数といっていい。
多くのユーザーは現実世界と同じ性別のアバターを操って楽しんでいる。もっともどのアバターも美男美女であるという点においては現実と同じというわけではないかもしれないが。
この世界では一般的なオンラインゲームのように限られた種類のアバターしか存在しないということはない。顔や体型もユーザーが自由に編集することができるので、現実世界で痩せていたり太っていたり、あるいは老人や老婆であっても、現実に近いアバターにすることができる。しかしほとんどのユーザーは若く、美しいアバターを操っているのが現状だ。とはいえ、海外のユーザーがアバターの外見にあまりこだわりがないところを見ると、これは日本のユーザー独特のものなのかもしれない。アニメやゲームからの刷り込みによって、アバターも美男美女であることが普通に思えるといってもいいだろう。自分の分身であるアバターだからといって、現実の自分そのままを映したいと考えるユーザーの方が少数派のようだ。
けれど「Second Life」は現実を模倣する。
アバターに関しては必ずしも現実のユーザーに近くないのが現実だとしても、アバターが生きる空間は現実に近いものが沢山ある。
世界各地の観光名所が再現されていたり、有名な建物が作られていたりするのがそれだ。
それも「Second Life」の運営会社が用意したものではなく、一般ユーザーが自分たちの手で作っているのがこの世界の特徴といっていい。自由にさまざまなものを作り出すことができるのもこの世界の魅力のひとつになっている。
アバターの外見であるスキン(いわゆる皮膚)、アバターが着る服、建物、乗り物、その他いろいろなものがユーザーによって作られている。商品として売り出されているものも多く、「Second Life」内通貨である「リンデン・ドル」で売買されている。この「リンデン・ドル」は現実通貨にも換金できるため、2007年の「Second Life日本語版」公開当時はビジネスチャンスがあるともてはやされたりもした。
「Second Life」で女性アバターを楽しむ理由のひとつには、その服装の種類の豊富さも挙げられるだろう。
洋服はもちろん、和服もさまざまな種類のものが「Second Life」の中にはある。現実にはちょっと着る機会のないような豪華なドレスやセクシーな下着だってある。アバターを着せ変え人形のようにして楽しむことも、この世界の楽しみ方のひとつといっていい。
グラフィックソフトを使いこなすことができる人であれば、自分でそれらも作れるのだからこんなに楽しい世界はないだろう。
そしてわたしは、この世界に没頭していった。
自分の理想とする女性に近い外見で自由に行動できるこの世界が、わたしの心の中に占める割合は日々大きくなっていったとも言える。現実世界では確かに男性として生活していても、家に帰れば「Second Life」の中で女性として過ごす。現実と仮想を混同するようなことはないとしても、仮想世界の自分が現実世界にも影響を与え始めている気がしないでもなかった。
それは例えば、仮想世界のアバターがする女性的な動きを現実世界の自分が、ふと真似ていたり、女性的な言葉づかいが無意識に出てしまったりというときに感じることだ。
それはいつからか、仮想世界のアバターが本来の自分であるような意識となって、わたしの中で大きくなっていった。
だからだろうか。たとえ1時間、いや30分であっても「Second Life」にログインしないままその日を終えることができない。
あるいはネット依存だと言われるかもしれない。短い時間であっても仮想空間でエリカにならずにいられないというのは、依存なのかもしれないと自分でも思う。とはいえ、自分にとってそれは毎日の習慣のようなものでもあり、習慣を依存という言葉に置き換えるのには抵抗もある。もっとも、その習慣こそが依存の証拠だといわれればそれまでだが。
「Second Life」を始める以前から、理想の女性に自分がなりたいという漠然とした願望があったのは事実だ。
オンラインゲームやチャットルームで女性キャラクターや女性名で通していたこともある。いわゆるネカマということになるだろう。
