Chapter:2

「よお!聞いたぜダグ、警察サツにガサ入れ食ったんだって?」

 話に尾ヒレがついている。

「違うぞサム、俺はヘンリーの奴に厄介ごとを持ち込まれただけだ。すぐにカタはついたがな」

「なんでえ、つまんねえの」

 カウンター席でダグラスと向かい合う禿頭の男、サミュエルサム・ウィルソンは、ダグラスの軍属時代からの旧友だ。いつも酒に酔ったかのような赤ら顔だが、意外にも下戸で、グラス一杯の水割りで酔い潰れてしまう。しかしながら本人は、シラフとはとうてい思えないほど軽薄で女好きのお調子者だ。『沈黙は金』をモットーとするダグラスからはかけ離れた存在だが、不思議とウマが合う。

「人の不幸をツマミにするな」

「俺ぁ、酒は飲まねえ主義なんだがな?」

「飲めねえんだろ」

 ダグラスの訂正に、くっくっくっ、とサムが笑いを漏らした。

「悪かったよ。ところでそいつに関係する話なんだが、知ってるか?」

「何を」

「その連邦局だか情報局だかが追っかけてる強盗どもだよ。風の噂で聞いたことにゃ、なんでも多国籍の人間が徒党を組んでるらしい」

 ダグラスの眉が、ピクリ、と僅かに動いた。


「多国籍?」

「ああ。本土じゃお目にかかれねえような珍しいモンを持ってやがるんだとさ。ダチから聞いた」

「珍しい銃?」

「PP‐19って聞いたことねえか?ロシアの短機関銃サブマシンガンだよ。たまにマニアがこの国こっちに輸入して持ってることもあるが、市場に数が出回るようなものじゃあねえ…軍の払い下げがブラックマーケットに流通したりするケース以外はな」

「…そのPP‐19ってのは何発、弾が入るんだ?」

 この国の警察組織も、9ミリのMP5短機関銃や5.56ミリの小銃ライフルくらいは持っているだろうが、この場合に問題となるのは弾の質ではなくだ。装弾数の多い銃は、それだけで脅威となる。もし掃射されれば、警察組織はそこには近づけない。

「聞いて驚け、なんと64発だ。変わった形のマガジンをくっつけてる。弾は…たぶん9ミリマカロフだな、万が一鹵獲なんかが出来てもグロックやMP5の弾は使えねえ。うちの州のポリ公はお手上げさ」

 頭の中で、この間の光景を思い浮かべる。H&K拳銃。彼らにも、どの道マカロフ弾は使えない。

「こんな田舎町になんの恨みがあるんだろうな。夜もおちおち眠れやしない」

 サムが大げさに肩を竦める。軍時代から第六感とも揶揄されるほど動物的な反射神経に優れ、退役後も深夜の押し入り強盗をコルト・ガバメント一丁で撃退したうえそのまま眠りこけた、この図太い禿げ頭に言われても説得力がない。

 注文のイワシのソテーを出してやり、ロックアイスをぶち込んだグラスの水を乱暴に置いた。サムは水がかかったと文句を垂れるが、例によって聞こえなかったことにする。






 次の日、ヘンリーが自分の店の広告を引っ提げて店に姿を見せた。何をさせても半人前で、ドジだ鈍間だとからかわれるヘンリーだが、こと時計いじりに関してだけは非凡な腕前を持つ。その評判は高く、町の住民から国外のセレブまで、顧客の層は幅広い。

 よく迷惑を掛けられるダグラスも、まれにヘンリーの店にを持ち込む。

「やあ、ダグ…その……こないだはすまなかった。それでお礼と言っちゃなんだが、いま壊れてる時計とかないか?」

「ない」

「即答か…ほら、前に言ってたあれは?20年使ってるとかっていう…」

 ヘンリーの言葉に、ダグラスは露骨に顔を顰めた。

は俺の半身だ、俺が最も信頼する腕っこきがやつなんだ。お前なんかに任せられるか」

「ずけずけ言うね…まあいいや、そんな荷が重いの、俺にゃ無理だろうから。ところで…」

「その広告なら好きなところに貼れ。ほかのに被るなよ」

 ダグラスの返答が予期せぬものだったのか、ヘンリーは呆気にとられて広告のポスターを取り落とした。

「…いいのか!?」

 ああ、と頷く。減るもんじゃなし、素性のわからない人間のもんでもなし。



「サンキュー!やっぱり持つべきものは友達なんだな!じゃあダグ、これからも!」

 最初のまごついた調子はどこへやら、にポスターを貼り、商売人のお決まりを垂れたあと、ヘンリーは鼻歌まで歌いながら愛車で工房へと帰って行った。







 その後、数人の客をさばいた。いずれもバックパッカーで長居はせず、コークかサンドウィッチを注文していった。

 この町にまともな飲食店は、こことスーパーマーケットのフードコートくらいしか存在しない。ダイナーはで開店時間は当てにならず、フードコートは昼前に開いて夕方に閉まる。あとは満足に肴も出せない薄汚れたバーがあるだけだ。10キロ先の隣町に行ったほうが、ずっと腹を満たせるだろう。


