レイナとアルセイ
「さあ、着いたぞ」
馬車を降りる準備をしているとき、カルロスが言った。
「そういえば、アルセイは先に着いているんだったかな?」
「そうですわ。アルセイは物覚えが早くて、あっという間に仕事をこなしてしまうんですから。確か……レイナとも仲が良かったわよね?」
「はい、私の憧れです。いろいろなことを教えていただきました」
リネットの質問にも軽く答え、レティシアは準備を終えた。
フゥーと軽く息を吐き心臓を落ちつかせたレティシアは、トランクを持ち立ち上がった。
だが、ここにはクロードもいる。
アルセイとして忍び込んでいるクロードは、先ほどの話の通り、一か月前にはもう城の中に入っていた。
しばらく会っていない自分の従者に会いたい気持ちを押し込め、ここからが勝負であり、息をつき安心することはできないことを、自分の中で再確認する。
「レイナ、行きますよ」
「はい、リネット様」
そして一歩、レティシアは敵地へ踏み込んだのだった。
出迎えのために立っていたクロードは、馬車から出てきたカルロスに恭しく、頭を下げた。
「長旅、お疲れ様でした」
「ああ、アルセイ。どうだ、もう城の中には慣れたか?」
ニコニコと微笑みながら訊いてくるカルロスに、クロードも微笑みを返す。
「はい。一か月間でだいぶ慣れました。まだフラム語はうまくありませんが……」
「そうか。まあ、ゆっくり慣れなさい。レイナはフラム語が上手なようだしな」
「はい。ありがとうございます」
続いて降りてきたリネットは、嬉しそうにアルセイに話しかけてくる。
「アルセイ……あなたがいなくてレイナが寂しそうだったのよ? ね、レイナ?」
「リネット様…!違います。寂しくなんかありませんでした。アルセイがいなくても平気です」
リネットの思わぬ冷やかしに、レティシアは慌てて反論した。
「そう?」
「そうです」
クスクスと楽しそうに笑うリネットに、まあまあと止めが入る。
「リネット。それはそこら辺にして、城の中を案内しよう。アルセイはレイナを部屋へ案内してくれるかな。終わったら、私たちの部屋で待っていてくれ」
「承知いたしました」
「じゃあ、リネット。行こうか」
差しのべられたカルロスの手を、リネットが嬉しそうに掴む。
「じゃあまた後でね、レイナ、アルセイ」
「いってらっしゃいませ」
そのまま二人は城の中へと入っていった。
「それでは私たちも行きましょう。レイナ」
クロードが慣れた足取りで先に歩いていく。レイナもすぐ後ろをついていった。
「レイナ、ここがお前の部屋だよ」
とある部屋のドアを開け、クロードは言った。
「うわぁ……。ねえ見て、町が見渡せるわ!」
「ええ、きれいですね」
クロードも中に入り、ドアを閉める。
「姫様、ここからどういたしましょうか?」
窓から外を眺めていたレティシアは我に返ったように、クロードの方を振り向いた。
「うーん……とりあえず様子をみるわ。ここまでで何か情報はある?」
あります、とクロードは首を縦に振った。
「どうやらクロイアの魔法師たちを集めているのはフラムの王ではないようです。ですが、王城に魔法師たちが紛れ込んでいるのも、また事実。王族の中の誰かが手引きしているものと思われます。」
ふぅ……と息をつき、レティシアはまだ騒いでいる自分の心臓を落ち着けようとした。
「そう……。ありがとう、クロード。先に一か月も前からここで生活を……。本当は私の使命なのに」
自分の従者だから、こんな危険な所にいる。クレテイユ人ということがばれただけで、ここフラムでは、なにをされるかわからないのに。それでもクロードは、レティシアについてきてくれたのだ。
己の未熟さ故に、クロードを危険にさらしている自分……。涙が出そうになり、レティシアは必死にそれを自分のプライドで押しとどめた。
「レティシア様……。私はあなたの行く先ならば、どこまでもお供いたします。レティシア様のためならば、私は戦う剣となり、守る盾となりましょう」
レティシアの前で膝をつき、クロードは言った。
「わかっているわ。でも、クロードがいなくて寂しかったのよ?だから……クロードが元気そうで本当に良かった」
クロードの顔を見て、レティシアは笑った。
その笑顔は本当に可愛らしく、いつもならば絶対に見せないものだった。
──守りたい……守らなくてはならない。この笑顔を絶やしてほしくないと、いままで何度となく、願っただろうか。
レティシアが大きくなればなるほど、周囲の目は厳しくなり、彼女を苦しめる。
──情けない……。いつもそんな思いで、胸が苦しくなる。
「じゃあ、リネット様たちのお部屋へ行きましょう。今日はお客様も来るみたいだし……」
はっ、と我に返り、クロードも頷いた。
「そうですね。では行きましょう、レイナ」
クロードがドアを開ける。
そのときにはもう、クロードはアルセイに。レティシアはレイナとしての顔になっていた。
また城内をしばらく歩き、カルロスとリネットの部屋に着いた。
「ここが旦那様たちのお部屋です」
ドアを開け中に入ると、もうすでに他の侍女たちが荷解きを始めていた。
「では、ここで私は失礼します。仕事がありますので」
「わかりました。ここまでありがとう、アルセイ」
クロードは踵を返し、行ってしまった。
「さてと……」
仕事をしなくては。
レティシアも慌ただしく動き始めた。
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