それでも「Second Life」を始め、その世界に没頭していくまでは、自分の願望と現実の間に相当の差を感じていたことも正直なところで、ゲームの女性キャラクターやチャットルームの女性名はどこか「遊び」の感覚も持っていた。当然それは「Second Life」を始めるときにもあって、「エリカ」という名前もチャットルームで使っていたものだ。
なにが決定的に違うのか。
たぶん「Second Life」の場合はアバターの編集範囲が多く細かいということだろう。ネットゲームの女性キャラクターは、もともと用意されていたものに多少の変更をくわえることはできても印象を変えることはできない。「Second Life」では、初期アバターとは全く別の、あるいは自分で作った新しいアバターに変えることができるという点で、自分の理想を反映させることが可能だった。
「自分のアバター」という言葉通りの思い入れを「Second Life」では持つことができたし、アバターの容姿の編集を繰り返していくことで、その思い入れは強まっていったと言っていい。自分の理想とする女性に、自分がなりたいという漠然とした願望はここで具体的なものになったとも言えるだろう。
それがいかに現実からかけ離れたものであったとしても、精神的には仮想空間のアバターの方に自分のアイデンティティを求めていくようになっていった。
とはいえ、仮想空間のエリカと現実世界の自分が融合していったかというと、それは逆で、エリカの存在が大きくなっていくと同時に「Second Life」以外のネット空間でもエリカ名義を使用する必要性が生まれ…たとえばSNSで「Second Life」の友人と交流するといったことなどから、ネット世界ではエリカ、現実世界では本来の自分という二分化が進んでいった。
ネットの世界ではエリカは女性であり、現実の自分は極力見せずにいるし、現実世界ではほとんどネットでの活動を口にすることがない。二重人格的にも思えるが、自分としてはこれはこれでバランスを保っている状態と思っている。
「Second Life」にログインすると、そこは前回ログアウトした自宅だ。高度5千メートルの位置にあって、自宅といっても着替えるための一部屋があるだけにすぎないのだけれど。
女性アバターの楽しみはなんといってもいろいろな服装に着替えることと言ってもいい。ログインすると、まず着替えるのが日課のようになっている。
現実世界では冬が近い。
仮想空間の中では季節や天候の変化はないのだけれど、現実に合わせるのがユーザー間の暗黙の了解といった印象がある。
インベントリの中から昨シーズンに買ったセーターを見つけて、それを着る。下はデニムのジーンズ。そしてショートブーツ。
現実世界ではむしろ服装には無頓着とも言えるのに、エリカにはさまざまなオシャレをさせる。これも現実世界で自分が女性だったらそうするだろうという気持ちの現れなのだが…。
着替えといえば、「Second Life」を始めたころ、着替えようとして、それまで着ていた服をすべて外してしまい、アバターが全裸になってしまうというミスを何度かしたことがある。これは初心者にはよくあることのようで、同時期に始めた友人たちも経験があったようだ。周囲に人のいない場所でならいざ知らず、大勢集まっているところでやってしまったときには、裸になってしまったのがアバターであるにもかかわらず、PC画面の前で赤面している自分に驚いた。
それ以来、人のいるところでは着替えることはしなくなった。着替える服の一式をフォルダーにまとめておけば、ワンクリックで着替えることも可能ではあるのだが、一瞬でも人前でエリカが裸になることはしたくなかった。現実世界で言えばグラビアアイドルのようなプロポーションをしているので、見られてもかまわないというのもあるのだが、安易に裸になることには抵抗があった。
着替えが終わると地上にある、自分のカフェに下りる。
下りる、といってもTP、テレポートで一瞬のことだ。
「Second Life」では歩いたり走ったりすることはもちろん飛ぶことも出来る。そしてなにより便利なのがどこへでもTPで移動することができることだろう。
わたしが「Second Life」にログインするのは、女性アバターの自分になることもそうだが、チャットをするというのも目的のひとつと言っていい。もっとも「Second Life」のユーザーの多くがチャットを楽しむことを目的としていると言ってもいいかもしれない。
