第10話 だから大変なことになると言ったのに……

 窓を叩き割り、相変わらず鬼火ウィル・オー・ウィスプたちの放電は続いている。


「いったい、どうしてこんなことに……」

「このバカモノが数を増やし過ぎたからだ!」

 憤懣ふんまんやるかたないという表情でフレアが言った。視線の先にいる小人の男の子がびくりと身体を竦ませた。

「えへへー」

「にこやかに笑うな、バカモノ!」

「ぴゃ!?」

 怒鳴られて、小人は手に持った葉っぱの傘の下に隠れた。


 ──あ、消えた。


 葉っぱの下に入った途端に小人の姿が消えたのだ。なるほど、と晶はこんなときなのに、納得してしまう。ああやって姿を消していたのか。

「逃がすか!」

 それまで見えていた辺りにフレアが腕を伸ばした。見事に小人の襟首を掴んで摘みあげる。葉っぱの傘を取り上げると、ぽいっと晶に向かって放った。風に飛ばされそうになったそれを晶は辛うじて掴む。

 小人の襟首を掴んだまま、フレアは校舎のほうへと突き出した。

「出しすぎだ。あの責任を取れ。さっさと還すんだ」

「は、離してくれよ。く、苦しいってば! くく、首が締まっちゃう! 離せ、このバカ馬~!」

 じたばたとフレアの手の中で暴れる。

「うるさい、さっさとやれ! でないと大変なことになるぞ」

「ボクが呼んだんじゃないから無理だよ、呼んだのは、ルサっちだよ~」

 言われてフレアは今度はぎろりと瑠砂を睨む。

「消す方法は分からない、の」

「いつも、少し経てば消えちゃうんだよ~。だからほら、今回も大丈夫~」 

「待てるか! 鬼火が増えるとどうなるか知らんのか」

 小人が首を傾げた。

「どうなるの?」

 晶も分からなかった。

 ──どうなるんだろう?

 フレアが答える。


「子作りを始める」


 ──はい?

 斜め上の答えに晶は一瞬、言葉を失った。

「始まったぞ、見ろ!」

 咄嗟に振り向いた。そのとき2つの鬼火の間を橋渡して幾つもの稲妻が走った。

 橋渡された放電の中央に、小さな青い球体が生じる。

「鬼火の子ども!?」

「そうだ」

 見れば、あちこちで、同じ現象が起きていた。大きな球体2つの間に紫電が走ると、その中央に小さな鬼火が生まれる。次々と鬼火の子どもが誕生している。

 小さな鬼火がひとつ、割れた窓を通って裏庭に漂いだしてきた。

「晶、あまりそっちに近寄るな!」

 晶は充分に窓から離れていたつもりだった。だが──。

 小さな鬼火はまるで晶に懐こうとしているかのように近づくと、青い稲妻を放ってきたのだ。

「わあああ!」

 小さな鬼火から放電された稲妻は地面を抉り、草を焼いて地面に焦げ跡を作った。足下を見てぞっとしてしまう。直撃していたら、燃えていたのは自分だった。

「び、びっくりした!」

 ──子どものしつけがなってないよ!

 親の鬼火に向かって怒鳴りたい。

「ほら、見ろ。こちらの人間は避けられないものなのだ。おまえのせいだぞ」

「えええー? にぶいなー」

「無茶、言わないで!」

 光が見えるということは、もう目に到達しているということであって、つまり光というものは見てから避けるなんてできない。そもそも光はたった1秒で30万キロ──地球を7周り半も走るのだ。

「ほら、また近づいてきてるぞ、晶」

 慌てて晶は鬼火から離れた。

 漂い出てきた小さな鬼火は、晶が離れると、ふたたび鬼火の集団のほうへと戻っていった。

「だが、このままでは、まだまだ増えるぞ。どうする気だ!」

 フレアがわめいていた。

 小人をつまみあげて叱り飛ばしている。

「えー? ……困ったね?」

「お、お、おまえはー!」

「落ちついて、ほら、離してあげないと死んじゃうよ、そいつ」

 襟首を絞められて、小人はすでに目を白黒させている。

「こいつは許せん! よりにもよって、我を馬呼ばわりした!」

 ──怒ってるところ、そこ!?

「きゅぅぅぅ~」

「ほら、首、しまってるって。だめだってば!」

 いくらなんでもやりすぎだ。

「だ、め……」

「む?」

 またも伊東瑠砂に止められて、フレアの手が弛む。

 すとんと小人が地面に落っこちた。

「腰、打ったー」

 泣き出した小人を、瑠砂は片手で拾いあげた。もう片方の手には、よく見ると大きなスケッチブックを抱えていた。膝の上に抱えていたのはこれか、と晶は思う。いったいなんでスケッチブックなんてもっているのだろう。

 そのとき――廊下に、ぱっと明かりが灯った。

 晶の耳に怒鳴り声が聞こえてくる。

「誰だ、そこに誰かいるのか! な、なんだ、これは!」

 点った明かりの下、声と靴音が近づいてくる。

 やはり、というべきか。当直の警備員だろう。さすがにここまで騒がしくなっていれば誰かが気づく。


 声と足音が近づいてくる。

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