女王とスカイフィッシュ

こんぶ煮たらこ

女王とスカイフィッシュ

我は女王








世の全てのセルリアンを統べこの種を永遠に保存し繁栄に導く者










そうなる筈だった













「そっちはいましたか?」

「いないのです。向こうを探してみましょう」



草むらの陰でじっと息を潜める。

鼓動の高鳴りが口から出そうになってしまうのを必死で堪え、その声が遠くなったのを確認すると私は近くの木にもたれ掛かった。



「(はぁ……行ったか)」



身体にはこの数日の逃亡劇で負った擦り傷や痣が生々しく残っている。

そして先程の追手から受けた傷…辛うじて急所は避けられたがこの傷ではもう長くはもたないだろう。

こういう時“元の身体”というのは実に不便だ。なにせ四肢が無いのだから。

傷口を抑える事も出来ず、ただ黙って傷口から溢れ出るサンドスターを眺める事しか出来なかった。




「(クソ…!!何故女王である我がこのような仕打ちを受けねばならんのだ…)」







いや…正確には“元”女王、か………。






フレンズらによる決死のパーク・セントラル奪還作戦から数日後、パーク全域にセルリアンの一斉掃討命令が下された。


そう、あの日我々は負けたのだ。

種の反映と存続をかけた戦い、その生存競争に敗れた者に居場所など存在しない。

当然のように淘汰され、やがては絶滅という歴史を辿る事になる。

それもこれも全てはセーバル…あのミュータントのせいだ。

奴はセルリアンとして生まれながら自我を持ち、その結果あろう事かフレンズ側につき我等の作戦の邪魔をした裏切り者、反逆者だ。

奴さえいなければ我々の作戦、究極のセルハーモニーは完成していた。

奴さえいなければ…。




ガサッ




「(しまった!?さっきの奴等か!?)」


後ろで茂みが大きく揺れる。

まずい…今の状態で奴等に見つかれば一巻の終わりだ。


「!?あなたは……」


しかし茂みから現れたのは先程の追手とは異なる何とも奇妙な姿をしたフレンズだった。白く透き通るような全身とその特徴的な羽にどこかで見た天使の姿を重ねる。

さしずめ“お迎え”といったところか。


「酷い怪我…このままだと……」


一歩も動く事の出来ない私を見るや否やそのフレンズは何の躊躇いも無くこちら側に歩み寄ってきた。


「(クソッ…!それ以上…近付くな!!)」


持てる力を出し切ってその手を払い除けようとするが、最早そんな力すら今の私の中には残っている筈もなく、私はそのまま闇に飲まれるように目を瞑った。










―――そう、これが女王の最期。




向こうの世界では散っていった我が同胞達が待ってくれているのだろうか


それともフレンズらを危機に陥れた罰として地獄での裁きが待っているのだろうか


どちらにせよもう関係の無い事だ


セルリアンの女王としての命はここで潰えるのだから


あぁ…心地良い


身体の傷が癒えてゆく…まるでサンドスターの海を泳いでいるかのようだ


この感覚、かつて女王として生まれ変わった時の事を思い出す


そう、初めて輝きを得たあの時と同じ感覚………













「………。ん、ここは………」


ぼんやりとした意識の中身体をくねらせ何とか起き上がる。やけに身体が軽い。それに気が付けば傷や痛みも綺麗さっぱり消えていた。

そうか…どうやら私は本当に“向こう側”の世界に来てしまったらしい。


……にしては先程の景色と何ら変わりないように見えるが…。



「……!?………!!!」ドサッ


突然目の前が暗闇で覆われる。

何かが私の顔めがけてぶつかってきたのだ。

バランスを崩した私は鈍い衝撃音と共にそのまま後ろに倒れ込んでしまった。


「……♪♪…………☆」

「あいたたた……って貴様はさっきの!?何故まだここにいる!!」

「………。…………?」


私にタックルをかましてきたのは紛れもなくあの時の天使のフレンズだった。まるで私の復活を待ちわびていたかのように喜び、その瞳にはうっすらと涙すら浮かべている。そんなフレンズを見て事態の読み込めない私は完全にフリーズしてしまった。

何だ。一体何が起きている。

こいつはあの時私にトドメを刺さなかったというのか?それに先程からのこの手を慌ただしく振る動作…まるで私の言葉に反応して何かを伝えようとしているかのような………。

………ん?言葉?