日本人ユーザーの間では、「Second Life」内のカフェやバーといった場所がチャット場になる。日本人ユーザーの多くが自分の店を作りチャット場として来店者を待つ。視覚的に店があり、アバターがいるということはあってもテキストベースでのチャットルームと基本的には変わらないとも言えるかもしれない。
チャットをするということは、自分以外の誰かと接することに他ならない。
仮想空間の中で女性になるということだけであれば、誰とも接することなく、女性アバターの自分をPCの画面で眺めていれば、それで満足できるかもしれない。しかし、誰かとチャットをすることによって、エリカという女性を、女性である自分を認めてもらえるような気もしている。第三者の反応を介して自分の存在を確認するという側面も、チャットという行為には含まれているのかもしれない、と思うこともある。これはアバターというビジュアルがあるからなおさらそう感じるところでもあるだろう。
とはいえ、自分に都合のいいことばかりではない。「Second Life」の中にもネカマを嫌う人がいて、女性アバターを使っているのが本当に現実世界でも女性であるか疑ってかかるような人もいるし、「誰々はネカマだ」とことあるごとに発言する人もいる。
当然、そういう人とはなるべく関わらないようにしている。
以前一度だけ、面と向かって「キミ、中の人男でしょ」と指摘され、うまくかわすことができず、その場ではネカマというレッテルを張られたことがある。
もちろんそれは事実ではあるのだけれど、エリカとして行動している時間は女性であり続けたいという自分の気持ちにはかなりのショックがあり、しばらく「Second Life」にログインすることができなくなってしまった。
アカウントを変えてやり直そうかとも考えたのだが、けっきょく、2か月ほどのブランクを開けてエリカでログインするようになった。エリカというアバターに捨てがたい思い入れができていたからだ。
それからは徹底して女性として通すことにしている。女性として過ごすために「Second Life」にログインしているのだし、エリカとしてログインしている間は現実世界の自分のことは忘れようと決心した。
そんなことも、エリカが本当の自分だと感じる理由のひとつなのかもしれない。
「Second Life」内の建物などは現実を模したものが多いというのはすでに言った。カフェやバーなども多くが現実にあるような建物や内装になっている。仮想空間であるからこそ、「現実にありそう」なものが「すごいもの」に思える部分でもある。
しかしわたしのカフェは、自分で作った建物で、現実にはあり得ない、四方がガラス張りのものだ。しかも柱などはない。このような建物は意外と「Second Life」の中でも見かけることがない。
最初は、海に面した土地だったこともあり、カウンターから海が眺められるようにと作り始めたのだが、けっきょく四方が見渡せる形になった。
「開放的でいい」と言ってくれる人もいるのだけれど、基本的には自己満足の産物でしかないという気持ちもある。というのは、来店者はカウンターに座ると海が見えるわけだが、接客するこちら側は海を背にすることになる。海側だけオープンにして、ほかの三方を壁にした建物にした場合、自分からはいつも壁を眺めることになり、毎日同じ壁面を見ているのは飽きてしまうことになる。そこで、外の風景が見えるように、と四方をガラス張りにしてしまったのだ。
Second Lifeを体験したことのない人には風景といってもピンとこないかもしれない。
Second Lifeの風景では、海や空は大変美しい。もちろん使っているパソコンのスペックに左右もされるが、太陽や月の光による海のきらめき、雲の流れはそれだけを見ていても飽きないといっていいと思う。また樹木も枝が風に揺れたり木の葉が舞ったりという演出ができる。霧に霞む風景や雨の降る風景といったものも、やり方しだいで見ることができる。季節や天候はデフォルトではないが、雨や雪、雷を作ることもできる。風の音、雨の音、雷鳴の音なども音声ファイルを使って再現できる。雪の上を歩けば、キュッキュッと雪を踏みしめる音を出すこともできる。
