第12話 セントールって、意外と脳筋なんじゃ

 先導する瑠砂に導かれ、晶は一度第2グラウンドへと出てからすぐ脇にある墓場を通りぬける。その隣の児童公園までやってきて、ようやく休むことができた。

 公園、といっても、ブランコと鉄棒があるきりで、あとはベンチがいくつか並んでいるだけ。しかも、どれも錆びついている。夜も遅いこの時間では、ひとの姿もなかった。

「ふう……あぶないところだったね」

 瑠砂とともに近くにあったベンチに腰掛けると、晶は額の汗をぬぐった。暑さからというよりも、冷や汗だった。フレアに呼びかけると宝石の中から出てきた。ずっと宝石の中にいたフレアのほうは、当然ながら息ひとつ切れていない。そして当然ながら裸だった。晶は預かっていたセーターを渡して着てもらう。

 しばらく待つと、かすかな足音が聞こえた。砂場をよぎる小さな足跡が見えた。近づいてくる。そしていきなりポンペの姿が現れた。手には、例によって蕗の葉の傘を持っていた。どうやら本当に、新しい葉っぱをどこからともなく出してきたようだ。

「やあれやれだね。ボク、ほんのちょびっとだけど、ハラハラしちゃったよ!」

 そう言いながらベンチに腰掛けている瑠砂の膝の上に跳び乗った。

 ──土足土足! 

「お気楽に言うな、バカもの!」

 少女の膝の上に乗った小人の襟首を掴んでフレアが持ち上げた。

 ──あれ?

 瑠砂の膝には土の跡も砂の跡もなかった。

「どうしたのだ、晶? また間抜け顔になってるぞ」

「その子……地面を歩いてきたんだよね?」

「ああ」

 ぽいっとフレアは瑠砂の膝の上にポンペを放り投げる。ポンペは辛うじて彼女のショートパンツにしがみついた。落ちそうになってジタバタする。引っ張られて脱げそうになったが、瑠砂は平然とした顔でポンペを抱えなおして膝に置くと、自分の服を整えた。そして、やっぱり膝が汚れた様子はない。

「なんで、土足なのに足跡も付かないの?」

「こいつは家に付く妖精だからな」

 それで説明は終わりとばかりにフレアが言った。

「ちょ、ちょっと待って」

 晶は思考を整理するために待ったをかける。もう夜も遅いから、こんなところで話し続けるのもなんだとは思うが、いま聞かなければ後悔しそうだった。

「君……」

 晶は、瑠砂の膝の上でころんと横になっている小人に話しかける。

「コロポックルだよね」

 空想上の小人で、イラストなどでは大きな蕗の葉を傘のように手にしたイラストで描かれる事が多い。母の書く物語にも出てきたので覚えていた。

「だから、その蕗の葉っぱをもっている?」

「そうだよ」

「その下にいると、姿を隠せる?」

「そうだよ」

「……それって、魔法なの?」

「ちがうよ~」

「これは、こいつのだ」

 フレアが言った。

「どういうこと?」

「地球世界の人間は立って歩けるだろう?」

「そりゃ……まあ。当たり前だよね」

「当たり前。その証左に、この世界に他に二足歩行ができる生き物はいない」

 晶は唸った。なるほど、と思う。

 さすがは賢人で知られるセントール族だ。確かに短時間であれば二足で歩ける生物はいるが、フレアの言っているのはそういう意味ではないだろう。

「他にも言語を高度に操れる。親指が内側を向き、複雑な作業ができる、など色々とあるが……それらは人間というなのだ。それらの能力を称して魔法とはおぬしたちとて言わぬだろ?」

「えっと、つまり……」

 晶はちらりと瑠砂の膝の上で胡座をかいているポンペを見た。

「この子は──」

「おっと、子ども扱いしないでおくれ。ボクにはポンペっていうちゃんとした名前があるし、りっぱに成人してるんだから。あんたんとこの、うるさいだけの馬ねーちゃんと一緒にしないで欲しいな!」

 ポンペがむくりと起きあがり、フレアに指をつきつけながら言った。

「だれがうるさいだけの馬ねーちゃんだ!」

「うるさいじゃん。あー、うるさいうるさい!」

「おのれ!」

 伸ばした手を避けるようにポンペは瑠砂にしがみつく。

「きゃー、ルサっちー、こわいよー」

 瑠砂は表情の変わらない顔でポンペの頭を撫でた。その撫でる手にポンペは頭を押し付けて目を細める……猫みたいだ、と晶は思った。

「えへへー。ルサっちのほうが優しいもんねー」

「あきらだって優しいぞ!」

「抱っこしてくれないでしょ?」

「抱っこくらい、いつでもしてやる!」

 ──なんで、僕が抱っこされることになってんの!? 

