Chapter:6

 やけにやかましい夜だった。サイレンと銃声と、悲鳴のような騒音と…。

「やれやれ…」

 ベッドに入っても寝付けやしない。ダグラスにちょっかいを掛けに行くことも考えたが、営業時間を超えると、やつはたとえ親友でも相手にしない。


 サムは枕元のグラスを傾けた。中には酒ではなく、ジンジャー・エールが鎮座している。酒は酔う、サムにとっては毒も同然だった。




 ベッドに寝っころがっていると、サイドチェストの携帯電話が着信を知らせた。

 ―アメリアからだった。

「もしもし?」

 軍を退役してから知り合った、ダグラスとの共通の親友だった。アメリアは美人だ。あいにくとサムは年下好きだったが、あの美貌なら若いころは相当、と思いを馳せずにはいられなかった。

 アメリアから電話とは珍しい。期待するわけではないが、ここのところ女性と空間を二人占めする機会に飢えていた。

「もしもし、サム?落ち着いて聞いてほしいの。さっき病院から電話があって―」

「病院?」






「どういうわけだ!?ダグとヘンリーが州立病院にって…!」

「電話があったのはダグからよ。ヘンリーが撃たれたって…例の強盗団に襲われて」

 車で迎えに行くからと言われたときは、はたして何事かと思った。言いつけどおりに弾倉を叩き込んだコルトを腰にぶら下げて戸口で待っていると、アメリアのマツダがホーンを鳴らした。


 彼女も銃を持っていた。促されるまま車に乗り込み、今は病院までのルートをひた走っている。

「わたしも詳しいことは知らないの、でもダグは憔悴しきってたわ…ヘンリー、かなりらしいの」

「それって…」

「二人とも手術を受けたみたいだけど…これ以上は本人に訊かないとわからないわ」

「……今のところ、ヘンリーは無事なんだな?」

「…無事とは言い切れないかもしれないけど。大丈夫よきっと、きっとね…」

 アメリアの横顔は、平静を取り繕っているようにしか―見えなかった。


















「ダグ!」

 この1時間と少しの間に起こった出来事を回想するだけで、頭痛が止まらなくなっていた。そこに届いた旧友の声は、ダグラスには救いにも等しかった。

「サム…アメリアもか」

「…どうしたの、ヘンリーは…いえ、ヘンリーもだけど、あなたは!?」

「俺の傷なら大したことはない…お前に電話した時点で軽く手術を受けた」

「軽くって…」

 何か言いたげなサムを手で制する。顔面と腕と脚、服の下にガーゼや包帯を巻いているが、今は痛みもおさまっている……薬のおかげ、だが。


 ダグラスは二人に、ことの顛末を話した。

「…ヘンリーは無事なの?」

「…まだなんとも。今手術中だ」

「ダグ…」

 かける言葉を探しあぐねている、といった具合のサムが、ダグラスの向かいのベンチに腰を下ろした。

「…飲み物を買ってくるわ」

 アメリアが、薄暗い廊下の向こうへ姿を消した。





「サム」

「…なんだ?」

「…ヘンリーが襲われたのは、俺のせいだと思うか?」

「…わからねえよ。現場にいたわけじゃねえし…それに」

「それに?」

「あいつは―ヘンリーは何かっていう風でもなかったんだろ?」

「……そうだな」


「ダグ」

「…なんだ?」

「気を落とすなよ。原因がお前にあるわけじゃない…お前の話通りなら、お前はむしろヘンリーの恩人さ。感謝されたっていいくらいさ…」

「…そうだな」

「なんだよ、やけに気にするじゃねえか…ひょっとしておめえ、あいつの親御さんに借りがある、とかか?」

「…そんなところだ」

「へぇ…一体どんな」

「買ってきたわ。ミネラルウォーターでいい?」

「おおアメリア、ちょうど良かった、今からダグとヘンリーの因縁が明かされるところなんだ」

「やめろ。大して面白い話でもない」

「あら。興味あるわね」

 アメリアが見せた笑顔に、サムもようやく頬が緩んだ。


「なぁダグ、ヘンリーの親ってのはどんなやつなんだ?やっぱり時計職人だったりするのか?」

「…あまり覚えちゃいねえな」

 話をはぐらかそうとしているのがありありと見て取れる。何か不愉快なことでもあるのだろうか。

「私も何回か会ったことがあるわ…ダグと気の合う人たちよ」

「へぇ!」

「…やめろアメリア、俺はそいつはあまり好きな人種じゃねえんだ」

「まあいいじゃねえか。で?アメリア。そいつらはどういう…」

 アメリアが口を開いたところで、廊下の角から医師ドクターが姿を現した。

「カートライトさん…病室にいないからびっくりしましたよ。まだ傷が開くかもしれないんだ、早く戻ってください」

「すいませんな…」

 のっそりと立ち上がるダグラスをからかおうとして、サムは医者の言葉に思い当たる。


 ……カートライト?

