魔法使いの青年

--魔法師とは身体に精霊を宿して生まれ、魔法の技能を備えた者のことである--




──魔法師、ね……。


 魔法師は、見た目は普通の人間と変わらず、違うのは魔法を使うことができるということだけだ。だがそれは、普通の人間との最も大きな差でもあった。


 戦闘に魔法師が参加したことは、たったの一回。現在のクロイア帝国が生まれる原因となった、たった一度だけの戦闘で、魔法師たちはその希少で絶大な力を世界に知らしめることとなったのだ。


 クレテイユやフラムでは、見ることが稀な魔法師にレティシアも使命とは別に、密かに興味を持っていた。


「ここら辺にいるって聞いたんだけど……」


 王城の庭園に足を踏み入れたレティシアは、緑のアーチをくぐり抜け、あたりを見回した。


「あっ……。」


──いた……。あの人かしら?


 庭園にあるベンチで、淡い青髪の青年が寝ているのを見つけた。寝顔からでもわかるその整った顔立ちに、リネットへの報告が決まった。


 レティシアはきびすを返し、王城の中へと戻ろうとした。しかし、空が曇り始めたことに気づき、その顔立ちのいい魔法師を起こそうと、近づき声をかける。


「魔法師様、天気が崩れてきておりますので、中にお戻りください」


 一声かけると、その魔法師の青年はすぐに目を覚ました。


「では、失礼いたします」


 レティシアはすぐにまた王城へと歩き出した。


 空き時間も、もう終わる。

 リネットの元へとレティシアは歩を早めた。






 そして、残された青年は


「必ず、取り戻してみせる……」


 そうつぶやいて、レティシアの去った庭園から、一瞬で消え去った。






「失礼いたします、リネット様」


 王城の中へと戻ったレティシアは、早速リネットへ魔法師のことを報告しようとリネットの部屋を訪れた。


「レイナ! もしかして、見てきてくれたの?」


 レイナの姿を見たリネットは、とても楽しそうに笑った。


「はい。リネット様のおっしゃっていた魔法師の方を見てきましたが、お噂通りとても顔立ちのよろしいお方でした」


 魔法師たちは普段集団で動くこともないらしく、王城の使用人に「顔立ちのいい魔法師」と言っただけで、先ほどの庭園にいた青年にたどり着いたのだ。もともとの噂も本当だったのだろう。


「そう。それでは一回は見ておかないといけないわね! 今度一緒に見に行きましょう!」


「わかりました。では、今度はご一緒に」


「レイナ、ありがとね」


 リネットの屈託のない笑みに、レティシアも笑みをこぼした。




 その晩、真夜中よりも少し前にレティシアは自室へと戻った。


 フラムに来てから気を抜けるときなど一時いっときもなく、疲れも溜まっていたのか、レティシアはベッドに横になるとすぐに眠りに落ちていった。




「レティシア様! レティシア様!!」


──城内にいるのが嫌でよく庭園に出ていた私を、クロードはこうやってよく探しに来てくれたっけ。


「レティシア様、今日はよいお天気ですから、ここでお茶にいたしましょう」


──クロードはいつも楽しそうに笑ってくれる。


すると、


「レティシア様! クロード様! お待たせいたしました」


 レティシアとクロードのいるところへ、少年がまっすぐに走ってくる。


──あれは……誰かしら……?


 自分の記憶とは違う何かが、引っかかる。

 思えば、今いる庭園もクレテイユの王城ではない。


「レティシア様、今日のお菓子はスコーンですよ。僕も少しですが、クロード様のお手伝いをさせていただいたのです」


 レティシアへ楽しそうに笑う少年のことを、知っている気がするのは何故なのだろう。


──あなたの名前は……。




 朝、目が覚めたレティシアは自分が泣いていることに気づいた。あの夢の中のことを懐かしいと感じていたことにも。


「あの子は、一体……」


──誰だったのか。


 レティシアはやはり思い出せないのだった。

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