第17話 はいすぺっく・ころぼっくる

「あの蕗の葉を大きくしたのが、僕の力だって?」


「そうだ、無論」


 警備員に見つかりそうになって絶体絶命だったとき、ポンペのもつ蕗の葉が異様に巨大になった。おかげで4人全員が葉の下に入ることができた。

 そうして、僕らは警備員の目から逃れたのだった。


 蕗の葉の下にいるものを隠せる


 というコロボックル族の持っている性質のおかげだ。

 確かにそのとき、葉っぱが大きくなればとは願ったが……。あれが晶の魔法の力だって?


「試してみればいい」


「試す? で、でも──そんなことできるわけが」

 それに、思っただけで何でも巨大化できるならば、あまりに凄い力すぎないか?


「魔法の成立する条件を調べるのだ。ほら──」

 そう言って何故かフレアは片手を差し伸べてくる。


「夢使いの夢の力を具現化するために我ら《宝石の夢魔》がいる。晶、何かに手を触れてみよ。そして願うのだ。大きくなれ、と」


「にーちゃん! どうせなら、ボクを大きくしてよ!」


 瑠砂の膝の上から飛び降りると、ぴょんと机の上に跳び乗ってきた。

 晶は深く考えずにポンペの頭に手を置いてしまい、そのまま考える──大きく、なれ?

 手のひらが強く押されて、慌てて手を離す。


 2メートルの高身長イケメンコロボックルがそこにいた。


「やったね!」


 言いながら、机の上からぴょんと飛び降りる。


「大きくなっても、小人族は小人族だな……」


「あー……確かに」


 ポンペは喜んでいるけれど、サイズ感というか、身体のパーツの比率が子どものままなので、よく見ればイケメンというよりは、大きい子どもだった。


「これで、いざというときは瑠砂ねーちゃんを抱えて逃げられるね!」


 どや顔で言うポンペにフレアが無駄に張り合う。


「そんなの、わたしだってできる! というか、既にやった!」


「そう……なの?」


「うむ。我の腕のなかで赤く頬を染める晶殿はたいそう可愛らしく……」


「わー! なに言ってんの! あれはちゃんと理由があって!」


「我が主殿は恥ずかしがり屋なのだ。だが、あれくらいはなんということはない。軽々だったぞ」


「ウマねーちゃん、馬鹿ぢからだもんな。ウマだけに」


 ──誰がウマいことを言えと! って、僕まで釣られてどうすんだ!


「もう! それより話を進めてよ! それで、調べるってどうするの!」


「ふむ。実験と観察の積み重ね──それこそが科学的手続きというものだ。……と、我は教わった。まずはもっと色々なものを大きくしてみることだ。そして測ろうじゃないか。夢の力による現実の変化を」


 まさかファンタジーの住人に科学を説かれるとは。

 それから巻き尺やら体重計やらを校内から探してきて色々と測った。

 校舎内を晶と瑠砂が駆け回っていたのは1時間ほどで、一通りの計測が終わった頃にはポンペは元の姿に戻っていた。つまり力の効果時間は1時間だった。


「これで変化前の数値も測れるな。ここに乗れ」


 キッチン用のデジタルグラムはかりを指差してフレアが言った。

 家庭科室にあったやつだが、フレアは少し晶が教えただけで器具の扱いを覚えてしまった。驚くべき適応力だ。

 こうして、晶たちは幾つかの事実を発見したのだった。

 

・晶の夢の力は、対象に触れていなければ発動しない。

・触れているものをちょうど10倍の大きさにする。

・大きくなっている時間は、元の大きさにより、小さいものほど長く保ち、大きなものは短い。

・対象の周りが流体(液体か気体)で囲まれていなければ効果を発揮しない。


「なるほど、これは面白い」

 フレアが言った。


「おもしろい、のかな?」


「分からないか? 背の高さが10倍になっても、この小人の重さは1000倍になっていないのだ。体積は縦✕横✕高さなのに」


「え? え? ……セントールって、もしかして頭がいいの?」


「今の発言を聞いて、わたしは主殿の頭のほうが心配になってきたのだが……いいか、よく聞くのだ」


 ポンペは、身長と体重が、それぞれ20センチと500グラムほど。ちょうどペットボトル1本ぶんだ。作者にも読者にも分かりやすいことに。

 ならば、身長が10倍の2メートル(200センチ)になったら、体重は1000倍の500キロほどになるはずだった。


「10倍で5キロ、100倍で50キロ……ほんとだ、1000倍だと500キロか。床が抜けちゃうかも……」


 ところが2メートルになったポンペの体重は50キロしかなくて、100倍にしかなっていない。


「大きさは10倍になっているが、それに応じたぶんだけ重さを増やすわけではないと分かる。これは理屈に合っていないように見えるが、もしかしたら、何か別の理屈が働いているのかもしれない」


「なるほど」


「もうひとつ実験してみたいことがある。瑠砂、あなたの本の1ページをもらえるか?」

 

 瑠砂がスケッチブックの白紙の部分を1枚破いて渡した。


「これを大きくしてみてくれ」


 フレアと手を繋ぎながら破いた白紙に触れて念じる──大きくなれ!

 A3(40センチ✕30センチほど)の紙が4メートル✕3メートルの巨大な白紙になった。

 厚みも増していて、確かに分厚く感じ──。


「って、なにやってるの、フレア!?」


 巨大な紙をフレアは両手にもって引き裂いたのだ。

 やすやすと引き千切った。

 

「あ、瑠砂ねーちゃん、元に戻っちゃったよ!」


 引き裂いた巨大な紙はまだ効果時間に余裕があったにも拘らず、元の大きさに戻ってしまったのだった。


「思った通りだな」


「……どういうこと?」


「まず、硬さだ。見かけは分厚くなっていても、元の紙と同じような手応えしかなかった。そして、形が変わると、効果が消えてしまう」


 フレアに説明されても晶にはさっぱり分からなかったのだけれど、なぜか瑠砂のほうは納得したようだった。


「分かるわ。つまり、ケーキを10倍に大きくしても、食べて10倍お腹をふくらませることはできない、ということね。齧りついたら元に戻ってしまうんだもの」


 真面目な顔でそう残念そうに言ったのだけれど……。

 もしかして、彼女なりの冗談だったんだろうか?


「でも、なんでも10倍になるんだったら、ここって狭すぎない?」

「それもそうだな……」

 フレアが美術準備室をぐるりと見まわす。


 それにさすがに毎日、美術準備室を使うのははばかられる。だからといって今までのように夜の学校に忍び込むのも避けたかった。翌日には割れたガラス窓はポンペの技によって全て元通りになっていたし、警察は来たものの首を捻って帰っていったのだけど。

 幸運に何度も期待はできない。


「それなら、わたしの家に、……来る?」

 瑠砂が言った。

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