 頃合を見計らって、表のドアに”close”の札を下げる。抽斗ひきだしに入れていたルガー・ブラックホークを腰のガンホルスターに差し込んだ。カウンターの隅に置いたチロル帽を被り、日光対策にサングラスをかけ、指ぬきのグローブを着けた。ポケットから鍵束を取り出し、店の裏口の戸に手をかける。







 ダイナーは小高い丘の森に囲まれるような形で建っている。客用の駐車場は斜面になっていて、その気になれば10台分近いスペースを確保できる。過去に二回ほど、サイドブレーキをかけ忘れたバカが州警察の世話になったことがあるが、店側で注意書きは出してある。

 従業員用の駐車場はそこではなかった。人工林に囲まれた、まだ匂い立つように真新しい舗装路面アスファルト。スペースは狭いが、ダグラスの愛車一台分なら余裕がある。


 60年式の、OHVエンジン6気筒ディーゼルトラック。58馬力しかないうえ、パワステすら満足についていないが、パイクスピークをやるわけではないし、林業を生業とする者には必要十分だ。


 ディーゼルエンジンが大仰な音を立てて駆動する。古い車だ。ミラーに映る黒煙の量も、最近のディーゼル車ではお目にかかれないものだ。細いステアリングホイールを回しながら、土埃を上げて車一台分の砂利道を走る。

 走るうち、10月だというのに額に汗が滲み出た。雲は多く陽光は控えめだが、その分湿度が高く蒸し暑い。



 丘の中腹、やや開けた場所で車を止める。タオルで汗を拭う。少し逡巡した後、ブラックホークを助手席に置き、代わりにダッシュボードから4インチのS&Wスミス・アンド・ウェッソン・M29リボルバーを取り出した。同じ.44口径のマグナムリボルバーで、銃身が短いぶん命中精度で劣るが、取り回しはルガーのほうよりずっと良い。

 M29を腰に差し、車を降りた。こんなところに人も獣もいやしないだろうが、万が一に備えるのは独り者の基本だ。


 ひとつ、深呼吸と軽いストレッチ。ブーツの紐を締める。デニムのオーバーオールを着けた。ヘルメットを被る。安全ゴーグルはサングラスの上からでもかけられるタイプのものだ。荷台のゲートを開け、エンジンチェーンソーを取り出す。ドイツ製の本格的なやつだ。車や銃は手入れ次第で長持ちするが、こればかりは何度も買い替えるよりほかに手はない。と伝わってくる重さに体力の衰えを感じながらも、得物を担いで伐採場へ向かった。


 簡単な点検を済ませる。初めにブレーキをかけてから、スイッチをオンにする。スロットルを引き、チョークを閉める。スターターを引き、マスターレバーを押し上げチョークを開ける。再びスターターを引き、すぐにスロットルを吹かし、ブレーキを解除。チェーンソーをアイドリングさせる。暖機運転。

 どこにも異常は見当たらない。


 もう一度、身体を軽く伸ばす。

 枝打ちは終わっている。山側、谷側、風の向きを確認し、受け口を作る。元回し切りで、かつキックバックを起こさないようにしながら、種類も知らない木を伐っていく。

 軍を退役した時、まとまった金でこの小規模な山を手に入れた。雑多な木々が群生しているこの地帯、余生を過ごすには悪くなさそうだった。とくに、自分と同じあだ名のついた木が多く生えていると知り、ことさら買った土地を気に入った。加工した木材を、国内や日本向けに売ることで、食い扶持を稼いでいた。それから間もなく、近所に住む富豪が遊び半分で経営していたダイナーを譲り受けた。

 ダイナーも林業も、はじめは軌道に乗らなかった。だが、隣町との間にハイウェーが建設されて以後、バックパッカーたちがよく訪れるようになった。活気がなくどこか湿っぽく、おまけに物騒な田舎町だが、ダグラスには住めば都だった。

 手斧とチェーンソーを使い分けて造材する。トラックに積み込みやすい大きさにしていく。大径で頑丈、建材にも適している種だと聞いたことがあるが、それほど大きな木材を運び出せる機材や人員に心当たりがなかった。




 休憩にしようか。

 腕時計に目を落とし、2時間ほど経っているのを確認する。車に常温のミネラルウォーターを積んでいたはずだ…。


 そこまで考えたところで、聞こえてくる音に神経が向いた。

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