Chapter:5

 駐車場から車を出す。病院までの道筋は頭に入っている。ブラックホークとM29は持ってきた。残弾は.44マグナム弾が装弾分を含めて28発あるだけだ。

 引き金を引かないわけにはいかないだろう。慎重に狙い撃ち、最短ルートをたどる必要がある。


 ―奴らは追ってきた。真っ黒いワゴン車だった。



 信号に引っかかる。パトカーでも見ていてくれれば、多少は戦力になるかもしれない、祈りを込めて赤信号を突っ切った。ダグラスのトラックはスピードこそ出ないが、多少の山道ならものともしないトルクのおかげで、やや無茶なルートが取れる。

 やや曲がりくねったワインディングに入る。敵のヘッドライトが遠い。

 走り慣れていないせいかと思ったが、それにしても差が開きすぎている…。




 違和感に気付いた時にはもう遅かった。丘に差し掛かったあたりで、突然、ヘッドライトが瞬いた。一瞬目が眩む、ペダルから足が離れる。その隙で十分、敵は車の陰から、PP-19を掃射せんとこちらへ向けた!

「待ち伏せか!」

 M29を撃つ。4発。手応えがあった。逆光の向こう、男が一人くずおれる。ガラスの破砕音、敵の車だ。敵は二人組だった。うち一人が倒れた仲間を放り、ガラスの割れた車に乗り込んだのが、バックミラー越しに窺えた。


 車はリトラクタブルライトのスポーツクーペだった。ホンダアキュラだったか。下りだろうと登りだろうと、このトラックでは勝ち目はない。幸いなことに、走行中に撃ってはこなかった。

 脇道に飛び込む。急ブレーキ、止まるや否や車外に飛び出す。迫るホンダに、撃鉄を起こしたブラックホークを突きつける。

 割れたガラスの隙間にPP-19の銃口を見た、同時に、それが閃光を噴いた。単射セミオートでの一発、ほぼ直線に近かったが、空を掠めた。

「……下手くそ」


 至近距離、.44マグナムが弾けた。残ったフロントガラスも、ダッシュボードもステアリングホイールもPP-19の機関部も運転手の右腕も、たった一発、轟音と共に貫かれた。


 あまり弾を浪費したくはなかったが、念のために後輪とトランクルームに一発ずつ撃ち込んだ。車に戻る。酷い臭いがした。ヘンリーが胃の内容物なかみを吐瀉していた。顔面は真っ青で、滝のような汗に濡れていた。

「まずい…」

 急がなければ。






 20発目の弾丸が空を裂いた。向こうは弾幕を張れるが、細い道での撃ち合いには対応しきれない―だから、黒い車―敵のラーダ・ニーヴァが、二車一組でこちらを補足してきた。牽制に数発、送り込んだが、敵は動じなかった。

 1台は坂の上、もう1台は後方から。挟み撃ちだ。9ミリ口径のマカロフ弾が、蜂の羽音にも似た唸りを立てる。それなりに頑丈なはずのダグラスのトラックが、無数の弾痕に蹂躙されていく。タイヤに当てられていないのが奇跡だった。

「畜生!」

 民家はまばらだが、ここいらは住宅街だった。関係のない一般人まで巻き込むのは避けたい。1、2発身体を抉ったか、焼けるようにひりひりする身体に辟易しながら、ダグラスは農家の納屋を見つけた。

「…悪い、緊急事態なんだ」

 顔も知らない農家に謝った。トラックを止める。高い建物もない。敵には丸見えだ。

 車を降りる。近い方のラーダに、ブラックホークの弾丸を撃ち込む。タイヤに当たった。バランスを崩し、道路の窪みに乗り上げて横転する。


 それを見たもう一台のラーダが止まる。距離にして200メートル。サブマシンガンでも集弾率は悪い。

 納屋の中から、芝刈り機用のポリ製ガソリンタンクを見つけた。それを敵に悟られないように車の陰に隠す。

 しばらく、待つ。奴らはヘンリーを撃たないはずだ。目撃者である彼を人質にとれば、交渉の道具に使える。

 さっき横転させたラーダから、人間が出てくる気配はない。頭でも打ったか、あるいは戦意を喪失したか。


 前方のラーダが動き始める。ダグラスも車に乗り込んだ。アクセルを踏む。荷台に蓋を開けたガソリンタンクを積んでいる。


 互いの射程に入る。チキンレースだ。向こうが撃ってくるぎりぎりになって―ダグラスは急ハンドルを切った。

 ガソリンタンクが倒れ、路上に黒い染みを作っていく。トラックを再び動かす、今度は逆の方向に。

 運転席から身を乗り出し、ルガーから弾倉に残った最後の一発を放つ。火花が散り、ガソリンに引火した―直後、ラーダは燃え上がった。






 2台とも追ってはこなかった。敵の戦力規模はわからなかったが、未だ複数台の車両が蠢いている―そんな気が、した。

 何箇所撃たれたのか、時折想像を絶する激痛に気を失いかける。ほとんどハンドルにしがみつくような形で、トラックを制御する。

 進行方向に、車が1台現れた。すわ敵か、とM29を手に取ったが、見覚えがあった。

 の警官たちのフォードだ。

 トラックを止める。

「…無事か?」

 車から姿を見せたのは、あの時と同じ、リーダー格の男だった。H&K拳銃のほかに、シグ・ザウエルのMPX短機関銃を持っていた。

「そう見えるか?」

「―彼は」

 助手席を覗いた男が顔を顰めた。

「…酷い!」

「……病院に向かってるところだ。散弾と短機関銃にやられた」

「…こちらで保護するのは」

「駄目だ、パトカーじゃ目につきすぎる。それよりも―このあたりから病院まではほぼ一直線だ、ここを通り抜けなきゃ俺たちを追ってこれない――敵の足止めを頼めるか」

 男は少し躊躇いを見せたが、すぐに頷いた。

「分かった。彼―ヘンリーの無事を祈らせてもらう」

「ああ」


 再び車を出す。

 バックミラー越しに、彼らの敬礼が見えた。













「おい、病院が見えたぞ、ヘンリー!お前はまだ―死ぬなよ!お前がいなくなったら…誰が時計を直すんだ!?畜生…くそっ……み、見ろ、病院だ!着いたぞ…ヘンリー!!しっかりしろおッ!!」

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