自分の店から見える風景は、店の前庭にあたる薔薇の庭園だ。もっとも庭園といえるほど整備しているわけではなく、敷地いっぱいに薔薇が植えられているにすぎないのだけれど。季節ごとに花の種類を変えていて、夏はひまわり、つい先日まではススキだった。
店の入口付近にTPしたあとは、バーカウンターの中央辺りに立って来客を待つ。これは習慣のようなものだ。
すぐに誰かが来ることもあるし、1時間ほど経っても誰もこないこともある。
「Second Life」では、自分で土地を持つとその土地の設定が出来る。土地の区画内に任意のネット放送局を設定することで、クライアントビュワーの音楽再生ボタンをオンにして音楽も聴ける。風景を見ながら好きな音楽を聴いているだけでも、誰かが来るまでのあいだあまり退屈しないですむ。
そんなふうにして30分ほど過ぎたころ、店の入り口にTPしてきたアバターの影が見えた。TPをしてきた直後やログインしたばかりには、アバターは白いモヤのような状態で表示され、読み込みが完了すると本来のアバターの画像となる。
「こんばんは、いらっしゃいませ」
カウンターに向かって歩いてくるアバターに声をかける。
「こんばんは」
やって来たのはこの店にもよく顔を出してくれる、友人のミミナさんだった。
「久しぶりね。一週間ぶりくらい?」
「うん、それくらいになるかな」
カウンターの中央辺りのイスに腰掛けて彼女が答える。
「ログインはしてたよね? フレンドリストでインしてるのは見た気がする」
「うんうん。あちこちのカフェとかバーに行ってたんだけどねえ」
「そうなんだ」
「うん。最近新しいお店も増えてるからね」
「そうだねえ」
「でもあれだね。初めて行くお店はなんか気をつかっちゃって疲れるね」
「知ってる人がいればいいけど、そうじゃないと緊張もするしね」
「うんうん」
「どこかいいお店あった?」
「いいというか、RLでニューハーフだという人のお店に行ってみました」
RLというのはリアルライフの略で、「Second Life」は普通SLと略す。
「へえ、そんなお店ができてたんだ。どうだった?」
「微妙…かな? ボイスチャットしてたんだけどね。確かに話も面白いんだけど、ちょっとわたしの趣味には合わなかったかな」
「そうなの?」
「うん。なんだろう、やっぱりどこか男性の気を引こうという感じがしちゃってね」
「なるほど」
そうはいってもSL内のカフェやバーはなまじ店舗というビジュアルがあるだけに、単にチャット場というよりは接客しているという感覚になりがちで、来店者にたいして多少の媚が出るのはいたしかたないとも言える。
「うちは下ネタが多いから女性の人には向かないかも、とか言ってるし。暗に女性には来てほしくないって言ってるよね」
「まあ、そうかもしれないけど、そこまで考えすぎなくてもいいんじゃない?」
「まあねえ。でもそんな感じだったのよ」
「世の中、いろいろな人がいるし、SLはなにをしてもいいところだから…」
「うん。もう行くこともないだろうから、忘れよう」
わたしは苦笑して頷いた。
それにしても…。ミミナさんと雑談をしながらわたしは考えていた。
現実世界でもニューハーフとして生きている人が、SLでもニューハーフということを公言して生きている。それはそれでうらやましく思えることではある。もちろん、わたしの場合ただ女性になるということではなく「理想の女性」になりたいのだから、実現は不可能に近いのだけれど。ただ、SLで女性として過ごす時間が長くなってくるのに連れて、現実世界でも女性になれたらという思いが少しではあるが芽生えてきたように感じる。現実と仮想で二分してしまっている気持ちを統合できたら、するべきなのではないかという思いだ。
アバターのシェイプ(骨格)を女性にすればいいSLの世界と違って現実は簡単ではない。それに現実のわたしはそれほど若くもないので、いまから性転換をするのも肉体的な負担が大きいこともわかっている。
けれど、このまま二分した気持ちのまま生きていくことにもどこか言いしれない不安も感じていた。
「あら、もう2時! 寝ないと」
ミミナさんが言った。わたしもそう言われて時計を確認する。
「久しぶりに話せて楽しかった。おやすみなさい」
「おやすみ、またね」