「…ちょっと待て!!何故我は今喋れているのだ!?」

「………?」

「お、おい貴様!どういう事だ!?我に何をした!!?」

「………;…………!?(あわあわ)」







言語機能の復活、そして身体の傷の回復…。

我々セルリアンがそうなる方法はそう、ただ一つ…。










「……貴様、自らの輝きとサンドスターを食わせたな……?」

「………………」



そのフレンズは肯定も否定もせず、ただ黙ってこちらを見ているだけだった。



何という事だ………。

私はフレンズに命を救われたというのか………?

いやそれ以前にこいつはフレンズでありながらセルリアンを助けたというのか?否、ありえない。ありえるはずがない。

となれば導き出される答えは…。


「……はは…ははははは!!」

「………?」

「こいつは傑作だ!!あの世でどんな仕打ちが待っているかと思えば、このセルリアンの女王がフレンズと仲良くふれ合う世界だと!?最高の皮肉ではないか!!」

「………~(ぷく~)」

「いだ!?いだだだだ!!貴様、何をする!!」


そのフレンズは怒ったように顔を膨らませながら私の体を力いっぱいつまんできた。いくら軟体であってもフレンズに力任せに捻られればたまったものではない。

しかしその痛みこそがここが夢の世界ではないという事を証明させる。

そう、つまりこれは現実…。




「何故だ……。何故我を助けた」

「……………」


私の問いかけにただ俯き、視線を逸らす。

このフレンズは自らの声という輝きと引き換えに私に命を与えた。

声というものが生物にとってどれ程重要なものであるか、それはセルリアンであるこの私ですら理解している事だ。ヒトであれば声に言葉を乗せ、動物であれば鳴き声として…その機能は生きる上で無くてはならない非常に重要なものである。

言葉が話せないという事はそれ即ち自らコミュニケーション能力を捨てるという事、自己の主張やましてや他者との意思の疎通を図る事など到底不可能だ。

仮にこいつがその重要性を理解しているとしてそれ程までに重要なものを賭けてまで私を救った理由は何だ?

そもそもそんな事があり得るのか?


いやあるのだ。現にあったのだ。

だから私は今こうしてこの得体の知れないフレンズの前に立っている。



「………!……?(ちょいちょい)」

「ん?何だ…」


そのフレンズは急に何かを思いついたかのように私に向こうを向け、と手で合図してきた。こいつが何を考えているのかまるで検討もつかないが最早これ以上考えていても埒が明かないと考えた私は言われるがまま背を向ける事にした。

するといきなり何かが私の背中をスッとなぞるように動いた。


「んなっ!?何をする!」

「…!……!!(ぷんぷん)」

「あぁ…?動かないでじっとしてろ?」

「……~…………!(こくこく)」


な、何だこれは…新手の拷問か?

指で背中をなぞられる度にゾクッっとした奇妙な感覚に襲われる。無論こんな風に誰かに触れられた事など一度も無い私は戸惑いつつも背中をなぞるその指先に意識を集中させる。するとこの行為がただの遊びなどではなく、何かを伝えようとしている事に気付いた。

これは……文字…?




ス、カ、イ、フ、ィ、ッ、シ、ュ…?


「……☆………~♪(ぱちぱち)」



スカイフィッシュと呼ばれたそのフレンズは屈託ないの笑顔を向けると小さな手で拍手をした。

スカイフィッシュ―空の魚。

そんな生物が本当にこの世に存在するのかは分からないが、言われてみればその姿は空を泳ぐ魚のようにも思える。


「なるほどスカイフィッシュか。これでは確かに天使に見間違えるのも頷ける」

「………/////…………~☆」


その一言が気に入ったのか、スカイフィッシュはまるで空中を泳ぐように飛び回った。やはりこのフレンズからは敵意というものがまるで感じられない………今のところは、だが。




「スカイフィッシュよ、よく聞け」


私は語気を強め場の空気に針を刺す。

それに気付いたのかスカイフィッシュもくるくると飛ぶのを止めると神妙な面持ちでこちらに戻ってきた。


「我はかつてセルリアンの女王だった者だ。そんな者を助けたという事がどういう事かお前は分かっているのか?お前たちフレンズにとって我々セルリアンがどういう存在なのかはお前も知っておろう」