「毎日ミルクもくれるしー」

「私だって、晶の手料理を食わせてもらった!」

「へー、てりょうり?」

 ちょっとだけ悔しそうな声を出した。

 えへん、とフレアは胸を張る。ニットのセーターを豊かな胸が押し上げた。

 自慢げに言う。

「〈ヤキオニギリ〉というものを8個も作ってもらったのだ!」

「ちょ、ちょっと待って!」

 ──褒めてもらってるはずなのに、なんだか心が痛い!

「それ……料理?」

「うまかった!」

「馬だけに!」

「誰が馬だ!」

「待って待って!」

 話が無限ループしそうだったので晶は慌てて止めた。

「その……話を戻そうよ。つまり、このコロポックルの──ポンペは、姿という種族特性を持っている、ということ?」

 フレアが大きく頷いた。

「さすがは我が主殿だ。理解が早い」

「魔法じゃないんだね?」

「単なる種族の持っている性質だな。我がちょっとだけ力持ちなのと同じ」

「ちょっと!?」

 軽自動車を持ち上げるのが、

「一族の中では、か弱いほうなのだ。これでも姫だからな」

「セントールって、賢者ってイメージあったけど、……意外と脳筋なんじゃ……」

 むすっと不機嫌な顔になった。

「その、のーきんという言葉は知らないが、なんだかすごく不愉快だぞ」

「ごめん」

 助けてもらった恩人を脳筋呼ばわりはさすがに失礼だ。晶は素直に謝った。

 フレアが説明を続ける。

「家妖精の多くは姿を消すことができる」

「そういう性質を持っているってことだね」

「そうだ。さらに家の修復や家人の世話なども得意とするものが多い。見知ったものならば直せるはずだ。窓硝子ガラスは我らの世界の建物にも存在する。あんなに大きくもないし、あそこまで透き通ってもいないが。建物の傷は家妖精族ならば直すことができる」

「あ、それで……」

 晶はほっとした。フレアの言葉が本当ならば、割れた窓硝子の弁償はせずに済みそうだ。

 改めて晶はポンペと……伊東瑠砂を見た。 

 校舎に居た無数の鬼火たち。晶はてっきりそれらを目の前の小人が呼び出したのだと思っていた。けれども、フレアはそれは違うという。鬼火を呼び出す、というのは、コロポックルという種族の持っている性質ではないということだ。

 晶は前にフレアが言った言葉を思い出した。


『存在そのものが魔法的な生き物には魔法は使えないものだ。使えるのは主殿のほうである』


「じゃあ、あの光る玉……鬼火だっけ、を呼び出したのは」

 それまで黙って聞いていた瑠砂が、ベンチの背に立てかけてあったスケッチブックを手にした。開きながら言う。

「わたし……です」


 開かれたページには、校舎の窓に浮かぶ人魂のような光の球体が描かれていた。


「瑠砂ねーちゃんは、絵に描いたものを呼び出せるんだ。すげーだろ!」

「呼び出す……」

「召喚の魔法か、確かに強力だな。もうすこし制御できればなお良かったが……」

 フレアはベンチに近寄り、瑠砂の前に立った。ひとさし指で、彼女の顎をくいとひっかけ上を向かせた。

「おっと、お客さん。キスは一回までだからね」

「黙っておれ」

 小人の軽口を黙らせてから、フレアは瑠砂の瞳の奥を覗きこむ。

「……おぬし、喰われたな」

「はい」

 指を離すと、瑠砂の顎が落ちた。項垂れてしまう。

『主殿も見たであろう? 夢を食べられた者を』

 フレアの言葉が晶の脳裏に蘇った。


 夢喰いの怪物に夢を喰われた少女が小さな肩を震わせていた。

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