ミミナさんはイスから立ち上がるとそう言って姿を消した。自宅にTPしたのだろう。
朝、目覚まし時計のベルで起こされたが、スッキリと目覚めることができない。「Second Life」をログアウトして就寝したのが3時だった。あと30分でも早く寝ていれば、といつも思うのだが…。
だるい身体を引きずるようにして洗面台の前に立つ。鏡の中には寝ぼけ眼の自分の顔があった。
ああ、なんて顔をしているんだ。
毎日同じ顔を見ているし、今朝のように起きるのがしんどいことだって1度や2度ではなかったはずなのに、どういうわけか今日ほど自分の顔を鏡の中に見ることが苦痛でたまらないことはなかった。
できることなら1日中エリカとして過ごしていたい。そんな思いにかられる。
だが、食事も睡眠も取らなくていい仮想空間と違って現実は厳しい。自分に喝を入れるように両手で頬を叩いてから顔を洗うと、少しは気分がスッキリした。
そんなこともあってか、エリカに対する思い入れはいっそう強まった気がする。また現実世界の仕事が忙しくなり「Second Life」のログイン時間を削らなければならなくなったこともそれには影響していただろう。もっとも、ログインしていない時間、例えば仕事が終わって帰宅する電車の中などで、SL内のカフェでクリスマスの飾りつけをしようとか、お正月用の着物を用意したいなどと仮想空間のことばかりを考えていたりもした。エリカになれる時間が限られることで、その時間を濃密に感じていたのだと思う。
人はときどき、いま自分はなにをしているのだろう、何のために生きているのだろうと考えることがあると思う。
仮想空間で女性として生きるために現実世界で働いている、というのが今の現状なのだろうが、自分としては正当な理由に思えることでも、他人には公言しづらいのも事実だ。
オンラインゲームなどに過度にのめり込んでいる人を「廃人」と称する。たいていの場合時間的な耽溺に対して使われる言葉だと思うが、思い入れの度合いから言えば自分も「SL廃人」だといえるだろう。いまとなってはそれを自覚しないわけではない。
そう、現実世界ではまぎれもない男である自分こそが仮の姿であり、仮想空間のエリカが本当の自分だという思いが、ここに来てまた高まってきているのだ。
いまや仮想空間のエリカは、現実世界の自分の意識の中でもその存在感を増し、現実世界でエリカが男の肉体を操って生活しているような気分にもなっている。
現実世界でできないことをする、それを楽しむのが仮想空間という思いはいまも変わらないが、仮想空間の中に作り出した異性である自分が、もはや現実の意識を支配しているといっていい。
考えてみれば、理想の女性になりたい、理想の女性として生きてみたいという漠然とした思いが心の片隅に芽生えたときからそれは始まっていたのかもしれない。「Second Life」を知り、その中で漠然とした憧れを具体的なものにできたとき、仮想と現実の逆転は始まっていたのだ。
なんだろう。すごくリラックスした気分だ。
自分の性に違和感があったとか、性転換の願望があったというわけではなかったのだが、現実の肉体を、仮想の女性が操って生きていると思うと妙に納得してしまう。理想の女性になりたいという願望がこのような形で実現したということなのだろうか。あくまでも現実の肉体は変化していないのだが、精神的には理想の女性に代わったような気がしている。二分していた気持ちもある程度統合されたように思える。
これはこれで性別を超えたといえるのだろうか。
帰宅して、食事をしたり日常の一通りのことを終え「Second Life」にログインするのはどうしても21時を回ってしまう。翌日のことを考えれば0時を過ぎたらログアウトして寝るべきなのだが、ついつい1時、2時まで「Second Life」の中で過ごしてしまう。
気がつけばそんな生活がもう5、6年になっている。
今夜も「Second Life」の中で、エリカに、本当の自分になったわたしがいる。わたしの理想の美しい女性に。
〔終わり〕
【Second Life小説】Over Sexual(pilot sketch) 結城あや @YOUKI-Aya
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