第15話 ポンペの朝はめっちゃ早い

 ポンペの朝はめっちゃ早い。

 どれくらい早いかというと、具体的に言うと、日の出と同じくらい。

 猫が起き出してくる時間だ。

 

 寝床は瑠砂と一緒だった。

 彼女の顔に寄り添うように、同じ枕に頭を乗っけて寝ている。ポンペの身体は1/8フィギュアと同じくらいだから、つまり20センチほどしかない。猫より小さいから許される居場所だった。

 おいそこ代われ、寝床を譲らされた瑠砂の家の猫が毎朝睨みつけてくるが、ポンペは快適な場所を譲るつもりはなかった。だっていい匂いするし。温かいし。


 時折り瑠砂が寝返りをうつと、吐息がかかることがあって、すぐ目の前に彼女の大きくてきれいな睫毛が震えていることがあって、白磁の肌が、薄紅色の入った頬が手を触れるくらい近くにあって、ああ、触りたい。でも、触れない。起こしちゃうし。自分が小人で良かったと感謝してしまう。

 羨ましいだろ。ポンペは読者に向かってつぶやいた。


 ポンペは気づいていた。

 寝ているとき、ひとは夢を見る。悪い夢を見てうなされることもあるし、よい夢を見て頬を弛ませることもある。 

 瑠砂も同じで、いつもは変わらない表情が、そういうとき、ちょっとだけちゃんと変化する。

 夢を喰われても、まだ瑠砂の心の中には夢を見る力は残っているのだ。

 それはもしかしたら1/8サイズのポンペだから気付くのかもしれない。

 だって、ぜんぶの表情がポンペには8倍になって見えるのだから。


「ボクが頑張らなくちゃ! 瑠砂に夢を取り戻すんだ!」


 そして早朝から寝床から這い出してポンペは考える。

 ひとの心を大きく揺さぶるにはどうしたらいいだろう? 

 喜怒哀楽とは言うけれど……。

 喜ばせる。怒らせる。悲しませる。そして楽しませる。

 もちろん、それだけじゃない。驚かせてもいいし、そしてそう、怖がらせてもいいのだ。

 恐怖はひとの心を強く揺さぶる大切な感情だった。


「でも、ボクだと怖がってくれないんだよなー」


 背中を叩いて「わっ!」って驚かせても、「どうしたの?」って言われるし、故郷に伝わる恐ろしい話を聞かせようと、おどろおどろしく語り始めれば「トイレかな?」って勘違いされるし。

 トイレと言えば、瑠砂をもっとも驚かせたというか、慌てさせたのは、ポンペが彼女の家の洗面所にうっかり落ちて流されそうになったときだった。あれは悲しい出来事だったと思い出す。

 慌てて引っ張り上げられて、無理やり服を脱がされた上で、お風呂に入れられて、ドライヤーで乾燥させられたのだ。妖精の誇りも何もあったもんじゃない。

 ざまあみろと猫が笑っていた。

 あいつ、いまに見てろよ……。

 ポンペは傷ついた少年心に深く誓ったのだった。

 ふくしゅうしてやる。いつかヒゲをぜんぶ抜いて、情けない顔にした上で、マジックで毛にラクガキきしてやるのだ。もちろん油性だ。慈悲はない。

「にゃあ!」

「うわぁ!」

 背後から頭に手を置かれた。

「にゃ?」

「お、驚かせるなって! ……なんだよ!」

「んにゃお」

「メシ? んなの、ボクが知るわけないだろ。それより、あんまり騒ぐなよ。瑠砂が起きちゃうだろ?」

「……ポンペくん? どうした、の……? もう朝?」

 瞼をこすりながら瑠砂がつぶやいた。

 ぎくりとポンペは心臓を凍らせる。主の安眠を妨げるなど、家妖精としてはあってはならぬことだった。

「ななな、なんでもない! まだ朝じゃないよ!」

「そう……」

 すぅっと息を吸ってから、瑠砂がふたたび目を閉じる。

「ふう」

「出ちゃ、寒いよ……」

 身体をつかまれて、そのまま引き寄せられた。

「ちょ、ちょっと……ルサっち。ボクはもう起きて──」

「ん……、まだ、朝じゃない……」

「そ、そうだけど、ボクは起きて瑠砂を驚かせるための……って、それ言っちゃったら、意味ない!」

「だめ……まだ朝じゃない、でしょ……」

「う、うん、そうだけど……」

 どうせ、がっちり掴まれて身動きできなかった。

 しかたない。今朝の計画は取りやめだ。ポンペは気持ちを切り替えた。瑠砂の寝顔をもうちょっと見ているのも悪くない。まあ、明日があるさ。

 ポンペは小人族らしく常に能天気で、おまけに明日できることは今日やらない主義だった。

「にゃあ」

 呆れた、という顔をして猫が鳴く。


 ポンペの朝はめっちゃ早い。

 それでも、起き出してくるのはたいてい遅刻寸前の時刻だった。

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