そう、我々セルリアンとフレンズは決して相容れる事の無い存在。

これは生まれた時から変わる事のない定め。

出会えば戦うか逃げる、その二択。そう本能に組み込まれている。

現に私は未だにこのスカイフィッシュというフレンズを信じられないでいる。

これも全て私を油断させる為の罠かもしれない。私の中の猜疑心が今もなおそう警鐘を鳴らしているのだ。


スカイフィッシュは少し考えた後、また私の背中に文字を走らせた。




わたしたちの かがやき うばう わるいこ


でも どうぶつに てんてきいるの あたりまえ




「ほぅ…お前はフレンズでありながら我々の存在を認めるというのか?」

「……。…………?」



不思議な奴だ。今までこんな奴は見た事がない。

しかしこの質問はただの枕詞に過ぎない。

私が本当に聞きたいのは………。




「それで?お前は何故その天敵をわざわざ自分を犠牲にしてまで助けたのだ」




そう、これが本題…私が一番聞きたかった事。

スカイフィッシュはゆっくりと文字を綴る。先程より指先から感じられる体温が妙に温かく、まるで彼女が本当に喋っているかのような錯覚に陥った私はただ黙って彼女の答えに耳を傾けた。





あなたをはじめて みたとき あなたから いろんな かんじょうが ながれこんできた


ふあん こどく かっとう おそれ いかり かなしみ


ふつうの せるりあんは そんなこと おもわない


そのとき わたしは あなたに “かのうせい” という“かがやき”を みいだした





「…貴様、何が言いたい」





自分の中で押し殺していた何かが沸々と音を立てて沸き上がってくる


止めろ


それ以上言うな


それを認めてしまったら私は…………。






あなたにも じが が




「黙れッ!!!!!!」


気付いたら私は全てを書き終える前にスカイフィッシュの指を払い除けていた。


「我に自我だと!?ふざけるな!!その言葉を聞いただけで虫酸が走る。そんなもののせいで我がここまでどれ程虐げられてきたか分かるか!?いいか…セルリアンが自ら輝きを生み出すなど有り得ない、有り得る筈が無いのだ!!いらない!!セルリアンに自我など必要ない!!!!!」





自我…。

そう、薄々気付いていた。

セーバルに裏切られ、全ての輝きを奪われ、フレンズらから必死で逃げる中自分の中に何か今までと違うものが芽生え始めている事に。

それこそが自我…ヒトやフレンズの持つ感情だという事に気付くまでにそう時間はかからなかった。


セーバルから輝きを奪ったあの時、滝のように溢れ出る彼女の感情が一気に私の中に押し寄せてきた。

不安、孤独、葛藤、恐れ、怒り、悲しみ……そしてそれら全ての負の感情を大きく包み込む友情という輝き…。

その輝きが余りにも眩しくて、大きくて、怖い程優しくて…私はどこかで受け入れる事を拒絶してしまった。

そうだ…。あの時負けたのはセーバルのせいじゃない。

そんなヒトやフレンズの持つ可能性を恐れて受け入れられなかった自分のせいだったのだ。




「セルリアンが自ら輝きを生み出すなどあり得ない……。あってはならないのだ………」



私はうわ言のように同じ台詞を繰り返す。まるで自分に言い聞かせるかのように。

そう、それを認めてしまったら私は私でいられなくなってしまうから。

私に唯一残されたセルリアンというアイデンティティ、私が私で在る理由―。

それを否定してしまったら一体何が残るというのか。

その現実と向き合うのが怖かった。


「もう女王ですらない私にはそれしか信じるものがないんだ…。なぁ教えてくれスカイフィッシュ…私は誰なんだ…?」





じぶんが だれかなんて わからない


それは わたしも いっしょ


だから それを これから さがすの わたしと いっしょに





「探す、だと…?」


私の問いかけにスカイフィッシュはそう答えた。






せるりあんの じょおうは もういない


あなたが あなたらしく いきられるせかいを さがそう


だって ここには けものはいても のけものは いないもの









あぁそうか…。

この世界はまだ私を受け入れてくれるというのか。

どこまでも優しくて温かい、輝きに満ちた世界。

なるほど“奴”がこの世界を永遠に保存したいと言っていたのも頷ける。





「…フン。我を助けた事、後悔しても知らぬぞ」



だいじょうぶ だって わたしたち もう 友達フレンズなんだから

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