 その苗字、心当たりがあるような…。


「ダグラスさんのほうはおおむね問題ありませんが…はまだ予断を許さない状況で――」

「は!?」

 思わず立ち上がる。

「息子ぉぉ!?」








「どういうことだ?いや…それより息子って?」

「……ヘンリーはね、ダグの一人息子なのよ。でも彼が生まれてすぐ、ダグは軍属になってね…。ヘンリーは女手一つで育てられたの。でもね、ヘンリーは正直、器用に生きられるタイプじゃないでしょう?この国まで離れて従軍してたダグはずっとそれが気がかりだった。でも…いざ退役して戻ってきても、ダグは合わせる顔がないって…それで、同じ町に住むことにした。ヘンリーが工房を維持できるだけの資金を援助して…ヘンリー自身は、母親が全部面倒見てくれたって思ってるみたいだけどね。ダグは誰かに恩を売ったりするのが嫌いだから、自分がやったことだって言ってないのよ。ヘンリーの母親もそれを承諾した」

「あいつの母親って?」

「あなたの目の前にいるわ」

「マジか」

「あの子の母親…つまり私は、この町を離れた。ヘンリーを助けながら暮らすには、ここじゃ効率が悪いってことにして…今じゃあの子も腕の立つ時計職人、一人でもそこそこ立派にやってるわ」

「…でもよ、お前とヘンリーはよくダグの店で顔を合わせてるじゃねえか…お前らの口から親子だなんて聞いたことは」

「まぁ、話す必要もないもの」

「マジかよ」

「……私たち夫婦は結果として別居ってことになったんだけど、私はよりを戻して、また3人で暮らそうと思ってるの。彼―ダグは反対してるけど」

「…あいつらしいな」

「ええ。今私たちの中で、一番稼ぎが多いのは多分ヘンリーよ…それを気にしてるのかも」

 アメリアが、柔らかい微笑みをこぼした…なるほど、加齢を感じさせない薬指に、指輪がはまっていたような跡があった。








 ―医者から説明を受ける。手術は予想より長引くという。出血量がひどく、次々に輸血を行っているが、同じようにあの強盗団に襲われた人もこの州立病院に運ばれてくるという…トリアージの都合上、ヘンリーにかかりっきりになれないことや、またその際にヘンリーの異変に対応しきれない可能性もあることを、ダグラスは聞いた。








「…ダグの時計の話、知ってる?」

「ダグの時計?ああ、肌身離さずつけてるやつか。って呼んでたな…たしか、軍にいる時もつけてた」

「…あれをいつかヘンリーに修理してもらうんだって、ダグ、この町に来たばかりのころはよく言ってたわ。最近はそんな話、しなくなっちゃったけどね」







 医者が奥に引っ込んでいる間、ダグラスは懐から時計を取り出した…持ってきていたのだ。

 祈るように握り締めたそれは、針が止まったままだ。







「その時計がどうかしたのか?」

「…学生時代のヘンリーのなの。パーツは寄せ集めだったけどだけど、あの子が…ヘンリーが一つ一つ丁寧に磨いたりして…何日もかけてのよ。完成させたときのヘンリーの嬉しそうな顔!それで、その時計を高値で買い取ったのがダグなの。もちろん、ダグはだから、買ったときは匿名だったんだけどね。間もなくダグは西アジアで従軍することになった。その時に時計を持って行ったのよ……戦場でも壊れなくて、あれを持ってるときは作戦が全部うまくいって…ダグはまるで守り神だって言ってたわ…あの腕時計はね、あの子の…ヘンリーの魂なのよ」













(わかってるのか、ヘンリー…こいつを直せるのはお前だけなんだ…!!なぁ、ヘンリー…!)




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